劇場はあった方が良いよね?
「「「「キャーーーー」」」」
若い女性の黄色い声が古ぼけた劇場の中で上がった。
男子ユニットは『シルバー・ソード』と名付けられ、先月からこの劇場で時々出演している。
アイドルコンテストに出演して、ももちゃんたちに認められ、王都の外れの研究所という名の古い家屋で練習を重ねて来たので、今では、持ち歌は7曲に増えている。
今は男性アイドルユニットもこの様に順調だが、そこまでの道のりは長かった。
女性ユニットとソロでやってるロンドニ等の女性陣はデビュー後も順風満帆だった。
何故なら、りんご亭の食堂でも、ビアガーデンでも、他の食堂等でもいつも大入満員なのだ。
だが、男性ユニットの方は最初から泣かず飛ばずで、収入がなく、ももちゃんは頭を抱えていた。
どうして男性ユニットが売れないか?
コンテストの時は、主婦やお子様がビアガーデンに来たが、あれ以来、主婦は誰もりんご亭には来ない。
コンテストの日はお祭りの扱いなので、食堂や飲み屋であっても主婦が出入りする事ができたが、普通主婦が飲み屋等に出入りすれば、隣近所から陰口を叩かれるので、普段は出入りすることはない。
客が男ばかりなのに、男を売りにしている男性ユニットが出演しても、誰も喜ばない。
反対に、女性ユニットには、大勢のファンがついており、興行収入の面では良いのだが、セクハラまがいや、ストーカーまがいのファンも多いので、りんご亭の面々も気が抜けない状態だ。
「男性ユニットってさぁ、女性ファンが付かないと売れないのに、女性は飲み屋に入って来れないんだよね~」とボヤクももちゃん。
「なら、劇場作れば?」
「いやいや、みぃ君。劇場なんて作る方が時間掛かるじゃん」
「え?貴族地区に古い劇場があるやん。それを買い取れば?修理もそこまで必要やないんやないかな?」
「みぃ君、それ良いアイデアじゃん!でも、貴族地区との境にあるやつだよね?あれって持ち主は貴族じゃないのかなぁ」とめりるどんが眉を顰めた。
実はめりるどんは、男性ユニットを提案した事もあり、今の現状に少なからず責任を感じていたので、みぃ君の提案が打開策の様に思え、思わずみぃ君に軽く頭を下げた。
「買わなくても借りれればいいんじゃないかな」と芸能関係の事ではめったに意見を言わないごんさんの一言で、劇場を借りることにした。
借りるだけなら、興行が失敗しても痛手が少ないからだ。
4人はその話が出てすぐに、劇場を借り切って、コンサートを開いた。
ロビンとタチャ等、既に売れている芸人とパッケージでコンサートをという意見も出たが、今回は男性ユニットが芸能人としてやっていけるかどうかを見極める事の方が先決なので、男性ユニットだけのコンサートとしたのだ。
果たして客は来た!
客は来たが・・・・・貴族の若い令嬢たち、そして少し年齢が上だが、やはり貴族のご婦人方が来たのだ。
そして、王都の平民である主婦や若い女性は来なかった・・・。
何故なら、コンサートともなると、飲食代ではなく、チケット代として支払うのは芸に対してのみになり、平民には多少値段を下げたところで、贅沢品となるのだ。
これはダメかと思ったが、貴族の女性の方々は暇とお金を持て余しているので、毎日でも来てくれる。
もう、半分アイドルというよりは、ホストと言った方が良いかも知れない・・・などとももちゃんは思っているが、そこはあくまでもアイドルとして売り出しているので、『おさわりは禁止~!』という方針は徹底している。
そして、新しい曲を覚えてもらったり、オルランドには歌詞を作ってもらったりもあるので、定期公演として、1週間劇場を借りて公演をすると次の1週間はお休みという感じで、男性ユニットの公演をしている。
公演のある日は、借りている劇場の入口で、公演終了後の客の見送りの為に整列した男性アイドル3人に、お貴族のご令嬢や奥様方が美しい花束や、キャンディ等を綺麗にパッケージされたプレゼントを渡したくて、長蛇の列を作る事が慣例となっている。
また、最近では貴族の女性たちにも人気のある、ロビンとタチャや、タップダンス芸人、演劇のメンバー等、他の芸人も一緒の舞台に上げたりして、マンネリにならない様にもしている。
その甲斐あってか、お貴族様からの収入はバカにならない。
稼ぎで言えば、女性ユニットより男性ユニットの方が実入りは良いくらいだ。
この古い劇場は、めりるどんが危惧していた様に、とある貴族の持ち物だったが、既に使われなくなって久しかった。
元々は公演をするための劇場ではなく、貴族の為の貸パーティ会場だったのだ。
普段は領地で暮らしており、社交シーズンになると王都に来て、あっちこっちのパーティに参加するが、自分たちの王都の館ではパーティが開ける程の広さや豪華さの足りない微妙な貴族が、この建物を1晩単位で借りて、そこでパーティを行うための場所だったが、今では新しい建物をもっと貴族街の中心部に建てたため、こちらの建物はめったに使われず、寂れた雰囲気になっていたのだ。
みぃ君が、「貴族の事は貴族に聞いたらええ」とグリュッグの街の時に知り合ったアルフォン・フォン・グリュッガー伯爵の伝手を頼った。
「定期的にあそこの建物を借りたいんですが、平民のみでの使用となります。また、パーティなどではなく歌や踊りなどを披露して、お金を稼ぐために使います。貸して頂けるかどうか、そして貸して頂けるなら料金はどうなるか知りたいんですが、どうかグリュッガー伯爵のお力をお貸し頂けないでしょうか。」
「う~む」と腕を組んでしばらく唸っていた伯爵が、「わかった。力になろう。但し、儂の願いも叶えてもらえたらだがのう」と交換条件を出して来た。
「お前らがりんご亭のビアガーデンなるもので出し物をしているのは知っている。そこでじゃ、お前たちの持つ芸人たち、ああ、全員でなくていいので、数名をグリュッグの祭りの際、出し物を演じてもらったら力になろう」
「そのぉ。大勢で移動しますとそれだけで経費が掛かるのですが・・・」
「移動や宿泊、食事、掛かる費用は全部儂が出す。芸人や楽師、警備の者の日当もだ。ただ、グリュッグの祭りと、その間、我が館で1~2回公演してくれたらいい」
この条件だとりんご亭に掛かる負担は軽減される。そして、伯爵が劇場の持ち主の男爵よりも爵位が上ということもあり、劇場を借りられる可能性が高くなるので、請けないなんて選択肢はなかった。
かくして、グリュッグの祭りにまだ参加する前なのに、無事こうやって古い劇場を借りる事ができたのだ。
劇場を借りる事により、舞台演出のいくつかの問題も解決した。
一つは照明。
天井には燦然と輝く大きなシャンデリアがいくつもあり、夜でも明るい。
蝋燭の代金は掛ってしまうが、その分、入場料を上げればいいだけだ。
もう一つは音響だ。
元々がパーティ用の会場なので、楽師たちの演奏する音楽が隅々にまで響く様に設計されているのである。
ビアガーデンでは、大きな声を張り上げなければならなかったが、ここでは腹式呼吸で話したり歌ったりするだけで会場にかなりの音量で響くのだ。
「これは、ビアガーデンには戻れないかもしれないね」というめりるどんの呟きに、ももちゃんもみぃ君も思わず頷いていた。
劇場の持ち主である男爵から、この古い劇場を買い取って欲しいと言われたが、古いだけあって、補修などが結構な頻度で発生しそうだった。
最終的に、芸能活動で儲けが出る様なら、新しい劇場を貴族地区ではなく、平民地区に建てるのもありかなどと4人は話していたので、今の所、買い上げる予定はない。
「それよりは練習場の充実を図る方が先よ」とももちゃんは言う。
「ドラムを使える様にしたいし、ベースも揃えたい。音楽は低音がお腹に響く方が感動の度合いが違うと思うの」なんて言っていて、ももちゃん同様、昔バンドでベースギターを担当していたみぃ君も低音は重要派の様だった。
今の大太鼓、小太鼓だけのドラムではなく、一人でベースドラム、スネア、ハイアット、ライドなどを楽器工房に説明し、自分たちでドラムセットを組み立て、劇場に置きたいというのが二人の目標の様だった。
セットドラムを置く、つまり、それを叩く事のできる人を育てるということと同義なのだ。
そんな話で盛り上がっている二人を横目に、めりるどんが「でも、お貴族様相手にドラムはない方がいいんじゃない?」と呟いた。
そうなのだ、地球でも中世の頃のダンスや音楽はチンタラしたリズムで、今の地球のドラムセットで叩きだすリズムなどは「お下品」と言われてしまう可能性がある事に今更ながらに気づいたももちゃんが、がっくりと肩を落とした。
『しばらくドラムセットはお預けかなぁ~』と思ったももちゃんであった。