第十五歩
「平和だねぇ……」
「そだね……」
レオンとフィルの二人は窓の外を見ながらそう呟いた。
デイヴとカスミとの決闘は二人の勝利にて幕を閉じた。しかし、その後の後始末はとてつもなく面倒であり、気絶したデイヴとカスミを引き摺り転移装置の前まで持っていき、先にフィルを担いでダンジョンを出た後にデイヴとカスミの足を掴んで引っ張り、そのままダンジョンの外へ放り出してから誰かが来るのを待ち、丁度十分後辺りにダンジョンから戻ってきた女性の連合員にデイヴとカスミ。そして自分とフィルを任せて気を失った。男なら意地でも意識を保持してフィルを担いで病院まで行っていたが、女性で良かった。
その後目が覚めたらレオンとフィルは同じ病室で寝かせられていた。目を覚めた所で医者を呼んだところ、レオンとレオンによって叩き起こされた輸血中のフィルは色々と自身の体について説明を受けた。
まずレオンだが半身火傷によって強制入院。治りはするが暫くは以前のように動けないよ。との事だった。そしてフィルは全身筋肉痛に両足と右手、そして羽に至っては骨にヒビが入りまくっていたり肉離れが起きていたりと何をしたらそうなるのかと医者に真顔で聞かれるレベルの重傷だった。しかも肩から脇腹までの傷が思ったよりも深いらしく、ポーションで傷は塞いであるが治るまでは絶対安静で強制入院。一応歩けるのでトイレに行くことだけは許してもらえた。
「なんか予想以上の大怪我しちゃったね」
「うん。しかも買ってきた剣も万能薬も使わなかったし」
「ついでに入院費と治療費でお財布の中身スッカラカン……」
『はぁ……』
二人は全く同時に溜め息を吐いた。
既に入院二日目。レオンは二週間の入院。フィルは一か月の入院だ。なのでレオンは残り十二日。フィルは二十八日と、中々キツい拘束を強いられる。そのせいで今まで苦労して貯めた金は全て自分たちの入院費と治療費で吹っ飛んでいき、二人は文字通りの文無しとなってしまった。
しかもレオンは先に退院するためそこから二週間は自力で金を集めてこなければならない。キャルト・ア・ジュエがあるため何とか可能ではあるとは思うが、前衛のフィルがいない戦闘は不安で不安で仕方がなかった。そしてフィルも二週間経ったらレオンが退院するため暇になる。デイヴの馬鹿はとんでもない副産物を置いていきやがった。
レオンもフィルももうやる事がないのでずーっと外を見つめている。レオンは半身ミイラ。フィルは左手と顔以外ミイラなのでまずやれる事が少ないのだが。フィルに至っては自分の羽を見つめて痛んだ羽があったら毟ってレオンに投げつけてくる始末だ。何度キレてメスゴリラ呼びしたことか。その度に乱闘になりかけて医者の説教が飛んでくる。
そしてまたフィルが自分の羽のチェックに入ったとき、病室のドアがノックされた。
二人が声を合わせてどうぞ、と声を出すとドアは開かれた。入ってきたのはアルフとアビーだった。
「やぁ、レオン、フィルちゃん。中々壮絶な事になってるね」
「ミイラが二人いるわね」
開口一番からとんでもない事を言われたが、レオンもフィルも曖昧に笑うしかできなかった。だって事実だから。
アルフは持ってきた花を病室に備え付けてある花瓶に入れ、アビーはフィルの元へ行って大丈夫? と聞いている。大丈夫じゃないが大丈夫と答える辺りフィルの意地みたいな物を感じた。
「さて……早速だが。ウチの愚弟がすまなかった」
早速と口にしたアルフはいきなり謝り二人に向かって頭を下げた。それを見て聞いた二人がワタワタしながらアルフに頭を上げるように言い、それでようやくアルフは頭を上げる。
「今回の件に関しては親父もかなりご立腹でな……」
「あのクソ親父が……」
「レオン、なんだか口悪くなったか? まぁ、別にいいが……というかご立腹なのもちょっと意味が違ってな」
え? とレオンは聞く。
「デイヴが負けたのが気に入らんらしい」
「ちょっとあの家にジェノサイドブレイカー叩き込んでくる」
「止めてやれ。あの家は俺がぶっ潰すから」
「アルフ兄さんも口悪くなったよね」
なんというか、如何にもプライドだけは高い名家の当主みたいな感じだった。それはアルフも同じようであの親あって子供ありだな、と呟いていた。
確かに気に入った女を寝取るのに家の名前と力を貸したりしている時点であの親父がデイヴに今回の騒動に関してキレない訳がないよなぁ、とレオンは思った。
だが、そうなるとまたデイヴとの決闘を仕組まれたり今度はあの親父が直々に出てきそうで少し怖い。デイヴならまだキャルト・ア・ジュエを全力で使って初見殺しの初手必殺をしたら勝てるかもしれないが、親父に関してはそうもいかないかもしれない。憂鬱だ、と溜め息を吐く。カスミを雇って親父をボコボコにしてやろうかとも思った。
「まぁ、そんな感じでご立腹だったから慰謝料ふんだくってくるのに時間がかかった」
「え? 慰謝料?」
「自分で追い出したんだからお前はもう他人だ。で、他人を傷つけたんだから慰謝料は払うべきだ」
確かにそうかもしれないが、一体どうやってと思った。ちなみにもうフィルは話についていけていない。完全に身内話なので仕方ないと言えば仕方ないが。
アビーも一応何があったのかは知っているがここは兄弟で話をさせておいた方がいいだろうと思い今はお見舞いの品として持ってきた果物を剥いている。
「この事実を揉み消そうとしていたからな。流石に俺もキレたから正面から叩き潰した。今はどっかの病院にデイヴと入院している」
「アルフ兄さんって実は結構容赦ないよね」
レオンはちょっとだけだが父に同情する。
アルフは上級魔法を全て使える上にその一個上。もう使えたら人外に片足を突っ込んでいると言っても何ら可笑しくない超級魔法すら使えるのだ。デイヴなんて雑魚同然だし父も上級は大体使えるが超級は使えない程度なのでアルフに勝てる道理がない。
きっと風魔法で生み出した竜巻にでも飲まれたんだろうなぁ、なんて思いながらもそこで同情は止める。あんなのへの同情はほんの少しで十分だ。
「それと、二人にクソ親父から一個だけ交渉があってな」
「交渉?」
レオンはまさか慰謝料やるからこっちに戻ってこいとか言うんじゃないだろうな、なんて思いながらも一応話は聞くことにした。アルフの持ってきた話だ。聞くだけ聞いておいてきっと損は無いと思った。
「ロハス家の別荘、お前も知ってるな?」
「あぁ、ここら辺にある家?」
レオンは一回もそこへ行ったことはないが、父と母、そしてアルフとデイヴが時々様子を見に行っていた一軒家だ。
万が一ロハス家の屋敷が火事等で燃えてしまった際に移住して屋敷再建までの間の時間を暮らすために作った場所、とは聞いていたがどうしてそれが交渉に出てくるのかが分からなかった。
「あれを家の中の家具も含めて全部やるしデイヴはお前達に一切近づかないからこの話は内密に、だそうだ」
「え、マジ?」
「マジだ。もうお前が頷けばあの家は二人の物になる。ついでに十年間維持費はあっち持ちだ」
その話はかなり有り難い話だ。
あの馬鹿を周りから笑い者に仕立て上げる事は出来なくなるが代わりに家を一軒。それも、金持ちの建てる普通の家なんかよりも遥かにいい家を一軒、貰えるのだ。あの馬鹿のプライドをズタボロにするまで周りの人間と共に罵倒できる権利か、家を一軒得れるか。つまりはそういう交渉なのだ。しかも維持費も十年間あの親父が持ってくれる。
中々にいい提案だ。
レオンとしてはあの馬鹿に対する制裁はもう済んでスッキリしたので罵倒する気も話を広める気も一切なかったためこれは実質タダで家を一軒貰えるのと同じだ。
だから今すぐ頷いてしまいたかったが、ここはぐっと堪えてフィルにも聞いてみることにした。
「フィルはどう思う?」
「ふぇ?」
しかしフィルはリンゴを咥えていた。
人の話聞けよ、と言いたくなったがグッと堪えてフィルがリンゴを飲み込んでから改めて聞いてみる。
「あの馬鹿を周りの人間と一緒に罵る権利か僕と共有財産になるけど家が一軒欲しいか」
「家」
「という訳でアルフ兄さん、僕達はもうあの人の事を二度と口にしないので家ください」
「ください」
「悩みすらしないとはお兄さん驚いたぞ」
だってあんなの罵倒する権利と家が等価交換されるのなら悩む必要ないし、と二人は口を揃えて言う。それに、あっちからもう接触してこないと言っているんだから報復の危険性も無くなる。ならこの条件を呑まない手は無かった。
アルフはもうちょっと二人はデイヴを憎んでいると思っていたのでちょっとは悩むと思っていたのだが、まさかこの場で即決するとは思っていなかった。
「一軒家ゲットいえーい」
「いえーい」
そして二人はハイタッチしている。なんというか、デイヴと戦ってから神経が図太くなっている気がする。
が、アルフは予想以上に元気な二人を見て思わず笑いを零す。なんというか、これ以上ないくらいにピッタリなコンビに見える。というか恋人ですと言われてもなんら可笑しくないくらいには二人の距離は近かった。
その後はアルフがレオンとフィルにそれぞれ慰謝料を渡し、想定外の収入が入ったことに再びハイタッチをする二人を見てからアルフは今回来た本当の理由。アルフにとっては家の譲渡や慰謝料の引き渡しよりももっと重い理由を口にした。
「なぁ、レオン。ちょっとお前の起爆銃……キャルト・ア・ジュエを見せてくれないか?」
「え? いきなりどうしたの?」
「いや、ちょっと気になってな」
「まぁいいけど。えっと確かここに……あった。はい」
レオンはベッドの下の籠に入れてあったホルスターに入った状態のキャルト・ア・ジュエをアルフに手渡した。
そう、アルフにとってはこれが一番の問題だったのだ。頼むから、これは自分の予想通りであってくれるなと思いながら。しかし、その期待は外れてしまう
これは、アルフが予想していた通りの物だった。レオンの手に渡ることは本来なかった物。いや、売られていたという事実すら嘘にしか思えない物。これは、レオンが思っているよりも遥かに重い物なのだ。アルフは一瞬だけ、迷った。迷ってしまった。考古学者の自分と、レオンと兄としての自分で。
しかし、最終的にはレオンの兄としての自分を取る。そして礼を言ってキャルト・ア・ジュエをレオンに返した。
「……レオン、これからあまりキャルト・ア・ジュエの名前は口に出さないでくれ」
「え? いきなりどうしたの?」
「あまり深い理由は聞かないでくれ。ただ、お前はそれを起爆銃と言い張ってなるべく人前ではその力を使わないでくれ」
「う、うん……」
アルフの雰囲気は、少し異常だった。
それ故にレオンは素直に頷いた。元々、この起爆銃を見せびらかしてデモンストレーションと称して人前で使う気もなかったし魔力消費も激しいのであまり多用はしないつもりだった。なので素直に頷いたが、アルフがどうしてここまで異常な雰囲気を出しているのかが疑問で疑問で仕方がなかった。
「じゃあ俺はそろそろ行く。クソ親父に話を通してデイヴにも話を通さなきゃならんし譲渡の手続きもしなきゃだからな」
サラッとクソ親父って言ったんだけど、とレオンは思いながらも交渉を受けてしまいアルフの負担を増やしてしまったことにちょっと罪悪感を覚えた。しかし、アルフは笑顔でレオンの表情から心情を読み取って気にするな、と口にした。
「これも長男の務めだ。それに、可愛い弟とその仲間のためだからな。アビーはもうちょっと居てやれ。二人とも暇だろうからな」
「はいはーい。アルフ、あまり遅くならないでね?」
「お前も、暗くなってきたら帰れよ?」
そう言ってアルフはそのままレオンとアビーの病室を出た。
そして、歩きながら呟いた。
「……くそっ、なんでレオンがあんなものを」
キャルト・ア・ジュエ。それを思い出してアルフは表情を歪める。
あれは先日アルフが見に行った起爆銃型の小型戦略兵器。既に滅びた古代文明が使っていた武器であり、現在流通している起爆銃の祖先とも言える、魔法が使えない人間を実戦投入するための兵器。国が見つけ次第保管している現在使用されているどの兵器よりも強力で、簡単に扱えて、そして危険な武器。
レオンの持つそれと、アルフが見たそれは、全く同じ。レオンは気づいていないようだったが、ホルスターには番号も彫られていた。その番号は、001。
あれは、民間の手で発掘され誰も知らぬまま市場に流れてしまった起爆銃型小型戦略兵器『キャルト・ア・ジュエ』。それも、一番最初に作られた物だ。
「……まぁ、買っちまった物は仕方ない。俺はこっそりとあれを携帯する許可を取ろう」
せめてレオンが巻き込まれなくてもいい事件に巻き込まれないように、裏で動こう。
もう一個仕事が増えてしまった事にアルフは溜め息をついたが、きっとレオンならあれを私利私欲には使わないだろうと思い、良き力になってほしいと祈った。
なおその頃の病室は。
「こっちに毟った羽根投げないでよメスゴリラ!!」
「あ、またメスゴリラって言った! そろそろ本気で喧嘩する!?」
「上等!」
『スペード1。スペード2。ワンペア』
「二人ともやめなさい!!」
『いたいっ!!』
結構好き勝手にキャルト・ア・ジュエを使っていた。それでもアビーの拳骨には勝てないようではあるが。
義姉は強し。次回でひと段落