ドンパ事件 その3
ヴィーヴォ達の協力で、たった3人ではあるがポテトフライの調理教室に来てくれた。
しかし、調理教室に参加してくれたからと言って、参加者の3人がりんご亭の良い噂を広めてくれたり、悪い噂を打ち消してくれたりはしなかった。
ヴィーヴォもクレッシェンドも、新たに調理教室に参加してくれる人はいないか、時々知人を訪ねたりして、打診はしてくれているが、新しい参加者は見つからなかった。
なんの進展も見られないまま、時だけが過ぎて行く。
今、宿泊してくれている2人の女性冒険者は励ましの言葉を掛けてくれるが、他の客はゼロなのだ。
「いよいよりんご亭を閉めるか。」とごんさんがポツリとこぼした時、めりるどんが思いつめた顔で居間の椅子から立ち上がって、「1週間だけ、1週間だけでいいから試しに私に時間をくれないかな?」と言った。
3人が驚いた顔でめりるどんを見上げると、「私に考えがあるの。ただ、上手くいくかどうか全然自信がないので、失敗したら許してね。」とだけ言った。
「失敗しても、現状が変わる訳じゃないから、何か案があるなら思い切ってやって!」とももちゃんが縋る様な目で言った。いつもの通り、他の2人には相談せず、独断で言い切るあたりがももちゃんらしい。
めりるどんがりんご亭を出て、しばらくすると走って戻って来た。
はっきり言おう。中年にとって走るというのはハードルの高い行為なのだが、めりるどんはこの時走っていたのだ。
「明日、ポテトフライの料理教室を開くので、またみんな手伝ってね。」と、息も絶え絶えになりながらも、3人だけじゃなくて従業員全員にも通達をした。
チッチは4人に頼まれたわけではないが、自分で考えて、できるだけ新鮮な芋を用意するべく、契約の農家のところまで芋を買い付けに行った。
前は、向こうから食材を毎日ここまで運んで来てくれていたのだが、今は客がいないため、野菜の購入は見合わせているので、必要な物があればりんご亭の者が走る事になる。
翌朝、めりるどんがまたどこかへ行き、赤いお仕着せを着た人3人を後ろに従えて戻って来た。
「こちらは衛兵の皆さんです。ドンパの事件の調査を担当されています。」と店のみんなに紹介した。
りんご亭のみんなは従業員に至るまでほぼ全員、事情徴収を受けたので衛兵の先頭に立っている衛兵副隊長のゴルミを知っていた。
残りの2人も会っているのかもしれないが、ゴルミの印象が強かったので、今までに会った事があるかどうかは分からなかった。
ゴルミが衛兵を代表する様に一歩前に出た。
「今日は、問題になったポテトフライの調理法を教えてもらえると聞いたので、やって来た。」と言い、今回の訪問の目的を明らかにした。
みぃ君とめりるどんで先日の料理教室の様に作り方を教えて行く。
注意点はどこなのか。芋と同じ様に扱い方次第では毒にもなる食材だが、自分たちの祖国では一般的な調理法で、気を付けなければならない点はこことここっと言った具合に、丁寧に教えて行った。
今回も、ボルゲやシン、チッチなどから、4人が口を酸っぱくしてドンパに油調理の注意点を繰り返し教えていた事、ある日突然ドンパが出社して来なくなった事、そして知らない内に勝手にポテトフライの屋台を出して事件を起こした事などを証言してもらった。
「よく分かった。この調理法はこの国ではまだ存在していない調理法なので、みんな不安になったんだな。」とゴルミ副長が感想を言った。
そしてしばらく黙って俯いた後、「恐らく、ドンパは罪に問われるだろう。最悪、死刑になる可能性がある。」と重い声を発した。
「えっ?死刑ですか?」とめりるどんは驚きと共に青くなった。
ゴルミ副長は頭を縦に振って、「油を使った調理法の危険性を何度も指摘されながら、それを無視して調理したとなると、故意にこの様な事態を引き起こしたという風に解釈されるかもしれん。もっと罪を軽く判断されたとしても、事故につながる可能性が高い事を知っていて、その危険を放置した事には変わりないしな。もし、死刑にならなくても嘘つきやうっかり者の仮面を被らされる事になる可能性が高いな。」
衛兵副長の言う罰について理解できたのは、4人の中ではももちゃんだけだった。
昔、スペインに住んでいた時にヨーロッパを旅行したことがあった。その際、ドイツだったかにあった中世の犯罪博物館を訪ねた事があったからだ。
その博物館では、有名なアイアンメイデン(鉄の処女)などの展示に交じって滑稽な仮面をかぶせて、町の中を練り歩かせたりした罰が存在しており、滑稽な仮面の展示もあったからだ。
「それって、可笑しな仮面を被らせて、街中を練り歩くみたいな罰で、王都中の人に彼が犯罪者である事を周知するってことですか?」とももちゃんが罰の内容を確認する。
「そうなるな。面白おかしい仮面を被るだけではなく、罪によっては、耳に釘を刺されるとか、舌に穴をあけられる仮面なんてのもあるけどな。」
「そうなんですね。」とごんさん。
「どちらにしても王の裁きが王都の中央広場で執行されるから、その時に、ドンパの罪状が決まる。判決が下される場で、あんた達も被害者ということで、刑の執行前に一言群衆に向かって話す機会を設けるよ。」
「本当ですか?」とももちゃんが身を乗り出す様にゴルミ副長へ詰め寄る。
ゴルミ副長が再び頷頭した。「裁きの日が決まったらお知らせするので、何を群衆に向かって言うか、考えておいてた方がいい。」
「ありがとうございます。・・・・ゴルミ副長、その演説の時に、今日みたいに群衆の前で料理をしてみせてもいいですか?」と、めりるどんがゴルミ副長へ聞くと「それは、王様にも確認しなくちゃならんから分からん。王が近くにいらっしゃるのに火を使って良いかどうかは、俺では判断できないからな。事前に問い合わせて結果が出たらまた知らせるよ。それじゃ。」と答え、衛兵3人はりんご亭を後にした。
ゴルミ副長は角を曲がり、りんご亭が見えなくなってから、連れていた部下2名の方を見た。
「副長、りんご亭はどうなるんですかねぇ。」と茶色い髪のダリルが聞いてきた。
ゴルミはしばらく黙って考えた後、「う~ん。聴衆を如何に味方にできるかに掛かってるかな。」とポツリと言った。
「でも、りんご亭は開店してから繁盛してて、それで客を取られた食堂なんかが煽って客に食中毒の事件を広めてますよね。」と黒髪で背の低いボンチャが茶々を入れる。
「うん。まぁ、他の食堂からしたら目の上のたん瘤だったからなぁ。そういう意味では奴らにとって今回のことから抜け出すのは難しいだろうなぁ。」
「外国人ですしね。ああいう平べったい顔は、俺は見た事がないっすよ。」とダリルが言うと、「でも、外国人でも安心して営業できないとこの国の未来は危うくなるんじゃないか?」とボンチャ。
「ん?どういうことだ?」とダリルが副長を気にせず直にボンチャに質問した。
「つまり、鉄だ!」
「ん?鉄ぅ?」
「そう、鉄だ。家の国には絶対必要だけど、家の国では産出できないから他国から買わないといけないだろう?」
「そうだな。実際に隣国のマルバスから輸入してるな。」
「それだよ。この国が外国の人という理由で安心して商売ができない国だとすると、外国にとって家の国はあまり評判の良い国ではなくなってしまうだろ?ほら、マルバス人が家の国で商売しようとしてもマルバス人だってことだけでめちゃくちゃな対応されてみろ。マルバスの国にとって家は好ましくない国ってなるだろう?」
「それはそうなだ。」
「鉄の産出国は家の国でなくても、鉄を欲しがっている他の国に売る事も出来るわけだ。鉄の産出量も上限があるだろうしな。他にもっと良い関係を保ちたい国があったとして、そんな国を差し置いて低い信用しかない国に優先して鉄を売ってくれるなんてことはない。そうなったら家は鉄を輸入できないか、他の国が輸入するより高い金額で鉄を買わなければならなくなる。つまり、他の国から商品が入って来づらくなるってことだ。」
「う~~~ん。俺には良くわからん。」とダリルは考える事を早々に手放した。
ゴルミ副長は何も言わないが、心配そうに眉をひそめて考え込んでいる様子だった。
ボンチャもダリルも、りんご亭の事は他人事なので、そこまで親身に考えている訳ではない。
いつもの二人の漫才の様なやり取りを聞きながら、ゴルミ副長は兵舎へ戻って行った。