グリュッガー領での出張公演 その3
「みぃ様、すごい公演ですね。グリュッグの皆、もう舞台に釘付けですよ」
「アンジャさん、お久し振りです。普段、こちらへ来る事が少なくなってしまったので、本当に久し振りですが、お元気そうで何よりです。石鹸とかの売れ行きはどうですか」
猿酒等の運搬は馬車を3台購入し、御者と護衛を社員として雇っているので、もう4人の誰かが定期的にザンダル村まで行かなくても、ザンダル村の事はシミンが、グリュッグの事ならばドブレが集金や給料の支払いまでやってくれている。
まぁ、そうは言っても4人の誰かが抜き打ち的にザンダル村などへ行く事もある。
どんなに真面目で正直な人であっても、自由にできるお金があれば、魔がささないということが絶対にないとは言えないので、4人にとって大事な社員であるシミンやドブレを守るという意味でも、抜き打ちは時々行っているのだ。
舟は大き目のものをもう1艘購入し、操縦はジャイブの甥に任せている。
ジャイブからのおさがりの小さな船は使わなくなったので、ジャイブの甥が売却してしまった。
だから、みぃ君がグリュッグの雑貨屋主人のアンジャに会うのも久し振りなのだ。
「お陰様で、よく売れていますし、ジャイブさんの舟が定期的に品を運んでくれるので、品切れになることも少なくなりました。助かってますよ。ただ、ソープバスケットの方は、品薄になる事が時々あるので、デザインのヴァリエーションを増やす事も視野に入れて頂き、もう少し力を入れて開発をお願いできればとも思っております」という、思ってもみてなかった角度からアンジャの要望が出た。
「わかりました。どの様に対応するか、4人で話し合って決めます。すぐにご要望にお応えできるかどうかは分かりませんが、前向きに検討させて頂きます」と、みぃ君がそつなく対応していると、「しかし、もも様が芸能って言いましたっけ?こういう興行みたいな事をされるとは想像もしていませんでしたよ。しかし、盛況ですなぁ」ともう、アンジャの意識は舞台の方へ行っていた。
「お陰様で、王都でも大人気です」とみぃ君が自分も大いに知恵も力も貸している事はおくびにも出さず、ももちゃんを称える様に言った。
「アイドルって言うんですか?王都に行った事がない者は見た事すらなかったんですけど、すごいっていう噂は、それはもう、この辺でも有名でして・・・こうして直に目に出来るっていうで、みんなグリュッガー伯爵に感謝してるくらいでして・・・」
「そうだったんですか。我々としても、王都の外で公演するのは今回が初めてなので、こういった機会を下さった伯爵には感謝しているんですよ」
アンジャはうんうん、頷頭する。
ももちゃんが、舞台袖で忙しく指示をしているのを見て、アンジャはももちゃんに挨拶するのは遠慮することにし、「よろしくお伝え下さい」と言い、舞台の正面側へ移動して行った。
アイドルや芸人に商品を宣伝させる商売もしているので、本来ならアンジャとの会話は商機でもあるのだが、この世界にはTVも雑誌もないので、王都から遠いグリュッグでは、王都程の効果は得られないと思われ、敢えてアンジャには商談を持ちかけなかった。
まぁ、これ以上忙しくならない様に、あんまり手を広げない方がいいなという思いと、みぃ君にはみぃ君のやりたい事があるので、プロダクション事業にあまり没頭するのは避けたいのだ。
グリュッグの群衆は1時間半の舞台に齧り付く様に見入っているし、アイドルに恋心を抱く者や、自分もアイドルになりたいと思っている者があっという間に増えた。
この後、王都に出て来て、ももちゃんが経営する芸能学校へ入学する者が増えたのは、この野外ステージのせいなのだ。
意外な事に、衣装作りに興味を持つ人が人数的に一番多く、裁縫技術もなのだが、どちらかと言えばデザインの仕方を学びたがる若い女性が多かった。
芸能学校なのに、お針子希望者が一番多いという・・・・。
芸能を学んでも必ずしも芸能人になれる訳ではない。
芸能学校に入学すると、ももちゃんからこの事を強調した入学の挨拶がある。
芸能学校の生徒は、定額制の入学と授業料を納めたら、腹式呼吸を含む発声練習、ラジオ体操、ダンス、歌唱方法、楽器の演奏、しゃべり方、演技の仕方、作詞、作曲、衣装のデザイン、メイクとヘアメイク等の中から4種類まで選んで受講する形にしている。
どれも素人なももちゃんとみぃ君の地球での知識を元にして教えた教え子や、人気の衰えてきた芸人や、あんまり人気が出なかったけど実力がありそうな元芸人などを教師に据えており、この世界で唯一の芸能学校となっている。
アイドルコンテストなどに如何に勝利できるか等、アイドル本人の経験を聞く機会を設け、生徒たちの満足を得やすくするといった様な工夫も時々施され、相対的に芸能学校の生徒は学校に通うのを楽しんでいた。
一方、最近では、零細規模だが芸能プロダクションがりんご亭の後追いで出来ているが、お笑いならお笑いのみという芸能でも一分野のみを商売のネタにしてたり、抱えている芸人が1~2組と言った具合なので、ももちゃんの事業を圧迫する事はないが、りんご亭からデビュー出来なくても、芸能人を目指す者にとっての門戸が少し広がっているのも行先のない卒業生の受け皿と考えると学校運営の面からはありがたいのだ。
『ダンダカダカダカ ダンっ!ダンっ!』とドラムグループの演技が終わった。
グリュッグの聴衆はお腹に響く音の饗宴に「「「ほぉ~」」」と少し呆けた様に感心していた。
「グリュッグの街のみなさま。今日はグリュッガー伯爵のご招待により、みなさまの前で日頃鍛えている芸をご覧頂けて大変嬉しいです。王都へお出での際は、りんご亭の舞台や、りんご亭が出張公演しております劇場へ足をお運び下さい。今日は、りんご亭の半分にも満たない芸人しかこちらへ伺う事ができませんでしたが、王都ではすべての芸能人が活躍しております。是非、よろしくお願いします。それでは、次は、アイドルグループのチョコ・ミントの歌で、今回の公演を締めくくります。本日はどうもありがとうございましたっーー!」と司会が大きな声で言い、お辞儀をして舞台からはけた。
チョコ・ミントの三人が舞台に立つと、割れる様な拍手と歓声が上がった。
グリュッガー伯爵が駆り出してくれていた数多くの警護役の冒険者なども、自分の仕事を忘れたかの様に舞台に釘付けだ。
観衆が舞台に近づこうと前に出始めてはじめて、自分の仕事を思い出した様で、警棒の様なものを振り回しながら、チョコ・ミントの安全を確保してくれた。
こうして王都以外でも公演をするという前例をグリュッガー伯が作ってくれ、しかも殆どの経費は芸能人を呼ぶ側が持つという前例なので、りんご亭にとってはおいしい仕事だった。
王都ではまだ見劣りのする芸能人であって、芸能に触れるチャンスの少ない人が多い地方公演ならばメンバーに加える事も可能なのだ。
芸能学校を出ても、芸人になれない者たちの救済措置にもなるのではないかと、ももちゃんとみぃ君がグリュッグから王都への帰り道話し合った。今後は、地方公演も積極的に請ける方向になりそうだった。
今回の地方公演はももちゃんは終始ニコニコしていた。