第十歩
「あぁ、あの愚弟がレオンに絡んだか……」
「こら、アルフ。仮にも血の繋がってる弟なんだからそんな事言わないの」
「すまんアビー。つい、な……」
アルフ&アビー宅にてアルフは己の趣味兼仕事にしている考古学に関する論文を書きながら夜食を持ってきたアビーにレオンの言った事を聞いていた。
デイヴのレオンへの干渉。いつか来るだろうと思っていた物がこうも早く来てしまったことにアルフは溜め息を吐いた。連合員をやるだけではロハス家の当主を継がせないと無駄に威厳たっぷりに言う父に呆れながらも始めた考古学の学者としての仕事だが、アルフは過去を知る事の楽しさについついのめり込んでしまった。
特にダンジョンは奥に行けば行くほどかつてそこへ辿り着いた人達がどんな事をしていたのかも知れる場所だ。アルフは今日もそうして潜ってきたダンジョンで得た情報を論文として纏めていた、のだがその矢先にこれである。口も悪くなるというものだ。
「ったく、あの馬鹿は……仕方ない。明日家に帰ったら口酸っぱく言っておくことにしよう。お前とレオンはもう赤の他人だと」
「フィルちゃんもあんなのについて行くような子じゃないと思うけど……強引な手を取られるかもしれないし、お願いね」
アルフとレオンも最早厳密には他人とも言えてしまうのだが、レオンがアルフを兄と慕っているからこそまだこの関係は続いている。続いているのなら弟のためにと動くのはアルフにとっては当然であった。
レオンの事は兄として、面倒を見てやりたいと思っている。両親から得られなかった愛情を向けてやりたいと思っている。そして、嫁であるアビーもレオンの事を気に入っている。そして、彼の仲間であるフィルの事も。ならば弟と嫁の笑顔のために最早情すら沸かないもう一人の弟に圧をかけるのは当然とも言える。というか自分の彼女を口説きにかかった色欲の塊みたいなのを弟とは思えない。それを知った後は一方的な兄弟喧嘩にて二度とアビーに手を出さない事。出したら今度こそぶっ殺すと告げて二度とアビーには手を出させないようにした。
また同じようなことをするか、とアルフは愚弟の作った新たな問題に目尻を揉みながら溜め息を吐いた。
「もう、アルフ。溜め息ばかりしてたら幸せが逃げちゃうよ?」
「そうだな。すまない、アビー」
「アルフはいっつもそうなんだから……」
「君には子供の頃からそうやって言われっぱなしだ」
アルフとアビー。二人の出会いは本当に些細な事。子供の頃、偶々出会って偶々遊んで。それをアルフは親に言った結果それだけにしておけと口を酸っぱく言われアビーは何をどうやってもそのまま気を引き付けろと親に言われ。反抗期だったアルフはそのまま何度もこっそりとアビーと会って遊んで。それからちょっとした事件やらに巻き込まれたがそこからアビーを助け、そこから恋心が芽生えて。
そして何年も付き合ってようやくアルフは己の仲間達の協力もありアビーと共に生きる土台を整えた。そして整えると同時に結婚し、今に至る。
今もダンジョンへ潜る時は共に行動する仲間達にアビーとの生活はどうだと茶化されるが、苦労してここまで辿り着いたのだ。逆に砂糖を吐かせる気で毎回惚気を聞いてもらっている。そろそろこの惚気を両親に聞かせて砂糖を吐かせたい所だ。
そう考えながら論文を書き、資料と照らし合わせる。
今回の題材は、超古代文明の武器。かつて存在したという今の文明よりも遥かに発達し、そして滅びた文明が扱っていた武器について、だった。
「……そして今日発見した痕跡より、古代文明の兵士は何かしらの小型戦略兵器を携帯していた可能性が高い」
口に出して確認しながらそれを論文にまとめる。アビーがベッドに座って待っているのを少しだけ視線を向けて確認しながらアルフは頭の中で今日見つけた痕跡を思い出す。
とても人間の手では付けられない斬撃の跡と、まるで抉られたのではないかと思う程のダンジョン内に出来た穴。多少の傷なら自己修復をするダンジョンの中で未だに残るそれは明らかに今の時代の人間ではつけられないような跡。なによりもその跡の風化具合からそれは古代につけられたものだと分かる。そして、それが複数もある。
同じ人間が魔法でそんな跡を何度も付けたとは考えにくい。なので、古代の人間は何かそれを可能にする小型の兵器を使用していたという考えにアルフは至った。そうとしか考えられなかったから。
「そういえば政府の人が最近起爆銃型の小型兵器を発掘したと聞いたな……今度見せてもらうとするか」
呟きながらそっと夜食のサンドイッチに手を伸ばす。が、手は空を切った。
いつの間にかサンドイッチを食べつくしていたようだ。アビーの手料理なのだからもっと味わいたかった、なんて思いながらもアルフは論文を書き進めていく。
「……ねぇ、アルフ。今日はちょっと夜更かしできそう?」
そうして論文もキリのいい場所まで書き終えたアルフは少し重い首に手を当てて回す。
そして回し終えた所でアビーが背中側から抱き着いてくる。
その顔は少し赤みがさして、いつもはどちらかと言えば少女のような気のあるアビーが今は煽情的で、一人の立派な女性にしか見えない。
この言い方。そして態度。彼女の胸にある二つの丘が押し付けられるのを感じながらアルフはそっと残っていたコーヒーを飲み干す。
「明日はデイヴに圧をかける時間……まぁ夜中までなら暇だ」
「回りくどいのはアルフの悪い癖だよ?」
「君だけさ」
「……いじわる」
「好きな子ほど、いじわるしたくなる物なのさ。男ってものは」
小さな机の上を照らすだけのライトが出す光は二人を照らし、そしてそこから伸びる影は、とっくに一つになっていた。
そっとその光は消され、すぐ横に置いてあるベッドに重みがかかる。
ここからは夫婦の時間だった。
****
人型魔獣が相手になってからのレオンとフィルの進軍は止まらない。
それこそ同じ時期にダンジョンに潜り始めたタレント持ち達ですら少し苦笑いをするレベルでの無茶としか思えない強行軍。しかし、それを無茶にせず必然としているのはフィルが十年間かけて育て上げた己の体と戦闘術だった。
本来は魔獣ではなく人間を殺すために作られた戦闘術。本来は一子相伝のそれを時代の変化に合わせ、誰にでも教えれるように改良し努力があれば最低限は身に付けれるようにと二つに分けた物。それが、殲滅型戦闘術と散滅型戦闘術。故に、フィルが人型魔獣を真正面から捻りつぶし続けたのは必然だった。
戦闘術の奥義。つまり戦闘術の中でもトップクラスに習得が難しく、そして必殺性の高い、文字通りの必殺技。計四つあるそれを全て身に着けたフィルは殲滅型戦闘術の全ての技を使えると言っても過言ではない。それ故にどんな状況だろうと、どんな戦術を取られようと、様々な場面を想定し作られた技の数々を繰り出していくフィルに万が一にも敗北はなかった。
そして第五層のアタックから五日。敵の沸く速度が他の階層よりも段違いに早く、また第五層から地上までの往復に約二時間はかかるという時間の関係上、五日という時間をかけてしまったが、二人はようやく目当ての場所まで辿り着いた。
「……ここがボス部屋」
返り血を拭ったフィルが水筒を片手に、目の前にある今まで土と岩で構成されていたダンジョンの中では異質とも言える金属製にしか見えない扉を見て呟く。
ボス部屋に居るのは今までの敵とは文字通り格が違う相手。十五層ではここのボスが雑魚として出てくるらしい上に、タレント持ちからしたら今までの経験を活かせば楽に勝てる相手とも言われている。が、レオン達にとってはここがターニングポイントとなる。
レオン達以外にもタレントが無い、魔法が使えない人間は沢山いる。その全員がダンジョンへ潜る事をしなかった訳ではない。中には剣を持ち、弓を持ちここまで辿り着いた者は数多く居た。が、その大半がこのボスに敗れた。
タレントを持たない故に出来る絶対的な壁。それがここのボスだ。これを倒せないのならその人間はずっと五階層の雑魚を狩ってチビチビと金を集めるか、夢をスッパリ諦めて普通に働くか。その二択なのだ。だから、レオンとフィルにとってはここがターニングポイント。この敵を楽に倒せるか倒せないかで、レオン達の将来性は決まるのだ。
今日も既に何人かの人間が中に入ってボスと戦っているが、この部屋から血を流してこの扉の前まで逃げ帰ってきた者はいない。つまり、全員が勝っているのだ。タレントという絶対的な才能をフルに使って。
「確かボスはコボルト・センチネルが四体。防具を着けた上に全体的な能力が向上したコボルト、だっけ」
「うん。でも、大丈夫。人型なら……鏖殺出来る」
フィルは殺意に満ちた瞳で扉を見つめると、手に持っていた水筒をレオンに返し、血に濡れてボロボロになったテーピングを確認してまだ大丈夫だと呟くと開いた左手に右拳を叩き付けた。
相手は弓持ちのコボルトが一体、剣持ちが二体、盾持ちが一体と聞く。
対してこちらは後衛のレオンと前衛のフィルの二人のみ。戦力差は二倍。
上等。一切の問題はなし
「レオン、弓持ちをお願い。その間に三匹全部殺す」
「わかった。矢は射らせない」
レオンは前よろしく、とフィルの背中を叩いた。
その勢いのままフィルはゆっくりと扉を開く。重厚な雰囲気を持つ扉はフィルの片手であっさりと開き、そしてある程度まで開くとそのまま自動で扉は開く。
そして扉が開き切り、二人が中に入る。扉の内側はまるで戦うために設けられたフィールド。円の形の巨大な空間のレオン達が入ってきた場所から正反対の場所にある扉が開き、そこから魔獣が歩いてくる。
四体のコボルト・センチネル。それが盾持ち、剣持ち、弓持ちの順で歩いてきた。
それを見た瞬間にフィルが駆ける。そしてレオンが起爆銃を構え、同時に射られた矢を魔弾の一射にてはじき返す。
流石レオン。心の内で己の相棒に賛美を送りながらフィルがそのまま駆ける。狙うのは盾持ち……ではなく剣持ち。タンクをわざわざ狙ってやる道理なんて一切ないのだ。
それ故に盾を構えるコボルトを己の脚力と翼を持って飛び越し、そのまま二体の剣持ちの間に着地する。
「変則殲滅型戦闘術」
二撃も攻撃はいらない。
一撃で仕留める。戦場に置いて最も重要である戦闘に参加する者の頭数。レオンが完全に弓を封殺している中、現在一対三。だが一人は盾なので致死の攻撃は不可能。故に、一対二と考えられる。ならば一撃で一体を殺せば、一対一。そうなればフィルが負ける道理はない。最も、盾にはシールドバッシュ等の攻撃方法もあるが、盾持ちが素早くカバーに入る前に殺せばいい。
故に、最速で、最短で、無駄なくまずは一体を葬る。
「楓」
上段回し蹴りを目の前に降ってきたフィルに対応できていないコボルトへ叩き込む。
勿論、当てる場所は兜に守られている頭……ではなく、無防備な首。そこへ上段回し蹴りを叩き込み、一気にその体を地に叩き伏せると同時に地面と足で首を挟み、勢いと筋力で無理矢理首をへし折る。
骨が折れる音と同時にコボルトの眼の光が消え、そのまま消えていく。その様子を困惑したまま見つめている二体のコボルトへフィルは視線を向ける。
――遅い。そして馬鹿。
十五層にも出てくる魔獣なのに、仲間が殺された時の対応が甘すぎる。確かに気持ちは分かるが仲間が殺された事に呆然として対処を遅らせればその分だけ被害は増えるのだ。故に、この時の対応は、素早く盾持ちが前に出てもう一人がそれに守られ、フィルの行動を阻害するべきだったのだ。
だが、それがないのならフィルの独壇場だ。
「変則殲滅型戦闘術、流星」
踏み込み、拳を首に叩き付ける。だが、それで殴り飛ばすなんて真似はしない。首を手で掴んで剣を握っている右手を左手で掴み、捻り上げる。そして奪い取った剣をそのまま生身の部分に突き刺して抉り、鞘を吊るしているロープを切り裂いてから足に剣を突き刺して機動力を潰す。そして力をなくし倒れた所で首に剣を突き刺してそのまま殺す。
タレントが無いという事は全く剣が使えないという訳ではない。伸びしろがかなり少ないだけであり、こうして零距離で刺殺する程度の事は可能だ。
剣を残して消えていったコボルトの最後を見ずにそのまま剣をぶんぶん振り回しながら盾持ちへ近づく。
せめてもの抵抗にシールドバッシュをしてきたコボルトの足を引っかけてそのまま転ばせ、背中を踏んで動けない状態にしてから首に剣を突き刺して再び刺殺。
二体のコボルトを殺した剣を再び引き抜きそれを弓持ちヘぶん投げる。完全にレオンしか目に入っていなかった弓持ちコボルトは投げられた剣に対応できず、額に剣を生やしそのまま絶命した。
「はい鏖殺かんりょー」
弓持ちコボルトの援護があればここまで上手くは確実にいかなかったが、それを潰してくれるレオンがいたからこそここまで上手く相手を鏖殺出来た。
弓持ちコボルトの周りを見てみれば最後の方は最早弓を番える事も許されなかったのか一面に散らばる矢だった物がある。この中の一つでも射られたら恐らくあの流れを潰され盾持ちと剣持ちを同時に相手にする事になっただろう。いや、その前に盾持ちの上を飛び越える事すら不可能だったかもしれない。
「さっすがフィル。あんな簡単にあの四体を倒すなんて」
「レオンが居たから。後ろからの攻撃が飛んでこないだけ凄くやりやすい」
レオンはどこか自分のことを過小評価している部分がある。いや、もしかしたら自分は当たり前の事をしているだけで危険は全部こっちにあると思っているのかもしれない。
が、それは違う。相手の後衛の攻撃を全て潰し、そして前衛への奇襲、攻撃、その他諸々を阻害する後衛というのは前衛からしたらどこまでも有り難い。特にレオンは獣型を相手にしている時は確実に相手の目を潰して流れの掌握を行ってくれる。フィルだけならきっと第一層でずっと詰まっていた。それぐらいレオンが居てくれるのは大きいのだ。フィルは前衛として普通の事をしているだけだ。
と、言うフィルもなんやかんやで自己評価が低いのだが。後衛へ一切の攻撃がいかないようにヘイトを稼ぐのも後衛からしたらありがたいし流れを掌握した後掌握したまま相手を封殺するというのも後衛からしたらありがたい。
自己評価が低い二人だが、変なところで噛み合っている。あの二人はそういう所でも息が合っているのだ。
「じゃあ、今日はボス部屋攻略記念に祝勝会する?」
「いいね。この剣売ったらそこそこの値段になると思うし、今日までの稼ぎならちょっとくらい豪遊できるし」
フィルは地面に転がった三体のコボルトの血を吸った剣を拾ってなんやかんやで地面に落とした事で消滅を免れた剣の鞘を拾って剣をそこに収めるとそれを片手に遺物を回収し終えたレオンと共に部屋の奥へと向かった。
向かった部屋の奥にはそのまま下の階層へ向かうための階段があり、その前にある申し訳程度の休憩スペースには光を放つ丸い台座のような物があった。それが地上からここまでのショートカットに使える転移装置だ。二人はそれに乗ると光に包まれ、そしてダンジョン入口脇にある隠し部屋にある転移装置の上に転移し、そのままダンジョンを出た。
「……眩しかった」
「目を閉じておかないと光がキツい……」
が、ダンジョンを出てきた二人は目を抑えてふらふらしていた。どこまでも恰好がつかない二人である。
そしてこの後、剣を売ったことにより……?