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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第8章
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第92話 ムクからのプレゼント


 酒が合法になり、地下牢に入れられていた人々は解放された。

 領主の館から出ていく人々の中に、オレとライラもいた。


「正直、あのホイーラーって人がまさかりから仕込み銃を取り出すなんて思わなかったから、ちょっとビックリしちゃった。ビートくんが、撃たれるんじゃないかって」

「でも、そうはならなかっただろ?」


 あの直後、オレに向けられていた銃口は、ホイーラーが自分自身に向けた。

 オレはすぐにホイーラーから仕込み銃を奪い、自殺を阻止した。

 そしてやることが残っていると説き、地下牢に捕えられていた人々を解放し、酒を再び合法なものへと戻させた。


「うん! やっぱりビートくんはすごいよ!」


 ライラがそう云って、尻尾を振った。

 オレは無性に嬉しくなり、ライラの手を少し強く握った。




 駅に向かって歩いていく途中、あちこりで号外の新聞が配られていた。


「号外だ! 号外だよ!!」

「お酒が合法に戻ったよ!」

「あのネイション氏が、酒を合法に戻した!!」

「今年1番のトップニュースかもしれないよ!?」


 様々な売り文句が飛び交い、人々が号外の新聞を次々に受け取っては読んでいく。

 オレも号外の新聞を差し出され、それを受け取ってライラと共に歩きながら読む。書いてある内容は、ホイーラーが行ってきた酒の取り締まりと、今日の合法化のことだけしか書いていなかった。

 号外ですぐに出さなくちゃいけないから、長い記事を考えている余裕は無かったのだろう。


「酒がまた飲めるようになったな!」

「これで、もう騎士団の目に怯えなくて済むぜ!」

「今から酒場に行くか!?」

「おいおい、今はまだもぐり酒場しかないぜ? なんせ合法化されたばかりだからな!」


 号外を受け取って読んだ人々は、誰もが酒が合法に戻ったことを喜んでいた。

 酒は、人々を笑顔にするためにあるものだ。


「なんとか、アークティク・ターン号の出発時刻までに片付いて良かったな」

「うん!」


 すると、ライラが俺の左腕に抱き着いてきた。

 むにゅん。

 ライラの豊満な胸が、オレの左腕に押し付けられる。


「ビートくん、列車の個室に戻ったらいっぱいしてあげるね?」

「ライラ、声がでかいって!」


 オレは顔を紅くしながら指摘する。

 酒を飲んだわけでもないのに、体温は急激に上昇し、身体中が熱を帯びたように熱くなっていった。




 ドライタウンの駅に、オレたちは辿り着いた。

 アークティク・ターン号の出発時刻までは、まだ十分すぎる時間がある。まさかこんなにも早く、ホイーラーが自分の過ちを認め、酒を合法にするとは思わなかった。いや、もしかしたらホイーラーはずっと自分の犯した過ちに気づいていたが、それを誰にも話せなかったのかもしれない。オレに話したことで、ずっと自分自身を束縛して苦しめていた過去から解放されたのかもしれない。


 何はともあれ、違法だった酒が合法になって、本当に良かった。

 これでもう、ムクさんたちはもぐり酒場で酒を提供しなくて済む。


 そうだ、アークティク・ターン号に戻る前に、1回だけでもムクさんに会って挨拶をしておいた方がいいな。


 オレがそう思った直後、聞き覚えのある声がした。


「おーい! 待ってくれ!!」


 オレとライラは、同時に声がした方に顔を向ける。

 誰かが、こちらに向かって走ってくる。


「お2人さん、待ってくれ!!」


 声の主は、ムクさんだった。

 白く清潔なシャツと、黒ズボンという典型的なバーテンの服装で、必死になってムクが駆けてくる。手には1本のビンを握りしめていた。あのビンの中身は、きっと酒だろう。どんな酒かは分からないが、酒のビンを持って走っていると、バーテンというよりもアル中にしか見えない。


「「ムクさん!!」」


 オレたちは同時に、駆けてくるバーテンの名を叫ぶ。

 ムクさんはオレたちに追いつくと、肩を大きく上下させ、膝に手をつきながら呼吸を整える。かなりの距離を、全力疾走してきたことが伺えた。


「君達が、ホイーラーを説得してくれて、酒を合法に戻してくれたと聞いて、慌てて飛んできたんだ」

「それで、そんなに息が切れているんですか?」

「ああ……これを、受け取ってほしい」


 ムクさんはそう云って、手にしていた酒のビンを、オレに差し出した。

 受け取っていいものなのかどうか少し迷ったが、受け取らなかったらせっかくここまで全力疾走してきてくれたムクさんの気持ちを無駄にしてしまうと思い、オレは酒のビンを受け取った。

 ビンの中には、たっぷりとお酒が入っていた。


「これは、なんですか?」

「カクテルのXYZだ」


 ムクさんが口に出したカクテルの名前に、オレたちは聞き覚えがあった。

 ライラが、昨夜スピークイージーで飲んだカクテルだった。


「これは、俺達からのお礼だ。君達は、ドライタウンに酒を取り戻してくれた。そのことに感謝して、これを贈りたい」

「いいんですか?」


 酒が合法になったとはいえ、そうそうすぐ手に入るとは思えない。

 それにバーテンにとって、酒やカクテルは大切な商品のはずだ。

 お礼とはいえ、そんな大切なものを何の対価も無く、受け取ってしまってもいいのだろうか?


「受け取って欲しい」

「でも……本当に、いいんですか?」

「あぁ。これ以上ない最高の幸せを、君達は運んでくれたんだ」

「どういう意味ですか?」


 ムクさんの言葉の意味を疑問に思ったライラが訊くと、ムクはライラの耳元で何かを話した。ライラが驚いた表情をしていたが、何にそんなに驚いたのか、オレには分からなかった。


「ムクさんは、これからどうするんですか?」


 オレがムクさんに尋ねる。


「これから、今まではもぐり酒場だったところを、ちゃんとした酒場に戻したいと思う。もうもぐり酒場をする必要は無くなったからね」


 ムクさんは、尻尾を振って喜んでいる。これからお客が増えることを想像して、それを楽しみにしているようだ。きっとムクさんなら、これからも美味しいお酒を飲み客に振る舞い、親しまれていくだろう。酒場を繁盛させていくのは、間違いなさそうだ。


「これだけしかお礼ができなくて、申し訳ないけど……」

「十分ですよ! 大事なお酒を頂けるんですから、悪いくらいです!」


 オレが云うと、ムクは頷いた。


「そうか。じゃあ、もしも次にまたドライタウンに立ち寄った時は、是非俺の店に来てほしい。うんとサービスするから」

「ありがとうございます!」


 オレたちがお礼を云うと、ムクさんも頭を下げた。


「こちらこそ、ありがとう」


 ムクさんの声は、少しだけ震えていたように聞こえた。




 夕方になり、アークティク・ターン号の出発時刻がやってくる。

 汽笛がドライタウンの駅に鳴り響くと、アークティク・ターン号はゆっくりと動き出した。そしてドライタウン駅を出発する。

 ドライタウンを出たアークティク・ターン号は、次の停車駅がある街へと向かって走り出す。


 その日の夜。

 オレは夕食を終えた後、ライラと共にベッドに座ってXYZの入ったビンを開け、乾杯することにした。

 ハッターさんから購入した2つのカクテルグラスにXYZを注ぎ、1つをライラに差し出す。


 オレたちはカクテルグラスをそっと打ち鳴らし、XYZを飲んだ。


「うん、美味しいカクテルだ」

「本当に、昨日飲んだものと同じ味で、とっても美味しいわ!」


 オレとライラはXYZに舌鼓を打つ。

 オレがこのXYZを飲んだのは初めてだったが、なんともいえない味わいだ。

 酒にあまり強くないオレでも、これなら何杯でも飲んでしまえそうだ。


「ねぇ、ビートくん、カクテルの意味って知ってる?」


 アルコールの影響か、顔を赤らめたライラが訊く。

 オレは意味が分からず、ライラに尋ねた。


「カクテルの意味?」

「カクテルには、花言葉のようにそれぞれに意味があるんだって。ムクさんが、そう教えてくれたの」


 オレは、駅前でXYZを渡された時のことを思い出す。

 あのとき、ムクさんがライラに何かを話していたが、これのことだったのかと理解した。

 カクテル言葉なんて、オシャレだな。


「へぇ、そうなんだ」

「それでね、XYZには『これ以上ない』『究極のもの』とかの意味があるんだけど……」


 ライラはそう云うと、グラスに入っていたXYZを飲み干した。


「わたしが1番好きなのは『わたしは永遠にあなたのもの』という意味なの」

「……ライラ?」


 ライラの目が、トロンとしている。


 あぁこれはだいぶ酔いが回ってきたんだな。

 そう思いながら、オレはグラスのXYZを飲み干したが、飲み干してカクテルグラスを置いた直後、ライラがオレに抱き着いてきた。


「わあっ!?」

「ビートくん……わたしは……ライラは永遠に、ビートくんだけのものだから……!」


 ライラはそう云って、オレに近づいてくる。

 ヤバい!

 予想以上に酔いが回ってきているじゃないか!


 そう思った時、オレはライラに唇を奪われた。

 こうなってしまったら、オレはライラを受け止めることしかできない。


 唇を離すと、ライラは顔を真っ赤にしながら、オレのあちこちにキスをしてくる。


「ビートくん……好きっ……好きいっ……!」

「ライラ、ちょっと! ……あうぅ」


 どうやら今夜も、ライラは寝かしてくれそうにない。

 こうなったら、逆に襲ってしまえ!

 オレは覚悟を決めると、襲い掛かってくるライラに逆に襲いかかった。


「きゃっ!」


 嬉しそうに悲鳴を上げ、それを受け入れるライラ。

 そのままオレたちは、そこで絡み合ったのはいうまでもない。



 夜が更けていく中、アークティク・ターン号は次の駅に向かい、東大陸の大地を疾走し続けていった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は、7月25日21時更新予定です!

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