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第九歩

 二人が出会ってから一週間の時が過ぎた。

 最初は仮の仲間として組んだ二人ではあったがもう組むのならコイツしかいないという思考になり、落ちこぼれ仲間という事もあって二人は時々ふざけあって喧嘩しながらも仲は良好のまま二人の実力的にはかなり速いペースでボス部屋が存在する五階層に到達していた。

 ここまで早く五階層まで到達できた理由。それは三階層から出現してきた敵に理由はあった。

 三階層から出てくる敵。それは一、二階層に出現する獣型ではなく、人型の魔獣が出現したからだ。俗にいうゴブリンやオーク、コボルト等のこの世界でも一応狼型や熊型とは違い名称が付いている雑魚魔獣。それらが三階層からは出現した。

 では何故それら人型の魔獣が彼等のダンジョンアタックの速度を早めたか。その理由はフィルの殲滅型戦闘術にあった。

 彼女の殲滅型戦闘術は対魔獣戦闘にお世辞にも特化しているとは言えない。何故なら戦闘術、つまり武術は本来人を殺す技、流派だからだ。故に今までの人型ではない魔獣に対してフィルは勝手も違ったためかなり苦戦していた。が、レオンという最高の後衛を得た上に相手が人型なら話は全くの別だ。

 相手が人に近ければ近いほどフィルの戦闘術はその牙を鋭くする。本来、獣型は群れをあまり作らないがために雑魚、初心者が相手するにはピッタリであり代わりに人型となると剣戟の読み合い等が発生し人型魔獣の相手に苦戦するのであるが、フィルは別だ。彼女は最早対人戦闘のプロとも言える。タレントも持たず知能も人より低い獣畜生に毛が生えた程度の人型魔獣に後れを取る道理が無かった。


「ほい、虐殺完了」

「また僕が出る幕が無かった件」

「対人戦なら十八番」

「正直強すぎて引く」


 ゴブリンに会えば顔面を殴り砕いて金的を執拗に攻撃して潰し、コボルトに会えば胸骨を折って胸を陥没させて首をへし折り、オークに出会えば足を蹴り折って頭を地面とサンドイッチして撲殺する。三階層に来てから有翼メスゴリラはかなり活き活きとしていた。

 三階層の敵はゴブリン、四階層はオークとコボルト、五階層はその三体が混合で出現するだけ。本来、女性の連合員はそれらを生理的に受け付けないがために仲間に攻略を押し付けたり、負けたら殺される事なく死ぬより酷い事をされる可能性があるため率先して来ることは少ないのだが、対人戦に関しては同期のタレント持ちにも負けないと自負しているフィルは鬼神の如き無双によって傷一つ負うことなくそれらをねじ伏せていた。


「変則戦闘術、斧斬ッ!」

「うわ、ゴブリンの頭が陥没した……」


 そして今も。有翼メスゴリラ渾身の踵落としによってゴブリンの頭が陥没しそのまま死亡した。

 その仇とも言うべきか。今フィルが殺したゴブリンについていたゴブリンが不気味な声をあげながらボロボロの剣を片手にフィルの後ろから突っ込んできた。が、レオンは動かない。動かなくてもフィルなら大丈夫だと知っているから。

 そもそも後ろからの奇襲という物は一切物音を立てず気配を殺して初めて成立するものだ。声をあげながら後ろから襲い掛かるのは最早奇襲とは言えない。ただの飛びかかりだ。それ故にとっくにフィルは背中から迫ってきているゴブリンがどのように構えて、どのように突っ込んできているのかを気配だけで察している。故に、踵をめり込ませたゴブリンを蹴り飛ばして足を自由にするとすぐに振り返り振り落とされる剣を視界に収める。

 そして、振るわれたその剣へ左右から拳をぶつける。


「変則殲滅型戦闘術……牙折」


 牙を折る。

 そう名付けられたその技は左右から思いっきりその剣へと拳をぶつけただけで、剣を叩き折る。

 正に脳筋有翼メスゴリラの極み。更にその剣を折るだけに飽き足らず彼女の足は既に動いていた。


「金的破」


 牙折金的破。相手の牙を折り、金的を潰す。正しく対人戦闘に特化した技だ。

 変則と名付け自分流にアレンジした物は多少なりともあれど、その技の大多数は殲滅型戦闘術。それを納め師匠からそれを実戦で振るうだけの腕があると認められたが故に、小さな少女なれどその技のキレは男の使う殲滅型戦闘術に劣るわけがない。

 金的を一撃で潰されたゴブリンは泡を吹きながら倒れる。もう周りにゴブリンはいないとレオンの言葉を受け取ってからゴブリンの首にその足を置き、情など与えず一気に体重をかけ圧し折る。ゴブリンは遺物である牙を落として消えていった。


「……その技、僕には使わないでね?」


 レオンはその足の矛先が自分に向いた場合の最悪の光景を思い、内股になりながらも遺物を回収する。あんなのくらったらレオナルド君がレオナルドちゃんになってしまう。この歳で去勢なんてされたくない。


「この技は相手の武器を折りながらやる技だからそんなポンポン使えない。まぁ技の後に金的破って付ければ幾らでも潰せるけど……」

「流星金的破とか?」

「流石にそれは物理的に無理。ただ、斧斬金的破は可能」

「踵落とししてからそこを足場にバク転?」

「正解」

「エグい……」


 男を相手にするならこれほど効果的な技はないだろう。どんな人間でも急所だけは鍛えられない。故にこの技はどれだけ鍛えた人間でもある程度は通用するのだ。おっかない。

 対人のスペシャリストとも呼べるフィルはこのようにゴブリン等に後れを一切取らず少しの傷も受けずに完勝していた。

 死ねよやと叫びながらぶん殴り本当にぶっ殺すロリっ子に恐怖しながらレオンは遺物回収兼フィルの返り血拭き取り係としての仕事を果たしていた。そして今、その二つに加えてフィルに飲み物を渡す係としての仕事も果たした。

 苦しゅうない、とふざけながらレオンから受け取った水筒に口をつける。そして水を飲みながらレオンに頬についた返り血を拭かれる。今のレオンに出来ることはそれしかなかった。


「しっかし……敵が多いね、ここは」

「ふぅ……流石の私もちょっと疲れた」

「ちょっとなんだ……」


 既にダンジョンアタック開始から五時間が経過。朝の八時からアタックを開始して今はもう昼の一時。それだけの時間をほぼ休憩なしで戦い続けたフィルは余裕っぽい声とは裏腹に汗は滲み息も少し荒くなっている。

 今までは疲れたら休む暇があったのだが五階層はかなり相手の湧きが早い。流石のフィルもインターバルが十分にも満たない連戦を繰り返してスタミナが切れてきた。むしろここまで戦っておいてよくスタミナ切れを起こさないものだとレオンは感心したくらいだ。


「フィル、暫くは休んでて。僕がその間何とかするから」


 そんなフィルを見てレオンはもうそろそろ休ませないとフィルがミスをして大けがを負ってしまいそうだと感じ、彼女の体を押して無理矢理壁際に移動させると肩を押し込んで無理矢理座らせた。

 だが、フィルはそれでもまだ立ち上がろうとしている。


「でも、前に出るのは……」


 私の仕事だから。そう言いたいのだろう。

 確かに、そうだ。役割分担的にはフィルが前に、そしてレオンが後ろからサポート。故に戦闘ではレオンを前に出すわけにはいかない。だから、自分が戦わないと、と。

 だが、レオンは笑いながら大丈夫と告げる。


「ちょっとこれからはフィルに前に居てほしくないから丁度いいよ」

「え?」


 その言葉の意味が分からずフィルは聞き返した。

 フィルの疑問の声を待ってましたと言わんばかりにいい笑顔を浮かべたレオンはそっとポーチからフィルに巻き込んだら末代まで呪うと言われたあのアイテムを取り出しもう片方の手にはライターを握った。


「僕、放火魔になります」


 ものすっごいいい笑顔でレオンはそう言った。

 何か彼にストレスを与えることしたっけ? とフィルは彼の笑顔に軽く恐怖しながらもこれは素直にレオンの言葉に従ったほうが良さそうだと水筒に口をつけた。

 火炎瓶を持ったままそわそわとするレオンを視界に収めながらフィルは壁に寄り添って座り込み休む。一応、万が一があればレオンを庇えるような体勢で、だが。

 そうして休むフィルとレオンの元にまた何処からか沸いてきたコボルトがやってくる。

 それを見た瞬間、レオンの顔が一気に笑顔になった。そしてすぐにライターで火炎瓶の布に火を付けるとそのまま投擲のモーションを取った。


「燃え死ね犬畜生共ッ!!」


 なんだか仲間の闇を感じた気がしたフィルだったが取り敢えずはレオンの投げた火炎瓶の行方を見届ける。

 レオンが投げた火炎瓶はそのままコボルトに直撃コースを取っていた。が、その火炎瓶は空中でコボルトが振った剣に叩き割られた。が、レオンはその瞬間勝ちを確信した。

 割れたと同時に引火し空中で燃える炎。それらがコボルトを焼き、炎が引火。一瞬にしてコボルト三匹が火達磨になる。が、レオンはいい笑顔ではなく下衆な笑みを浮かべると新たな火炎瓶を取り出して火を付けまた投げた。そして更に広がる炎の地獄。


「くひひひ……燃えろ燃えろ……魔法使いじゃなくたって炎は使えるんだよォッ!!」


 そしてまた投げ込まれる火炎瓶。いきなりの相棒の豹変に開いた口が塞がらないフィル。


「魔法使いじゃないからって炎が使えないとか言ってくれてさァ! 炎なんて魔法ができる前から使われてるんだよォ! 別に悔しくないしィ!? 僕にだって炎は使えるしィ!? おら燃えろよ犬畜生!! 魔法なんざ無くても燃やせるモンは燃やせる証明になれよォ!!」


 なんだか言ってることもやってる事も滅茶苦茶だぁ……とフィルは水筒から口を離して思う。

 そういえば一個上のお兄さんは炎魔法使いだっけか、なんて思い出しながら絶賛暴走するレオンを見つめる。もうとっくにコボルトは死滅している。レオンも苦労していたんだなぁ、としみじみ思いながら火炎瓶を投げつくしてザ・悪役と言わんばかりの高笑いをするレオンに対してフィルは生暖かい視線を投げる。今度からもっと優しくしてあげようと。

 普段大人しい奴程キレると怖い。そんな言葉を思い出しながらフィルはレオンが落ち着くのを待つ。

 言葉使いすら汚くなったレオンを見つめること数分。炎が沈静化してやっとダンジョンが元の明るさを取り戻した辺りでレオンの暴走は止まった。


「はぁ……僕だってさぁ。カッコよく詠唱とかしたかったよ。偉大なる神が作りしV(ヴァウ)の力よ!! とか言ってみたかったよ……」


 レオンが叫んだ言葉。それはこの世界で魔法を使う人間が行う詠唱の一部であり、これは火属性の魔法を使う際の詠唱の最初の部分なのだが、それを叫んだところで魔法なんて使えない。

 蛇足ではあるがレオンが叫んだ節の内、Yの部分を変える事で他の属性の詠唱の最初の部分になる。Vは火、H(へー)は水、Y(ヨーット)は土、第二のHで風だ。なので風属性の魔法を使う際は詠唱は偉大なる神が作りし第二のHの力よ、から始まる。

 閑話休題。

 落ち着いた、というか賢者モードなレオンは色々とさらけ出したせいかスッキリしてはいるが同時に人の前であんなに叫んだ事に対する恥ずかしさからか顔を赤くしながらフィルの横に座った。


「……レオン、取り敢えず私が前に出るから」

「あぁ……なんかごめん、恥ずかしいところ見せちゃって……」

「いいよ。その気持ち、なんだか分かるから」

「フィル……」

「私もタレント持ち見ると無作為にぶっ殺したくなるから」

「確実に僕よりもヴァイオレンスだって事は分かる」


 なんというか、どっちもどっちなペアだった。

大人しい奴ほどキレるとトンデモない事口走るときがありますが、レオンもそんな感じ。十四歳の思春期なお年頃だからね。仕方ないね

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