第01話 旅館とドロップキック
どうも、秋野夜長と申します。投稿はこれが初めてです。とある事情から携帯で執筆しているために、携帯でもさくりと読めるようにと展開が早め(早すぎ?)に感じるかと思います。よく言えば安心して読みやすく、悪く言えばありきたりな物語かと思いますが、なにか思ったこと、気づいたことがあれば気軽に感想欄に書いていってください。
「よく来たな。褒めて遣わすぞ」
「仕事を手伝いにやって来た孫に向かって、相変わらずの口の悪さだな。婆ちゃん」
春が名残惜しく背中を向けだし、夏が季節の扉をノックし始める。そんな四月の終わり。今日はいわゆるゴールデン・ウィークの初日だ。
「また無駄にでかくなってまあ。少しは遠慮ってものをしろ」
「孫の成長を喜ばない祖母が、この世に存在するとは……」
紺色の着物を着た婆ちゃんは、さらに顔をしわくちゃにして、なんとも意地悪い笑顔をつくった。
よく晴れた空は大海原みたいにどこまでも広く澄みきっていた。暖かいと言うよりかは暑いくらいの陽気のせいで、俺の片手はジャケットで塞がれている。
「……ここがその旅館?」
「お前は来るの、初めてだったか?」
見上げた先には、なかなか立派な立ち住まいの純和風旅館がある。修学旅行で泊まったような大きなものじゃないけど、そこそこ宿泊客がいそうだ。
「というか、俺はここで何すりゃいいの? 接客?」
「おもてなしの『お』の字も知らないお前に、お客さんをまかせるわけないだろうが。身の程を知れ、ゆとり世代が」
「……ほんとにまあ、口の悪い婆さんだな。自分はWW2世代だろうが」
こんな人に育てられた反動だからだろうな。父さんが過剰なまでに周囲に気を配る性格なのは。
「たぶん裏方の力仕事や掃除だと思うが、詳しくは美弥子に聞け」
「ミヤコ?」
「ここの女将だよ」
そう言って婆ちゃんは自動ドアをくぐり、旅館の中に入っていってしまった。俺もボストンバッグを持ち直し後に続いた。
一週間前だった。その日、婆ちゃんから俺に電話がかかってきたのは。可愛い孫の声が聞きたかったから、なんてかわいい理由でわざわざ電話なんかしてこない人だから、何かあるとは思ったけど……。
「働いてる旅館を手伝いに来い、か」
自動ドアを抜けると、空調の効いた品のいいロビーがそこに広がっていた。入口脇には、派手ではない落ち着いた感じの綺麗な生け花が飾られているし、深紅色の絨毯に、値が張りそうな革のソファーやヴィンテージ感バリバリの柱時計といった高そうな物も置いてある。ロビーだけみれば、修学旅行で泊まった大旅館より高級そうだ。
「ちょっとここで待ってろ。美弥子を呼んでくる」
そう言って婆ちゃんはロビーから客室があると思う方へと行ってしまった。その途中で、宿泊客に深々と頭を下げて挨拶していたのは、俺からするとなんとも衝撃的な光景だったりした。そりゃここで働いてるんだから、当たり前な行動なんだろうけどさ。
「……なんか、落ち着かないな」
ソファーに座ろうと思ったけど、客じゃない俺が占有しちゃうのもなんだし……ってことで却下。荷物を足元に置いて立って待つことにした。
改めてロビーを見渡してみると、大盛況!……って程じゃないけど、そこそこの宿泊客がいた。温泉目当てっぽい、というか温泉があるのかは知らないけど、そんなお爺ちゃんお婆ちゃん集団や、危険な薫りがプンプンする、ダンディーな紳士と色っぽいお姉さんの二人組。それに家族連れなんかも目に入る。そんないろんな宿泊客でロビーは賑わっている。
人をジロジロ見渡してるのも悪いと思って、大きな窓から見える、 たぶんこの旅館の庭園をぼーっと見てた時だった。
「あの……お客様。チェックインは御済みでしょうか?」
「あー違います。えっとその……」
声に振り向いたその目の前の光景に、思わず言葉が詰まった。
女の仲居さんがそこにいた。金貨を延ばしてつくられたのかと思ってしまうくらい輝く黄金の髪に、南国リゾートの海を閉じ込めたようなエメラルドの瞳をした仲居さんが、だ。
「お済みでないようでしたら、あちらのフロントでお手続きお願いします」
ミルクを塗りこんだと思わせるほど白く細い手を、仲居さんはフロントに向けている。というか、めちゃめちゃネイティブな日本語を話してるなおい。
「いや、ええと客じゃなくて……」
異邦人チックな中居さんは、よく分からないといった感じで首を捻った。ああもう、そういう仕草がいちいち可愛いな。
「えっと、それではここにはどういったご用件で?」
「あれです。あの、ゴールデン・ウィーク中だけ短期アルバイトをする予定の」
「……ああ! 坂上お婆ちゃんのお孫さんっていう人ですか!?」
「そうです。それです。坂上康介です」
とりあえずわかってくれたみたいで、いぶかしんでいた表情が、ぱっと明るくなってくれた。
「それならこれから一週間よろしくお願いしますですね。私は……」
言葉と同時に、彼女はすっと手を差し出してきた。よろしくの握手……をすればいいんだろうか。やばい、ただの握手だけってのに軽く興奮してきた。
「よ、よろしく……」
白磁みたいな彼女の手を握ろうとした。
そのときだった。
「えーーーーのーーーー!!」
突如ロビーに響きわたる怒号。なんだなんだと声が響いてきた方を見てみると、そこにはスーツ姿の男の人がいて、
「YEAAAAAAAAAAAA!!」
アメコミみたいな叫び声を発しながら、巡航ミサイルばりの勢いでドロップキックを……。
「俺にぃぃぃぃぃぃ!?」 ドロップキックミサイルは俺をロックオン。寸分の狂いもなく革靴の底がみぞおちにめりこんだ。
飛んできた勢いそのままにふっとんだ俺は、なんか微妙な臭いがする絨毯に顔を突っ伏した。
「危ないところだったヨ、絵乃。もう少しで汚い手で触られるところだったネ」
ふらつく頭をごろりと反転してみれば、スーツをビシッと着こなした、メガネ英国紳士が俺をにらんでいた。金髪碧眼の女の子はまだ事態が把握できてないからか、ぽーっと俺の顔を見ている。
「何か怪しいなと思って見てたら、まさか僕の絵乃に触れようとしたなんてネ……。ここがロンドンだったら、貴様をローストビーフにしてたヨ!」
とりあえずローストビーフは免れたっぽいけど、なんだこの状況は。
「お、お父さん、違うって! この人は……」
「絵乃に汚い手で触れようとしたヘンターイだろ? よしよし、怖くて泣きたいなら僕の胸で……」
「だ、だから違うっ……!」
ざわざわとロビーが騒がしくなってきた。いくらなんでも当然だろうけど。
文句の一つも言えないくらい動転していたそんなときだ。
「その子はあたしの孫だよ」
ざわつく人垣の奥から聞こえてきたのは、腰のすわった力強い声。
「婆ちゃん! と……」
婆ちゃんの隣には、すらりとした着物姿の女の人がいた。婆ちゃんとは違って渋い紫色の着物で、誰もが抱く大和撫子のイメージそのものといった感じの人だ。
「……ハンクさん。後でお話しがありますから」
囁くように。でも不思議と耳に届いた落ち着いた声は、英国紳士の顔面から一瞬で血の気を抜いた。
「お騒がせして申し訳ありませんでした。どうぞお部屋に案内致しますので、こちらへどうぞ」
婆ちゃんがはきはきした声で集まっていた宿泊客を散らばしていく。その間に大和撫子さんは、ゆっくりさた足取りで俺のそばまできて手を差し出してくれた。
「ごめんなさいね。うちの主人って度が過ぎた親バカなのよ」
立ち上がった俺の服の埃をはたきながら大和撫子さんは言った。艶やかな黒髪がなんとも色っぽい。
「私が当旅館の女将、八千草美弥子です。あそこのイギリス人が私の主人で、ここの総支配人の八千草ハンク。そして、」
つっと流し目で金髪の女の子を見て、言った。
「あの子が私たちの娘の、八千草絵乃です」 引きつった笑顔で女の子、絵乃って子はこちらを見ている。ハンクっていう顔面蒼白英国人は今にもぶっ倒れそうだ。
ここが、俺が働く旅館らしい。
次回の更新は来週のうちにでもと考えています。