エンターテイメントを始めよう
裁判のあった翌日、ももちゃんは3人を居間に招集した。
「昨日の夜話した件について、会議を開きたいと思います。」
「え?朝から?」とめりるどんがいつもと違う時間帯に召集されたことについて聞き返した。
「うん、だって、しばらくしたらまた誰かがザンダル村まで猿酒を取りに行かないといけないじゃない?話し合いは早い方がいいのよ。」
「そうか・・・。酒も取って来ないといけないなぁ。運搬についてもそろそろどんな手段にするか決めないとな。」とごんさん。
「あっ、そっちも決めないとね。」といいつつ、ももちゃんは筆記用具をテーブルに乗せた。
「ビアガーデンだけど、音楽を演奏するっていうのはどうかな?」
「楽器を演奏するの?」
「うん。めりるどん。それもあるんだけどね、楽器の値段とか、どんな楽器があるのかを確かめてからでないと楽器を使っての演奏はできないと思うんだ。」
「そうだよね。」
「みぃ君と私はベースやってた事もあるし、私は幼稚園からオルガンとかピアノ、クラッシックギターを習った、と言ってもちょっぴりだけどね、禁じられた遊びくらいしか弾けないんだけどね、まぁ、簡単な弾き方は分かるから、ある程度の楽器なら大丈夫だと思うんだよね。それよりも!まずはパーカッションのセッションはどうかなと思って。」とももちゃんが嬉々として話し出す。
「パーカッションってドラム?」とみぃ君が確認する。
「うん、ドラムって言ってもブラジルのバイーア音楽って知らない?オロド〇ンとか。」とももちゃんが言うけど、3人とも知らないみたいだ。
「全員がね、いわゆる太鼓をぶら下げて、マーチングバンドよろしく外で演奏するんだけど、踊りながら叩くのよね。」
「あ、なんか昔見た事がある気がする。CMに出てなかったっけ?」とめりるどん。
「う~~ん。CMに出た事あるのかな?私は知らないけど。でね、太鼓なら本物の太鼓でなくても、バケツみたいな物を裏返して使ってもいいし、バチがなくても手で叩いてもいいから安上がりなんだよね。」
「で、ももちゃんはそのバイーア音楽だっけ?パーカッションだけでどうしたいの?」とめりるどん。
「えっとね、現地の人にいろいろな出し物をしてもらうのを将来の目的として、まずはエンターテイメントがどんな物か、私たちで披露してみたらどうかと思って。」
「え?俺たちが人前で演奏するの?」
「うん、ごんさん。最初は抵抗があると思うけど、独りでやるんじゃなくって、私たち4人、ううん、もしかしたら現地の人も数人交えて複数でやるから、一人一人はそこまで目立たないと思うよ。」
「しかし・・・・。」
「現地の人が育つまでだから。やっても1か月くらいかな~。幸か不幸か今はまだお客が少ないし、調理や給仕に私たちの手が掛からないと思うし・・・・。まぁ、もし、お客が増えたらビアガーデンのためのアルバイト雇ってもいいしね。」
「でも、ももちゃん。私、ステージに上がるとかできないよ。」とめりるどんは不安そうだ。
「いやいや、ここは最初の1か月だけみんなで恥をかけば現地の人でもエンタメできる様になると思うから。で、庶民向けのエンタメのないこの世界で、エンタメを提供すれば、飲み食いだけじゃなく、りんご亭がこの国のエンタメの老舗になるので、今回の食中毒事件とりんご亭が結びつかなくなるというか、ドンパ事件のことより先にりんご亭イコールエンタメの図式が出来上がるはずなんだよね。」
「わてはええ思うでぇ。」
「おお!みぃ君、ありがとう。」
「ええーーー!私は嫌だな。しかも踊りながらドラムとか無理!」
「めりるどん、そんな事言わずに一か月だけだから。ね、お願い。んーっと、踊るのなしで、座ってパーカッションだけならどうかな?」とももちゃんが両手を擦り合わせて拝む様なジェスチャーをする。
「俺もステージに上がるのは嫌だけど、今回の食中毒事件を忘れてもらうにはいい案だと思う。」とごんさんまで賛成してしまうと、めりるどん一人で反対する訳にもいかず、結局エンタメ展開に着手する事にした。
「それで、ももちゃんは将来的にはエンタメ部門も会社の事業の中に組み込むつもり?」とごんさん。
「良く分かったね。うん、登録形式でやれればやるつもり。昼間他の仕事を持ってる人も、夜だけなら副業でできるしね。で、都度、やれる人を選んでここのステージに立たせるつもり。」
「さよか・・。でも、考えたら色々おもろいかもしれへんでぇ。」
「でしょ?オーディションとかして、漫談とか寸劇が出来る人とかも出て来たらいいなぁ。」
「あ、寸劇とかはマイクがないとダメなんじゃ・・・。」とめりるどんが遠慮がちに言うが、「そうなんだよね~。」とももちゃんも同じ事を思っていたらしく、どうやったら騒がしい酔客がいるだろうビアガーデンで役者の声を響かせる事ができるかについては結論が出なかった。
猿酒の運搬については、相変わらずごんさんとみぃ君で試行錯誤してもらい、これはという運搬方法の案が出来たら、俎上に載せてみんなで話し合うということで、先送りにされた。
何故なら、まだ裁判から1日しか経っておらず、今後の需要が掴めていないからだ。
ももちゃんは食堂の準備も放棄して、その日は王都中を走り回り、楽器店を求めて彷徨った。
一日中、歩き回って楽器店はないこと、この国唯一の楽器工房が王都にあり、ここで発注をしてから楽器を作り、出来上がった楽器は工房から直に発注者へ売られるを突き止めた。
工房は、貴族街の近くに位置しており、王城のお抱え楽団御用達であることが分かった。
それ以外にも吟遊詩人などのリュートがこの工房で作られているらしい。
「こんにちは。」
勢いよくももちゃんは工房の中に入る。
「いらっしゃいませ。当工房は初めてでいらっしゃいますね。」
「はい。りんご亭という宿屋兼食堂をしています。今日は楽器が欲しくて来たんですけど、どんな楽器があってどれくらいの値段なのか知りたくて。あ、納期も分かれば教えて下さい。」と矢継ぎ早に捲し立てた。
「はははは。じゃあ、こちらにお座りください。今、目録を持ってきますね。」と細身の白髪の男が店の奥から目録を取って来て、ももちゃんの前に座った。
目録の中には、太鼓は2種類。大太鼓と小太鼓。ピアノはなく、ハープシコードに似た楽器しか鍵盤楽器はなかった。
木管・金管は最初から購入するつもりはなく、買うとすれば後は弦楽器くらいのものだ。
リュートの他には様々な大きさのヴィオラらしい弦楽器があった。
楽器はどれも高価な物で、値段と納期を聞き出し、ももちゃんは表を作った。
トライアングルに似た音の調律する器具もあったので、工房で使っていた使い古しの物を一つだけその場で購入した。トライアングルとして使用するつもりなのだ。
「では、注文する時は、納期も考えてまた来ます。」
「分かりました。お待ちしております。」と貴族的な仕草で対応してくれた店員だが、果たして貴族の血筋の人なのか平民なのかは最後まで分からなかった。
その夜、夕食の後、またまたももちゃんはみんなに召集を掛けた。
「楽器の値段と納期が分かったのだけど、まずは空樽を使ったパーカッションのセッションにしようと思うの。だって、楽器って高いんだもの。」
「やっぱそうだよね。生活に関係のない物だから、楽器って高そうよね。貴族くらいしか使わなそう。」とのめりるどんの言葉に3人ともが頷いた。
「空の樽は酒屋さんに言って、今のところ4つ集めてあるの。」
「ん?家の空樽使うんやないの?」
「家のも使うかもだけど、酒屋さんでは大きさの違う樽にしてもらったから。」
「なるほど。音程に幅を持たせるってことやな。」
「んだんだ。練習場所を確保したら、みんな練習に付き合ってね。あ、それとトライアングルだけは買って来たから~。」と事後報告をするももちゃんであった。