第十四歩
爆発が起こる。
フィルは沈みかけた意識の中でそれを聞いた。自分の体が血に濡れているのを血の流しすぎでボーっとする頭でなんとか理解しながら、顔だけを動かして後ろを向く。
後ろでは、何かが爆発した跡なのか、白い煙が立ち上がっている。しかし、レオンがその近くにいない。自分の相棒が、その傍に立っていない。それが何を意味するのか。何でなのか。それを理解するのにすら時間がかかってしまった。
「れ、おん……?」
誰にも聞こえない声で呟いた。だが、それが唯一近くに立っていたカスミには聞こえていたのか。彼女はそっとフィルを抱き上げてフィルのポーチから取り出したポーションを飲ませながらフィルに囁いた。
「もう生きていないでしょう。まぁ、彼の兄君には私の方から説明しておきますよ。私も人の子ですから」
その言葉を聞いて、フィルの思考が凍った。
レオンが、死んだ。
じゃあ、あの爆発の中心点にいたのは。爆発を起こしたのは。あの爆発は、何を物語っているのか。それをポーションを飲まされてからようやく考え始め、出血がようやく止まった所で理解した。
「は、ははははは!! ざまぁねぇな無能が!! 俺に盾突くからこうなんだよ!!」
あそこで笑っている男が、殺した。
何の罪もなくて、ただ意地を張って生きていただけの優しい少年を、殺した。
それを理解してしまった。だが、理解したところで、体が動かない。声が出ない。ただ意識だけが薄れていく。気絶してはいけないとさっきから自分に言い聞かせ、レオンが自分の元へ来てくれると。根拠のない思いだけでただ繋ぎ止めていた意識が、薄れていく。
勝てなかった。才能という暴力にただただ組み伏せされて、何にもできずに負けた。それが悔しくて。だけど、なんだかもうどうでもよくて。仲間であるレオンがあんな男に殺されてしまったことが、ただただ無念で、悔しくて。与えられてばかりで何も返せていない自分がこうして生き残って。
理不尽だ。理不尽すぎる。
なんでレオンが死ななきゃならないのか。なんで、こうやって人生をただの屑に終わらせられなきゃいけないのか。ただ、それだけが無念で。
「れおん……」
最後に彼の名前を呟いて、もう諦めてしまおうと。
もう、無理だ。立ち上がれない。終わった。そう思って――
「――勝手に殺すな、クソ兄貴」
――その言葉を聞いて、再び意識を繋ぎ止めた。
レオンの声。死んだはずのレオンの声を聞いたカスミは驚いてフィルを抱き上げた力を緩め、そしてデイヴは殺したはずの相手の声が聞こえて目を見開き呆然としている。
「ははっ……本当に起こったよ、奇跡がさ」
煙が晴れる。そこに立っていたのは、『金色に光り輝く』起爆銃を手にしたレオン。その顔には困惑が浮かんでいるが、それ以上の笑顔が浮かんでいる。そして、次に聞こえた声はこの中の誰もが聞いたことのなかった声だった。
『規定量の魔力を感知しました。これより本機『キャルト・ア・ジュエ』の機能を開放します』
「な、なんだよそれ……タダの起爆銃じゃねぇのかよ!!」
「知らないよ。だけど、これはタダの起爆銃じゃないって事は確かなんだよ」
本当に、奇跡だった。
レオンが、ただお得だからと手を付けた起爆銃が。ボロボロで露店に売られていた起爆銃がこんな奇跡を持ってくるだなんて、思いもしなかった。見た目はただの銀色の起爆銃でしか無かったそれが、こんな機能を持っているだなんてレオンすら知らなかった。
だが、誰も知らなかったから、安かったのかもしれない。誰も、これを起爆銃に似た、起爆銃ではないナニかだとは知らなかったから、こうしてレオンの元へ来たのかもしれない。
完全な偶然。出来すぎた奇跡。やすっぽい三文芝居に出てきそうな流れ。
だが、上等。これの使い方は、もう分かっている。いや、分からされた。
炎に起爆銃……いや、キャルト・ア・ジュエが巻き込まれたその瞬間、ホルスターから飛び出した光。それがカード状の何かだと確認した瞬間、それはキャルト・ア・ジュエの本体の側部にある、傷にしては綺麗過ぎた一直線の溝へと吸い込まれ、そのままスライド。いや、スキャンした。
その時の音は聞こえなかったが、自動で引き金は引かれ、本来の威力を超えた魔弾が撃たれ、ディザスターブラストを相殺した。それと同時に、使い方は分かった。いや、理解させられた。頭の中に流れ込んできたのだ。使い方が。
そして、確信した。これならあのクソ兄貴に勝てると。
「フィル!」
レオンの声がフィルの耳へと届いた。しかし、反応ができない。
それでも、とレオンは口を開く。
「待ってて。すぐに、助けるッ!!」
金色の光が無くなったキャルト・ア・ジュエを構えながらレオンが叫ぶ。
フィルはそれを見る。意地で奇跡を起こした仲間の姿を。自身を助けてくれようとする、少年の姿を。
もう体はボロボロなのに。あの火傷はポーションでは治らないのに。今にも泣きそうな顔で、それでも耐えて起爆銃を構えている。なら、自分が立ち上がらずに見ているのは、違う。
助けてくれたのはありがたいが、カスミを振り払って立ち上がる。
「……まだ戦う気ですか?」
「レオンが、立っている。なら、戦う……!!」
カスミは呆れた顔をしている。だが、フィルにはまだ唯一の勝算がある。まだ、切り札を切っていない。負けたと認めるのは、それからだ。
「こ、この死にぞこないが……!!」
「うるさい、クソ兄貴。ここからは僕のターンだ」
レオンが己の魔力を動かす。
魔法が使えないのに無駄にある魔力。それを使う時が来た。
この起爆銃、キャルト・ア・ジュエが一体何なのか。どういう理由であんな場所に売っていたのか。そもそもこれは今の技術で使えるものなのか。それを考えるが、そんなの今更関係ない。今は目の前の兄を叩きのめす。それだけだ。
「偉大なる神が作りしVの力よ、我が眼前の敵を燃やし尽くせ!」
デイヴが詠唱を行う。しかし、レオンはそのまま動かずに魔力を起爆銃へと流し込む。
流し込んだ魔力はそのまま起爆銃のホルスターへと流れていく。そして、流れていった魔力はそのまま具現化し、三枚のカードとなる。
金色の三枚のカード。それが弾き出され、レオンの手に収まる。そしてそれをキャルト・ア・ジュエの溝に差し込み、スキャンする。
『スペード1』
スペードの一。それが、金色のカードの表面に書かれている絵柄だった。
更に二枚のカードをスキャンする。
『ハート1。クラブ1』
この起爆銃が出来ること。それは、魔弾を放つという従来の起爆銃としての機能以外に一つある。
それは、持ち主の魔力をカードとして具現化し、スキャンさせる事によってキャルト・ア・ジュエ自体にある機能を開放し、一時的に攻撃を強化。もしくは特定の技を発動する。言うならば魔法が使えない人間に疑似的に魔法を使わせるための起爆銃。それが、このキャルト・ア・ジュエ。
レオンもどうしたら機能が解放されるのかは分かったが、何がどの効果を持っているのかは分からない。しかし、その力は今の自分の力を底上げしてくれる。才能に追いつくためのドーピングだと。教えてくれた。
そして、そのドーピングを発動するためのキーは。
『スリーカード』
ポーカー。
キャルト・ア・ジュエの機能は、ホルスターから排出したカードをポーカーの役となるようにスキャンすることによって発動する。そして、今スキャンしたのは、同じ数字のカードが三枚。つまりはスリーカード。
それによって発動する効果は、レオンが生き残った時と同じ物。
「炎で一直線なら、こっちだって一直線にぶちこむ……!!」
キャルト・ア・ジュエから溢れ出たレオンの魔力が具現化する。
本体を中心に魔力が一瞬にして形を成して重量を生む。
そして完成したのは、ボウガン。銃口には金色の矢が差し込まれ、弦は本体を貫通して限界まで引き絞られている、小型のボウガン。それの狙いを付けて、放つ。
「ブレイズライン!!」
魔法の発動。それと同時にボウガンを放つ。
一直線に飛ぶ炎と矢。それが重なった瞬間起こるのは爆発。先ほどよりも小振りではあるが、人間なら楽々ぶっ飛ぶ。そのレベルの爆発。
それが、レオンとデイヴの間に爆炎と煙を作り出す。
互いに相手の状況が見えない。しかし、デイヴはそれでも構わずに詠唱をする。見えないのなら、爆撃すればいいと。しかし、その思考はすぐに中断させられる。
『スペード2。ハート2。スペード3。ハート3。ツーペア』
再びあの起爆銃の音声が聞こえた。その瞬間に魔法を中断する。
デイヴは性格は悪くとも、魔法使いとしての腕は優秀そのもの。それ故に数々の戦いを行ってきた。その経験が、謎の攻撃に対して警告を鳴らし魔法を中断させた。
そして、その経験は生きる。煙を裂きながらレオンは現れた。
「デイヴ兄さん、チャンバラしようよ! あんた木偶の坊役なッ!!」
物凄くいい笑顔を浮かべたレオンが、銀色の起爆銃の銃身から生えた金色の剣を携えて。
そしてそれが振るわれる、が、デイヴはそれを杖で受け止める。
「テメェの剣なんざ当たる訳が……」
「今の僕はッ!」
だが、レオンはまだ動く。
受け止められた瞬間に剣に全ての重心を預けて、飛ぶ。そしてデイヴの杖を自分の体重だけで落とすと同時にそのままレオンはデイヴの真後ろへと着地する。
馬鹿な、とデイヴが驚愕する。レオンは剣のタレントを持っていない。なのに、なんだその身のこなしは。
その驚愕が命取りだと教えたのは、背後に着地したレオンがそのまま剣を振るいデイヴの背中に傷をつけたからだ。
「剣のタレント持ちだッ!!」
「ぐぁぁっ!!?」
ツーペア。その効果は、銃身から金色の剣を出現させるというレオンからしても中々ガッカリした効果だったが、すぐに分かった。
この効果は、ただ剣を出現させるだけではなく、それのタレントを一時的に付与するのだと。
本職には絶対に勝てない。というかフィルにだってチャンバラを挑んでもボコボコにされるレベルの付け焼き刃ではあるが、それでもデイヴを、タレントを持たない人間と一対一の勝負をするだけならこの効果はとても強力だ。
そして時間切れとなり剣は消え、タレントは消える。しかし、流れを完全に掌握した。
ここからは、こっちのターンだ。
「クソ、が!!」
「詠唱なんかさせない!!」
『クラブ2。ダイヤ2。ワンペア』
「何も変わらない……? なら、このまま撃つ!!」
こちらを振り向くデイヴ。すぐに詠唱をしようとするが、それよりも早くレオンがカードを二枚スキャン。しかしキャルト・ア・ジュエに変化はなく焦る。が、それならすぐに一発撃って次の手を撃とうと。
引き金を引き、魔弾を放つ。その魔弾はいつもの魔弾ではなく、金色が混ざった魔弾。つまり、魔弾自体が強化されている。
「ぐぁっ!?」
強化された魔弾はなんとデイヴを吹き飛ばした。が、吹き飛びながら杖を回収する辺りデイヴも弱いという訳ではない。それどころか背中を斬られているのにまるでそれを意に介していないかの如く立ち上がる所を見ると彼は自分達よりも強いんだと認めざるを得ない。
だが、勝つのはこっちだ。
スリーカードを二回、ツーペア、ワンペアを連続で使用してレオンが感じたのは、燃費が悪いという事。
このキャルト・ア・ジュエの機能はとても強力だ。だが、代わりに魔力を大量に食うのだ。ワンペアですら、下級の魔法一発以上。スリーカードに至っては一回で二割も魔力を持って行った。それ故にこうして流れを掌握したが、スリーカードは残り一回。ツーペアも二回か三回が限度。ワンペアも五回が限度。
故に、あと一回。次の一撃で決める。
残りの魔力を一気に使いカードを生み出す。生み出したカードは五枚。今のレオンが作れる最大数のカードだ。
「魔力切れって、結構辛いなぁ……!!」
だけど、今はその感覚すら嬉しい。魔力をこうして使って戦えているという事が、嬉しいのだ。
「この、無能が……調子に乗るんじゃねぇぞ!! 偉大なる神が作りしVの力よ、我こそが最強である事をこの一撃の下示せッ!!」
「確かに僕は一人じゃ何もできない無能だ。だけど、絶対に負けない。負けたくない、意地があるんだ!!」
そして、カードを五枚、スキャンする。
『ダイヤ1。ダイヤ3。ダイヤ4。ダイヤ5。ダイヤ6。フラッシュ』
五枚のカードが金色の光と消える。
次の瞬間、キャルト・ア・ジュエそのものが金色の光に包まれ、発光する。その光はゆっくりと銃口の方へと移動していき、銃口の前で金色の球体となる。レオンはゆっくりと、銃口に金色の光が集まったキャルト・ア・ジュエをデイヴへと向ける。
直感で分かった。これは、切り札だ。
カードを五枚も使う、必殺技。レオンの総魔力の半分近くを一気に持っていく、必殺の一撃。魔弾の強化等生ぬるいレベルの必殺技。
「ディザスターブラストッ!!」
兄の杖から放たれた触れたものを爆破し消し飛ばす砲撃が放たれた。あれに当たれば今度こそ死ぬ。この一撃が押し負ければ自分はあの砲撃に飲み込まれそのまま爆破され消し飛んでしまうだろう。
しかし、確信があった。
勝てる。この一撃は、あの上級魔法すら吹き飛ばす、切り札だと。故に呟く。この一撃の名を。どんな魔法すら消し飛ばし破壊する必殺の砲撃を。
「ジェノサイドブレイカーッ!!」
そして、引き金を引く。
それと連動しハンマーがシリンダー内の魔弾を叩き、その機構を持って魔弾を一発撃ちだす。しかし、その魔弾はそのまま放たれず、銃口の金色の球体とそのまま融合。一つとなり、今まで抑えられていた魔力が一気に解放され、放たれる。
形は、光の奔流。金色に輝く、光の奔流だった。その名は、ジェノサイドブレイカー。文字通り、殲滅し破壊する一撃。
ディザスターブラストすら飲み込む程の光の奔流は、十秒ほどディザスターブラストと拮抗した。しかしディザスターブラストはそのまま徐々に消えていき、ジェノサイドブレイカーが徐々にディザスターブラストを消しとばいていく。
「ば、バカ……」
バカな。そう叫ぼうとした瞬間、デイヴは金色の光に飲み込まれた。
悲鳴すらかき消したジェノサイドブレイカーはレオンの魔力を全て使い切るまで撃ち続けられ、やがて細くなり消えていった。そしてジェノサイドブレイカーが破壊しつくした後には、ボロボロのデイヴが倒れていた。
「はぁ……はぁ……僕の勝ちだ、クソ兄貴!!」
片膝を付きながら、叫んだ。
その叫びは、レオンの勝ちの宣言でもあった。
****
「あちらは勝負がついたようですね」
「…………」
「まぁこっちも私の勝ちで終わりそうですけど」
そして、フィルとカスミの戦いも、終わりかけていた。フィルの敗北で。
立ち上がったはよかった。よかったのだが、フィルは血を流しすぎた。それ故に技のキレも無くなり、速さもなくなり、最終的にカスミの蹴り一発によってフィルは吹っ飛びそのまま動かなくなった。ポーションによって消えた傷はその蹴りで再び開き、少しずつ血が流れている。
カスミはフィルに期待していた。もしかしたら彼女は自分を倒せなくても予想以上に苦戦させるのではと。
しかし、それも淡い期待だった。凡人にしては頑張ったほうではあったが、彼女はタレントを持つ人間のレベルにまで達せられなかった。それだけだ。
雇い主は負けた。だからこのままフィルをどうこうする気はないが、なんだか期待に裏切られた気分で一杯だった。
が、それも仕方ない。何せ相手は落ちこぼれの鳥獣人。変に期待したほうが悪かったのだ。無駄に痛めつけてしまった事を心の中で謝りながらカスミはバカの回収に向かう。
「……は、はは」
が、足を止めた。
笑い声が聞こえたのだ。それは、自分のでも、レオンのでも、ましてやバカの物でもない。
フィルの物だ。
「やっぱり……奥義無しじゃ勝てないか」
もうボロボロの筈のなのに立ち上がるフィル。その顔には、笑顔が浮かんでいる。
その笑顔は普通じゃない。まるで、殺人鬼が獲物を見つけたかのような。そんな、獰猛な笑顔。十年間も戦い続けてきたカスミが見たこともない、そんな笑顔。
雰囲気が違う。まるで、今までが前座だったかのような。そんな雰囲気を感じる。
そして、奥義という言葉を口にした。それはつまり、今まで切り札は温存してきたのか? そう驚愕するが、すぐに落ち着く。彼女は戦ってみたが凡人の域は出ない。故に奥義と言っても自分を下せる物ではない。そう思う。
いや、慢心してしまう。戦いにおいて慢心とは命取りだと、自覚しているはずなのに慢心を。
「まだやりますか?」
「ここからが三ラウンド目……」
拳を構えるフィル。その顔の笑顔は徐々に強張り、そして変わっていく。
殺人鬼の顔へ。
「初手より奥義にてつかまつる」
その瞬間、フィルが消えた。
いや、違う。それが自分の反応速度を超えた速さで動いたのだと気が付いた。
「変則殲滅型戦闘術『四神奥義・改』ッ!!」
フィルの声は、自分の下から聞こえた。
フィルは、自分の下へ……いや、懐の内へと潜り込んでいる。それに驚愕し、そして刀の間合いではない事に避ける事を選択しようとする。
しかし、逃がさない。今のフィルは自身の限界すら超えてその腕を、足を動かしている。故に、逃がすわけがない。これで決めると決めた瞬間に、もう彼女を生かして返す気すらない。この奥義は手加減なんて効かない、殺しの技。どんな相手だろうと確実に殺すための技。
そして、一時的に脳のリミッターを自分の意志で壊すし、人を超えた力を得て初めて使えるようになる技。
身に着けるのにすら年単位での時間をかけた。そして、自由に使えるようになるまでの年単位の時間をかけた。そして、それを改良するのにすら時間をかけた。
その結果生まれたのが、自分の肉体を壊すかの如く肉体のリミッターを全て外し人間なら確実に殺せる、必殺の奥義。彼女の師匠ですら、それを受けて死にかけた彼女だけの奥義。彼女が、変則殲滅型戦闘術と名乗るに至った、鳥獣人だけが使える人殺しの奥義。自分だけの、殲滅型戦闘術。
「オラァッ!!」
加速された思考と反射神経、そして肉体の崩壊を以ってカスミが反応できない速度でアッパーを叩き込む。
「ぐぅぅぅっ!!?」
その時、初めてカスミの表情が歪んだ。
重い。先ほどの朔光なんかよりも遥かに重く、そして速い。反応ができないレベルのアッパーはそのままカスミの体を真上へ飛ばす。だが、まだだ。まだ、奥義は終わっていない。ここからが、奥義の始まりだ。
自身の限界を、体を壊す可能性を含める事によって壊し、この一連の攻撃に全てを込める。それが、奥義。
「もう一発ッ!!」
そして、飛ぶ。
地面を蹴って飛び上がり、空中でカスミの顎を拳で捉え、顎をそのまま砕き割る気で打ち上げる。
アッパーからのアッパーの追撃。普通なら一発目のアッパーが当たった後にすぐに反応ができずアッパーでの追撃など無理だが、反射神経すら限界を超えたフィルなら、可能だった。いや、今のフィルでなければ、不可能だった。
だが、これで終わり。これ以上自分を空中で追撃する事など不可能だと。カスミは思い、今のフィルの対策を空中で、地面に足を付けるまでに考える。ここからの追撃は二段ジャンプでもしない限り不可能だ。故に、この二回のアッパーで自分の意識を飛ばせなかったフィルの負け。
「まだァッ!!」
だと思った。
思ったのに、フィルは再び飛んだ。その飛ぶ瞬間を、見てしまった。
空中で、空気を足場に再び飛んだのだ。この少女は。
まさかの二段ジャンプ。カスミどころか人間で出来る者を探した所でまず見つからないであろう、二段ジャンプの成功者。それを、フィルがやった。こんな実戦の中で、二段ジャンプを。
そう、これが奥義を身に着けるのに時間がかかる理由。今フィルの行っている奥義は二段ジャンプを前提としている。それ故に、その習得難易度は他の技を遥かに超えている。が、それをフィルは成功させた。脳のリミッターを外す事によって。一時的に人外のレベルへとその身を移行させる事で。
「これが、朱雀ッ!!」
叫ぶと同時に三発目のアッパーを叩き付ける。
二段ジャンプからの三発目のアッパー。これが、フィルの身に着けた殲滅型戦闘術『四神奥義』朱雀。人間を超えた筋力で放つ三発のアッパーにより相手を吹き飛ばす。生半可に鍛えた程度の者なら、この三発目のアッパーで顎をカチ割られてそのまま地面に落ち、最後に奥義を打ったものによって殺される。
その奥義をその身で受けたカスミの意識が一瞬飛ぶ。全身を浮かすという、アッパー所の話ではない拳を三発も受けたのだ。それが体に響かない訳がない。顎の骨を割られてそのまま顔面そのものを粉砕されても可笑しくないのに、耐えた。
ならば、着地と同時に、フィルを斬る。侮った事を謝り、そして倒す。そう決め――
「まだだッ!」
羽根が、舞った。
純白の羽根が下から上へと舞い、カスミの視界に、もう飛べないはずの少女が映る。
鳥獣人の羽は、飛ぶためには出来ていない。それは、滑空こそ出来てもジャンプなど出来ない。飛ぶことに使うなんてできない。その筈なのに。
何故、彼女はもう一度、空を舞っている。何故、三度目の跳躍を行えている。
「これが、私の奥義ッ!!」
カスミの更に上をフィルは捉える。そして、その右足を天へ向けて振り上げ、引き絞る。
限界を超えた彼女が、たった一度。たった一度だけ行える完全な翼だけでの跳躍。それを奥義へと組み込んだ、殲滅型戦闘術の奥義を超えた奥義。変則と名乗るに相応しいと言われたフィルの、唯一とも言える師匠を超えた必殺の奥義。
変則殲滅型戦闘術『四神奥義・改』――
「――朱雀ッ! 失墜ッ!!」
そして、空気すら叩き割る程の踵落としが、カスミの顔面へと叩き込まれる。
顔面の骨すら砕く勢いのそれはインパクトの際に衝撃波すら発した。そして、衝撃波が発せられたその一瞬後にはレオンやデイヴでは一切目視が出来ないレベルの速さでカスミの体が地面へと叩き付けられた。時間にして二秒もかかっていないその脅威の空中連撃は一瞬にしてカスミの意識を刈り取り、そのまま地面にクレーターを作るレベルだった。
リミッターをかけなおし地面に着地したフィルはそのまま膝を付く。
「キッツ……今回ばかりは体のどっかが動かなくなるかと思った……」
そしてボヤく。
本来体が壊れないように脳が無意識の内にかけているリミッターを己の意思で外しあそこまでの無茶をしたのだ。そのまま腕か足の神経が切れて動かなくなっても可笑しくないのだが、彼女の体はそれに耐えてくれた。
が、アッパーを放った右手や二段ジャンプをした足は内出血が何か所も見られ、そして何もしていないのに激痛が襲ってくる。これが、彼女が易々と奥義を切れない理由だった。
「ちょ、フィル、大丈夫!?」
そんな彼女を見てレオンが駆けつけてくる。彼はフィルが朱雀失墜を繰り出す場面を一から十まで全部見ていたのだ。だから、あれほど人外的な動きをした後に膝を付いたフィルが何かしらの体の異常を訴えているのでは、と思い駆け付けた。
が、レオンが近づいてからフィルはすぐに立ち上がった。
「大丈夫。なんとか、だけど」
「ならよかった。ポーションいる?」
「いる。傷口開いたから」
レオンはフィルにポーションを渡してからカスミの元へと向かった。
「……え、これ死んでない?」
「さぁ。私は殺す気でやったから死んでても可笑しくないよ」
あっけらかんと言うフィルだったが、レオンはちょっと血の気が引いた。
自身が倒したデイヴはまだ生きていた。あり得ないがあの砲撃をくらって生きていた。レオンも仕留め損ねたなぁ、なんて呑気に思ったが、こっちは逆に死んでないとおかしいレベルにしか見えない。
特に、だ。頭から地面に落ちたのか頭から大量の血が飛び出している。そして顔面の方は真っ赤。最後の踵落としで顔の皮膚が裂かれたか肉が潰れたか。どっちにしろ顔面だけを見ればもう死んでないと可笑しいレベルだ。なのだが、よく見ると胸が上下に動いている。つまり、まだ息がある。
レオンはそのしぶとさに若干感心しながらも勝手にカスミのポーチを漁ってポーションを取り出し顔面にかけた。そうすると傷は恐らく塞がったが、目は覚めない。
「レオンレオン」
「ん?」
ちょっと冷や汗を掻きながらこれどうしよう、なんて思っていると後ろからフィルが肩をつついてきた。
「いえーい」
そしてそんな気の抜けた声を出しながら手を上げる。
どうしたの? と言おうとしたがレオンはフィルが何をしたいのかを悟るとそっとフィルの手の高さに合わせて手を上げた。
「イエーイ」
そして、手を合わせた。
ハイタッチ。音を鳴らして合わせられた手をフィルはそのまましっかりと握った。
「え?」
「じゃあ後よろしく」
「ちょっ!?」
フィルはそう言うと、そのままレオンの体に向かって倒れてきた。慌ててそれを抱きとめたレオンだったが、フィルはどうやらそのまま寝てしまったようで揺すっても声をかけてみてもフィルは起きなかった。
レオンは倒れるデイヴとカスミ。そして自分の体にもたれて眠るフィルを見て、呟いた。
「どうすんのこれ……」
なおレオンも半身火傷の重傷者である事を忘れてはならない。
ところがどっこい生きてますからの大逆転。そしてメスゴリラの真価発揮。多分レオンよりもフィルの方が強いよ