第四歩
「じゃあ、私はここら辺でお酒入れようかな。すみません、エールください」
「え? フィルってもうお酒飲める歳なの?」
「うん。私、こう見えても十五歳」
慣れた手付きで酒を頼むフィルを見てレオンが疑問を口にする。その疑問の答えに対して抱いた答えはそうだったんだ、という淡泊な言葉。この国の飲酒喫煙が可能年齢は基本的に満十五歳以降の人間なのでレオンも後一年経てば普通に酒を飲めるようになる。フィルはレオンとほぼ同じ身長なので大体同じ年齢だとはレオンも思っていたが一歳以上歳が離れていたのは少し意外だった。
既にフィルのジョッキにジュースは無く、新たに注文したエールが注がれたジョッキが空のジョッキを入れ替わるように机の上に置かれる。それに口を付け豪快に、とは言わないがそこそこ早いペースでエールを胃に流し込むフィルを見てレオンは机の上の料理を摘まむ。
「ふぅ。レオンは飲まないの?」
「僕、つい先週十四歳になったばかりなんだ」
「あ、そうなの? もう十五歳くらいかなって思ってた」
「僕もフィルは十三か十四くらいかと」
構わずエールを飲むフィルにマイペースだなぁ、なんて言葉を漏らしながら他愛ない話をする。
大体十分弱だろうか。エールを一つ飲み干したフィルの顔は若干に赤が差している。アルコールが良い感じに全身に回ってきているという事だろう。あの家で酔っ払いを相手した事がないレオンにとって酔っ払いと話をすると言うのは初めての経験で少し怖かったりもしたが、余り感情の起伏を表に見せないフィルだからだろうか。少し上機嫌になっているのが声色で分かるが、それ以外は普通のフィルのようにしか思えなかった。
ジョッキ一杯だからかまだ酔っ払いきってはいないらいしフィルは新たにエールを注文してから料理を摘まんだ。
「修行中はお酒禁止だったからつい飲んじゃうの」
「そうなの?」
「別に一杯位じゃ何ともないんだけど、理性飛んだ! じゃあ飲む! 翌日二日酔い! 動けません! って人が出続けたらしくてね……私が弟子入りする数年前からお酒禁止になって」
普通のフィルにしか見えない、というのは嘘になった。明らかに酔っぱらってるようにしか見えない。しかも酔っ払って少し気分がいいのか羽根がぱたぱたと小さく動いている。羽毛がちょっと抜けて落ちているのは気にしないようにしながらレオンは酔っ払いと話をする事にした。
「まぁ青春時代殆ど投げ捨ててこれだからホントこの世は地獄……」
「で、でも投げ捨てた結果自力で生きられるようになったでしょ?」
それにまだ青春時代続いているし……と小さく声に出す。案外この子、内心はやさぐれているのかもしれない。
「別に投げ捨てなくても親に養ってもらった後に体売れば生きられたし」
「身も蓋も無いんだけど」
結構やさぐれていた。いい所産まれで最低限の生活は出来ていたレオンとは違ってフィルにはそういうのが無かった。だから色々と考えた結果、鍛えて自分の拳で稼ぐことを選択した、のだろうか。
「でも売春って案外利益がねぇ……変な病気貰ったら一発お陀仏だし体のケアにお金使うし結局楽できないっていう」
「ねぇ、僕、女の子からそんな身も蓋もない話聞きたくなかったんだけど」
まだ夢見がちな少年であるレオンが聞く内容としては結構重い内容だった。まさか女の子の口から売春とか当たり前のように出てくるとか思ってもいなかった。
「ほら、私可愛いし? 売ろうと思えば売れたわけ。でもやっぱ変なオッサンに抱かれるのって吐き気がして……」
「君貞操観念低すぎない?」
っていうか更っと自分の事可愛いって言ったよなこの子。とレオンは何とも言えない気持ちになりながらジョッキのジュースを口にした。確かにレオンも自分が女だと考えればオッサンなんかには抱かれたくないとは考えるが。考えはするが逆に言えばオッサンじゃなければ抱かれてもいいのかと。
色々と複雑な気持ちをジュースで流し込んでお代わりを頼んでから酔っ払いの話を聞く。
「そんな事ない。私だって初めては好きな人がいい」
「じゃあさっきまでの会話は!?」
「言葉の綾。生きるだけなら色々とやれる事はある」
そう言われてレオンも確かに、と思ってしまう。
レオンだって生きるだけならアルフに養ってもらったり適当な店で住み込みで働いたり、様々な生き方がある。名家の出身故の多少の学はあるレオンならそれこそ駆除連合の職員にだってなれただろう。
それなのに起爆銃を手にした理由は何か。
思えば理由なんて大したことじゃない。才能が無くても戦えるんだと、意地を張っただけだ。
「……そう、だね。僕もこうして戦ってるのは一種の意地だから」
自分でも今まで自覚していなかった戦う理由を口にする。
家を出て、取り敢えずダンジョンに潜ろうと思った。だが、その取り敢えずの中に詰まった思いは、意地。あの家で出来損ないと馬鹿にされてとうとう家族ですらないと言われて。
だけど、そんな自分でも戦う事で生きられるんだと。才能が無くても、戦って生きられるんだと。それを、証明したかった。誰かにではない。ただ、生きる事で証明し続けたかったのだ。認められるためじゃなくて生きるための証明として。
そして、それはフィルも同じ。
「私も。出来損ないって馬鹿にされてカッと来て。誰に証明する訳でもないけど、意地張って後戻りできない所に行って、今こうしてる。似た者同士だね、私達」
うん、と頷く。
両者、自分を馬鹿にされてた。馬鹿にされる環境にあった。
だから、子供みたいに意地を張った。そんな子供達が、馬鹿にされた事で金を稼いで命を繋いでいる。
「うん、似た者同士だ、僕達」
「じゃ、明日からも出来損ない同士、頑張ろうか」
「そうだね。出来損ない同士で」
笑いあいながらジョッキの中を空にする。
透き通るグラス越しに見えるフィルの顔は赤みが差していたが、同時に今日一番で笑っていた。
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笑っていたフィルはとても可愛かった。可愛かったのだが……
「うえぇぇぇぇぇぇ……」
「あーもう、止めたのに飲むから……」
「お、おねがい、せなかさすって……うげぇぇぇぇぇぇ……」
「女の子が道端で吐いている所なんて見たくなかったなぁ……」
今のフィルは正直に言って可愛くなかった。
フィルはあの後もエールを飲みまくった結果自分のキャパを超えたのかとうとう立てなくなり、結局レオンが宿まで送っていくと言う事になった。
幸いにも道は同じようでレオンはフィルに肩を貸して歩いていたのだが、フィルはその途中で顔色を真っ青にして道端で蹲り、そのまま胃の中の物を吐き出し始めた。正直に言えばドン引きしたレオンだが、無理にでも止めなかった自分にも責任はあると思いフィルの背中を擦っていた。その最中に当たるフィルの羽根はもふもふで手触りが良かったが、触られている当の本人は女子力を投げ捨てた行為をしている他、吐瀉物に近い場所にいるせいか臭ってくる酸っぱい臭いにもうこの子は本当に女の子なのだろうかと思ってしまう。
この十四年間女の子と話した事なんて片指で数える程度。しかも大体が若いメイドであったレオンだがその少女達は少なくとも道端で飲み過ぎて嘔吐する何てことはしなかった。それ故になんだかなー。と言葉にしづらい感情がレオンの中で渦巻いていた。
「げふっ、けふっ……あーぎもぢわるい……」
「大丈夫? 立てる?」
「おぶって……」
「はいはい」
全くもう、と口にしながら座り込んだまま両手を差し出すフィルに背中を向け、抱き着いてきた所でフィルをおぶる。
が、問題発生。フィルの小さいながらも確かに存在を主張する二つの山がレオンの背中に押し付けられているのだ。女性に対して殆ど耐性を持たないレオンはそれを認識してしまった結果、自分の顔が熱くなりそして自分のナニが徐々に熱を帯びていくのが分かってしまった。
彼とて十四歳の多感な少年だ。同年代の少女の胸を背中にダイレクトに触ってしまえば興奮の一つや二つしてしまう。
レオンとフィル。あまり身長が違わないせいかレオンは落ちそうになるフィルの体を何度も背負いなおすが、その度に形を変えて当たる二つの山はどうしても背中に居る少女が先ほど女子力を口から吐き捨てたとは言え異性だという事を感じさせて止まない。
「レオン? 顔赤いよ?」
「う、うるさいよ……」
「えっち~」
「このままジャイアントスイングしてもいいんだけど?」
「ごめんなさい揶揄わないからおぶって……」
揶揄われたレオンはちょっとイラッときてフィルに凄む。全く、と口にしながらもレオンは自分の体力が徐々に無くなっていくのを感じ、少し足を速める。
この感触をもっと味わっていたくないと言ってしまえば嘘だが、これ以上は一度フィルを降ろさないといけないかもしれない。降ろしてもいいのだが降ろしたらもう大丈夫と言って背中の感触をもう味わえないかもしれない。そう思うと自然と足は速くなっていた。
むっつりと言われれば否定のしようがないが、彼とて男だ。多少の下心は持ち合わせている。
そうこうしている間にレオンは自分の泊まっている宿を視界に納める。これはちょっと手間になるなぁとか思いながらレオンは自分の泊まっている宿を素通りしようとする。
「あ、ここ」
「え?」
と思ったらフィルがレオンを止めた。
フィルが指をさしているのはレオンも泊まっている宿だった。
「えっと、ほんとにここ?」
「そだけど」
「……ここ、僕も泊まってるんだけど」
「え? ほんと?」
まさかの偶然。レオンはこんな事もあるんだと思いながらフィルを背負ったまま宿の中に入る。
「部屋は? 送ってくよ」
「いいの? じゃああっち」
「あ、奇遇だね。僕もあっちの部屋なんだ」
可笑しい偶然もある物だと思いながらレオンはフィルを背負ったまま宿の中を歩く。
この宿はどちらかと言えば安宿であり、レオンはかなり長い間宿にはお世話になると思ったため安くてもしっかりしていそうな宿としてここを選んだ。恐らく、フィルも同じだろう。
最低限の設備はついており、食事は出ないが代わりに安い。しかも金さえ払えばかなり長い間予約なしで泊まることが出来る。それもこの宿を選んだ理由だった。既にレオンはこの宿のとある部屋に一週間弱住ませてもらっている。
そうしてレオンは自分の部屋を通り過ぎて……
「この部屋」
「えっ」
そのすぐ後の部屋で止められた。
まさかの隣の部屋。
「……僕、この部屋なんだけど」
「偶然ってすごい」
「ホントだね」
偶然の偶然。まさかの二人は同じ宿の隣同士の部屋だった。
恐らく今までレオンとフィルの生活習慣が違ったため会う事は無かったのだろう。まさかの偶然にレオンは驚き、フィルは真っ青な顔でレオンの背中から降りると自分の部屋の鍵を取り出してドアを開けた。
「……じゃ」
「う、うん。また明日」
「……明日起こして。多分起きれない」
「わ、わかった」
さっきまでフィルの顔を見ていなかったためそこまで青くなっているとは思っても居なかったレオンは大丈夫かな、と心配しながら部屋に入っていくフィルを見送った。
直後。
『おえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……』
フィルが嘔吐する声が聞こえた。
トイレには間に合ったよね? なんて思いながらレオンはそっと自分の部屋に入ろうとして……
「れおん、まにあわなかった……てつだって……」
仲間の吐瀉物処理のために何のムードも無いままレオンは初めて女の子の部屋に入ったのだった。
有翼メスゴリラゲロイン