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第十三歩

 兄弟の決闘。それが開幕された事は本当に一部の人間しか知らなかった。

 デイヴの地位と金を使って完全に人払いされたボス部屋では何度も轟音が響いていた

 決闘の開始からたった一分。それだけでレオンとフィルは『才能』の一言で片づけられる理不尽をその身で味わっていた。


「偉大なる神が作りしV(ヴァウ)の力よ、我が眼前の敵を燃やし尽くせ! ブレイズラインッ!」

「避けるのはまぁ楽だけど……ッ!」


 何もない空中を炎の線が走っていく。

 その光景は完全に物理現象を超越したものだったが、それを魔力という人間が体内に蓄えた力だけで行えてしまうのが、魔法。レオンの場合はそれを魔法として使う才能が無かっただけ。無かっただけだが、あるだけでこんな滅茶苦茶な事までできてしまうのだ、魔法というものは。

 ブレイズライン。火属性魔法の中級魔法。魔力の消費量が少なく、そして当たったらそのまま対象に燃え移り物理的な炎となって相手を焼却する。つまり当たれば確実に殺せる魔法の一種だが、弱点がある。それは、ラインと名の通り一直線でしか炎は飛ばないのだ。その速さはかなりの物ではあるが、ほぼ全ての魔法を覚えて魔法陣も本来魔力を使って詠唱したら勝手に出てくる物だが、それを完全に覚えたレオンは一瞬で魔法を判断し、対処をする事が出来る。

 出来るのだが。


「ジリ貧、なんだよねぇ!」


 こちらには相手を確実にノックアウトする方法が無いのだ。

 兄のスペックは知っている。使えれば一人前と言われる火属性の中級魔法をほぼ全て使うことができ、そして最早使えれば魔法使いの中ではトップクラスの上級魔法も一部使える事ができる。アルフは更にその上で上級すら使いこなせるのだが、レオンにとってはどちらにしろ脅威なのは変わりない。

 デイヴが自分に厳しく当たる……というより見下している理由は、自分はアルフに追いつけないから。常に魔法使いとしてアルフを見上げなければならなかったから。努力しても、才能という壁が自分の成長を止めたから。だから、下に見れる存在が欲しかった。そしてそれを親が助長した。

 話だけ聞けば可哀想だがその対象にされた者はたまったものじゃない。こっちはお前より劣悪な環境なんだよ、と説教してやりたいくらいだ。一部の人間は同情するかもしれないが、そのコンプレックスで赤の他人の人生まで終わらせた事があるのだから本当にいい加減にしてほしい。

 魔弾を試しに撃ってみる。しかし、それは簡単に高級品の杖で弾かれる。こっちは避けられるが相手は避けなくてもいい。どんな理不尽だ。こういう場合、時間が経てば相手の魔力が切れてくれるのだが、それを待っていられない理由がレオンにはあった。


「流星ッ!」

「甘い」

「くっ……!」

「どうしました? 殲滅型戦闘術とはこの程度ですか?」

「まだ、まだッ!!」


 フィルが、勝てそうにない。

 軽くあしらわれているのだ。あのフィルが。

 流星を簡単に受け止められ、弾かれれば体勢を崩し、カスミが煽る。そしてフィルがそれにハマる。そうしていく内に徐々にフィルの疲労は溜まっていき技のキレは落ちていく。

 これが、才能を持つ者と持たざる者の差。理不尽の差だ。

 戦闘というのは、如何に相手に理不尽を押し付けるかの勝負なのだ。それを一方的に押し付けられている現状で、フィルが勝てる道理が無かった。


「ハッ!」

「ラァッ!!」


 カスミの剣とフィルの蹴りがぶつかり合う。

 防具で守られた部分での蹴りはフィルの足を切断から守ってくれているが、フィルは刀の一閃に足を弾かれる。

 身長、筋力、勢い、そして力。それら全てがフィルは負けているのだ。タレントによって、刀を振るうのに最適な体となったカスミの一閃はタレント無しの中ではトップクラスのフィルの蹴りであろうと、簡単に押し返してしまう。タレントというのは、才能だけではない。体がそれに最適に鍛えられ、そして十年間体を鍛えた拳法家すら届かない筋力や力を得れてしまうのだ。

 才能の暴力。正しく理不尽。それが、この世界。


「なるほど、確かにあなたは強い。予想以上に」


 フィルの拳を刀の腹で受け止めたカスミが平坦な声でそう告げる。その言葉はフィルを更に苛立たせる。

 実感する。自分とこの女の差は、深いと。戦闘術と習い努力をし続けた自分ですら届かない、才能。それを見せつけられて、悔しい。


「刀を握って十年。ここまで強い拳法家とは戦ったことがありません」

「それはっ……どうもッ!!」


 拳を離し、片足で立ってそのまま足裏を刀に叩き付ける。

 鋼が音を立てる。しかし、カスミは微動だにしない。レオンなら血を吐きながら吹き飛ぶであろう蹴りを受けて、微動だにしない。


「ですが、才能が無い。努力を押し上げる才能が無い。あなたは、戦える人間ではない」

「そんなの分かっている!!」


 そのまま刀を足場に飛び上がり、逆の足でもう一度刀を蹴りつけて後ろへ飛ぶ。

 完全に折るつもりの蹴り。しかし、刀は折れない。それどころか傷一つ付いていない。フィルの全力の蹴りを、簡単に受け流す。タレント無しの人間なら相当集中しなければ出来ない……いや、もしかしたら出来ないレベルのそれをタレントという才能は簡単に可能にする。


「分かっていても、意地がある……私も、レオンも! 意地だけで十年間、努力してきたんだ!!」

「十年間……なるほど、それならその強さにも納得です」

「だから、終わらせない……負けられない!」


 そして再び殴り掛かる。後ろからのレオンの援護は確実に飛んでこない。だから、自分の力だけで。十年間の努力だけで、相手を下す。

 拳を相手の胸倉に叩き込む。全力の拳でもカスミは全く応えず刀を振るう。それを刀の間合い外、懐に潜り込んで避けてそのまま技へと移行する。


「変則殲滅型戦闘術、朔光ッ!!」


 そのまま、アッパー。懐への潜り込みを踏み込みへと変えてそのままアッパーをカスミの顎へと叩き込む。

 骨を叩く鈍い音が鳴り響きカスミの顔が打ち上げられる。タダの拳ではなく、技。一撃でも人間を昏倒させられるレベルの技。それを叩き込み、その連撃を、骸を叩き込もうとする。最早一切の躊躇はない。殺す気で、技を叩き込む。

 ――しかし、その手は。右手はカスミの左手で掴まれた。

 何で、と頭の中が困惑に包まれる。


「なるほど、重い拳です」


 しかし、とカスミはその後に付け加えた。


「私には勝てない」


 その瞬間、フィルの小さな体が後ろへと吹っ飛んだ。

 フィル自身、何がされたのか分からなかった。しかし、それが何の変哲もない蹴りだった事を、吹き飛ばされながら視界に収めた、足を振りぬいたカスミを見て知った。

 ただの蹴りで。あれだけ近いが故に拳ですらフルパワーを叩き込むのが困難な距離なのに、ただの蹴りでここまで吹き飛ばされる。地面を転がりながらタレントという先天的才能を恨む。十年の努力が、タレントの副産物だけで抜かれる。あの蹴りは、フィルの技を使ったとしても越えられない。

 ふざけるな。こっちは十年間ステゴロで戦う特訓をしていたのに、副産物で抜かされるのかと。

 急いで体勢を整え、立ち上がる。

 だとしても。筋力で負けても、こっちには技がある。力で勝てないなら、技で――


「あなたは頑張りました」


 ――目の前を、銀色が走った。


「ですが、終わりです」


 目の前に、カスミがいた。

 いつの間に? どうして? どうやって? それを思っている間に続いて赤が舞った。


「え……?」

「斬られた事にすら、気が付けない。それがあなたの限界です」


 斬られた?

 それを言われて、気が付かされて。ようやく分かった。今目の前で舞っている物は、自分の体から出ているものだ。体の中から、自分の体に作られた噴出口から。

 肩口から脇腹まで一気に作られた、傷から。


「フィルッ!!?」


 レオンの声が聞こえる。しかし、声が出ない。足が動かない。力が入らない。

 足が崩れ、フィルがそのまま崩れ落ちる。


「死なない程度にはしました。ポーションを飲めば簡単に治りますよ」


 倒れ伏したフィルの体から留めなく血が流れ出る。

 確かに即死ではないのだろう。しかし、このまま放っておけばフィルは出血多量で死ぬ。それは明らかだった。レオンはそれを見て焦る。どうにかしてフィルにポーションを飲ませないと、フィルはこのまま死んでしまう。

 デイヴの攻撃が激しかったから、なんて言い訳は出来ない。なんとしてでも助けないといけないのだ。自分の被害を考えずにフィルを助けなければ、意地の張りすぎでフィルが死ぬ。

 それだけは、避けなければ。


「よそ見してんじゃねぇぞ無能!! ブレイズボム!!」

「ッ!? しまっ……」


 足元が、爆発する。

 視界内の範囲の地面を爆発させる火属性上級魔法、ブレイズボム。知らない人間なら初見殺しに、そして知っている相手でも確実に一手無駄にしなければならない、厄介な魔法。

 それの詠唱と魔法陣を聞き逃し、見逃した。そして、フィルの助けに向かおうと足を動かしてしまっていた。それは、レオンに致命的な傷を生むことになる。

 足元の爆発。それを何とか体のバランスを無理矢理崩して回避したはいいが、その爆発はレオンの体を焼く。

 熱さ、そして痛み。その二つがレオンの口から悲鳴を叩き出すがそれすら聞こえない程の爆発。半身が炎に飲み込まれたかのような錯覚と共にレオンは吹き飛ばされて地面を転がる。


「ぐぅ、あっ……」


 悲鳴の残骸が口から漏れる。

 左手と左足が被害にあった。吹き飛びこそしなかったが、火傷となっただろう。腕と足が痛む。

 熱い。熱い、熱い。今すぐ帰って治療を受けたい。早くこの痛みから解放されたい。ここで戦い始めてからもここまでの大怪我を受けたことがなかったレオンは必死にそう叫ぶ心を無茶と蛮勇で押しつぶす。負けない。負けるものか。自分のために、フィルのために。自分を相棒と言ってくれた少女のために。

 魔力を回せ。起爆銃を持っている今なら自分の魔力を使える。

 使え、使え、使え。全てを使え、何もかもを使え、絶対に負けるな。負けないために使え。


「負け、ない……ッ! 僕の意地は……まだ折れていない!!」


 痛いのが何だ。フィルはもっと痛い。ここで負ければもっと酷い事にもなる。

 負けられない。あんなクズなんかに負けられない。その一心で。フィルを守りたいという一心で。負けるわけには、いかない。


「ハハハハハ!! 死ねよ無能!! ディザスターブラスト!!」


 だが、それを嘲笑いながらデイヴが魔法を放つ。

 既に詠唱も終わっていた。放たれた魔法は、火属性魔法の上級魔法。炎を直線状にビームのようにして放ち、触れた相手を爆発させる、確実に相手を殺すための魔法。

 それが、レオンへと迫る。レオンに出来ることは右手の起爆銃をそれへと向けること、ただそれだけ。


「クッソ、がああああああああああ!!」


 魔力を全力で起爆銃へと回す。

 壊れてもいい。吹っ飛んでもいい。腕を犠牲にしてもいい。だから、この攻撃を防げ。オーバーロードでぶっ壊れて爆発してでも自分を逃がせ。次の一手のために自分の攻撃手段を封じてでも、この攻撃を防げ。

 引き金を引く。そして放たれる魔弾はあっさりと炎の中へ消えていく。だが、諦めない。魔力を。自分の中の魔力を、全力で。もっと全力で。炎の中に起爆銃が飲み込まれる。だが、構うものか。構えるものか。

 負けたくない。負けられない。死ねない。死ねるわけがない。フィルを……仲間を助けられずして、何が男だ。

 だから、たった一度でいい。奇跡が。今、この場で奇跡が――

次回、レオン死す!

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