ある冒険者パーティのとある一日 夜
「おお!割といい席じゃねぇか。」ガルバンはバインドルがとっておいてくれた席にドカリと座った。
テーブルそのものは、中庭の階段に近い席だが、ガルバンが座ったのはそのテーブルの中でもビアガーデンの舞台が正面となる席だ。
バインドルはその右隣の席で、少し体を斜めにしないと舞台が見えない。
リーダーの左隣にはまだ空席が2つある。
シルビオとバンヤンのための席だ。
二人は早速サル酒を注文し、残りの2人が来るのを待っている。
「やっぱりテラスは涼しいなぁ。」
「そうっすね。」等と肴なしで飲んでいる。
先に料理まで注文してしまうと、残りの2人が怒るのが分かっているので、まだ注文していない。
今夜はここで飲み食いするものが彼らの夕食になる。
ビアガーデンは料金が少しだけ高目に設定されているので、定食を食べるよりは量は少なくなるが、ここだと涼しいし、舞台も楽しめる。
ガルバン達二人がサル酒で喉を潤していると、シルビオとバンヤンが漸くりんご亭に着いた。
先頃、働き始めた黒髪のウェイトレスが早速注文を取りに来た。
「サル酒二つ。ガルバン、肴は何にする?」
シルビオに聞かれたガルバンが「ポテトフライ、ステーキ4人前、から揚げ、それと俺ら二人にもサル酒お代わりだ。」とちゃっかり自分たちのお代わりを頼んだ。
「今夜から新しい出し物だよな。」とガルバンが言うと、席に着いたばかりのバンヤンが「今日は週初めだから新しい出し物ですね。」と答えた。
「先週の出し物は剣舞だったから妖艶だったなぁ。」シルビオが、先週の出し物を思い浮かべているのだろう、ウエイトレスが運んで来たフライドポテトをぽいっと口に放り込みながらにやけた表情のまま無意識に口を動かしていた。
「今日からの出し物は歌とタップダンスみたいでしたよ。」とこのパーティで唯一字が読めるバンヤンが、りんご亭の前に張り出されていた告知で知った情報をガルバンに告げた。
「ロビンとタチャかなぁ。」とガルバンは肴には手を付けず、もっぱらサル酒を煽っていた。
ロビンとタチャというのは男女二人組の歌を歌うデュオだ。
バンヤンは頭を縦に振ってガルバンの問いに無言で答えた。
まだ口の中にポテトフライが入っているのに大きな口を開けて「最近は人気があるから、他の店にも出ている様だけど、やっぱりここの舞台で歌うのが一番しっくり来るよな。」とシルビオが言うと、バンヤンは再び頭を縦に振って無言で同意を示した。
「今日は、森の木材運びだったから、まだ全身が痛い気がするっす。」とシルビオが言うと、 「暑かったから、もうへとへとだよ。あそこの現場監督は人使いが荒いからなぁ。」とスラリとした男性、パインドルがシルビオに負けない様にフライドポテトに手を伸ばした。
バンヤンは、体があまり丈夫ではないので、力仕事ではあまり役に立たないが、冒険者ギルドに張り出されている依頼を読んで、どの仕事が作業量に比べ払いがいいか等ガルバンに伝えたり、報酬がちゃんと払われているか確認し、それをあらかじめ決められた割合で黒鷲組で分配するのが仕事だ。
重要な仕事だが、実質、お金を稼いでくれているのは力仕事をしている残りの3人だ。
字が読めて、簡単な計算ができるのなら、商店等、他の仕事に就く事も出来ないわけではないが、冒険者パーティであまり体を動かさずちょっとだけ頭を動かすだけで十分な分け前がもらえるのは、彼にとって楽な仕事なのだ。
だから、バンヤンは、パーティメンバーに対しては腰を低くして対応し、機嫌を取りながら、自分の力仕事の分担は増やす事なくこの仕事を続けているのだ。
ロビンとタチャはここのところ、ももちゃんプロデュースでいろんな祭りで歌を歌ったり、他の店での露出の機会も多く、段々と名前が売れて来ている。
一方、タップダンスの方は、ももちゃんが用意した鉄板の上を、めりるどんが作った靴の裏に、これまた鉄の板を縫い付けたものを履いてもらい、みぃ君とももちゃんが振り付けをしたダンスを踊るのだが、今年デビューなのでそれ程の知名度はまだない。
はっきり言って、素人が指導し、素人が演技するので地球レベルにはとてもではないが到達できていない。しかし、娯楽のすくないこの世界だから、観客の反応はかなり良い。
特に、みぃ君が振り付けたコミカルな部分は大受けだ。
演技の最後に、上着をこれ見よがしに大きな動作でまくり上げ、盛大にすっころび、服の上からでは見えなくしていたお尻に付けた鉄板で大きな音を出す部分だ。
ただ、お尻の鉄片では大きな音は出ないので、ももちゃんが舞台袖でダンサーの動きを見ながらタイミングを合わせてトライアングルもどきをチリーンと鳴らしている。
そして、起き上がってすぐお尻からすっころぶ事を繰り返しやるのだが、最後の一回はトライアングルの効果音をワザと尻もちのタイミングからズラし、ズレた事に慌てた様に何度もトライアングルをかき鳴らすので、ダンサーはお尻でジャンプを何度も繰り返す破目になるのだが、それが笑いを誘うようだ。
2組ともそれなりに人気があるが、まだまだレパートリーが少なかったり、演技が稚拙なので、1組だけでは間が持たず、2組出演となっている。そんな事もももちゃんが考えて舞台を構成している。
でも、その甲斐あってか、ビアガーデンはいつも大入り満員だ。
わっはっはっはと、腹を抱えて大笑いしている黒鷲組の面々、タップダンスの終盤でお尻につけた鉄の破片で音を出しているのがウケた様だ。
黒鷲組の面々は間を空けて2回演じられる出し物を2回とも満喫し、閉店までサル酒を楽しんだ。
「ガルバン、明日もりんご亭がいいなぁ。」というシルビオのリクエストに、「明日の稼ぎ次第だな。」と答えたが、ガルバン自身もおいしいお酒と食事、楽しい出し物、涼しいテラスという抗いがたい魅力のあるりんご亭で毎晩食事したいところだ。しかし、入場するだけで出し物の料金が含まれるビアガーデンは彼らにとって贅沢なのだ。
週1~2回行くのが精々だ。
宿としてのりんご亭も寝藁をちゃんと毎日干してくれて、掃除の行き届いた宿として有名であり、他の宿よりちょっぴり強気な値段設定であることも知られている。
だが、壁には珪藻土が塗ってあり、消臭もバッチリだし、騒音の問題も他の宿に比べれば軽微だ。
「おっし!帰るぞっ。」というガルバンの鶴の一声で、黒鷲組の面々は席を立って自分たちの安宿に向かって歩きはじめた。
「いつかはりんご亭を定宿に出来る様になりたいっすね。」というバンヤンの一言に、残りの3人は頷いた。