ドンパ事件 その5
晴れた日だった。ピーカン。そういう言葉が相応しい雲一つ無い青空だ。
中央広場には臨時に組み立てられた木製の舞台があり、その上には王様が座るためだろう豪華な意匠の椅子が一脚置いてあった。
りんご亭の4人はゴルミ衛兵副長に指示された通りに舞台の袖に緊張した面持ちで控えていた。
昨日、ゴルミ副長に今日する予定の演説原稿を見せ、内容を確認してもらっていた。
ゴルミ副長のお墨付きを貰っても、まだ不安は残る。
それでも今日の演説を成功させなければりんご亭に未来はない。
今日の裁判はドンパだけでなく、ここ数か月の大きな事件全てについての裁判だ。
小さな事件であれば王様の手を煩わせる事なく役人の手で処理されるから、王様が中央広場で裁くのは民衆の関心のある事件か、凶悪な事件のみであり、それも数か月毎に半日程度の時間だけだ。
ただし、この広場で裁かれるのは平民が関わる事件のみとなっている。
貴族が関わる場合は、平民には知らされず、城の中で裁かれるのだ。
現在進行形で裁かれているのは泥棒を繰り返していた男で、両手を切り落とされる罰が言い渡されていた。
男は悲鳴を上げ「俺は盗んじゃいねぇ。うわぁぁぁ。」と何度も繰り返していたが、複数の窃盗事件に対し、多くの証人が舞台に上り証言した事から、窃盗犯であるとされた。
男の両手を切り落とすのは舞台の横、4人が今立っている方とは反対の方で行っている。
ご丁寧に拷問器具なども並べられており、ごんさんたち4人はできるだけその方向に目を向けない様にしていた。
広場に集まった民衆はお祭りでも楽しむかの様に、裁判と刑の執行を見学している。
次がドンパの番らしく、赤いお仕着せを着た衛兵が4人を呼びに来た。
ゴルミ副長の取り計らいにより、みぃ君がお願いした通りにドンパは2番目という早い時間に裁かれることになった。
舞台の中央に設置された立派な赤い肘掛け椅子には王様が座っており、舞台右側にはゴルミ副長が立っている。
裁きの日に舞台に上がるのは、衛兵長と副長が交互で行っており、今回は副長の番であったのだ。舞台に上がっていない時は、普段溜まっている書類仕事に充てられているらしく、今日は衛兵長は広場に来ていない。
そして今舞台に上って左側には、被害者となった子供たちの親や子供たちを診た医者と一緒にごんさんたち4人とりんご亭の従業員が立っている。
ただし、被害者の親御たちは、4人とは少しスペースを空けている。みぃ君たちのせいではないと頭では分かっていても、今の王都の風潮で、危ない料理を広めた4人を責めてしまいそうになる気持ちがあるからだ。
舞台横で控えている間に、みぃ君たち4人は彼らに丁寧にお悔やみを言ってくれたのだが、元から持っている感情はなかなか変えられない。
舞台左側の前、広場の石畳の上に直に組まれた簡単な調理台などが民衆の目に入った。
「次は、ドンパ。古い油で揚げた芋を売り、死者を2名出した事件。」とゴルミが案件名を言うと、赤いお仕着せを着た衛兵2名に引きずられる様に舞台中央に上げられたドンパが舞台に直に座らされた。
役者が全員揃ったところでゴルミ副長が王様の方を向き、事件について民衆にも聞こえる様に大きな声で説明し始めた。
「ドンパは知人の紹介で4の月から冒険者ギルドの裏通りにあるりんご亭に勤め、そこでポテトフライなる芋を油で揚げる調理法を学んだ。5の月には無断でりんご亭に来なくなり、6の月にはポテトフライの屋台をりんご亭に断りなく始めた。」
そこまでゴルミが説明すると、民衆たちからザワザワとした声が上がった。
「りんご亭で修行していた1か月の間、りんご亭の主が何度も古い油では絶対に調理しない様にと教えたのに、油代を惜しんだドンパは、その注意を守る事なく、古い油のまま調理・販売を続け、その料理を食べた子供2人を死に至らしめた。」と民衆の騒めきに被せる様に大きな声で話した事で、広場の隅々までその声が響いた。
ドンパの件だけではなく、各事件の概要を説明するゴルミ副長の声は大きい。
つまり、王様だけでなく、民衆にも事件の概要を知らせるのが舞台に上がる衛兵の仕事でもあるのだ。
何故なら、この王による裁きは、人心掌握のために王が行う行事だからである。
中央の椅子に座っている王様は内容を理解している事を示す為に、時々頭を縦に振っていた。
「そして、ドンパがこの様な事件を起こした事により、今まで一度も食中毒を出した事のないりんご亭までもが同じ料理を売っているということで被害を受けている!」と続けた。
「俺は知らなかったんだぁーー。油が古いと!!ガボッ!・・・△◆×◎▼・・・」とドンパが叫ぶと、衛兵がまだお前が話して良い時ではないと、警棒の様な物でドンパの右頬を突き刺す様にして押さえた。口の形が変わる程、警棒を押し付けられていて途中から何を言っているのか分からなくなり、最後にはドンパも痛みから言葉を発する事すら出来なくなった様だ。
それでも警棒を押さえつける力が少しでも緩むと、「ぐごがが・・・・っ。」とドンパの口から言葉にならない声が上がる。そしてドンパの口から何かが漏れると、すかさず衛兵が押さえ付けている警棒が更に強く押し付けられた。
「それでは証人として亡くなった子供たちの親、子供たちを診断した医者、りんご亭の主人4名とその使用人3名。証人12名は前に出よ。発言を許す。」とゴルミ副長に促され、りんご亭の一行を含め証人たちが数歩前に出た。
まず、医者が証言をした。ドンパの売ったポテトフライを食べた後、子供たちがどんな症状になったのか、子供たちが共通して食べていたのがパンを覗いてはポテトフライのみであることから、原因がドンパの料理であったことは間違いないなどを滔々と証言した。
医者の次は亡くなった子供の両親の内、少しだけ年長に見える男が一歩前に出て、「うちの子はまだまだ幼く、可愛い盛りの大事な子でした。俺たちにとっては唯一の子供だったんですっ!」と、大声で訴えると、泣き崩れる妻の肩を抱きながら、自分も滂沱の涙を流している。
泣いて主張を続ける事ができなくなった親に代わり、もう一人の被害者の親が、少し前に出た。
「安全でないものをまだ分別もない子供たちに売りつけ、子供たちの命を奪ったドンパに極刑をお願いしたい。何卒お慈悲を。」と涙を浮かべた目で、王に頭を下げた。
こちらの子供の母親は声も上げる事が出来ない様で無言で泣いていた。
年嵩の方の父親は、泣いている妻の肩を抱いて少し後ろに立っており、年若いの親はドンパに極刑をという望みをはっきりと口にした。
ただ、最終的には王様が審判するということで、平民から王には懇願という形でしか自分たちの意思を表わすことが出来ない様で、ドンパを睨みつけている強い視線に比べ、言葉は比較的柔らかった。
次にみぃ君が民衆に向かって「私たちは、りんご亭をやっている日本という国から来た4人組です。数年前からガクゼン領のザンダル村に住んで、猿酒や石鹸などを作って商売して来ました。今もその商売は続けていますが、今は王都に住んででりんご亭という宿屋を作りました。」と、まずは自分たちが何者なのかの説明をした。
しかし、みぃ君がしゃべり始めると、「引っ込めーー!」などと野次が入った。
事件を起こしたのはドンパだが、群衆の一部には、りんご亭も同罪といった雰囲気が漂っていて、みぃ君の話を野次でかき消そうとした様だった。
これには王都の一部の食堂等が民衆を煽ってりんご亭で食事をしたら危ないなどと流言飛語を飛ばしたり、今、この瞬快の野次もりんご亭の斜め向かいの店の主人が、群衆に紛れて発したのだ。
りんご亭の4人は他の食堂の客を取った覚えはないのだが、確かにりんご亭が繁盛すれば、その分今迄より売り上げを落とした店があるはずで、ライバル視されているのも突飛な事ではない。
「おい!今、野次を飛ばした奴は、しょっぴくぞ。これは証言なのだ。遮る事は許さん。」とゴルミ副長が群衆に向かって怒鳴った。
副長が野次を遮ってくれたのはりんご亭だからという訳ではなく、普段から王様が執り行うの裁判では、証人の証言に野次を飛ばし、証言を遮ってしまうと強めの注意が飛んでくるのだ。
まぁ、極悪人を非難する様な野次の時は、意図的に放置される事もあるらしいが、普通の証言であれば、途中で野次が入れば今回の様に衛兵から注意が入る。
「りんご亭では、私たちの母国、日本で一般的な油で揚げる調理法も使って料理をしています。ポテトフライはそんな油で揚げる料理の一つです。他にも鶏肉を揚げる唐揚げや、衣を付けて揚げる天ぷら、豚肉を揚げるトンカツなど、それこそいろんな揚げ物のある国です。」と、みぃ君は、ももちゃんとめりるどんから手渡される皿に乗せらられたポテトフライや唐揚げ、天ぷら、トンカツを視覚的に理解してもらう為に群衆へ向けて示した。
後ろの方に立っている人には料理まではっきりとは見えないだろうが、実際に調理したものを示しているのだと分かれば充分なので、この方法を取った。
「古い油で調理すると体に悪いと言うこと・・・。」
「危ない食べ物を持ち込むなーー!」と今度はみぃ君の説明を遮ってゴミを投げつけてきた。
群衆が多いので、実際には誰がゴミを投げたのはか分からない。しかし、実はこれも別の食堂の主人だった。ただ、群衆に紛れているので、誰がやったのか特定するのは難しかった。
「油はっ!」と大きな声になったのを誤魔化す様にみぃ君は、コホンと席をして、「ここで良く食べられている芋と同じです。芋に芽が出ていたり、皮が緑になっていたらその部分は使わないといった様に、調理の仕方を間違うと危ないものです。でも!みなさんは毎日の様に芋のスープを食べていますよね?ちゃんと気を付けて調理をしていれば死人は出ない。そうですよね?」と続けた。
「油も古くなった物では調理しないというのが大事な事です。なので、私たち4人は、ドンパだけでなく、家で雇った調理人には全員、何度も古い油は使ってはいけないという注意をして来ました。」みぃ君がここまで言うと、ボルゲとシンが前に出て来た。
「俺は、ドンパと同じ時にりんご亭に雇われた調理人だ。最初は、新しい調理法を教えてもらえず、普通にスープとかの調理だけしていたんだが、2週間くらいして店に慣れると旦那たちがポテトフライの作り方を教えてくれた。そん時、古い油は絶対に使ってはダメだとか、どんな状態の油が古いかと言った事を繰り返し教わった。もちろん、俺と一緒に仕事していたドンパにも同じ様に教えていたのを俺は見た。」
「私は、ドンパが無断で店を辞めて後、屋台を始める前に雇われた者だ。つまり俺はドンパが事件を起こす前からりんご亭で働いているが、古い油は使ってはいけないと何度も注意されている。だから、親方たちが俺たちに古い油は使うなって普段から口うるさく言ってたのは、ドンパの事件の後からではなく、働き始めた当初からちゃんと注意してくれていたってことだ。」とシンまで一歩前に出て声を張り上げてくれていた。
2人の調理人が証言をした後、チッチも前に出てきてくれて、「旦那方がドンパに古い油は毒になるから絶対に使うなと言ってるのは、何度も見たっす。」と証言してくれた。
「それでは今からみなさんに、油で揚げた料理が如何に安全か、身を以て証明します。」とみぃ君が言うと、ボルゲが舞台を降りて簡易調理台の前に立った。
4人の間で誰が調理するのが一番効果的かについて話し合った結果、こちらの人間に調理してもらうのが一番だという意見に落ち着いたのだ。
調理教室の要領で、めりるどんが説明をした。
但し今回は料理方法の説明というよりも、古くなった油と新しい油の見分け方について力説した。その為に、芋をカットしていることが分かる様に、最初から皮を剥いた芋を用意し、一部だけカットし、元からカットしていた別の芋と合わせて揚げる等、TVの料理番組の様に時間短縮できるところは徹底して短縮したりする等の工夫を凝らした。
今回も実際に古い油を入れた鍋を用意して説明した。
出来上がったポテトフライをボルゲに舞台の上に持って上がってもらい、「この料理が古くない油で調理されれば安全だという事を今から証明します。」とももちゃんが言い、その皿に盛られたポテトフライを全部食べて見せた。
「ドンパの事件で、可哀そうな子供たちに異変があったのは食べてから2時間経たない内だったと聞いています。今日の裁判が終わるまで私はここの舞台横に居ます。終わるまで何の異常もなければ、油で揚げた料理が危なくない証明になります。」とももちゃんも声を張り上げた。
今度はみぃ君が前に出て、「今回の揚げ物の件では、人死まで出てしまう痛ましい事件となりました。僕たちが揚げ物という料理を無責任な調理師に広めなければ起こらなかった事件だと思います。申し訳ございませんでした。信頼してはいけない人間を見抜く事に失敗しました。そして僕たちの知らない間に出されていた屋台であったため、どの様な品質で提供された料理なのかを確かめる事ができなかったのは、とても残念です。りんご亭ではこれからも揚げ物料理を提供して行きますが、新鮮な油で調理された物しか出さない事を証明する為に、毎日、いつ誰が油を入れ替えたのかを店の前に張り出します。どうか安心してりんご亭へお越し下さい。最後に、お亡くなりになったお子様のご家族へはお悔やみを申し上げます。」と後ろにいた遺族の方に向き、軽く頷く様なジェスチャーをし締めくくった。
お辞儀をしなかったのは、お辞儀の習慣のないこの国の人に、みぃ君がお辞儀をして遺族に謝罪している、つまり罪を認めたという絵柄を群衆の意識に焼き付けたくなかったからだ。
本来ならみぃ君たちにはこんなに長い時間、証言をすることは叶わなかったはずなのだが、ゴルミ副長の計らいで、医者や被害者の親族以上に長い時間を割り当ててもらえたからこそ実現した4人の弁明の機会だったのだ。
もう一度赤いお仕着せを着たゴルミ副長が一歩前に出て、「証人たちの証言は以上だ。ドンパ、何か異論はあるか。」と今度はドンパの方を向いた。
「へ・へぇ。俺は古い油が危ないなんて知らなかったんです。」と自分には責任がないと言い張る。
「これだけの証人がいるのに、知らなかったというのか。もし、百歩譲って知らなかったとしても、料理の安全性を確かめずに売ったとなれば、それはそれで罪に問われるが・・・。」とゴルミ副長。
「いや、りんご亭では食中毒なんて出た事がなかったから、証明も何も・・・。」とドンパ。
「ほう。りんご亭では食中毒は起こったことがないとお前も証言するのだな。」とゴルミが凄んで言うと、「へぇ。」とドンパが答えた。
ドンパにしてみたら、食中毒が今まで起こらなかったので安全な食べ物だと思った。古い油が危険だとは知らなかったと言い張るしかないのだ。
奇しくもそれは、りんご亭の料理は安全だという宣伝をしているのと同じ事になった。
そこで、ゴルミが王に判決を求めた。
王は、「この件は、そこの女性が揚げ物を食べて何ともないかを確かめた上で判決を出すので、一番最後に裁く事とする。」とももちゃんの方を指さし、一旦ドンパの案件を棚上げにした。