第三歩
有翼ゴリラ少女フィルによる狼撲殺ショーはそれから四匹程の狼を撲殺するまで続いた。狼は大抵頭蓋を粉砕されるか、もしくは心臓をぶち抜かれるかの二択により惨たらしく絶命し牙を落としていった。
この牙は様々な物に応用できる便利品なのでそこそこの値段で取引される。それ故に、計六個の牙は二人の一日分の食料と二日分の宿代へと変わってくれた。のだが。
「じゃあ、乾杯」
「乾杯」
二人はこのままパーティを組む事となった。
単純に落ちこぼれ同士でお似合いだと二人が思った事。そして、案外この二人は戦闘の相性も良かった。別に野心など無いので生きていければいいやという精神のレオン。同じように仲間を作っても一人立ちがしたかったフィルの二人はなんやかんやで共感するところが多く、戦闘を経て仲も良くなっていた。
その結果、パーティ結成記念と初パーティでの魔獣討伐記念として二人の一日分の宿代を使った細やかなお祝いを駆除連合の酒場で行う事にした。なので今の二人の所持金は一日分の宿代と一日分の食事代だけだ。
二人とも適当なジュースが注がれたジョッキを片手に喧騒が激しい酒場の中で静かに杯を交わす。喧騒の中でも聞こえてくる高いグラスとグラスの当たる音を聞き、二人は一口、ジュースに口を付けた。
疲労した体に染みわたるかのような冷たいジュース。それがまた心地よく、二人はたった一口ジュースを飲んだだけで大きく息を吐いた。
「なんかごめんね。殆どフィルに任せちゃって」
「後衛は前衛が戦いやすいように戦場をコントロールするのが仕事。だから、レオンは下手な魔法使いなんかよりも全然いい仕事をしていた」
狼型の魔獣……あのダンジョンの中では最弱の魔獣である魔獣すら倒すのに時間がかかるレオン。しかし、彼の戦場のコントロールは神業、とは言えないがこうしてダンジョンで無理せず食べていくには十分すぎる程であり、逆にフィルの拳は人間の域を出ないが戦場のコントロールさえ受ければ簡単に相手をなぎ倒す事が出来る。彼女が一か月も魔獣を倒せなかったのは単純に相手が狼という慣れない状況、更には人間よりも遥かに運動能力の高い獣を相手に拳で一対一を挑むと言う中々に無茶な事をしていたからだ。
魔獣の動きを人間が対処できる所にまで落とすレオンの射撃と当たれば流れを掴みそのまま相手を粉砕するまで止まらないフィルの拳。もしもフィルの相方が戦場のコントロールが出来ない、己の力に溺れた小物の魔法使いならフィルはきっと魔法に巻き込まれていたし、レオンも射撃でのアシストこそしてもタレントの力で自分では到底コントロール出来ない動きをする前衛の仲間に翻弄され何もできなかったであろう。
落ちこぼれが。いや、非才の努力と非才の努力が珍しく実を結んだ結果だった。
「でも、レオンの射撃は凄い。もっと起爆銃に威力があれば私なんていらない」
「そんなことは無いよ。フィルがヘイトコントロールをしてくれるから落ち着いて狙えるんだ」
レオンの努力。魔法を使うために魔法陣を正確無比に書くという軽く常識外れの集中力は射撃にて活かされていた。
落着き、腕を殆どブレなくその場で留め、トリガーを引く事は複雑怪奇な魔法陣を転写出来るレオンにとっては朝飯前だ。最も、その魔法陣の転写は全くの無駄だと気が付いたのは今から二年前なのだが。
しかし、長年培ったその集中力は今こうして実を結んでいる。それがレオンにとっては嬉しかった。
そしてレオンの言った、フィルがヘイトコントロールをしてくれているという言葉。これもまた事実だった。レオンが一人の時は落ち着いて射撃なんてまず無理だったため弾なんてあっちこっちへ逸れまくっていた。百発百中に近い精度になったのはフィルが前に出てレオンが落ち着いて射撃できる環境を作ってくれたからだった。
何処か謙虚な二人だったがそれが可笑しいのか二人一緒に笑う。
「……そういえば、ちょっと聞きにくい事聞いてもいい?」
ジョッキを置いて料理に手を付け始めた頃。ふとフィルがレオンに声をかけた。
何かな? と手に持っていた食器を置いて話を聞く姿勢を取る。
「レオンの苗字って、ロハスだよね?」
「そうだよ?」
「ロハスって、もしかしてここら辺に住んでいる魔法使いの……」
「あー、そうそう。そこの三男だよ。先週無事勘当されたけど」
どうやらここら辺で住んでいる限りロハスという苗字は何をどうしてもあの家に繋がってしまうらしい。レオンは別に勘当も予想通りだったし親に愛着があるかないかと言われればあれだけ自分を冷遇してきたあの親に並みの親子程度の愛着なんて沸くわけもないのであっけからんと答えた。
「……ごめん」
「いや、別にいいよ。気にしてない」
寧ろ家に縛られる事が無くなったので精々しているとも言える。
あの家に閉じ込められるように生きていた十四年よりも、ここ一週間弱の方がよっぽどレオンにとっては楽しかった。あそこに居れば食べる物には苦労しなかったがやる事が無かった。それこそ、使えない魔法を使えるようにする無駄な特訓くらいで。
だから、こうして生きるために戦う生活というのはレオンは気に入っていた。だから気にしないでとフィルに笑顔で告げる。
フィルは少し落ち目を感じているのか少しだけ表情が暗い。
「なら、さ。フィルの事も少し話してよ。話しにくかったら別にいいけど」
「私の? あまり面白くないよ?」
「それでも。仲間の事は本当に言えない隠し事以外は知っておきたいんだ」
プライベートの奥の奥まで根掘り葉掘り聞くのではなく、聞ける所を聞ける範囲でだけ聞いておきたい。背中を預ける仲間なのだから。
フィルはそんな事? と言わんばかりの呆け顔を晒した後に食器を置いて口を開いた。
「私、魔法が使えないの」
「知ってる」
「鳥獣人の中で魔法が使えないのって私だけだったから、皆に出来損ないって馬鹿にされて……」
「うん、分かるよその気持ち」
「だから全部物理で解決出来るようにしようって思って家出して殲滅型戦闘術を習った」
「うーんそこら辺ちょっと分かる気もするけど分からないかなぁ」
どうしてそこで物理で殴りに行くんだと。というかそこまでしてこの世界に入りたかったのかと。
鳥人族でも魔法を使わない職に就く人は大勢いる。レオンの家のメイドや執事にも数人だが鳥獣人は存在した。鳥獣人は力はあまり強くないのでそういう物理で解決は苦手な筈なのだが、どうやら目の前の少女は馬鹿にされた結果脳みそを筋肉で置き換えてしまったらしい。
馬鹿にされれ悔しくて、見返してやろうと思うのは分かる。だがそこで自分には絶対に向いていない物を習おうとはレオンは思えない。似た者同士ではあったがそこら辺の行動力と思考回路はどうやらかなり違うみたいだ。
「それが今から十年前の五歳の時。で、ようやく師匠から合格を貰って飛び出してきたのが一か月と二週間前」
「じゅ、十年もやってたの?」
「うん。私達って腕っぷしは良くないから殲滅型戦闘術を使いやすいようにアレンジした変則殲滅型戦闘術を習ってたから。あれ、結構身に付けるのが大変で……奥義まで習ってたら十年経ってた」
どうやら彼女は自分に負けず劣らずの努力家らしい。だが、十年も特訓していたのならあの技のキレ、繋ぎの自然さ等は全部納得がいった。
「奥義……っていうか今更だけど殲滅型戦闘術って何? タレント……じゃないんだよね?」
武器を使わないという事はタレントではない。タレントは全て先天的に授かっている物であり、それを専用の武器を握る事で開花させて初めて使える物。だから、あれはタレントではないと。
「うん。殲滅型戦闘術……というか戦闘術はタレントに追いつくための技術。一応力の殲滅型戦闘術と技の散滅型戦闘術の二種類があるけど、私は殲滅型戦闘術を選んだ」
やっぱり脳筋、と思ったが口を堅く閉ざしてその言葉を口にすることは無かった。
「起爆銃と同じような物だよ。魔法を使うっていう才能が無い人が、その魔力を戦闘に活かすための道具。私達の場合はそれが拳ってだけ」
「へぇ……そんなのあるんなら僕も習いたかったよ」
「……止めた方がいい。割と本気で」
「何で?」
「力を付けるために岩を乗せて腕立てとかリアル滝登りとか拳で岩を割るとか……」
「ごめん無理」
っていうかそれ出来たの? とレオンが聞くとフィルは頷いた。まさか、と思ったが彼女が袖を捲って見せてくれた力こぶは男であるレオンを軽く超えていた。ちょっと触ってみたが想像していた女の子の二の腕の感触とは百八十度近く違った。これがメスゴリラ……なんて思ったら目の前に拳があったので考えるのは止めた。
だが、そこまでの苦行を乗り越え、十年も特訓をしても、タレントという先天的才能は容易くその努力を一年や二年で抜かしてくる。それ程までにタレントを持つ者と持たない者の差は激しいのだ。恐らく十歳位のタレント持ちの子供が二年間剣を持って特訓したら今のフィルでも太刀打ちできない位まで強くなってしまう。それがこの世界だ。
「一回タレント持ちの人と戦ったけど何もできずに負けた。最後の最後で顔面殴って歯を叩き折ったけど」
「わぁメスゴリラ」
「同じ目にあってみる?」
「ごめんなさいジョークです。イッツアロハスジョークです」
だが、そんなタレント持ちの話も今の二人にとっては笑い話だ。なんやかんやで吹っ切れた落ちこぼれというのは無駄に明るい物だ。明るくなるしかないと言ってしまえばそれだけではあるが、少なくとも二人は自分達の過去を笑い飛ばせる程度には明るくなっている。
周りの喧騒に合わせて二人の笑い声も大きくなる。どちらかと言えば物静かな方ではあるフィルもそこそこ声が大きくなる、レオンも今までの記憶にない笑い方をしながら過去の暴露だったりふざけ合いだったりをする。一回フィルがレオンを殴ったが別にそこまで強くもないため何するんだと言いながら笑ったりごめんと言いながら笑ったり。どちらかと言えば場酔いに近いテンションに二人はなっていた。
「なんだレオン、楽しそうだな」
と、そんな高いテンションの二人に声をかける男が居た。
レオンの事をレオン、と呼ぶ男は彼の記憶の中には一人しかいない。レオンは笑顔のまま声の方へと振り返った。
「あ、アルフ兄さん」
「え? お兄さん?」
「あぁ。初めましてお嬢さん。俺はアルフレッド・ロハス。レオンの兄だ」
「ど、どうも。フィリップ・ウィングフィールドです。レオンとパーティを組んでます」
テンションが一気に何時も通りにまで下がるフィル。しかしレオンは上機嫌、ではあるのだが兄にみっともない姿はあまり見られたくはないという気持ちが勝り、ある程度までテンションを下げる。
「ここで食事してるって事は、順調みたいだな」
「順調、って訳じゃないけどこれから順調にしていくつもり。フィルとね」
「という事は初勝利とかそこら辺か」
「うん。パーティ結成記念と初勝利記念」
なるほど、それは大事な事だとアルフは笑う。
こういう時に英気を付け、祝い事を祝うというのは精神的な余裕を生める。アルフも経験した事なのでそんな暇があるならもっと修行を、とか彼の実家の父みたいな事は断じて言わない。むしろこういう事が大事なのだと思っている。
一週間弱振りにみた弟がなんとか自立のための第一歩を踏み出している事になんとなくの寂しさと嬉しさを感じるアルフ。そんな彼の背後から一つの声が。
「レオン君、順調みたいで良かったわね」
「あぁ」
女性の声だった。レオンにとっては聞き覚えのある声であり、アルフにとっては毎日聞いている声。家族の団欒についていけてないフィル以外の二人はその声の主は分かっていた。というかアルフが連れてきたのでアルフは分かっていて当然だった。
その声が聞こえてすぐ、アルフの後ろから一人の女性がやっほ。と小さく声を出しながらレオンにも見えるようにその身を動かした。
やっぱり、とレオンが呟く。フィルはついていけていない。
「アビー義姉さん。来てたんだ」
「久々にレオン君の顔が見たくてね」
その女性はアビーと呼ばれた。つまり、アルフの嫁である。
いきなり出てきた女性に困惑するフィル。そんな彼女を見てアビーはごめんごめんと軽く謝ってから軽く自己紹介をする。
「アタシはアビゲイル・ウィッシュハート・ロハス。アルフのお嫁さんやってるの」
「え、あ、よろしくお願いします、アビゲイルさん」
「そんな硬くならなくてもいいわよ? それに、アビーって呼んでくれると嬉しいわ」
そう言いながらフィルに抱き着くアビー。同年代から見ても比較的小柄なフィルは既に二十一歳のアビーが抱きしめるのには少し小さく、彼女の胸にフィルは顔を埋める事となった。
初対面の女性からの少し派手なスキンシップに混乱するフィル。しかしレオンとアルフは苦笑してそれを見守るだけ。
アビーは人見知りというのを知らないのではないかと思うレベルで初対面の人間だろうと構わず抱き着いたりする。特に同性ならほぼ確実に抱き着き、異性でも子供になら確実に抱き着く。流石に相手が大人なら笑顔で頭を下げる程度に収まるのだが、これがアビーの悪いとも言い難い癖である。
「あら、フィリップちゃんの羽根、凄い綺麗ね」
「い、一応手入れしてますから……あと、出来ればフィルって呼んでほしいです……」
「フィルちゃんね。あぁ~、羽根もっふもふ……」
「く、くすぐったいですぅ……」
羽根をもふもふと触られるフィル。くすぐったいのか小さく笑い声が漏れているが、スキンシップが嬉しいのか羽根が好評なのか嬉しいのか、フィルの羽根は小さくパタパタと動いている。
そんなフィルの真っ白でもふもふらしい羽根を見てレオンも触ってみたいなぁ、なんて思いながらその様子を見ていると、アルフがその辺にしておけとアビーの襟を掴んでフィルから引きはがす。
フィルはアビーの抱擁から解放されて一息ついてから大きかった、と小さく声を漏らした。なおフィルの何処とは言わないがある部分は結構平らに近い。
「でも鳥獣人の子が杖を持ってないなんて珍しいわね。もしかしてインファイター?」
「は、はい。一応拳で戦ってます」
その言葉を聞いてアルフが驚いた。確かに初見では意外過ぎて驚くだろう。レオンも驚いた事である。
「鳥獣人がインファイター……えっと、フィリップちゃんは魔法は使えないのか?」
「あ、はい。あと出来ればフィルって呼んでいただければ……フィリップって男の人の名前なのでちょっとそう呼ばれるのは嫌で……」
いきなり判明したフィルがフィリップと呼んだら怒るという言葉の理由だったが、それにちょっと驚いたのはレオンだけだった。
アルフはそうか……と先程の笑顔とは真逆の真剣な顔をしていたが、すぐに笑顔、とまではいかないが何時も通りの優し気な表情に戻った。
「それは少し失礼な事を聞いたな。すまなかった」
「えっと……なんかごめんなさい」
「いや、いいんだ。むしろ君みたいな子が弟の仲間になってくれてよかった。……いや、この言い方も失礼か」
「いえ、大丈夫です」
悪く捉えてしまえば落ちこぼれ同士で組んでくれてよかった、と言ってしまった物だとアルフはばつが悪そうに頭を下げようとしたが、フィルが大丈夫だと言いながらそれを止める。
落ちこぼれ同士で組んでよかったと思っているのは誰よりも本人たちだ。だからそれを誰かに言われた所で、それも出来る限り言葉を選んだ優しい人間の言葉に言われたのなら特に心も痛まない。だが、と謝ろうとするアルフをフィルとレオンが全力で止め、気が付けば四人が会合してから十分弱が過ぎようとしていた。
「まぁ、なんだ。何かあれば俺を頼ってくれ。何時でも力になろう」
「何時でも遊びに来てね~」
これ以上この二人の元に居るのも無粋だろう。そう感じた二人は適当な所で話を切り上げて帰る事にした。
レオンとフィルはアルフの言葉に頷き、背中を向けて帰る二人を見送る。彼等が帰った所で二人はまた顔を合わせ、改めてジョッキのジュースを一口口に含んだ。
「いいお兄さんとお姉さんだね」
「うん。あの家で唯一僕に構ってくれた人たちだよ」
レオンは少し照れくさげに、しかし笑いながらフィルにそう告げた。
フィルもその笑顔を見てうん、分かってると一言だけ言葉を返した。
最終兵器ANIKI。ちょっとブラコン入ってる