学校
王都にある芸能学校の中、衣装作成部屋の椅子の一つに座ってめりるどんがいろんなボタンを作ろうとしていた。
貝を削り出して丸くした後、錐みたいな道具で糸を通す穴をあけたり、木のボタンや、以前にも作った事のある布でくるむクルミボタン等、大きさも種類もマチマチ。
リボンと組み合わせて、ポイントとして衣装に付けるかどうしようかいろいろ考えながら作るのは楽しい。
飾りとして一つか二つしか付けるつもりのないボタンだから、他のボタンと大きさや形を合わせる必要がなく、ただデザインや色味を考えれば良いので作るのが楽しいのだ。
これが装飾としてでなく、服の一部として作るなら、5つ以上同じ大きさとデザインで作らなくてはならなくなるので、ハードルがグーンと上がるけど、装飾用なら一つで十分なのだ。
「コサージュもいいかな~」と独り言が出てくるくらいには作業に没頭している様子だった。
「めりるさん、こっちの衣装のフリルはこれでいいですか?」と芸能プロダクションの衣装製作と会社が経営している芸能学校の衣装クラスの先生でもある未亡人が白いドレスの袖に付けたフリルを良く見える様に少し持ち上げてめりるどんに見せた。
衣装のデザインはももちゃんもする事はあるが、裁縫が得意なめりるどんの方が縫い方まで頭に浮かべデザインするので、現実的であり、それを知っている未亡人は衣裳の事はもっぱらめりるどんにお伺いを立てる。
二人がいる作業部屋には、生徒が11人、各自、自分たちの作品をせっせと作っている。
出来が良い作品はタレントたちに着せることになるので、生徒であってもみんな真剣だ。
生徒11人の内6人は男性で、いずれも将来自分で店を持つ事を目標としている。
職人は店や工房に弟子入りして技術を覚え、ある程度の年数奉公して技量が親方に認められれば暖簾分けさせてもらえる可能性があるというのが職人を目指す者たちの在り方だ。
その際、親方の持つ顧客を少数であるが分けてくれる事もある。
それを期待して弟子入りするのだが、この芸能学校が出来た事により、今までの弟子入り制度とは違った方法で店を持つ事ができる可能性が浮上してきた。
最初に授業料を払うという出費は発生するが、弟子ではなく生徒なので、弟子制度程殴られたり怒鳴られたりと言った不快な思いをせずに技術を身につけられるのだ。
しかも、弟子であれば懇切丁寧に教えてもらえるのではなく、親方の雑用を熟しながら横目で技術を盗む様にして身につけなければならないのに、学校だと懇切丁寧にやり方やセオリー等を教えてもらえるのだ。
店も暖簾分けではないので勝手にだす事はできる。
顧客を分けてもらう事はないが、この学校の母体であるプロダクションが大きな顧客になる可能性があるので、生徒目線から見てもかなり美味しい状態なのだ。
ここで習う裁縫やデザインは衣裳なので一般客向けのものではないが、衣装で使われているちょっとした技術、体にぴったりとフィットしたデザインや、衣装程派手にはしないが小粋な装飾を加えるだけでアイドルに憧れる人たちに売れそうなちょっとお洒落な服を作れる様になるのだ。
実際に、女子グループの衣装デザインを元に、ダボっとした普通のブラウスにフリルを共布で作り、その上に更に小さ目のレースでフリルを二段にしたブラウスが今のトレンドなのだ。
タレントだと体にぴったりとしたボディスとのコンビネーションで使っているブラウスなので、縫製の仕方がブラウスと言っても全然違うのだが、少しでも綺麗に見られたい、流行っている物を身につけたいという女心を大いに擽るらしく、ブラウスにフリルを付けるのは大流行りなのだ。
こういったブラウス等はかなり可愛いデザインになるので着ているのは妙齢の女性が多い。性別や年齢に偏りがあると販売のターゲットは幅が狭くなるが、この手のブラウスを購入するのは婚期を前に婚活中の女性が主なので、多少値がはっても購入してくれる美味しい購買層なのである。
もちろん衣装のデザインに秀でた生徒は学校卒業後に、プロダクションにプロのスタッフとして抱えられる事も視野に入るので、裁縫学科の生徒たちは毎日熱心に学校へ通って来る。
問題は先生が例の未亡人だけであり、彼女はタレントたちの衣装作りもしている事から、受け入れられる生徒数が限られている事だ。
毎年、新入生募集の時はテストをして上位の数名しか入学できない人気が高い学科なのだ。
「う~~ん。フリルは共布にしなくても一段暗い同系色にした方がほっそりして見えて洗練されて見えるかも~。」とめりるどんが未亡人に答えた。
今度は身頃とは違う布でフリルを付ける事が巷で流行るかもしれない・・・。
タレント学科の方も、人数が増えているが、こちらは発声練習、歌とダンスの練習が主だ。MCやファンへの受け答えについての練習や、一部の生徒にはMCとしての練習もさせている。
ダンスは剣舞姫が先生だ。もちろん自分のタレントとしての仕事がない時はという事だが、今では少々年齢が高くなって来た事もあり、激しい踊りを連続で踊るのはそろそろ体力的に厳しいらしく、彼女自身もタレント活動を続けるより、学校の舞踏専門教師をやりたいと言って来たので先生としても再契約したのだ。
タレント学科では、一言にタレントと言っても生徒によって磨ける才能が違うのが問題だ。
噺家の様な芸は、まだこの学校では扱っていない。先生となる人がいないのだ。
演劇学科では演劇の練習なのだが、こちらはももちゃんとめりるどんが悪乗りして紫の薔薇が出てくる漫画の中でやっていた様な練習をさせている。
演劇はプロになる前の学生であっても、例の劇場でプロの定期公演に出演させてもらえる可能性が高いので、生徒に人気の学科でもある。
歌手も人気が高いが、デビューそのものはりんご亭のビアガーデン最後の週に開催されるコンテストで優勝する方がプロへの早道なので、生徒たちは学校で勉強しながら、コンテストにも参加していたりする。
その他裏方にあたる演奏学科や大道具学科があり、演奏の方は以前引き抜いた楽師の人たちが管楽器、打楽器、弦楽器など楽器の大まかな種類に分けて教えている。
大道具の方はこれまためりるどんがDIYの経験を活かして教えており、書割の方はももちゃんが手の空いている時に散発的に教えている。めりるどんの他に引退した元大工の棟梁も先生になってくれているが、彼は大道具しか扱っていないので、めりるどんは必然的に小道具についての授業をする事が多い。
「もう、こう忙しくっちゃ、宿とかザンダル村まで手が回らないよぉ~」とめりるどんは、ももちゃんに聞こえる様に愚痴を言っているのだが、小道具を造ったり、衣装を考えたりするのは楽しいので、本気で愚痴っている様に見えない。
案の定、「みぃ君たちがいたら、いろんなお手伝いしてもらえたんだけどね。まぁ、それを言ってもしょうがないし、宿や工場の方は順調で私達の手をあまりとらなくなって来てるので、それだけでも助かるよね~。」なんてももちゃんの方も真剣にめりるどんの愚痴に付き合っている様子はない。
みぃ君がりんご亭を出て以来、普段どうしているのかについては噂も流れて来なくて、年に一度、夏の時期にりんご亭で4人が集まる時に漸く近況を聞く事ができる感じで、実はめりるどんもももちゃんも心配しているのだが、ごんさんに関しては、ザンダル村やグリュッグの方の面倒をかなり頻繁に見てくれているし、数か月に1度はりんご亭に寄って集金したお金を持って来てくれるので元気にしている事が分かっている。
「全部問題なく上手く行ってるか?」なんてりんご亭の食堂へふらりと現れたごんさんがポツリ尋ねて、「大丈夫」という回等を聞くと、大量に猿酒を飲み干し、揚げ物料理を食べて、次の日には「またな」と言って、りんご亭を後にする。
これだけでも女性陣2人にはとても心強いが、みぃ君は元気にしてるか、安全か等、高利貸しで人に恨まれてないかなど、みぃ君がめったに顔を出さないので心配が尽きない。
女性陣だけになっても事業は問題なく回っているし、芸能関係に関してはその規模が徐々にだが大きくなっているくらいで、忙しくはしているが、従業員を増やす事で何とか乗り切っている。
宿の事はチッチがかなり頼もしくなって来ているし、芸能プロダクションの方もマネージャーも兼務してくれてるバンヤンがかなり頑張ってくれている。
ザンダル村はシミンが、グリュッグはドブレが、そしてごんさんが管理してくれている。
運搬についても船はジャイブが、馬車の方は御者頭として働いてくれているポルゴルという男が管理してくれている。
そういう状態なので、めりるどんとももちゃんは忙しいと愚痴を言いながらも、仕事に忙殺される事なく、芸能関係の仕事を楽しんでいるのだ。
しいて言うなら学校の教師が増えてくれたら、もっと楽になるのだが、この世界では新しい分野なので、少数の講師で複数の学科を担当してもらったり、めりるどんとももちゃんがフォローしてたりで何とか回しているのだが、なんと言っても初年度の卒業生の一部を講師として採用したので、忙しいなりにも結構なんとかなってもいるのだ。
帝国が動き始めた今、自分たちのいる国がどの様な状態になっているのかに気づかないまま、王都の民はいつもの日常を繰り返しており、それは、様々な事業を営んでいるこの二人も同じだった。