表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/143

グリュッガー領での出張舞台 その2

 最初に予定していた剣舞だが、今や王都で剣舞姫と呼ばれる踊り手は若いが、曲を演奏していたのは、踊り手の母である老婆である。

「私は移動できても、母は年のため、今回の旅行が出来る程の体力がありません」と参加できない事が悔しいと顔に滲ませ肩を落とした。

「お母さまの演奏でなければ踊れないということですか?」とももちゃんが聞くと、そうではないが、今後も活動は母親と一緒にやっていきたいと思っていること、自分の不在中の母が心配である事等を説明された。


「演奏旅行中、お母さまにはりんご亭で生活して頂く事は可能です。寝る事、食べる事は問題ないので安心して下さい。ただ、反対に、お母さまの演奏がなくてもあなたがいつもの様に踊れるかが問題です。どうですか」というみぃ君の問いに、「曲が変わってしまうと、踊りづらいですが、出来ない訳ではありません。母が安全な所で暮らして待っていてくれると分かれば大丈夫です」という答えが返って来た。


 そこで、ももちゃんが暫く考えていたが、突然、「太鼓隊!太鼓隊のリズムで踊る事は出来ますか?」と身を乗り出す様に聞いて来た。

「いつも踊っている曲のリズムであれば問題ありません」という答えを得て、ももちゃんはハタっとみぃ君を振り返った。


「メロディーがない分、合わせやすいし、原始的なリズムだけで踊った方が剣舞の力強さが強調されると思うんだけど、どうかな?」とランランと輝く瞳でみぃ君に詰め寄った。

「う~~ん」としばらく唸っていたみぃ君だけど、「せやな。それだと移動する人数も搾れるし、太鼓隊は太鼓隊だけでの演奏もできるから1時間の演技の枠の中、太鼓隊の演奏時間は増えるけど、いいんやないか?」と賛同してくれた。


 結局、王都で何度か太鼓隊との合同練習を条件に剣舞姫も出張公演に参加する事になった。


 野外のステージは音響が一番のネックなのだ。

 だから、歌と寸劇の声がどこまで遠方に響くかが問題なので、よく音の通る太鼓は、野外ステージに持って来いなのだ。

 室内の公演の時は、反対に太鼓隊の演奏は短めにすれば良いので、野外と室内で公演の構成を変える事も頭に入れつつみぃ君とももちゃんの打ち合わせは続いた。


 演奏旅行期間中は2階の2人部屋を剣舞姫の母の為に空室にする様、スーラに指示を出し、ももちゃんは、今回の演奏旅行参加の芸人に集まってもらう為に、チッチを派遣した。

 そして王都に残って他の芸人の仕事の調整をしてもらうべく、バンヤンにいろいろと指示を出した。

 今回の出張公演中に王都内の仕事を上手く回せる事ができたら、バンヤンにはもっと幅広い仕事をしてもらいたいし、バンヤンに新人マネージャーを育てさせる事も考えていた。

 もちろんそうなると、バンヤンの給料は上げないといけないが、自分の仕事量が減るのなら、安いものだとみぃ君もももちゃんも考えていた。



 みぃ君とももちゃんにとって、グリュッグにあるグリュッガー伯爵の屋敷は二度目の訪問だ。

 しかし、芸人たちにとっては、貴族の屋敷に入るというのは人生で1度あるかないかの大きな出来事だ。


「ランリンス、そんなに緊張してたら、そこら辺の飾り物を引っ掛けて落とすかもよ」なんて、アイドルグループの娘を更に緊張させる様な事を言ってしまうももちゃんに、ランリンスだけでなく、他の芸人たちも鋭い視線を投げるが、ももちゃんはそこら辺、鈍感に出来ている様で、視線に気づいていない様子。

 みぃ君の方が、芸人さんに気を使って「いやいや、普通緊張するよ」と苦笑いしながらももちゃんを抑えにかかる。

 みぃ君がフォローを入れても、芸人たちの緊張は解けない。


 今夜、グリュッガー伯爵の館にて公演がある。

 晩餐会などを催す大きな部屋ではなく、中世ヨーロッパ貴族のピアノサロンぐらいの中規模な部屋だ。

 あらかじめももちゃんから、高さ30センチくらいの木製の舞台を用意する様、伯爵にはお願いしてある。


 芸人は全員、公演をする部屋の斜向かいの部屋が楽屋としてあてがわれており、男女関係なく着替えや化粧、簡単な打ち合わせはこの部屋ですることとなっている。

 この部屋の扉を開けるなり、「おお!結構広いね」と感想を漏らしながら部屋に入って行くのは、自分は舞台に上がらなくても良いももちゃんであった。


 みぃ君も楽屋に入るなり、「荷物はちゃんと全部搬入されてるね。それじゃあ、みんな、手荷物を置いたら会場の場所を確認したいので行こう。簡単な予行演習をするので、パルマと最初の演目の太鼓組だけ会場に残って、残りは楽屋で順番が来るまで待機しててね。太鼓組は太鼓を持って行くのを忘れないでね」と、衣装などの確認をし、芸人に指示を出す。

 パルマはももちゃんがビアガーデン期間中の週の最後の日に行うイベントで、司会者としての才能が見えた男性だ。


 みぃ君が芸人を先導しながら移動している間、ももちゃんは伯爵の使用人に楽屋の貴重品の管理をお願いし、芸人たちを追いかけた。


「舞台は家のビアガーデンと同じだ。高さも広さもほとんど一緒なので、問題はないと思うが、伯爵家のご家族3人以外にも貴族のお客様12人程がお前たちの芸をご覧になられる。少々の失敗は気にせず、いつも通りにやる事に専念してくれ」と、みぃ君が芸人たちの顔を見回しながら言うが、緊張からかぎこちなく無言で頷く者や、なんのリアクションもない者が多い。


 芸人の後ろ側に立っていたももちゃんが舞台の上に上がり、「この人数の観客を前にビビっているのら、明日の中央広場での舞台はもっと緊張することになるよ。中央広場の観客が平民だけだとは思わないでね。いろんな人が自由に見れるのだから。人数だってめちゃくちゃ多いよ。今夜の公演はその予行演習くらいに考えられないとプロじゃないよ」などと、これまで吟遊詩人や王宮の楽隊や道化くらいしか芸人と言われる職業がない中で、手探りで芸人をやっている者たちへかなり手厳しい発破を掛けた。


 一通りリハーサルが終わると、伯爵側から簡単な軽食が配られ、芸人全員が楽屋で食べた。

 太鼓組の数名と、女性歌手の方は、食事が喉を通らないらしく、しきりに飲み物だけを飲んでいたが、目ざとくそれに気づいたみぃ君がカットフルーツを用意し、なんとか全員に食事を摂らせた。


 楽屋の中も芸人が話したりしているのでかなりの煩さだったが、伯爵家の使用人の、「そろそろお客様が会場に入られます」の一言で、楽屋は水を打った様にシーンとなった。

 そのせいで、楽屋の前の廊下を複数の人が行きかう足音や話し声が聞こえ、芸人たちの緊張は否がおうにも高まる。


「おっし!太鼓組とパルマ、ちょっとこっちへ来い」とみぃ君が彼らを呼び出すと、のそのそと楽屋の一角に集まる。

「思いっきり両手を握れ。全身に力を籠めろ。俺が良いというまで、そうしろ」とみぃ君が指示を出し、芸人は素直にみぃ君に言われた様にした。

「よしっ!もういいぞ」とみぃ君が両手をパンと叩いて合図した。

 この動作を3回程繰り返すと、目に見えて芸人の緊張が少し和らいだ様だ。


 これは、緊張に強張った体に意図的に力を入れ、更に緊張させ、その後にわざと弛緩することを繰り替えし、意図的に体だけでもリラックスする様にするための行動だ。

 みぃ君はこのことを知っていたので、彼らにそれを行わせた。

 果たして、この措置のお陰で、みんな緊張から解き放たれた様だった。


 伯爵家のお仕着せを着たメイドが、「皆様お揃いでございます」と楽屋に報告に来た。

「さぁ、始めるぞ」とみぃ君がパルマと太鼓隊を引き連れて会場に入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ