芸能プロダクションのススメ その1
「私は、物まねが出来ます。」と必死な顔つきでももちゃんの方へ体を乗り出す様に燃える様な赤い髪の筋肉粒々の大男が自己紹介を始めた。
ここの所、ももちゃんは忙しい。ビアガーデンを始めて2年目で、そろそろ秋口なので今年のビアガーデンも終了が近いのだが、ビアガーデンの舞台で歌わせて欲しいだの、演説をしたいだのという希望を出す人が増えて来たからだ。
ドンパ事件の印象をかき消すために始めたとも言えるビアガーデンの舞台は、今や大盛況で、出演志願者も多い。
「その・・・。パノバンドさんでしたっけ?」とももちゃんが遮る様に相手の名前を確認する。
「はい。パノバンドです。」
「物まねが得意という事でしたが、どんな物まねが得意なんですか?」
「はい。鳥とか動物の鳴きまねです。」
そう、この世界で物まねと言っても有名な人は王族くらいで、その王族すら一般人では実際に話しをした事がある人などほぼゼロだ。
かろうじて王様が王都の中央広場で裁判をする姿を見る事ができるくらいだが、王様の物まねは不敬罪に相当する。それを敢えてする人などいない。
必然的に動物などの物まねしかないのだ。
ただ、お酒の場で、動物の物まねをしても誰も楽しくない。
ももちゃんは頭を抱えた。
ももちゃんの反応が良くないと感じたパノバンドは慌てて物まねを披露した。
『う~~ん。確かに上手い!上手いけどこれだけでは…。』とももちゃんはまだ頭を抱えている。
「もし、動物や鳥の物まね以外でもお題をもらえれば頑張って練習して来ますっ。」とパノバンドは必死だ。
「う~~~ん。」とももちゃんはまだ悩む。
しばらく悩んだ後、「今すぐ舞台に上がってもらうのは無理ですが、何か機会があったら声を掛けるっていうのでいいですか?」とパノバンドの連絡先を貰う。
こうやって舞台に立ちたい人たちの連絡先がももちゃんの元に続々と集まって来ている。
何故ももちゃんが彼らを足蹴にせず、連絡先とその芸を木製カードに書き込んでいるかというと、夜の4人の会議で、ビアガーデンの次の出し物は何にするか相談する時、意外な芸と芸が合わさって面白いエンターテイメントになる事があるのだ。
実は、このパノバンドも、この後の会議で寸劇のグループと組み合わせて効果音として出演させると話がまとまり、ももちゃんプロデュースの元、新しいスターとなるのだ。
その際、その大きな体に似合わない、とても可愛くデフォルメされたももちゃん作の鼻から上だけの小さ目の仮面、例えばフクロウの声真似ならフクロウの仮面、鈴虫の物まねなら鈴虫の仮面といったような仮面を被り、物まねしながらも舞台袖で体を極端に小さく見せる様に四苦八苦している様を客に全面的に見せる事で、シリアスな寸劇の舞台に笑いを呼び起こす、そんな役どころで人気を馳せるのだが、それはまた別のお話。
「はい。是非機会があったら声を掛けてください。よろしくお願い致します。」とでかい体を半分に折り曲げて挨拶をし、パノバンドはりんご亭を後にした。
ももちゃんのこういう舞台に上がりたがる人との面談は、食事時間を避けてだが、食堂でやっている。
その様子を見たヴィスタとオイードが食堂を通って外に出る為横を通る時、「ももさんも、大変ねぇ。舞台に出たい人が多くて。」とヴィスタが言うと、「でも、ここの舞台に上がると有名人になれるものね。ももさんが他の舞台の仕事も斡旋してくれるし、希望者は多いんでしょ?」とオイードが、ももちゃんに話しかける。
この二人は、以前、ドンパの事件の時にもずっと宿に残ってくれてた二人組だ。最近では実入りも良いらしく、大部屋からツインの部屋に代わっている。
彼女たちの部屋は、可愛い小物などがあっちこっちに飾られて、彼女たちらしい部屋になっている。
「他の仕事の斡旋って言っても、そんなに数はないんだけどね。」とももちゃん。
「でも、りんご亭のビアガーデンに出演すると、他の飲み屋さんでも出演できるしね。」とオイードが言うと、「他の飲み屋さんなんて、りんご亭の真似してるだけじゃん。何でそんなライバル店に自分たちの芸人さんを紹介するの?」とヴィスタがももちゃんに不思議そうな顔で迫る。
「家のビアガーデンは、夏の間しかしないから、それ以外の時期は仕事が発生しないのよ。彼らも生活があるから、他の舞台にも立てる様にしてあげないと・・・。」というももちゃんのお人好しな意見に、ヴィスタとオイードは呆れた顔をした。
「そんなお人好しな事言ってると、芸人全員他の店に取られちゃうよ。」と心配そうな顔をするヴィスタを、「ももさんにはももさんの考えがあるんだよ。きっと・・・。ほら、ギルドへ行かなくっちゃ。」とオイードがヴィスタの右腕を掴んで引っ張る様にして外へ出た。
実はももちゃんは、登録した芸人が他店で仕事をする場合、紹介料を貰っている。
決して大金にはならないが、自分が働かなくても僅かばかりのお金が入ってくるのだ。
店の中には、この手数料を支払うのが嫌で直に芸人に声を掛けたり、契約する店もあるが、そういう芸人は二度とりんご亭のビアガーデンには出演できなくなるため、そんな馬鹿な事をした芸人は最初に引き抜かれた3組だけだ。
店の方も一度そんな事をしてしまうと、りんご亭、つまりももちゃんから他の芸人は紹介してもらえなくなるので、芸人を引き抜いたのは最初に反旗を翻した2店舗のみだけだ。
その2店舗は最初に引き抜きに成功した3組だけで出し物をしていたが、ずっと同じ出し物をしていると客は飽きるのである。とうとう今では、どちらの店も出し物はやっていない。
そうなると、引き抜かれた3組の芸人はりんご亭に睨まれると不味いと思った店等からはソッポを向かれ、今舞台には立てていない。
王都では、この2年間でりんご亭のビアガーデンに出演している芸人は一流ということで、持て囃されている。
ももちゃんたちが作って売っているブロマイドの売り上げも順調だ。
実はこのブロマイドの絵はももちゃんが描いている。
版画にして、刷っており、出来上がった物には芸人本人がサインをしている。
ブロマイドの絵の方は、地球で使われているデフォルメの技法を使って、芸人たちの顔や体の特徴をこれでもかと強調された絵になっているのだが、今流行りの芸人のブロマイドを持っている事が『通』の証の様になっているため、売れ行きは良い。
そしてりんご亭としてもブロマイドの売り上げは無視できない収入なのだ。
もはや芸人になりたい者にとってはりんご亭へ行くのが最短距離となっていた。
というか、りんご亭がなければ芸能人という職業そのものがこの世界には無かったのだ。
吟遊詩人などはいたが、彼らは舞台の上に上がって仕事をするのではなく、昭和初期の頃、日本で見られた流しと同じ様な職業だったので、酒場を渡り歩き、客の注文に応え客の横で歌うのだ。わざわざ舞台を作りその上でショーとして芸を見せるというのはりんご亭が発祥の地なのだ。
一度、夜の4人の会議でこの芸は使えるのではないかとなったら、オーディションを開く。
希望があるからと誰でも舞台に上げていたら、実力も魅力もない舞台になってしまう可能性があるので、前もってオーディションをしないと、とてもではないが舞台にずぶの素人を上げる事はできない。
そして、人の好みは千差万別。オーディションの時は4人や現地の従業員の意見も重要となってくる。
時間が合う人だけでもオーディションの審査に参加してもらい、一人でも良いと思う人がいれば、内容を吟味し、時には手を入れて、舞台に上がってもらう事にした。
ももちゃんの仕事が大幅に増えているのだが、そうしなければビアガーデンを開いている間4人が毎晩、舞台に上がって演奏しなければならなくなるからこの仕事は必須なのだ。とは言え、ビアガーデンが始まってから2年目なので、登録したり実際に舞台に上がったりしたことのある芸人の数はそこそこ多いので、今更4人が舞台に上がる必要はないのだが、あまりバリエーションのない舞台が続けば、4人のパーカッションをとももちゃんが言い出しかねないのだ。
それに自分たちもこの娯楽の少ない世界で、芸人の芸を見たり、指導したり、工夫を凝らすのは楽しいのだ。
一方、宿屋とザンダル村等の生産は順調で、一番の懸念事項であったサル酒の運搬に関しては、一年半前に自前の馬車2台と御者と警護の者たちを雇ったので、今ではみぃ君もごんさんも王都から出るのは、ザンダル村やグリュッグでの商売等を点検に行く時だけとなっていたので,
プロダクションの仕事にも喜んで力を貸してくれていた。