芸能プロダクションのススメ その2
今日のオーディションは昼食後を予定している。
剣舞が出来るという女性と、演説をしたいという男性だ。
剣舞が出来る女性はリュートが弾ける盲いた老婆が一緒だ。どうやら女性の母親らしい。
レパートリーがいくつかある様で、もし採用となったとしても、1組だけの出演でも大丈夫そうだった。
少し妖艶な踊りだが、小さな子が見ても大丈夫な様に、あまり淫靡にならない様にとお願いして踊ってもらった。
そうなのだ、最近のビアガーデンには父親に連れられて小さな子供たちも来ていたりするのだ。
娯楽のない世界なので、ちょっと懐の温かい親が、自分の子供を連れてくるという光景は、りんご亭では珍しくはなくなって来ている。
しかし、一般の女性たちがビアガーデンに来る事はない。女性冒険者などはたくさん来てくれるのだが、家庭の主婦などにお酒を出す飲み屋はハードルが高い様だった。
なので、子供は男女関係なく裕福な親に連れられて来るが、主婦をビアガーデンで見かける事はない。
剣舞の彼女は豊満な体躯で、胸に生成りの布を巻き付け、ジャラジャラと木の実などで作られたネックレスを身に着けていた。
下半身はアラビアンナイトを連想させる、足首できゅっとしまった薄手のパンツを履いていた。
踊り始めはかなりおとなし目だったのだが、2曲、3曲と進むうち、興が乗って来たのだろう、色っぽい踊りになり始めた。
ももちゃん的にはどうかなと悩んだが、ごんさんがこれくらいなら問題ないと太鼓判を押したので、採用とした。
彼女の採用を薦めたごんさんに、厨房の男たちは心の中で拍手を送っていた。ただし、彼女がビアガーデンの舞台で踊る時、料理人たちは1階で調理しなければならず、実際にはその踊りを見ることはできないのだが・・・。
ももちゃん的に上半身に身に着けているのが、胸だけ隠したというよりも胸を強調した布だけというのはポロリの可能性もあるので頂けないなと思い、その下にブラウスを着てもらうことにした。下のアラビアンナイト風のズボンに合わせてブラウスの袖も手首できゅっと絞まった感じに仕上げた。ただ、夏ということもあり、激しく踊るのに長袖では暑いだろうからと、肩口から手首まで縦に切れ目を入れて、15センチ間隔で縫い留めてその縦のスペースが開きすぎない様にした。
彼女が踊り、腕をしなる様に動かせば、「「「おおおお~~~~」」」という野太い声が客席から上がる。
ももちゃんにはどうしてそんな歓声が上がるのかは理解できなかったが、実は、彼女が踊る度にちらちらと見える細腕がとてもセクシーだと客に大層評判になったのだ。
ももちゃんは狙わずにして、この世界にチラリズムを齎したのだが、本人は気づいていなかった。
もう一人の男は演説といよりは、日本でいう落語の様な物だった。
落語という文化が無い世界なので、どう表現したら良いか分からず、演説として面接希望を出した様だった。
話は面白いのだが、1つの話が長すぎる気がした。
寄席であればそれでいいのだけど、酒場でするには長いといった感じだ。
ももちゃんは、彼の話が調理師のシンに受けていたので、採用はするつもりなのだが、もう少し短めの話をたくさん考えて来て欲しいと課題を出した。
また、ももちゃんはりんご亭の舞台に立つ時に限り、簡単な貸衣装なども無料で貸し出していた。
しかし、他店での公演回数も増えてくると、芸人たちから有料で良いので衣装も貸して欲しいと言われ、今や衣装の貸し出しやデザインも収入の手段となっている。
例えば、舞台映えするドレスや、コミカルな大きな帽子や、不自然に大きい蝶ネクタイ、物まねの時に付ける虫の仮面等、その種類は多岐にわたる。
この世界には蝶ネクタイはないのだが、付けた時の間抜けさ加減がお笑いをやる人にはピッタリなので、結構頻繁に使っている。
虫の仮面は触覚が付いた口から上の仮面を作ったところ、演者の方から自分が物まねできる動物の仮面も欲しいというリクエストがあり、かなりの種類の仮面を作っている。
真似をする動物や虫によって仮面を変えて被る事により、何の物まねをしているのかはっきりするという効果と共に、コミカルなそのデザインで場を沸かすのだ。
また、初日に4人が着た、ルンバ袖のシャツなども貸し出している。
歌手たちが着るお洒落な洋服なども、めりるどんやももちゃんがあっちこっちの布屋に足を運び、舞台に映える生地を購入し、冒険者ギルドで紹介してもらった針仕事が得意な未亡人に依頼を出して、洋服にしてもらっている。
デザインはももちゃんとめりるどんが考えるのだが、こちらの世界では見かけないデザインが多く、製図のひき方や、縫い方については洋裁や機械網みの先生だった母親にみっちり技術と知識を詰め込まれていためりるどんが時々その未亡人に指導していた。
実は、ももちゃんの母親も結婚前に芦屋の洋裁学校に通っていたこともあり、子供が生まれてからは子供たちの洋服を何度も作ってくれていたにも拘らず、ももちゃんは編み物以外に興味を示さなかったので、母親の持っている技術などは一切引き継いでいないのだ。
突き詰めて言えば、デザインしたり製図したりしているのはめりるどんが主になってやっているが、ミシンのない世界、手縫いで何着も縫う仕事だけでも誰かに請け負ってもらわないと、縫物は苦痛なのだ。
同じ幅で縫う事や、まっすぐに縫う事が手縫いの場合は難しいというのもある。
剣舞の女性には来週から1週間公演してもらう事に決まった。
漫談の彼には宿題をクリアした時に連絡してもらう事で、一旦は保留の状態だ。
毎週末の夜は、ももちゃんが司会の様な事をして、お客の中から有志をつのり、舞台の上でクイズやゲームをしてもらい、その様子を見てもらって楽しんでもらうなども行っている。これはビアガーデンが出来た年からやっているイベントだ。
例えば、4人の有志に舞台に上がってもらい、それぞれいつ、だれが、どこで、何をするとタイトルが書かれている黒板を持ってもらい、ももちゃんが出すお題に沿って思い思いの言葉を書いてもらう。
字が書けない人が多いので、その場合は絵で描いてもらったりするのだ。
それを「せ~の」で公開してもらい、描いてもらった絵の意味を絵解きし、更にはそれを一つの文章にし、ちゃんとした文章にならないのを楽しんでもらうと言った様な簡単なゲームだ。
一番人気があるのはジェスチャーゲームだ。違うという合図が片手を顔の前で忙しなく振るというのが、このゲームで定着してしまい、最近では街中で普通に話していても、よくその動作を見かける事が多くなってきた。
それだけジェスチャーゲームが人気なのだ。
大喜利の様な事をする事もある。
「〇〇と言えば」というお題を出し、舞台の上の有志がそれぞれ面白いと思った答えを返してくれる等だ。
これも、有志全員が面白い訳ではないのだが、参加者の中でも、段々とこういったゲームが得意な人が分かってくる。
そういう人は大抵、このゲーム自体を好んでおり、夏の週末にはかならずビアガーデンに来てくれているので、顔や名前も憶えやすい。
ももちゃんは、そういった有志の人たちの連絡先も聞き出し、しっかり登録して、将来、芸人や司会者として活躍してくれる人がいるかもしれないと、登録芸人の数を着々と増やしていた。
実際、以前大喜利で有志として舞台に上がった中で優秀な人一人と交渉し、この大喜利などの司会や突っ込みそのものを専属として担当してもらっており、今ではも舞台進行の上でとても大切な人となっていいる。
この彼は、冒険者チームに入っていて、シーフの仕事をしていたのだが、週末はももちゃんと一緒に舞台に上がって腕を磨いてくれているので、近い将来、この司会業は彼に任せて、ももちゃんは舞台に上らないことを目指しているのだが、はてさてどうなる事やら。
だから、芸人としてオーデションを受けに来る人以外でも、お客の中で光るものを持っている人たちは実際に何度も舞台に上がってもらっており、中にはちゃんとファンがついている人までいたりする。
翌日には寸劇を披露したいといった5人のグループや、王宮で演奏している楽団の人たちが小遣い稼ぎに何曲か演奏したいということで面会を求められている。
王宮楽団関係者は既に何人か舞台に上がってる人もいるのだが、舞台に上がる前に、もし、リンゴ亭の舞台に上がることで王宮と揉めても、りんご亭に一切の責任はないという誓約書にサインをしてもらってから舞台に上がってもらっている。
ただ王宮の楽団の人が弾く曲は、大人しいものが多く、あまり冒険者に人気がない。
ももちゃんやみぃ君がこんなの演奏できますか?と言って口ずさむ曲を耳コピしてもらい、数曲弾いてもらう事もある。