第88話 東大陸の港町ムンホイ
アークティク・ターン号が大陸間鉄道橋を走り抜け、東大陸の港町のムンホイに到着する。
ムンホイは、東大陸最西端にある港町で、東大陸の西の玄関口となっている。
東大陸の中では人口が少ないほうだが、西大陸との交易地点として古来から栄えてきた。
西大陸のニューオークランドとは、海賊同士の交易があったこともあり、ムンホイにも海賊をモチーフにした場所がある。
しかしその数は、ニューオークランドに比べれば、少ない。
オレとライラは、アークティク・ターン号がムンホイの駅に到着すると、列車から降りた。
「ん……?」
他に列車から降りていく乗客の中に、オレたちは見覚えのある顔を見た。
商人車で行商をしている、ハッターだった。
「ハッターさん!」
「よぉ! お2人さん!!」
オレたちが声を掛けると、ハッターは声を返してきた。
「どうしたんですか? 列車から降りるなんて、珍しいですね」
「いや、珍しくなんかないぞ? これから仕入れに向かうんだ」
ハッターの言葉に、オレとライラは目を丸くした。
「まさかお前さんたち、俺達行商人はずっと列車に乗ったまま、仕入れたり商売をしていると思っていたのか?」
オレたちが頷くと、ハッターは大笑いをした。
「まさか! 俺達行商人は、列車が停まった駅で必ず商品を仕入れていたのさ。それがたまたま、お前さんたちは見ていなかったから、勘違いしていたんだな」
ハッターはそう云って、大きな袋を背負う。
「また商品をたくさん仕入れてくるから、買っておくれよ!」
そう云うと、ハッターはムンホイの街へと消えて行った。
ハッターと別れたオレたちは、ムンホイの街を一通り見てから、アークティク・ターン号の個室へと戻って来た。
ニューオークランドのように名物となっているものがあるわけでもなく、ただの港町だったため、観光になるものが無かったからだ。
オレたちは食事だけをムンホイの街で済ませ、個室へと戻って来た。
「何かあるかと思って期待してたのに、ちょっと残念」
「まぁ、こういうこともあるさ」
残念そうなライラの頭を、オレは慰めるように撫でる。
すぐに笑顔が戻り、ライラは尻尾を振り始める。
「えへへ……ビートくんが居れば、わたしは幸せ……」
単純だなぁ。
オレはライラの頭を撫でながらそう思う。
その頃、ムンホイの隣にある街のドライタウンでは、酒場が盛り上がりを見せていた。
多くの人族と獣人族が酒を飲み、つまみや会話を楽しんでいる。中には酔いが回ってカウンターに突っ伏して寝ている者や、フラフラになりながらもトイレに立つ者もいた。
それぞれが思い思いに、酒を楽しんでいる。
そのとき、ドアがノックされた。
「――!!」
酒場の中に、緊張が走る。
その直後、ドアが大きな足によって蹴破られた。
「全員、逮捕しろ!!」
白い甲冑を着た大柄な騎士が叫び、若い騎士たちがなだれ込む。
入ってきたのは、騎士団だった。
「騎士団だ!」
「逃げろっ!」
酒を飲んでいた者たちの酔いは一気に冷め、騎士団の手から逃れようとする。
しかし、酒で酔いが回っていたこともあり、次から次へと騎士団に捕まり、手錠を掛けられていった。
「くそう!」
酒場の従業員が、バーカウンターの裏からショットガンを取り出し、騎士団に向かってぶっ放した。
銃声と共に、騎士が倒れる。
そしてすぐに次の騎士へと銃口を向ける。
「うわっ!?」
しかしそれよりも早く、別の騎士がムチで従業員の腕を強く叩いた。
従業員はショットガンを落とし、自分の腕に手を当てる。
この酒場の中で、誰も騎士団を止めることはできなかった。
ものの数分で、騎士団は酒を飲んでいた客、酒を提供していた酒場の従業員と主人を拘束してしまった。
負傷した騎士もいたが、鎧のおかげか致命傷には至っていなかった。
「これで全員か?」
「はいっ!」
若い騎士が敬礼すると、白い甲冑の騎士がアゴで指図した。
「よし、連行しろ」
騎士団が、拘束している者たちを、次々と酒場の外へと連行していく。
そのとき、酒場の中を見た白い甲冑の騎士が、床に落ちていた酒瓶に気づいた。
騎士は、酒瓶を拾い上げる。
中にはまだ、酒が残っていた。
「……こんなものがあるから、人々は堕落していくんだ」
白い甲冑の騎士は、汚物を見るかのような目で酒瓶を見ると、バーカウンターの奥の壁に向かって、力いっぱい酒瓶を投げた。
壁に当たった酒瓶は粉々になり、壁には入っていた酒が飛び散る。
飛び散った酒は紅く、まるで血が飛び散ったように見えた。
「ここは、いかがいたしますか?」
「掃除するのも面倒だ。……燃やせ」
白い甲冑の騎士はそう云うと、酒場を出て行った。
それから少しして、酒場は炎に包まれた。
アークティク・ターン号の出発時刻が迫ってくる。
オレとライラは、個室の窓を開けてホームを見ながら、出発時刻を待っていた。
次々と、アークティク・ターン号を離れていた人たちが戻って来る。
その中に、ハッターもいた。
「あっ、ハッターさん!」
ライラが声を掛けるが、様子がおかしい。
「あぁ……お2人さんか」
いつも元気なハッターが、元気がない。
オレたちは不思議に思い、顔を見合わせた。
「ハッターさん……?」
「元気がないみたいですけど……?」
オレが訊くと、ハッターは片手をあげた。
「すまんな。ちょっと、仕入れでトラブルがあったんだ」
「何があったんですか?」
「酒が、手に入らなかったんだ」
ハッターの言葉に、オレとライラは驚いた。
オレたちはあまり飲まないが、酒はハッターが売る商品の中でも、最も人気がある商品の1つだ。酒が入荷すると、ハッターの周りには酒を買い求める乗客たちであふれかえる。
それなのに、酒が手に入らなかった。
商売をしたことがないオレたちでも、客離れを起こすのは簡単に予想できた。
「どうしてですか? ハッターさんは、どんなものでも取り扱うことを信条にしていたはずなのに……」
「信じてもらえるか分からないが、酒がどこに行っても売られていなかったんだ。訊いても、気まずそうな顔で答えをはぐらかされちまった。これは、何か嫌な予感がするぞ」
「でも、お酒が無いと売り上げが……」
ライラの言葉に、ハッターは頷く。
「心配してくれてありがとう。申し訳ないけど、お客さんには頭を下げるしかない」
そのとき、出発直前に鳴り響く汽笛が聞こえてきた。
ハッターはすぐに、商人車の方に走って行った。
出発時刻になると、出発を告げる汽笛が鳴り響いた。
そしてゆっくりと、アークティク・ターン号が動き出す。
ホームが後ろへと下がって行き、アークティク・ターン号はムンホイの街を出た。
海が遠くなっていくのを見ながら、オレたちは窓を閉める。
「お酒が手に入らなかったって、どうしてかしら?」
「分からない……。でも、酒が売っていないなんて、西大陸でも無かったな」
「東大陸では、お酒が流通していないのかしら?」
「そんなことは……無いはずだけど」
オレは、答えが出せなかった。
ハッターの言葉通り、嫌な予感がしていた。
不安な気持ちを抱えたオレたちを乗せ、アークティク・ターン号は次の停車駅がある、ドライタウンへと向かってレールを疾走していく。
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次回更新は、7月14日21時更新予定です!





