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ボルズリー城にて その2

 王は、質素なお忍び用の馬車を用意させた。

 「お前、ありったけの宝石と金貨を袋に詰めなさい。質素な服に着替え、着替えは1着のみ用意しなさい。子供たちにはわしが伝える。さっさと仕度しなさい」

 突如、家族だけが寛ぐ城内の居間に夫である国王が現れ、言いたい事だけを言って、居間から出て行った。


 王が居間へ入ってくるまで刺繍をしていた王妃は、刺繍枠をテーブルの上に置いて、 「今、王は何ておっしゃいました?」とレディメイドに聞き返したところ、レディメイドも「質素な服に着替えてとかおっしゃってましたね」とぽかんとした表情で答えた。

 「とにかく着替えろと言うのなら着替えないといけないのかしら・・・」なんて呑気にゆっくりと着替えを始める。


 子供部屋まで行き、子供たちの専属メイドに王妃と同じ事を言い、仕度を急がせた後、王は自室に戻り、金貨と宝石を革袋に詰めた。

 侍従に簡素なお忍び用の服と、着替えを1着分だけ用意する様に急かし、王妃の元へ走った。

 

 王妃は呑気に、どの服に着替えようかとまだ思案していた。

 「おい、まだ着替えていなかったのかっ」

 「いえ・・・。どの服にしようかと・・・。質素というのはピクニック用という事でしょうか」なんて答える王妃に業を煮やした王は、王妃付きのメイドに「町人が着ている様な服を着せろ。なければお前の私服でも良い。代わりにここにある服の中から好きなのを持って行け」と言い、着替えを急かしたと同時に、王妃のドレスルームの中を漁り、宝石類と金貨を別の革袋へ入れた。


 次に王は、執務室にいた王弟に声を掛ける。身の回りの世話をしてもらう為に連れて行く侍従と一緒に御者をしてもらう予定だ。

 こんな時は他人ではなく、身内を頼る方が良い。

 王弟の家族は、王弟に与えた王都北部の領地に住んでいるので、現在王都には王弟の家族はいない。

 これは不幸中の幸いだったと王は心の中で思った。

 王弟には伝令の内容を伝えず、急ぎ王都から民にバレない様に離れなければならないとだけ告げた。


 そうこうしていると、専属メイドに連れられた王子2人が質素な服を身にまとい、居間にやって来た。

 「馬車に乗るぞ」と言いつつ、メイドたちに「干し肉やパン、フルーツ、そして水を二日分箱詰めにして馬車に乗せろ」と言って、子供たちの手を引いて質素な馬車に乗り込んだ。

 「お父様、馬車に乗るのですか?やったー!」と上の子がはしゃぐと、下の息子も同じ様にはしゃいでいる。

 家族全員で馬車に乗るという機会がこれまでなかった事もあり、それが嬉しいのだろう。

 王家の者が全員で同じ馬車に乗らないのは、暗殺や事故が起きた際、王家の血が途絶える事を厭ってその様な習慣があるからなのだが、今はその王家の血を絶やさないために、一台の質素な馬車に王と王妃、二人の王子で乗り込んだ。御者台には王弟までいる。


 王妃が最後に馬車に乗ると、王弟に声を掛け馬車を走らせた。

 

 帝国軍は北から来ていたと報告があったので、恐らく北から緩く弧を描く西の街道から来るはずだと思った王は、馬車を東に向けた。

 行先は帝国と同じくらい覇権国家である最近力を付けて来たボルズリー国西側にあるチェンバル国だ。この国にも国を売る様にして利益を流して来たので、受け入れはしてくれるハズだ。

 チェンバル国へは外務大臣経由ではなく、商業・開発大臣を通して長年“外交”をしてきたのだ。この場合の“外交”とは、皮革技術などを小出しに渡して、チェンバル国の収入を増やす様協力して来たのだ。

 今では、チェンバル国の皮革技術はボルズリー国のそれに追いつきそうな水準になっているのだ。


 王がどこへ逃げるかの算段をしていた頃、同じ馬車の御者台では、王弟は今回の兄の突然の行動に戸惑っていた。

 彼は、クーデターでも起きたのかと思っていた。

 なので一旦は城を離れ、クーデターを鎮圧してから城に戻るのだと思っていたので、王の指示に従い、東へ向かって馬車を走らせたのだが、最終目的地がチェンバル国と聞いて、実際には何が起こったのだろうかと心配しながら馬車を走らせた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 王が何も言わずに後にした城の中では、外務大臣の執務室の横にある事務室で業務していた役人たちは、王の侍従が大臣に説明した内容を聞く事はできなかったが、外務大臣の顔が真っ赤になり執務室を出たことは目にしていた。

 しかし、いくつかの指示を出した後、自分の執務室に入っていった外務大臣がいつの間にかいなくなっていた。大臣の裁可が必要な案件もあり、外務大臣が執務室に戻ってくるのを待つために少し残業して時間を潰していたのだが、就業時間が終わって1時間待っても、まだ大臣が戻ってこなかったので、全員がその日の業務を終えて帰宅した。


 帝国軍の動きについて伝えて来た伝令も、伝える事だけ伝えたら伯爵領へ戻ったので、城の中に帝国軍が近づいている事を知っている者はいなくなった。

 王の侍従は王と一緒に城を出た。

 唯一何か大変な事が起こっているということを知っているのは、外務大臣の下で働いている役人たちだけだが、彼らとて実際に何が起こっているのかは知らない。


 王の家族についていた専属のメイドたちは、王がお忍びの時に使う馬車に乗って城を出たのを知っている。その時2日分の食料を持参したのも知っていた。

 なので、王が城にいないのを知っていた。しかし、王が城を捨て逃走を図った翌日、役人や貴族が城の王家の居住区域にまで入り込み、王がどこにいるのかとメイドたち尋ねて来ても、彼女たちには「2日間の予定で城の外へ出ていらっしゃいます」としか答えられなかった。


 そうこうする内、王が城を出た2日後の夕方、ゴルゴン・ド・バル率いる南方面軍第2軍が王都の西側に到着した。

 そして時を同じくして25,000の軍が王都の東側に到着した。

 総勢35,000の兵がボルズリー国の王都をぐるっと囲んだ。


 夜中だったので王都の門は全て閉ざされていたが、数少ない警備兵が門を守っていた。

 しかし、それは閉じた門の内側でだ。

 王都の周りには小規模な森が広がっているので、西側と東側の街道以外の所は兵が潜伏していてもすぐには分からない。

 帝国軍は騒音を立てない様に、王都近くの森に潜んだ。


 門が開く頃、歩兵を10人ずつの小隊に分け、東西南北それぞれにある門から1小隊ずつ街に入れた。

 西門と北門は念のため、更に1小隊ずつ時間を空けて門を潜らせた。

 元々ボルズリー国内には、帝国の駐屯地が複数あって、帝国の兵士の入れ替え時や、休暇時などは、ボルズリーの王都などにも遊びに来る黒服は少なくはなかった。

 そんな事もあり、10人程度の黒服グループでは、別段異変があるともとられていなかった。


 総勢、60名が街中に入った途端、西門へ集合させた。

 高々10名強の門番に対して、60人だ。負けるわけがない。

すぐに門の内側から門番たちを抑え、狼煙で森に潜む軍隊へ合図を送った。


 狼煙を見て、騎馬兵を含む全軍が王都を目掛けて移動しはじめた。

 こうして、王都の最後の日は始まった。


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