ドンパ事件 その1
「くそっ!何でこうなる。」とごんさんがテーブルに安いエールの入った木のジョッキを叩きつけた。
向かいに座っているみぃ君も、「こういう事を避けるために、知人からの紹介の人しか雇ってへんのに、何でこうなるのか。」と同じ様にジョッキをテーブルに叩きつけ、突っ伏した。
「どうすればいいんだ・・・。」ごんさんの低い声が聞こえた。その声には、遣る瀬無さと憤りがたっぷりと込められていた。
◆◇◆◇
クレッシェンドが食堂にやって来た。
もちろん、ドンパの噂を聞いてだ。
「すまん。俺の友達からの紹介だったから、安心して紹介したんだが、こんなことになってすまん。」と深々と頭を下げた。
しかし、頭を下げられても今更どうしようもない。りんご亭が被った被害は相当額になるし、今後営業が出来るかどうかさえ怪しい。
「俺の方からも知り合い皆に事情を説明して、この食堂は安全だ、今まで一人の食あたりも出してないって宣伝しておくから。」と言ってくれた。
「ありがとうございます。」と一応は頭を下げたが、4人はこれからどうしたらいいのか分からなかった。
一週間が経っても、二週間経っても、4人にはどうしたらいいのかと悩むだけで、解決策が何も浮かばなかった。
このままだと、従業員を解雇しなくちゃいけなくなる。
まだ、輸送のために馬車の購入や、御者や護衛などの人材を雇うことに躊躇して、宿の従業員しか雇っていなかったので、そういう意味ではよかったのだが、それは、最悪の状態が更に最悪になるのを未然に防げただけで、4人の置かれている状態が最悪な事に変わりはない。
「ごんさん、どうする?」とももちゃん。
「う~~ん。」4人でずっとこんな会話を続けている。
「宿屋辞めちゃう?」とめりるどん。「無理して宿屋しなくても、ザンダル村の生産で十分食べていけるし・・・。」
誰も宿屋をやめたい訳ではない。だから、誰もやめるという案には返事をしない。
それはそうだ。これだけお金と時間と手間を掛けて、この宿を作って来たのだから。
客室の棚一つとっても思い入れがたっぷりある。殆どを手作りで頑張った証だ。
スーラもミルもいつ首を言い渡されるかとビクビクだ。
スーラなんて思いあまって4人に内緒で昨日ヴィーヴォの所へ相談に行ったくらいだった。
次の仕事を見つけた方が良いかどうか。今の状況をどうすれば打破できるか等。
ももちゃんが、「猿酒だけでもどこかへ卸したら、それで十分な収入になる気もするね。食堂じゃなく、石鹸とか出汁の粉とかここで売る?」と、また何度か話し合ったテーマを繰り返す。
実はごんさんとみぃ君はここ数日、夜あっちこっちで飲み歩きをしており、この焦燥感をお酒で紛らわしてたりする。
これ以上、こんな状態が続けば、2人の健康も損なってしまうかもしれない。
「ごめんよ。」と年配の男性が食堂に入って来た。
お客か?と思ってみんな中腰になった。スーラなんて、入り口まで行き「いらっしゃ・・・。」まで言ったところで、誰が入って来たのか気づいて止まった。ヴィーヴォだった。
「お前たち、クレッシェンドが紹介した調理人に無茶苦茶されて、商売が危ないんだって?」と案内されずともグイグイ奥まで入って来て、みんながいる調理場の空いてる席に座る。
「あ、ヴィーヴォさん。こんにちは。」と人当りの良いみぃ君が真っ先に立ち上がって会釈をした。
ヴィーヴォは座ったまま会釈を返し、「クレッシェンドからもどうにかしてくれって相談されてな。それで様子を見に来た。」
「様子って、この通り閑古鳥が鳴いてます。」とめりるどん。
「うむ。そこで、人伝えじゃなくってお前たちの口から何が起こったのか聞かせてもらおうと思ってな。」とヴィーヴォが言っている間に、ごんさんがお茶を出した。
みぃ君が代表して、ドンパが起こした事について詳細にヴィーヴォに説明した。
「そうか。ということは、みんな食あたりが怖くて店に来ないってことだな。」
「そうです。」
「で、その食あたりはこの店からは1件も出てないが、ドンパが調理したのが、ここで覚えた調理法で、わし等にとっては知らない外国の調理法だったことが仇になっているってことだな。」
「そうです。」調理法を知らないだけでなく、得体の知れない外国人がやってるからという視点を4人は持っていなかったので、ヴィーヴォが纏めた内容に改めて気づきを促された形になった。
「うむ。」とヴィーヴォはしばらく黙った。
4人もこれ以上何も言う気になれず、りんご亭の調理場は沈黙に圧し潰された。
「考えたんじゃが。」とヴィーヴォが話し始めると、4人は縋る様な目をヴィーヴォに向けた。
「知らない調理法だから、不安を煽ったってことが原因じゃろう?」
「そ、そうだと思います。」とみぃ君が3人を代表して答えた。
「なら、調理法を公開して、他の人も作れる様にすればええんじゃないか。」
「え?」
「調理法が分かって、自分たちでも簡単に美味しく安全に作れると分かれば、忌避感はなくなるんじゃないかのう。」
「「「「おおおおお!」」」」
「もちろん、この方法だと、みんなが簡単に作れるから、この食堂に食べに来なくなる可能性もあるがのぉ。でも、食堂にはポテトフライ以外の料理もあるんじゃろ?」
「「「「はい。」」」」
「なら、一つくらい料理の作り方を公開して、他の料理で儲ける事を考えた方がええんじゃないか。」
ヴィーヴォの案は、王都に住んでいる現地の人だから思いついた手だった。
4人は、自分たちが外国人だから、未知の調理法もうさん臭く思えるという、現地の人たちの考えに思いが至っていなかったのだ。
のんきな日本人そのままである。
「仮令作り方を教えても、私たちが使ってる塩や油程良い材料は使えないだろうし、何より、塩の量を控えるだろうから、ここで食べる程美味しくはならないと思う!」とももちゃんがガタっと立ち上がった。
「そうだね。それはいい案だね。調理法だけ知っても家の味にはならないものね。」ともめりるどん。
「でも、どこで現地の人に教えるんだ?教えるって言って来てくれるのかな。」とごんさんは懐疑的だ。
「そこは、わしとクレッシェンドで知り合いに声を掛けるぞ。」
「あ、私も。」「私もです。」とスーラたち女性陣や、調理人2人も言ってくれた。
チッチは心が許せる知り合いがあんまりいないみたいで、声を掛けるとは言ってくれなかったが、恐らく気持ちは一緒だと思う。
「場所は、ここの調理場でやってもいいし、習いたい人の家を借りて数人に教えるでもいい。そこは、わしらが声を掛ける時に確認すればいいだけじゃ。だが、材料はそっち持ちにしてもらわんといかん。」
「わかりました。材料はこちらで持ちます。後、ここの調理場はいつでも使える様にします。」と珍しくみぃ君が即決で答えた。
「しかし、声を掛けてもらっても、何人来てくれるか・・・。」とごんさんはまだ懐疑的だ。
「もちろん、声を掛けたからといって全員が来てくれるとは思わんが、最初に数人でも来てくれたら、そこから輪が徐々に広がる可能性はあるじゃろう。」
「「「「ヴィーヴォさん、よろしくお願いします。」」」」
そして4人は従業員の方にも向かって「「「「みんなもよろしく頼む。」」」」と頭を下げた。
ヴィーヴォは、隣近所20軒くらいに声を掛けた。
1軒1軒これまでの事情を説明して、何なら自分も一緒に行き、真っ先に自分が試食するとまで言ったが、参加したいという人は、2人だけだった。
それも、ポテトフライに興味があるというよりも、ヴィーヴォを助けたいという純粋にヴィーヴォのためだけに参加してくれる様だ。
クレッシェンドも、ヴィーヴォから言われて同じく隣近所や知人の家を40軒くらい回った。
自分が紹介した調理師が原因なので、罪の意識が半端ないのだ。
ここでなんとか起死回生しないと、9人の人間が路頭に迷うのだ。
めちゃめちゃ寝覚めが悪い。
でも、クレッシェンドの方も、みんな興味を示さなくて、参加してくれるのは1名だけ、それも今回の事件で亡くなった子供の親と友達だという人物だけだ。
彼女にしてみたら、安全を証明したい、作り方を教えたいと言われても、信用できないので、現場で彼らがどれほど胡散臭いか、他の参加者の前で暴きたくての参加だ。
4人を待ち受けるハードルはとても高い。