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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第8章
96/214

第94話 カラビナの銃

 アークティク・ターン号は走り続け、次の町へと向かっていく。


 汽笛を響かせながら、アークティク・ターン号はダラヤ領スカサハ地方の町、ミレージュに到着した。長い列車が、ミレージュ駅で最も長いホームに入ってきて、ゆっくりと停車する。

 停車時間は、48時間が設定された。

 ミレージュは、アークティク・ターン号のルートにいくつも設けられた、補給駅の1つだ。ここで機関車に燃料を補充し、乗務員が一部交代し、積荷の上げ下ろしが行われる。

 48時間という長い停車時間は、長距離を旅する乗客にとって、この上ない気分転換の機会だ。

 列車に押しこめられていた乗客たちは、うっぷんを晴らすかの如く、列車から飛び出していき、駅からミレージュの町へと散らばって行く。




 オレとライラも列車を降りて、駅からミレージュの町へと出た。


「ここが、ミレージュの町かぁ……」

「綺麗な町ね」


 オレたちは初めて降り立ったミレージュの街を見て、そう云う。西大陸のように華美ではないが、区画がキッチリと決められた、均等さが美しい町だ。

 すると、オレたちに1人の男が近づいてきた。


「ようそこミレージュへ。現在、射撃競技会がやっているよ~。銃の腕に自信があるのなら、是非参加してみてね~」


 男はチラシをオレに手渡すと、また次の人にチラシを手渡していく。

 オレはアルトでやったチラシ配りを思い出した。

 あの人も、同じチラシ配りなのだろう。


 オレはライラと一緒に、受け取ったチラシに目を通す。

 チラシは、射撃競技会のお知らせだった。


「ビートくん、どうする?」

「せっかくだし、見ていこうか」


 他に見たいものや行きたい場所も無かったオレたちは、射撃競技会を見ていくことに決めた。




 射撃競技会の会場には、多くの人が集まっていた。

 服装はバラバラで、カウボーイのような者、紳士風、軍服、スーツなど、まるで統一感がない。持っている銃もバラバラで、拳銃から大型のライフルまで幅広い。

 どうやら、銃の種類ごとに部門が設けられているらしく、その部門で何位になるかで、評価が決まるらしい。次々に参加者たちが、部門ごとに分けられ、予選にエントリーしていく。射撃競技を終えて出てきたものは、喜んでいるか、悔しそうにしているかのどちらかだった。


 なるほど。射撃競技の結果が良ければ勝ちとなり、次の予選へと進めるのか。

 どうやって評価しているのかは分からないが。


 オレがそんなことを考えながら見ていると、ライラがオレの肩を叩いた。


「ビートくんも、ソードオフで参加してみる?」

「いや、ソードオフ部門は無いよ。それに、オレは勝てそうにない……」


 オレはそう云って、参加する意思はないと伝える。

 射撃競技会にエントリーする選手は、どの選手もかなりの腕だ。

 とても、そんな人たちと撃ち合いなどしたくなかった。


 絶対に悲惨な結果が待ち構えている。

 オレはその結果を大勢の人に見られて、バカにされるだろう。

 射撃の腕を磨いていないのだから、当たり前だ。


 オレだけがバカにされるのなら、まだいい。

 だが、ライラも一緒にバカにされるかもしれない。

 それだけは、オレには耐えられなかった。




 しばらく見ていると、拳銃部門が終わり、ライフル部門が始まった。

 ライフルを背負った選手が、次々に入場してくる。

 選手が入場を終えると、司会者が選手たちの前に歩み出た。


「さて、ここで前回のライフル部門優勝者、スナイパー少女ことカラビナ選手の登場です!」


 司会者がそう云うと、別の位置にある扉が開かれた。


「んな!?」


 扉が開くと、オレは愕然とした。

 扉から入場してきたのは、明らかに幼女としか思えない年頃の少女だった。金髪で青い瞳を持つ人族の少女は、オリーブドラブの衣服を身に纏い、背中には不釣り合いなほどゴツイ大型のライフル銃を背負っている。


 本当にあの少女が、前回の優勝者なのか!?

 オレは一瞬だけ疑ったが、少女の目は真剣そのものだ。

 司会者の云っていることは、きっと本当なのだろうと、オレは思った。

 ライラも同じように、驚いているらしく、カラビナという少女に釘づけになっている。



 そして、ライフル部門の競技が始まった。

 エントリーした選手たちは、次々にライフルで用意された的を撃ちぬいていく。


 カラビナの晩が回って来ると、それまで湧き上がっていた会場内が、一気に静かになる。

 カラビナは慎重に背負っていたライフルを構えると、狙いを定めて、引き金を引いた。

 1発の銃声と共に、的の真ん中が正確に撃ち抜かれる。

 観客席の者は全員、その正確さに度胆を抜かれたらしく、驚いていた。

 他の参加者は、見るからに動揺していた。

 中には、早くも諦めているような者もいる。


 カラビナは次々に的を撃ちぬいていった。

 まるで神業としか思えない。

 オレは絶対に撃ち合いなどしたくないと、本気で思った。



 カラビナが撃ち終えた後、スコアの採点が行われた。

 ライフル部門では、他の選手は全員、カラビナよりも高い点数を出せなかったこともあり、カラビナは決勝戦へと参加することが決定した。


「な……なんて女の子だ」

「世界って、広いわね」


 オレとライラは目を丸くしながら、カラビナに視線を注いだ。

 他の観客たちも、神業そのものな射撃を見せてくれたカラビナに、視線を注いでいる。


「えー、ライフル部門の決勝戦は、明日行われます。決勝戦に参加される方に当たりましては――」


 決勝戦は、明日行われるらしい。

 オレとライラは、すぐに見に行くと決めた。

 あのカラビナという少女の実力が、どこまですごいのか。

 怖いもの見たさで、オレたちは気になっていた。


「……あれ?」


 扉へと向かって歩いていくカラビナを見て、ライラが呟く。


「どうしたの?」

「あのカラビナって女の子……なんだか悲しそうな顔をしていたわ」


 ライラの言葉に、オレたちは首をかしげた。

 どうして決勝戦に進むことが決まったのに、悲しそうな顔になるのか。


 射撃をするのが、嫌なのか?

 いや、だとしたらそもそも射撃競技会なんて参加しないはずだ。


 毎回優勝ばかりしていて、つまらなくなったのか?

 しかし、毎回参加者は違うはずだ。毎回優勝できるのは、実力のうちだろう。

 悲しそうな顔をする意味が分からない。



 結局オレたちは、なぜカラビナが悲しそうな表情をしていたのか、分からなかった。




 その日の夜。

 オレたちはアークティク・ターン号を離れて、ミラージュの宿屋に宿泊することにした。せっかく48時間も自由時間があるのだから、広い部屋で休みたくなった。

 チェックインした宿は、安宿だった。だが、ライラはウキウキしている。

 アークティク・ターン号の2等車のベッドよりも、ずっと広いベッドで寝られる。それにお風呂も部屋についていた。普段、シャワーしか浴びれないこともあって、ライラはかなり上機嫌だ。


「お風呂っ、お風呂っ!」


 ライラは部屋に荷物を下ろした直後から、浴室を確認してはニコニコしている。


「ビートくん、いつ入る?」

「夕食の後に休憩してからかな。まずは食事にしよう」

「うん!」


 よほど、お風呂が楽しみなようだ。

 オレは荷物を下ろし、イスに座ろうとする。

 しかし、ライラが手を握ってきた。


「わたし、お腹空いちゃった。ビートくん、レストランに行こうよ」

「も、もう……!?」


 いくらなんでも早すぎるだろう。

 そうは思ったが、オレも腹が減っていることは事実だった。


 オレはライラに手を引っ張られながら、部屋を出た。




 宿屋のロビーに出ると、オレたちはそこでカラビナと遭遇した。

 カラビナは今宿に到着したらしく、キーを受け取っていた。相変わらず、重そうなライフル銃を背負っていた。

 疲れているのか、カラビナの表情は暗い。


「どうしたの?」


 ライラが気になったらしく、カラビナに尋ねる。振り向いたカラビナは、少し驚いた表情を見せたが、すぐに元の表情に戻った。


「あなたは……?」

「わたしはライラ。隣に居るのは、わたしの夫のビートくんよ。あなたは、カラビナちゃん?」


 自分の名前が出たことに驚いたのか、カラビナが目を見張る。


「どうして名前を!?」

「射撃競技会、見ていたの。すごい結果だったから、驚いちゃって」

「ああ……ありがとうございます」


 カラビナは一瞬だけ喜びを見せたが、すぐに暗い表情になった。

 あまりにも落差が激しすぎる。どういうことなんだ?


「カラビナちゃん、なんだか元気が無さそうだけど、何かあったの? もし良かったら、わたしに話してくれない?」

「えっと……」


 カラビナの表情に安心の色が見えた。ライラに母性でも感じたのだろうか?


 話そうとしたとき、カラビナのお腹が鳴った。

 そのお腹の音で、オレたちは夕食を食べに行く途中だったことを思い出す。


「……まずは、腹ごしらえだな」

「そうね。カラビナちゃん、夕食を食べながらでもいい?」

「はい!」


 こうしてオレたちは、3人でレストランに向かった。




 オレたちはレストランに入り、夕食を食べていた。

 カラビナは先ほどから、ソースがたっぷりかけられたハンバーグを夢中になって食べている。ハンバーグを食べていると、そこに射撃競技会の場に居た少女はいない。どこからどう見ても、カラビナはどこにでもいる普通の子どもにしか見えなかった。


 お腹が満たされて気持ちが落ち着いてくると、カラビナはオレたちにどうして暗い表情をしていたのかを、話してくれた。


「私は猟師をしているおじいちゃんの猟によくついていきました。それで一緒に猟をするようになってから、おじいちゃんに教えられて射撃をするようになりました。そうしたら、どんどん上達していったんです。それから射撃競技会のライフル部門で、常に優勝するようになりました。でも、ある日ランス・スロットという男に、八百長の話を持ちかけられたんです」

「……ランス・スロット?」


 ライラが、カラビナから聞いた男の名を繰り返す。


「はい。明日の決勝戦でわざと負けるように云われました。さらに『断るならそれでもいい。だが、お前の祖父の命は無いものと思え』と云われたんです。おじいちゃんにそのことを話したら『気にすることは無い。そんな奴の云うことなど聞くな。実力を出し切るんだ』と云われました。でも、おじいちゃんは私にとって唯一の親族で育ての親でもあるんです。おじいちゃんがいなくなると考えてしまうと……私は、どうしたらいいか分からないんです」


 そういうことか、とオレは納得する。

 カラビナの表情が暗かったのは、そういう事情があったからなのか。射撃競技会で八百長しないと、自分の祖父が殺されるかもしれない。だが、祖父からは八百長をしないように云われている。これは難しい問題だ。とても、10歳に満たないような年齢の少女が1人で判断できるような問題じゃない。

 誰かの手助けが、必要だ。


「……明日の決勝戦には、ランスとカラビナのおじいちゃんも来るのか?」

「はい。ランスは分かりませんが、おじいちゃんは必ず観に来ると云っていました」


 オレはライラと視線を交わす。

 ライラは、目で頷いた。


 よし、やろう。

 オレは覚悟を決めると、口を開いた。


「カラビナ、心配することは無い。おじいちゃんの云う通り、自分の実力を出し切るんだ」

「でも、おじいちゃんの命が……」

「大丈夫だ。オレたちが、おじいちゃんに手出しはさせない。だから安心して、明日の決勝戦に臨むんだ」

「カラビナちゃん、大丈夫よ。ビートくんは、こういうときすごく頼りになるから!」


 ライラがそう云うと、カラビナの目の色が変わった。


「……はい! わたし、おじいちゃんの云う通り、決勝戦で実力を出し切ります!」

「よし。じゃあその代りに、ランス・スロットという男について、知っていることを全て教えてくれ」

「はい!」


 カラビナは頷くと、オレたちにランスの特徴を話してくれた。


 そのとき、オレたちの様子を見ていた白いスーツ姿の男が、レストランから出て行った。

 オレはそれを目で追った後、再び視線をカラビナに戻した。




 オレは部屋に戻ると、手帳に記したランスの情報と記憶を照合していく。

 過去の記憶とカラビナから得た情報から、オレはランス・スロットのことを次々に思い出していった。


 ランス・スロット。

 姿こそ見たことは無いが、話には何度も聞いたことがあった。各地で八百長をして荒稼ぎをしている、博徒だ。八百長で大きく荒稼ぎをするためには手段を択ばず、時には相手を陥れるようなことをしてでも、大金を八百長で稼いでいた。

 鉄道貨物組合でクエストを請け負っていた時、そんな博徒の話を聞いたことがあった。一緒にクエストを請け負った先輩の中に、かつてランスという博徒に巻き上げられて全財産を失った人がいた。あまりのショックに立ち直ることができず、いつも失意に取りつかれたようになっていた。

 そのほかにも、八百長に加担したことで評判を落とした人もいると聞いた。


 今度は人の人生を狂わせるだけでは飽き足らず、命まで奪おうとしているというのか!

 オレはそう思うと、身体中をアドレナリンが駆け巡り、怒りが湧き上がってくる。

 これ以上、この博徒を好き勝手にさせておくことはできない!

 カラビナの祖父が殺される前に、なんとしてでも止めなくては!


「いざというときは、こいつがあるんだ……!」


 オレはソードオフを取り出し、そう呟く。


 そのとき、ドアが開いた。

 振り返ると、ライラがドアを開けて中に入ってきた。ライラは夕食後、カラビナを別の部屋まで送っていた。そして今、戻って来たようだ。


「カラビナちゃん、無事に部屋に入って行ったわ」

「ありがとう、ライラ」

「……ビートくん、大丈夫なの?」


 ライラが少し心配そうに云う。


「何が?」

「もしも、ランスという男にビートくんがやられたりしたら……」

「ライラ、オレは大丈夫だ。いざというときは、こいつもある」


 オレはソードオフを掲げた。


「無茶だけはしないでね」

「もちろん!」


 ライラにそう約束して、オレはソードオフを戻す。

 ソードオフを戻すと、オレは薬が入ったビンも取り出した。


「これも手に入れたから、もうランスに勝ったも同然だ」

「それは……?」


 オレはライラにこっそりと話す。

 オレの話を聞いたライラは、目を輝かせた。


「ビートくん、すごーい!」

「それほどでも……」


 そっと、オレは鞄に薬をしまう。

 どこでランスが見ているか分からない。慎重に行動しないと……。


「……ところでビートくん、お風呂はもう入った?」

「まだだけど、それがどうかした?」


 オレが答えると、ライラの表情に笑みが溢れていく。

 その様子に戸惑っていると、ライラがオレの腕を掴んできた。


「じゃあ、一緒に入ろうよ!」

「えっ、ライラと!?」

「もしかして、嫌?」

「嫌じゃないけど……まさか!?」


 オレは、お風呂があると知ってから妙にライラの機嫌が良かったことを思い出す。

 あれはお風呂に入れるのが嬉しいんじゃなかった。

 オレと一緒にお風呂に入れるのが、嬉しかったんだ!


「早く入ろうよ!」

「わ、わかったよ! あうっ!」


 ライラの胸が、オレの腕に当たる。

 その柔らかさに、オレは変な声を出してしまう。


 こうしてオレは、ライラによってお風呂へと連行されていった。




 翌日。射撃競技会ライフル部門決勝戦。会場。


 準備を終えたカラビナが、競技のために控室から競技会場へと移動する。

 競技会場に出ると、カラビナを出迎えたのは、大勢の観客からの声援だった。


 ――あの中に、おじいちゃんがいるはず。


 カラビナはそう思いながら観客席を一瞥し、競技のために係員から指定された場所へと移動し、背負っていたライフルに弾丸を装填し、構える。安全装置を、そっと解除した。


「それでは、用意――!」


 係員の声が、響く。


 どうする?

 八百長してわざと負けるのか、それとも実力を出し切るのか。

 カラビナは自分自身に問いかける。


 どうしてこんなこと考えたのかしら。

 バカねぇ、私。


 ――答えなんて、決まっている。


 実力を出し切るだけ!!


「始め!!」


 号令がかかると、カラビナは競技を始めた。



 競技が終了し、カラビナはライフルに安全装置を掛け、背負う。

 結果は、全ての選手の競技が終わってから、発表された。


 今年も、優勝を掴んだ!


 表彰が始まると、カラビナは表彰台に立ち、メダルを受け取る。

 しかし、喜んではいられなかった。


(おじいちゃんは、どこ――!?)


 必死になって観客席を見回し、カラビナは祖父を探す。

 そのとき、聞き覚えのある声がした。


「よくやったぞ! さすがはワシの孫じゃ!」

「おじいちゃん!?」


 カラビナは声がした方を急いで見る。そこにいたのは、間違いなく自分の祖父だった。顔にある細長い傷跡、白髪。全てずっと見てきた、祖父の特徴だ。


「おじいちゃん!」


 カラビナは表彰台から飛び降り、祖父に駆け寄る。

 祖父は優しい表情で、カラビナを迎えた。


「おじいちゃん、大丈夫!?」

「ワシは無事じゃ。カラビナ、優勝おめでとう。ちゃんとワシの言いつけを守ってくれたのぅ」

「ありがとう、おじいちゃん!」


 カラビナは感激して、祖父と抱き合う。

 メダルよりも、祖父が無事だったことの方が、カラビナにとっては嬉しいことだった。


「――あっ!」


 そしてその時、カラビナは確かに見た。

 ランスが、騎士団に連行されていく。



 信じられないことが、起こっている。

 そのことに、カラビナは目を疑うばかりだった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は、7月27日21時更新予定です!

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