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ボルズリー城にて

「伝令でございます」と王の前に息を切らせた男が片膝をついて礼を取る。

「なんだ」細身の白髪の男、ボルズリーの国王がふんぞり返って伝令を促す。

「はっ。王都の北に帝国軍の軍と思われる団体が王都へ向かって移動しています。その数約10,000人!」

「何?10,000!わしは帝国から何も聞いとらんぞ!外務大臣を呼べ!」と王は椅子から立ち上がった。


 急ぎの伝令ということで、王は謁見の間ではなく、自分の執務室で伝令を受けた。

その場には王とそのお世話をする侍従しかいなかったが、侍従は急いで外務大臣を呼びに行った。

 伝令はそのままその部屋に王と二人残された。


 外務大臣が来るまで目の前にいる伝令の男に向かい、「帝国軍は、王都に到着するまで何日かかりそうか。それと軍は兵器を持っているのか」と矢継ぎ早に問いただした。軍隊なのに、兵器を持っていない事などありえないのに、200年も戦争をしない間に王家には、本当に武力を持った軍が自分たちに向けられる可能性を思い浮かべる事すらできないでおり、こんな間抜けな問いが出て来たのだ。


「メルジン伯爵様の話では、3日もあれば到着するのではと言われています。メルジン領を通る際も、伯爵には何の挨拶もなく、不審に思った伯爵が派遣した使いをその場で切り捨てたそうです」

「何!」

 メルジン伯領にも衛兵、つまり警察機能を持った兵はいるが、これは戦争ができる兵ではない。

 目が国外に向いておらず、領内にしか向いていないので、その為の訓練しかしていないのだ。

 これはメルジン領だけでなく、ボルズリー国内はくまなくこの状態なのだ。

 使いをその場で切り捨てられても、相手が10,000の兵であれば、伯爵には何もできないのだ。唯一出来る事は、この状況を王へ知らせるため伝令を送る事だけだった。


 そして、伝令を送って来られても、王も親衛隊しか持たないこの国では何の対抗策も取れないのだ。

 本来外敵には、帝国との軍事同盟にのっとって帝国がボルズリー国を守ってくれると思い込んでいたボルズリー国の面々は、帝国が再度こちらに牙を剥いてくるとは思っていなかったのだ。

 そうならないために、今まで、帝国からのいろんな要望を飲み込んで来たのだ。一つの国としたら自尊心を保てないくらいの要求する飲み込んで来たのだ。

 その様な状況なので、この期に及んで、王であっても外務大臣に帝国から何か打診されていないか、宣言などが発せられたのではないかを確認することしかできない。


「失礼します」と外務大臣が顔を真っ赤にして部屋へ入って来た。

 王に片膝をついて礼を取り、「伝令の内容は先ほど私を呼びに来た者に伺いました。帝国からは何の打診も、宣言もございませんっ。戦争なのかどうかも分かりません」と赤い顔のまま下を向いた。

「王よ!どうしますか」と反対に外務大臣から詰め寄られた王には言葉がなかった。


「帝国が、我が国内に持っている3つの基地の兵士の入れ替えということではないか?」という王の質問に、「ありえません。各基地の人数は千人くらいなので、一万以上となると考えられませんし、もし、兵士の入れ替えだとしたら、事前にこちらに通知がないのは前例がありません」と外務大臣が答えた。


 王にしてみれば、帝国から打診があったのなら、それを飲むまで。その際、多少国を売ることになっても、自分がボルズリー国最後の王になるのは避けたいし、何より自分の命は大切だというのが本音だ。

 しかし、打診も要求も何もないとなると、交渉すら出来ぬではないかっ!と、王は目に見えて慌て始めた。


 王の頭を過ったのは、家族と一緒にこの国から逃げる事だ。

 どだい、軍を持たない国など国ではない。

 外交手段の一つが戦争なのだ。そして戦争という手段が外交では最も重視されるのだ。

 実際に戦争を起こす必要はないのだ。起こすぞと脅して相手の出方を見る、それが外交のカードの一つであるのは世界中の常識なのだが、ボルズリー国では200年以上も軍がないのだ。


 終戦直後であれば、それ以上国を荒廃させる事はできなかったので、帝国の要求通り軍を放棄する条件は飲まざるを得なかったのだ。だがここ何十年間かで密かに軍を隠し持つ事も出来たのではないか。兵器を隠れて製造することもできたはずだ。

 自分の統治になる前でもそれは可能だったはずだ。

 なのに何もして来なかった。やってきたのは帝国の尻の穴を舐めるかのごときの“外交”のみだ。


 何故、こんな状態のままの国にしてしまったのか・・・。

 200年も属国の様にして帝国の顔色だけを見て来たこの国に、もう帝国へ反抗する気などないと帝国側でも理解していたはずだ。帝国の油断を誘う事は200年前に比べ簡単だったはずだ。なんらかの準備はやろうと思えばやれたはずだ。


 それをせず、国民が汗水流して納めた税金を湯水の様に帝国へ流し、ご機嫌を取り、税金だけではなく国民の日々消費する小麦まで必要以上に高い値段で帝国経由にて輸入にして、高いマージンを帝国の利益として流したりもして来た。国民に小麦を作る量まで上限を設け農業を衰退させたし、鉱山の開発は厳に禁止して来たのだ。

 国民が気づかぬ内に、ボルズリー国の国民は帝国の奴隷と化していたのだが、それなりの生活が出来ている間は、国民はそんな事に気づかない。

 それを良い事に、国を売る様にしてこの200年生き延びてきたのがボルズリー王家なのだ。


 それなのに、帝国が牙を剥いて来たら国民を守る事が出来ないでいる。


 王は、外務大臣に向かい、「帝国軍が王都へ来たら話し合いの場を設ける様、その方へ命じる。それまでに話し合いで出されるであろう議題を想定した問答集の提出を急げ。あ、後、周辺国へ連絡を取り、他国がどんな状況なのか確かめろ。そして万が一の時は協力して欲しい旨を伝えろ」と言い、外務大臣を追い払った。


 外務大臣でなくとも、今この状態で第三国へお伺いを立てたところで、どの国もボルズリー国を助ける国等ない事は火を見るより明らかだ。

 帝国と同じくらい大きな国で、同じく覇権国であれば、利権を求めて表面上は協力してくれる国もあるかもしれないが、それは帝国が別の国に代わっただけで、ボルズリー国がその国に骨までしゃぶられるのに変わりはないのだ。

 実際にボルズリー国の西にチェンバル国という新たな覇権国家が立ち上がっているのだが、外務大臣はそこへ連絡しようとも思わなかった。

 国軍がない事でこの国は最初から詰んでいたのだ。200年ももったのは帝国の気まぐれでしかなかったのだ。


 外務大臣は、王が家族だけで逃亡を図る事をほぼ確信している。

 そんな中、問答集なんて作成しても意味はない。

 が、この国は自分の国でもあるのだ。数か国に向けた書簡を手早く書き上げ、部下たちにできるだけ早く各国へ届ける様に命令し、自分の執務室へ入った。


 ここで外務大臣は自分の机に向かい、大きなため息を一つ吐いた。

 どうするか。数日で到着するであろう敵軍への問答集を作成するか。作成すれば、部下たちにも内容が知れてしまい、自分はここでずっと身動きが取れなくなる。

 問答集を作ったとしても、武力で押されれば実質何もできない。


 外交の重要な手札である戦争が、相手の持ち札にはあり、自分たちの持ち札にはない。最悪なのは、相手もそれを熟知していることだ。

 今までもそうだった。丸腰で敵に対峙しなければならず、外交という名の売国をするしかこの国には手段が残されていなかったのだ。


 さて、ここに残って国の為に死ぬか・・・。領地にいる家族の元へ行き、家族ともども国外へ逃げるか・・・。国外なら以前から親しくしてもらっていたヨルガという小国が良いだろうか・・・。

 外務大臣は頭の中で、何度も考えたが、逃げるのなら早い内に逃げなければ意味がない。

 

 幸いな事に妻子は王都ではなく領地にいる。

 外務大臣は小一時間悩んだが、執務室にあった僅かな貴重品だけ纏めて、部下には知らせず王都の自宅へ戻った。

 金目の物で運びやすいものを2台の馬車に積み込ませ、領地へ大至急運ぶ様に執事に言いつけた。

「今日中に王都を出発させろ!夕方になってもだ。重い物は乗せるなよ。急げ」と指示を出し、自分は護衛を引き連れて馬で移動した。少しでも早く領地へ戻れる為に。

 幸いな事に、帝国軍が北から南下しているので、王都より南西にある自分の領土へはまだ帝国軍は来ていないはずだと何度も言い聞かせながら、夜になって馬を走らせる事ができなくなるまで王都を離れた。


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