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第十一歩

「第五層攻略に」

「乾杯」


 二人の持つ杯がぶつかり小さく音を立てる。その中に入っている液体は、エールとソフトドリンク。片方は酒を飲むことを許されてはいない。十四ともなれば規則など知らないと言いながらエールを飲む人間。それを見逃す大人が出てくるものではあるがレオンはしっかりと規則を守る。

 杯が音を立てて交わされ、そしてすぐ後に二人は杯に口をつける。エールを飲んだフィルはある程度杯のエールを口から胃に流し込むと大きく息を吐いた。まだ飲んだことは数える程度しかないのだが、この飲み心地がたまらない。対してレオンはそんなフィルを見ながら一口、二口とドリンクを飲んでいくだけ。どちらが男っぽく、どちらが女っぽいかと聞かれたら前者がフィル。後者がレオンと誰もが口を揃えて言うことだろう。しかし周りの人間は自分達の事に夢中でありレオンとフィルには目もくれていない。それが普通だ。

 フィルは運ばれてきた料理をつつきながらエールを一杯そのまま飲み干す。


「あ、もう無くなった。もう一杯……」

「フィル、今度吐いたらもう後始末手伝わないよ」

「オレンジジュースおねがいしまーっす」


 このままフィルに飲ませておけば確実にまたこの間と同じ事になる。それを勘付いたレオンは吐いた後の後始末は自分でやれ、と告げるとフィルはすぐにエールからドリンクに移行した。この呑兵衛、また自分に後始末させる気だったな、なんてジト目で睨んでいるとフィルはそっと顔を逸らした。

 こいつ、味を占めやがったな、なんて思いながらレオンはもう一口ドリンクに口をつける。思春期のレオン的にはもう同年代の女の子が吐いた物の後始末なんて色々な意味でしたくなかった。また吐いたとしても一応は後始末を手伝う気ではあるが喜んで後始末を手伝う訳ではないので吐いてもらわないに越したことはない。

 だがこの脅しは効いたようでフィルは凄く嫌そうな顔をしながらドリンクに口をつけている。


「別にいいじゃん」

「じゃあ自分で処理する?」

「嫌」

「自分が嫌なの人に押し付けんじゃねぇよ」


 イラッとしたレオンの口調が荒くなるがフィルは気にも留めない。

 この有翼メスゴリラ、今度吐いたらマジで放置してやろうか、なんて思いながらもレオンは料理をつつく。

 思春期なレオンではあるが同年代と比べると彼はかなり小食な方だ。対してフィルは結構食べる。レオンの倍、とは言わないが同年代、同身長の少女と比べれば食べるほうだ。体の構造以外がもう男女逆転しているレベルではあるがそれで上手い具合に噛み合っているのだからこの二人はかなり相性がいいのだろう。

 レオンの溜め息とフィルの笑い声が重なる。だが、その笑いにつられてレオンも小さく笑う。


「全く……」


 小さなレオンの声はフィルの耳に入り、しかしフィルは笑う。

 ごめんごめん、と小さく謝ってフィルは少し熱くなってきた顔を冷ますためにドリンクに口をつける。どうやら自分はあまり酒に強くないみたいだ、なんて思いながら。

 今日頼んだ料理は初日に頼んだものとは違い少し高いものだ。それ故に味は初日の物よりもいい。そしてコボルト・センチネルの剣もそこそこの値段で売れたので更にグレードはよくなった。なので今二人が食べているのは二人の稼ぎでは中々手を出せないレベルの料理だ。


「そういえば」

「ん?」


 フィルが料理をつつきながらレオンに声をかけた。その声にレオンは小さく一言だけで答える。今彼の口の中には入れたばかりの料理が入っているからだ。

 それを飲み込んだのを確認してからフィルは改めて声をかけるに至った疑問を口にする。


「レオンのもう一人のお兄さん。えっと……デイビッドだっけ? その人がここに来たら何気にマズいんじゃないの?」


 フォークを突き付けながらフィルがレオンに疑問をなげかける。

 レオンは行儀が悪い、とフォークを持つ手を下に強制的に落としてから考える。

 確かにここをデイヴに見られれば多少なりともマズいことにはなる。今疑問ゆえに小首を傾げるフィルは色々と汚い部分を見てはいるが美少女だ。ちょっとちんちくりんで暴力的ではあるが。


「何か変な事考えた?」

「考えてないから僕の足を踏んでいる足を退けるんだ」


 この有翼メスゴリラ、いつのまに読心なんて身に着けたんだ。なんて思いながらもちょっと真剣に考える。

 冷静に考えれば無駄に家の事とか品の事とか考えているデイヴがここに来るという可能性はかなり低いだろう。ああいう無駄にプライドの高い人間はこういう所を下品と称して来ない事が多々ある。

 が、デイヴは人のことを貶めて楽しむ正真正銘のゲス。名家名家と自分達の地位が大好きで大好きで仕方のない男女が産み甘やかし尽くした男。家の力を存分に使って相手を貶めて女を奪って寝取って捨てる。そして男の方はもうこの街では生きていけないレベルまで信用、信頼、力、その他諸々を落とされる。返り討ちに合えば親に泣きついて親の力を発揮だ。もう手が付けられないクソ野郎。それを止められるのはあの家の中で唯一マトモで発言力もあるアルフだけ。だがアルフに泣きついてばかりはいられない。

 一応アルフがデイヴに圧をかけてくれているとは思うが、それでもバレないと思ってバカをやるのがあの男だ。もしも会えばフィルに対して何かしらのアクションを起こしてレオンをどうにかして陥れようとするだろう。

 マジで一回痛い目に合えばいいのに、なんてちょっと思ってから改めて考える。そして結論。


「極力無視。絶対に怒らずスルーして帰る」

「あー……それしか出来ない感じ?」

「それかあの人と同じになるけどアルフ兄さんに頼る」

「まぁそれは安全策にしておけば」

「そうだね。極力僕たちの力でなんとかしよう」


 自分たちは非才だ。無能だ。だから真正面から立ち向かうことなんてほぼ不可能なのだ。だから、出来ることは極力相手にしないこと。無視すること。そして、後ろ盾に頼ること。

 しかし、レオンは後ろ盾に頼りたくない。意地を張って独り立ちすると決まったのだ。最悪の結末を回避するために最終防衛線としてアルフを頼ることはしても出来ることならそれをせずに自分たちの力で解決したいのだ。

 それが、自分達の意地であるから。

 全てをアルフに頼っていたらこれから先ずっとアルフがいないと何もできなくなってしまう。それだけは、それだけは避けたいのだ。だから、フィルもレオンの言葉に頷いた。難癖付けられればアルフを最終防衛線としてなんとか後ろ盾にはなってもらうが、それ以外は自分で、だ。

 本当なら全部自分たちでやりたいのだが、変な意地を張り続けた結果全てが台無しになるという事だけは。意地の張りすぎで無くていい犠牲が出てしまう事だけは、絶対に避けなければならない。故に、アルフには頼るがそれは最終防衛線だ。


「まぁ、会わないのが一番だけどね」

「それもそう」


 そう、会わないのが一番なのだ。

 面倒を対処する事に燃えるのではなくその面倒に会わない事が一番なのだ。自分達は小説の主人公なんかではない。産まれが特殊なのが一人居るが持っている才能は無く努力による成長限界もとっくに迎えている。もう二人に残されて強化方法はドーピングか武器や防具に頼ることだけ。

 いいからドーピングだッ! なんて言葉が脳裏を過った気がしたが変な電波だとスルーすることにした。こういう時々飛んでくる謎の電波も無視するに限る。


「まぁ、ゆっくりと食べよっか」

「じゃあエールを……」

「吐いたら放置するけどいいかな?」

「やっぱお酒はいいや」


 なんともまぁ意志の弱い呑兵衛だった。



****



「やっぱお酒ないとお祝いって気分になれない」


 食事を全て食べ終えたフィルはちょっとだけ残ったドリンクを飲み切ったフィルはそんな事を呟いた。

 お祝いと言えば酒。先日の事が忘れられていないのだろうか。そんな言葉を口にしたフィルだったが、次にレオンが言った言葉で口を閉じることとなった。


「なら宅飲みしたら? 寝ゲロしても助けないけど」


 美少女はゲロなんてしない、とか言おうとしたけどレオンには何言っても無駄だと思いフィルは黙りこくるしかなかった。酒が飲みたい事には飲みたいが飲んだら最後、一人では確実に吐くまで飲むだろう。吐くのは起きたままか寝ている時か。どちらにしろ確実に一度は部屋の床にリバースをすることだろう。

 故にフィルは黙らざるを得なかった。レオンが助けてくれないときっと寝ゲロしてそのまま呼吸できずに死ぬか床にリバースしてそのまま寝るか。どちらかしか考えられない故に。

 レオンは黙ったフィルを見てそれでいい、と頷いた。ちゃんとセーブ出来るようになったら飲ませてもいいとは思うが今はダメだ。絶対にダメだ。こんな日に相棒のゲロ処理なんてしたくない。


「んじゃ、帰ろうか」

「そうだね」


 エールを一杯煽ったからか少し顔が赤いフィルと共に立ち上がり勘定を終える。腹を満たし満足気な二人はそのまま帰ろうとして――


「よぉレオン? こんな所で奇遇じゃねぇか」


 今この場で一番聞きたくない兄の声――デイヴの声を聞いた。

 アルフの圧に屈しなかったのか。それともアルフがまだ用事が合わず話しかけられていないのか。どっちか分からないがこの権力馬鹿はレオンの後ろから話しかけてきた。

 最悪だ。そう思う。第五層攻略の記念日にこうやって一番会いたくない人間と会うことになってしまうなんて。レオンは顔が見えていないのにホッとしながら歯を食いしばる。

 しかし、幸いにも声がかかったのは後ろから。これならフィルの顔は見えていないだろう。レオンはそっとフィルに声をかけた。


「フィル、他人のふりして先に帰って」


 レオンはデイヴにフィルの事を全く話していない。いや、フィリップという男性名故にフィルの事を確実に男だと勘違いしている筈だ。だから、フィルとは偶然歩く道が一緒だった鳥獣人としてやり過ごす。

 フィルもその意図に気が付いたのか頷きもせずに歩き始める。こうしてフィルを逃がしておけば自分がデイヴを軽くあしらって帰ればいい。

 フィルに迷惑をかけた罰だ。帰る前に酒を買ってフィルの宅飲みに付き合うことにしよう。そう決意しレオンは振り返る。


「何かなデイビットさん。僕はこれから一人で帰るつもりなんだけど?」


 そう、一人で。

 フィルの事は他人だと言い切る。フィルもそれに従って何も聞かなかった体でそのまま宿へと。


「おいおい、そっちの鳥獣人がフィリップとかいう仲間なんだろ? 仲間を無視するのはどうなんだ、レオン君よぉ?」

「……ホント死ねよこのクソ兄」


 ボソッとレオンが物騒な事を呟いた。しかもかなりの殺気が乗っていたので相当イラついたのだろう。この間ダンジョン内で放火をした時のレオンと同じような匂いがした。だが、フィルもちょっとイラついた。

 なるほど、確かにレオンが嫌いそうなタイプだと。

 どうする? と小声でレオンに聞くと仕方ないから一緒に対処しよう、と小声で帰ってきた。

 恐らくあのクソ兄は自分をどうにかこうにかして陥れるためにかなり入念に情報を集めてきたのだろう。その結果、レオンのペアはフィリップという鳥獣人の少女だという事を把握した。どうしてその意欲をもっと別な事に使えないんだ、なんて思いながらレオンは見えない場所でそっと中指を一回立てて振り向いた。

 そこには嫌な笑みを浮かべたデイヴと無表情の剣にしては細すぎる剣……刀を持った女性が立っていた。

 あの女性はレオンも何度か見たことがある。確か、デイヴが金で雇っている傭兵みたいな物だ。だが、その女性を見てフィルはすぐに実力の高さを悟ったのかそっと拳を握った。


「随分な可愛子ちゃんと組んでんじゃねぇかよ、レオン君?」

「えぇ、僕の自慢の相棒ですから、フィリップは」


 黙って死んでおけと心の中で罵倒する。隣にいるレオンから黒い気配が漏れ出しているのをフィルが察してそっと離れる。が、レオンがそっと懐の火炎瓶に手を伸ばしているのを見てすぐに手を掴んだ。ここで火炎瓶放火パーティータイムなんか始めたら二人一緒に牢獄の中だ。


「じゃ、僕達は帰るんで」


 レオンは手を掴まれてから無視して帰るという食事中に決めた約束を思い出した。

 ならば、そうするしかない。振り返って完全な他人を装って帰るという、一番被害の少ない方法を取って……


「カスミ、逃がすな」

「了解」


 二人の前……首の前に刀が現れた。

 抜刀はされていない。されていないが、鞘に納められたそれは二人の首を殴打してそのまま這いつくばらせるには十分な強度を持っている。

 レオンは、見えなかった。いや、何かされるのは分かってはいたが、目が追い付かなかった。対してフィルはなんとか見えた。正面からなら対処も出来そうだった。だが、こんなのは恐らく前座も前座。本気で戦えば、恐らく玉砕覚悟で『奥義』を使わなければ勝てない。そこまでの情報が、たったこれだけで分かった。それくらいに、カスミと呼ばれた女性は強い。


「おいおい、いきなり逃げようだなんて失礼じゃねぇか?」

「人に刀突きつける人は失礼じゃないんですかねぇ……ッ!!」


 今すぐ火炎瓶放火パーティーをしてあのクソ兄を燃やしつくしたい。そんな思いに駆られる。だが、そんな事は出来ないのでぐっと堪える。

 振り返り、すぐに中指を立てたかったがここであのクソ兄の挑発に乗ってはいけないと思いぐっと堪えて平静を装う。どうやらフィルもこれだけで相手の性格の悪さが伝わったようで額に青筋が浮かんでいた。とっとと帰せクソ野郎という思考がレオンにはダダ漏れだ。


「ほぉ、顔はいいって聞いていたが見てみたら予想以上にいいじゃねぇか」


 デイヴはそう呟きながらフィルに近づいていく。が、その前にレオンが立つ。


「邪魔すんな」

「変な唾付けようとすんな」


 ここら辺の口の悪さは兄弟らしさがあったが、フィルはすぐにレオンの後ろについてレオンに守ってもらうように立つ。今すぐにデイヴに流星、朔光、骸の確殺コンボを叩き込みたかったがあまり物騒なことをしたらこっちの負けなのでグッと堪える。

 しかし、フィルは二人を観察してふと思った。口の悪さはちょっと似ているかもしれないが、それ以外が壊滅的に似ていない。レオンとデイヴ、顔付きも体つきも全く違う。レオンは男に言っては褒め言葉ではなくなるが可愛い感じの女顔。しかしデイヴは凄く悪く言えば蛮族顔。


「凄く似てない……」

「僕とアルフ兄さんは母さん似、デイヴは父さん似」


 あ、とうとう兄さんすら付かなくなった、なんてちょっと思った。


「フィルは僕の相棒だ。とっとと帰れ色狂い」

「テメッ……兄に向かってなんだその口はよぉ!」

「兄だろうが尊敬してないしもう兄じゃない。アビー義姉さんすら寝取ろうとしたアンタをフィルには近づかせない」

「もう二度と太陽の下に出れなくしてやろうか!? アァッ!!?」

「やれよ。そうしたらアンタはもう犯罪者だ」


 レオン、煽りスキルが高いなぁ。フィルはボーっとしながらそう思った。

 が、そうしてボーっとしていたからか。フィルは自分の襟元にちょっとした力を感じるとそっとそのまま地面から足が離れた。あれ? なんて思っているとそのままフィルはレオンの後ろから運ばれてデイヴの前に持っていかれた。

 それがカスミと呼ばれた女性の手による物だと気が付いたのは降ろされてからだった。

 それを見てようやくしまった、煽り合いなんて低俗な真似をしている暇はなかったと気が付いた。カスミはデイヴの駒だ。だからデイヴの有利になるように状況を動かすに決まっている。


「ほう、近くで見れば可愛い……」

「近づくなキモイ」


 そして近づいてきたデイヴにフィルは何の遠慮もなくビンタをかました。というかつい咄嗟に手が出た。

 いきなりビンタされた事を理解していないのかビンタされたまま固まっている。カスミはそれに対してなんのアクションもしない。それどころか溜め息を吐いたような気がした。


「こ、このアマッ……!」


 そしてようやくビンタされた事に気が付いたのかフィルの手を無理矢理掴みあげるデイヴ。しかし、魔法使いが拳法家の筋力に勝てる訳がなく簡単に手を振り払われもう一発ビンタされる。

 レオンが小さくざまぁ、と口にしている。


「悪いけど私はもう失う物はないから別に何度だろうとビンタする。家族? 師匠? どうぞ人質ならお好きに。何を人質にしようと私は何度だろうとビンタを繰り返す。というか次はぶん殴る」

「このガキッ……! こっちが下手に出てれば」

「えっ、下手に? ……えっ?」


 下に出てたの? とレオンに振り替えればレオンはそっと目を逸らした。そして彼の仲間である筈のカスミがそっとフィルの肩をたたいた。


「こいつはそういう人間だ」

「あっはい……」


 やはり金で雇われただけという事はある。絆なんて無いも同然だ。

 そしてフィルがデイヴを見る目が可哀想な人を見る目になった。こいつ、圧倒的なコミュ障なのかそれとも人と話すという行為を忘れてしまったのか。もしくは自分が人よりも上に立っていると勘違いしているのか。

 まぁどっちにしろそんな人間な時点でフィルがキモイという言葉と共にパーかグーを頬に減り込ませるに値する人間なのだが。


「まぁいいや。なんかもう……うん、小物臭凄くてちょっと……うん」


 言葉に出来ない小物臭。それを感じたフィルは先ほどまでの嫌悪感を抱きながらも呆れるという器用な心の持ち方をしてどうしようか、とレオンを見る。

 レオンも実の兄のあまりの小物っぷりに呆れているのか額に手を当てている。


「……帰ろう、フィル」

「そだね」


 その結果、帰宅してしまえという結果に落ち着いた。

 二人は踵を返してそのまま出口へ向かおうとする。が、それをカスミはそっとレオンの首に抜刀していない刀を突き付けて止める。しかし、レオンは全く臆せずにカスミを見る。

 そうだ、抜けないだろう、その刀は。金で雇われている人間が、自分を犯罪者に仕立て上げるような真似、出来ないだろうと。カスミは足を止めて自身を睨むレオンを見て、十秒ほど視線を交わしたのちに溜め息を吐いた。レオンの思っている事は、そっくりそのままカスミが今刀を抜かない理由に直結した。


「……私の負けです。確かに私はこれを抜けません。故に、あなた達を見逃すしかない」

「おいカスミ!!」

「私は確かにあなたの言葉に従うという契約を交わしました。しかし、その前にわたし自身の地位を落とすような事は却下すると、言いましたよね」

「そいつらを逃がすなっつってんだよ!! それがお前の地位を落とすことには繋がらねぇだろうが!!」

「確かに二人の首根っこを捕まえておけば逃がしはしませんが、そうしたらあなたの恥が上塗りになるだけです。私は、あなたのためを思って……」

「傭兵如きが俺に指図するな!!」

「……はぁ、これだから家の力に浸っている人間は」


 駆除連合内での暴力は禁止されていない。されてはいないが、もしもそうして手を出せば傭兵としても、そして連合員としてもカスミは名を落とすことになる。故に、レオン達を押し留める事は容易だがそれ以上の事ができないのだ。そして、押し留めればきっとこの二人はデイヴを好き勝手罵倒し、最終的にデイヴが杖を抜いて魔法を撃つだろう。ちなみにフィルのビンタは当たり前の制裁なので誰も気にしない。

 が、デイヴが魔法を撃つ所まで行ってしまえばカスミはもうデイヴとは無関係。止めはしないが、デイヴという金蔓がここで失われるのは少し勿体ない。故に、見逃そうと。そう思ったのだがデイヴはまだ自分の状況が呑み込めていないらしい。

 カスミはそっとレオンとフィルの首根っこを掴んで持ち上げる。その行動に帰ってきたのは、二人の哀れみに満ちた同情の視線。大変ですね。全くです。そんな視線のやり取り。借りてきた猫のように大人しく首根っこを掴まれる二人は溜め息を吐く。


「あのさぁ、デイヴさん……いい加減にしないと衛兵呼ぶよ?」

「黙れこの無能がッ!!」

「うるさいキモイ話しかけんな成金クソ野郎」


 もう言いたい放題である。そして言われたい放題のデイヴは顔真っ赤。よっぽど屈辱なのだろう。無能と罵り下に見てきたレオンとその仲間にここまで言われるのが。

 今まで家の力で全てなんとかしてきた。だが、レオンにはそれが通じない。何故ならレオンは最悪の場合はアルフに言えばデイヴの干渉なんて全て跳ね除ける事が出来るのだから。だから言いたい放題。フィルもそれに乗じてレオンより言いたい放題。


「はぁ……すみませーん! ちょっとめんどくさい他人に絡まれたんで衛兵呼んでもらえませんかー!」


 結構棒読みが入っているがレオンは周りで見ている人に衛兵を呼んでもらうことにした。


「なっ……テメッ!」

「あのさぁ、僕言ったよね? デイヴさん、あなたがもう僕にとって他人だって。他人がこうやって訳分からない因縁付けて来たら誰だって衛兵呼ぶよ」

「私なんてセクハラされかけたし」

「お、俺はロハスだぞ! んなの……」

「じゃあロハス家の長男のアルフレッド・ロハスさんを呼んでこようか、デイビット・A・ロハスさん?」


 大方、レオンを煽って何かしらの因縁を付けてフィルを奪って優越感に浸ろうとでもしていたのだろう。だが、相手が悪かった。何故なら相手はデイヴよりも強い力を持つ者をバックに付けているのだ。それ故にレオン達のペースに飲まれた時点でデイヴはもうレオン達を帰すしかなかった。

 なんだ、最初から衛兵に頼っておけばよかったんじゃん。なんて思いながらレオンは連合員がこちらを見てざわざわとしているのを見る。

 人間というのは弱いものだ。特に、デイヴのような者は周りを囲まれて指をさされたらたまらなくなって逃げだす。自分の意見を周りに合わせられないから、逃げる。


「くそっ、無能のくせに……!!」

「うっさい頭空っぽ」

「今度フィルに何かして来たらセクハラ案件で訴えるので」


 後ろ盾が無い人間ならロハス家に逆らえばどうなるか分からない。が、レオンはそうでもないので安心して笑顔で煽れる。


「か、カスミ! とっとと行くぞ」

「はいはい」

「覚えておけよ無能共……ッ!!」

「いやもうつっかかってくんなよ割とマジで」


 デイヴが顔を真っ赤にしながらも悔しそうに顔を歪めて駆除連合支部を出ていく。それを見送ってからカスミが二人の首根っこから手を放す。


「あなたも大変ですね」

「金蔓じゃなければとっくに見限ってますよ」

「あはは……」


 弟の目の前でハッキリと金蔓と言う辺りカスミも相当あの馬鹿には呆れているのだろう。


「このまま穏便に済めばいいですね。私はあなた達みたいな子供に刃先は向けたくない」

「僕達もあなたみたいな人とは戦いたくないですよ……確実に殺されますし」

「えぇ。確実に殺せますとも」


 嫌味でもなく、ただ単純に実力の差を匂わせながらカスミはデイヴの後を追った。

 レオンとフィルはそれを見送ってから大きな溜め息を吐いた。


「……面倒な事になったね」

「全くだよ……」

「なんかごめん、元身内の恥が……」

「別にいいよ。なんかあの男、わたしがこっちに来てからすぐの時、わたしを品定めするようにジロジロ見てたやつっぽいから」

「マジ?」

「あっちは忘れてるっぽいけど。まぁ、どっちにしろ面倒は起こってたっぽい。不幸だなぁ……」


 二人の再び溜め息は重なり、駆除連合支部の喧騒に消えていった。

立派な兄貴と普通な弟に挟まれたおバカな次男でありましたとさ

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