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ドンパ事件 その2

 「今日はみなさんお集り頂き、ありがとうございます。」みぃ君が代表して3人の受講者へ挨拶をした。


 「まず、僕らがどんな所から来たのかをお伝えしますね。外国人なので、みなさんが不安に思われるのも分かります。僕らは日本という国から来ました。数年前からザンダル村に住まわせてもらって、猿酒や石鹸なんかを作ってました。」

 3人の参加者は無表情だ。


 「それで、ザンダル村の人たちを雇って、今も猿酒や石鹸を作っているのですが、僕たちは王都に住みたかったので、この宿屋を買い修復してここで商売をやる事にしました。」

 3人は相変わらず無表情だ。


 「それで、宿屋をするにあたって、僕らの国の調理方法で作った料理も出す事にしました。油で芋を揚げる料理です。ポテトフライといいます。」

 「ここからは作り方になるので、私から説明させて頂きます。」とめりるどんがみぃ君と選手交代した。


 「芋は、みなさんもご存じの通り、皮が緑色になってたり、芽が出ていたりしたら、そこは食べられません。取り除いてから調理して下さい。取り除かないと食あたりになります。酷い時にはそれこそ死人が出ます。」

 「そんな事は知っている。」とヴィーヴォが連れて来た中年の男がボソっと言った。


 めりるどんは「はい。」と頷いて、相手の言ってる事は分かったということを少し大げさに表現してみせた。

 「で、採れたばかりの芋で、皮の色が変わっていなくて芽も出ていなければ、しっかり水洗いすれば皮ごと調理もできますが、皮は剥いた方が舌ざわりの良いポテトフライになります。もちろん古い芋ならば皮は剥いて下さい。では、みなさん、前に置いてあるナイフで芋の皮を剥いて下さい。」


 参加人数分の芋、ナイフ、まな板などを調理場のテーブルに用意してある。

 ヴィーヴォやクレッシェンドも含めた全員が無言で芋の皮を剥き始めた。

 みんなが剥き終わったのを確認しためりるどんが、「では、今度は剥いた芋をカットしていきます。大きさは自由ですが、みんな同じ大きさに切らないと、細いのが焦げたり、太いのが生のままだったりします。」


 みんなの前でカットを実演する。

 参加者全員も大体めりるどんがカットした大きさに芋をカットし終わった。


 「次に油で揚げるのですが、大事な事がいくつかあります。これはドンパさんがここに勤めていた1か月の間、何度も彼にも伝えたのですが、事件を起こした時、それを守っていなかった様です。これから言うことはとても大切な事なので、絶対守って下さい。」

 めりるどんは参加者の顔を、念を押す様に一人一人時間を掛けて見つめた。


 「油は常に新しいものを使ってください。そして油を火に掛け、油が熱くなった時にカットした芋を入れます。その時、芋に水などが付いていたら油が跳ねます。気を付けて下さい。油が跳ねるのが嫌なら、あらかじめカットした芋をキレイな布巾などを使って水気を拭ってから油に入れて下さい。」と言いつつ実演をする。


 「油が熱くなったかどうかは、カットした芋を一つだけ油に浮かべて下さい。入れた時、芋の周りにぷくぷく、こんな風な小さな泡が出てたら、丁度良い熱さです。後、油は熱すると熱くなります。火傷の元になるので、芋を入れる時は鍋に放り投げない様にして下さい。それと、油が熱すぎたら、鍋の油に火が付き、火事になります。」

 めりるどんは、この説明に加えて、火傷をした際の対処法まで含めて説明した。


 「油は熱すぎても、熱くなくてもダメってことね。」ようやく参加者の一人がまともに口をきいてくれた。彼女はヴィーヴォが連れてきた中年女性だ。

 「はい。火傷をしないために、どのくらいの火の強さで、どれくらいの量の油を、どれだけの時間温めればいいのか自分でいろいろ挑戦して、感覚を掴んでください。今日、私たちがみなさんの目の前で調理している油の量と加熱時間を大体で良いので覚えて下さい。目安になります。」


 鍋の中の芋が全部表面に浮いて来たのを確認して、「基本、中身に火が通ると、食材は油の表面にこんな風に上がって来ます。これで1本取り出してみて齧って下さい。良ければ残りの芋も取り出します。取り出す時に油は出来るだけ切る様にして下さい。りんご亭では鍛冶屋に頼んでこんな物を作ってもらって油を切る様にしています。」と言って、日本で良く見る揚げ物の油切用のパットを見せる。


 「必要以上の油が残っていると、胸やけの原因になるので、ここの工程ではできるだけ油は切る様にして下さいね。油を切るというのは、余分な油を落とすということです。」


 めりるどんの実演を見て、みんな自分の鍋やフライパンに油を入れ、竈の前に並び順番に調理を始める。

 全員の芋が揚がったのを見て、「揚げたての熱い内に塩をお好みで振ります。これでポテトフライの出来上がりです。」と塩を振って見せた。そしてみぃ君たち4人はめりるどんが作ったポテトフライを参加者の前で口に入れる。


 「後、油で調理する上で、気を付けて頂かないといけない事がまだ残っています。これが一番大事です。」とまたまためりるどんは参加者一人一人の顔を、時間を掛けて見た。


 「油は古くなると、体に悪い物が発生します。古くなるというのは、どういう事か説明します。今、みなさんの鍋の油は新しいのでさらさらですよね?」と、自分のフライパンの中の油をスプーンで少し持ち上げて、フライパンに戻してみる。


 そこで、ごんさんが別の鍋を持って来た。この中にはわざと古い油を入れてある。

 めりるどんのフライパンを火口から除けて、そこへ古い油の入った鍋を置く。

 「この鍋の中には、古くなったらどうなるかを知ってもらう為に用意した古い油が入っています。こんな風に色も濃くなってるし、まず匂いがキツイです。そして、ほら。」と言って、同じ様にスプーンですくって鍋に戻すが、ネバっとしているのが見て取れた。


 「こんな風にネバっこくなるし、そして火にかけると、今油の表面に大きな泡が出てきましたよね。この泡が出て来て消えないと、古い油ってことです。最初に油の温度が適正かどうか確かめた時は小さな泡でした。でも、油が古い印はこんな風に大きな泡です。」

 参加者全員がめりるどんの前の鍋の中を覗く。


 「古い油で料理すると、どんな材料を使っても食あたりになります。こういう油で料理しては絶対にダメです。酷い時には食中毒を起こします。使った油は密閉できる壺などに入れて、日陰で保管して下さい。ドンパさんは、こういう古くなった油で調理したので、事件を起こしてしまったのではないかと思います。ここで働いてもらっている間、私たちは口を酸っぱくして何度もこのことを伝えたのですが、自分の屋台では守って調理してくれていなかった様です。」と締めくくった。


 「でも、ドンパが事件を起こしたのはあんたたちのせいじゃない。」とクレッシェンドが連れて来た女性が頑固に食って掛かった。

 

 「いや、それは違うぞい。」とヴィーヴォが前に出てくれた。

 「ドンパは1か月しかここに勤めておらず、無断で辞めた。この4人に何の断りもなく、勝手に屋台でポテトフライを売り、勝手に事件を起こした。そうだな。」と、4人の方を向いた。


 4人ともがヴィーヴォに頷き、またみぃ君が4人を代表して「もし、辞める時、ちゃんと私たちに屋台をやる事を言ってくれていれば、もう一度、さっきの様に古い油は使うなと注意できたかもしれません。」と付け加えた。


 「でも、子供が死んだのは変わらない事実でしょっ。」と、先ほどの女性がみぃ君に噛みついた。

 「そうですね。残念ながら小さな貴重な命が奪われました。私たちとしては、ドンパがちゃんと調理したものを売ってくれていればと思わずにはいられません。無断でここを辞めて、無断でポテトフライの屋台を出されて、私たちも困惑しているんです。何でちゃんと務めて、暖簾分けを希望しなかったのか。未熟な調理人のままなのに、勝手に屋台を出したのか。おそらく単価の高い油を惜しんだのだろうとは想像しますが、人命が関わっているのに、なんと軽率な人なんだろうって。」

 「でも、お前らが奴にポテトフライなるものを教えなければっ・・・・。」

 「それは違います。ちゃんと教えていても守らないのはその人の責任です。」と今迄ニコニコと和やかに料理教室を進めていためりるどんが言った。

 「亡くなった子供たちは可哀そうだと思います。それに比べれば私たちの被害は軽いと思います。でも、私たちは何も悪い事をしていないし、ドンパにはちゃんと調理方法と注意を教えたのに、それを無断で裏切られて、私たちの店は閉店の憂き目に合わされているんです。他の従業員にとっては、いつ首になるか、ものすごく不安な状態に追い詰められているんです。私たちに罪はないのにですっ。」とももちゃんが言うとめりるどんがそれ以上は言うなとでも言う様に、ももちゃんの袖を引っ張った。。

 しかしクレッシェンドの連れて来た女性はももちゃんの言葉にいきり立った様で、怒りの表情を露わにしている。


 「私たちは、ここで給仕をしています。とっても清潔なお店だし、店員に対しても親切だし、とても満足している職場なのに、ここを裏切ったドンパのために、何で私たちがこんなに苦しまなければならないのか、私には納得がいきません。」と年配のスーラが比較的大人締めの口調で言った。

 みぃ君に言い寄った女性は少しダジダジとなった様子だ。


 「私は、ここで2か月働いています。」と最近入った2人目の調理師シンが声を上げた。

 「ドンパがここを辞めてから後釜として入りました。ここでドンパが屋台で事件を起こすちょっと前から働いています。で、やはり旦那方から教えてもらったのは、古い油は使ってはダメだということ。芋の使っていい部分についてや、調理する時できるだけ油を切る様にって何度も言われてます。実際に、何度も私が作ったポテトフライを客に出す前に旦那方が味見して、確認してから出しているので、ここを開店してから一度も食中毒は出ていません。」


 彼の一言はとてもありがたく、みぃ君たち4人は心から感謝した。

 「俺もそうだな。この3つの点は何度も繰り返し教えてもらったよ。」ともう一人の調理人ボルゲも言ってくれた。

 「ドンパのは、あいつが勝手に引き起こしたことで、家はあいつに迷惑掛けられてるだけだ。」とチッチまでが援護射撃してくれた。


 「しかし、取り扱いに注意がいる食材を使った料理っていうのはどうしたもんか。」とヴィーヴォが連れて来た中年男性がポツリと言った。

 「私たちの国では、油を使った料理はどの家庭でもやっています。とっても一般的な調理法なんです。油は古くなると危ない食材となるので、安心できないと言われましたが、この国では芋料理が多いですよね?芋も芽の部分や緑に変色した部分を調理すると危険です。最悪、死に至ります。油と同じ様に危険な食材ですが、みなさん使われてますよね?」とももちゃん。

 「要は正しく扱えば美味しくて安全な食材になるということです。」とめりるどんが付け加えた。


 場が少し剣呑となったため、めりるどんが「みなさん、ご自分が作ったポテトフライを食べてみて下さい。不安ならまず先に私たちが試食しますよ。」と試食を勧めた。

 4人が参加者の作ったポテトフライ数本を一口で食べてみせた。りんご亭の調理人2人も試食してくれた。


 現地の人でもある調理人が恐れず試食したところを見て、参加者も恐る恐る試食する。

「「!!」」「「おいしい!」」

 味は好評な様だ。


 「みなさん。今日、私たちがみなさんの作ったポテトフライを試食した量は、かなりの量です。明日になっても私たちがなんともないかどうか見に来て下さい。それと最後に、今はみんなが避けているポテトフライの調理教室に来て下さった勇気と優しさに感謝します。」とみぃ君が締めくくってお料理教室は終了した。


 「ヴィーヴォさん、クレッシェンドさん、ありがとうございます。」とごんさんが二人に感謝の念を示して、お開きとなった。


 しかし、今回の料理教室に参加した人たちから、ポテトフライやりんご亭に対する好意的な意見は一切出てこなかった。

 りんご亭の状況に一切変化は起こらなかった。

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