南方面軍の移動
《アメンチャ帝国、ボルズリー国との国境の村、ハンクルにて》
「中将、兵糧の積み込みが終わりました」
「そうか、ウェイン。積み荷の最終確認を頼む」
中将と呼ばれた赤毛の男、ゴルゴン・ド・バル、南方面軍の中将は、自分の右側に立っていた銀髪のウェイン第2師団長に出陣前の最終点検を命じた。
「ははっ」と敬礼し、ウェインが荷の積み込み場へ走っていった。
ごんさんたち4人が住んでいるボルズリー国と呼ばれる国は、天然資源は少ないと言われているが、実は資源はあり、国の上層部もそれについてちゃんと把握しているのに開発を見合わせ、農業にもあまり力を入れず、国の北部で盛んな服飾・皮革産業などで作られる貴族が好む様な品物を優先的に作り他の国へ輸出し、それで得た外貨で他国から食料などを輸入している。皮革製品以外にも宝石加工や衣装作成なども主要産業で、言うなれば、世界の貴族を相手にぜいたく品を作成し売っているのだ。
そのボルズリー国の北側にはアメンチャ帝国という皇帝が支配する覇権国家がある。
この帝国は、農作物と天然資源を手広く近隣諸国に輸出し、その外貨で自国では生産されてないないものや、自国よりも品質がより良いものを輸入している。
ボルズリー国には軍隊がない。200年以上前にアメンチャ帝国と戦争をした後から、アメンチャ帝国の圧力により、軍を持つ事を禁止され、それに反発することなく軍を作らなかったのだ。
当時のアメンチャ帝国軍の戦いぶりは、敵国の町という町を焼き尽くし、井戸には毒を投げ入れ、畑には塩を撒く、投降してくる者も含めボルズリーの民は問答無用で皆殺し、そんな戦い方だった。
普通、敵国であっても、勝利した後その地を統治する事を考え、兵士は殺すが、投降までしてきた民は殺さないという各国間にあった不文律を完全に無視した形の戦いぶりだ。
これは、帝国に金髪・銀髪などの色の薄い髪色が高貴で、白い肌でなければ人間ではないという選民主義が蔓延していることが関係しており、ボルズリーの民の濃い色の髪や目、少し褐色がかった肌が彼らにとっては人間ではない証となっているため、この様な害虫はとっとと殲滅するに限るという考えが兵の末端まで行きわたっていたというのも一因だ。
これ以上は国民が殺されてしまう事を恐れた当時の王とその臣下は、ボルズリー国の王家の血筋を絶やさない事を確約してくれれば敗戦を認めると帝国と交渉し、帝国側からはその代わり軍隊を持たない事を約束さる事で決着を見、終戦を漸く迎える事ができたのだ。
それ以降ボルズリー国は王を国民から守る親衛隊のみ持つ事を許された。その他にも天然資源があってもアメンチャ帝国が高く売りつけたいと思っている天然資源と被るものは、開発すら遠慮する様な状態でなんとか国の体裁を維持しているのだ。
農産物の輸入に関しても、アメンチャ帝国からの輸入が他国からよりも断然多く、送られてくる農産物はアメンチャ国内では売る事が禁止されている害虫にも効くが、人体にも悪い影響を与えかねない農薬や農産物を腐らせにくくする薬がたっぷり使用された農産物などが多く含まれているのだが、この様なものもボルズリー国の上層部は輸入する事を受け入れている。
これらの農薬等は、害虫を避ける事で収穫力を向上させたりするのはもちろんのこと、輸送・貯蔵している間に腐ったり、品質が著しく落ちるのを避けるために使われている。輸送中に傷んだものはボルズリー国に到着してもお金にならないのである。これらの人体に悪影響を与えると分かっている農薬等であったが、ボルズリー国としては帝国からの輸入量を下げる訳にはいかず、ボルズリー国上層部が国民に使用されている農薬等は人体に害はないと発表し民を騙す様な形になっており、世界でも一番農薬等が無尽蔵に使われる国となった。結局、これもそれも輸出側の損を極力抑えるために取られている措置だ。ただただ数百年前にたった一度の戦争で勝利したアメンチャ帝国の利のために行われている事であった。
ちなみにだが、この農産物を長年食しているボルズリーの民が亡くなると、その遺体はなかなか腐らないという形で真実が表に出ているのだが、民のほとんどはその異様さにも気づいていない。
終戦から何年も経ち人々の記憶から戦争の悲惨さが櫛の歯が欠ける様に抜け落ち始める頃にはボルズリー国の貴族の中にも、これでは国ではなく帝国の植民地と同じであると言う者も何人かいる。しかし、王族に都合の悪い意見を声高に言うこれらの貴族は閑職に左遷されるのが常なので、今では誰も王の耳に入るところで国についての意見などは言わなくなった。
そんなボルズリー国だったが、最近、帝国の天然資源の埋蔵量が底をつき始めたことにより、自国を取り巻く環境が変わりつつあることに国の上層部は気づいていた。帝国の対ボルズリー輸出入のバランスが大きく傾き、帝国がボルズリー国へ支払う金貨の方が、帝国がボルズリー国から得る金貨の量より極端に多くなって来た目の上のたんこぶ的な国になったのだ。
ボルズリー国王も、この状態を何とか是正しようと、第三国から輸入している小麦などは生産国からではなく、わざわざ間に帝国を挟んでリベートを払う様にして帝国の機嫌をとったり涙ぐましい努力をしていたのだ。まぁ、その分民が小麦を買う時、パンを買う時は他国に比べ異常に高い値段で手に入れる事になるのだが、この国の民は元来がおっとりしている国民性なのか、誰も大きな声でそれに文句を言う者はいなかった。
他国のパンの値段を知らないというのもあるだろう。商人等で他国との商売で外国へ旅する者もいたが、皮革製品など自国の方が安い品目もあるので、その国のパンが安いのはその国が農業国だからくらいにしか思っていなかった者が殆どだったのだ。
だがしかし、帝国の皇帝にとってリベートで得られる少ない金額ではなく、ボルズリー国を手に入れ、鉱山はもとより、ボルズリーの世界的に有名な服飾・皮革製品を作る職人たちを自国のものにし、属国化している第三国に売りつける方がもっと美味しい状態になってきたのだ。
統治が面倒だったので今までボルズリー王家を放置していたが、天然資源が枯渇してきた帝国内に比べ、ボルズリー王国の鉱山は手付かずのままであり、もう領土をそのまま所有した方が、都合が良くなったのだ。
「北部の服飾・皮革産業だけ生き残れば良い。他の都市は王都も含めて殲滅でも良い」との皇帝の命により、南方面軍の第1師団・第2師団の計20,000人に、中央軍から派遣された15,000人が今正に出陣しようとしていた。
ゴルゴン・ド・バル中将は整列した南方面軍の20,000の兵を前に、「では出発!」と号令を掛けてぞろぞろと南下を始めた。
第1師団は別のルートを通ってボルズリー国王都まで移動するのだが、第2師団のルートの方の移動距離が若干長く、第1師団と2師団で王都を東西で挟み撃ちにする作戦のため、到着日を合わせる必要があり2日後に出発の予定だ。
中央軍は第1師団と合同で動くので、今日の出発は第2師団のみだ。南方面軍の軍団長であるゴルゴンは、第2師団と一緒に移動となった。第1師団の方には中央軍から派遣される別の軍団長が指揮するためだ。
「はぁ、今回の闘いは宣戦布告すらしていないんだよな」とゴルゴンは馬に騎乗したまま、すぐ横にこれまた馬に跨ったウェインにボヤキながら移動を始めた。
国境を越えてボルズリー国に入るのだが、関所があるルートは避け、山の中を南下する。
ボルズリー国上層部には大規模な軍が入国した事をギリギリまで知られたくない為の措置だ。
このルートならば、馬1頭、人間一人なら歩ける様な獣道があるのだ。
まぁ、ボルズリー国は馬鹿正直に国軍を持たずに200年やってきているので、こちらが襲われる危険はないのだが、王都を落とすなら、できるだけ王都近くまでは隠密に移動したいのが本音だ。
「今日はここで休む」と号令すると、テントすら張れる程の広さの土地がない。小さな空き地しかないこのルート、山の中を二泊三日で移動し、その後は1週間かけて森などに隠れながら平地を移動する予定だが、兵も含めて第2師団は全員マントなどを身に巻き付けての野宿になる。
虫などもいるので、本当ならテントが欲しいところだが、しょうがない。
森を出てからも正規の街道は使わず、小隊や中隊に分かれて王都を目指す。
小隊で10人、中隊とは40人くらいの塊になる。
道中、ボルズリーの民と行違う事があったとしても、徒歩で移動している民間人ならば追い抜かれる事はないが、馬車で移動する商人には、小分けにされた軍人たちを見て違和感を覚えるのは避けられない事だった。
ただ、移動をしている兵隊たちの軍服が黒色であったため、アメンチャ帝国の軍人である事は分かるし、ボルズリー国内に帝国の基地が複数あるので、基地間の移動かと思う者が殆どだろう。
だが、移動している黒服の数が違う。馬車で追い抜いても、そのずっと先まで黒服がいるのだ。黒服は街道を歩いておらず、森との境界を歩いているのだが、一度その存在に気づいてしまうと、違和感たっぷりなのだ。そこで何人かの商人は、次の領地の領主にこの情報を伝える事を怠らなかった。