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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第7章
89/214

第87話 西大陸東部の港町ニューオークランド

 アークティク・ターン号は、正午過ぎに西大陸の大荒野地帯を走り抜け、西大陸東部の港町、ニューオークランドに到着した。


 ニューオークランドは、西大陸最後の補給駅ということもあり、停車時間は48時間といつもの倍の時間が取られる。

 そしてそれは、ゆっくりと旅をするアークティク・ターン号の乗客にとっては、時折やってくる一大イベントのようなものだ。

 乗客たちはわれ先へと列車から降りて行き、ニューオークランドの街へと散らばって行く。


 オレたちもその例に漏れず、列車から降りた。


「ライラ、48時間も停車するわけだし、今日と明日は普通の宿に泊まらない?」

「賛成!! たまには広い部屋で寝たい!!」


 ライラは二つ返事でOKした。

 こうしてオレたちは、ニューオークランドでは出発時刻まで、列車から離れて行動することになった。




 ニューオークランドは、かつて西大陸と東大陸の間にある海を舞台に、海賊たちが作り上げた街だった。かつては商船に恐れられていた海賊たちだが、現在は領主や騎士団の取り締まりが功を奏し、海賊はいなくなっている。

 その歴史的な経緯からか、ニューオークランドでは海賊が街のイメージとして使われていた。あちこちに海賊をモチーフにした銅像が立っていたり、海賊風の衣装を身に纏った人がいる。


 オレたちは、ライラの希望で海がよく見える宿屋を探した。

 そして見つけた宿屋『ホテル・バッカニア』は、少し高台にあって、海がよく見える場所に立っていた。

 フロントでチェックインを済ませて料金を支払う。ここは前払い制だ。

 そしてオレたちはキーを受け取り、泊まる部屋へと入った。


 部屋は帆船の船長室をイメージした部屋で、まるで本当に船に乗っていると錯覚してしまうほど、精巧に作られていた。


「わぁ、すごーい!」


 ライラが、窓の外に広がる景色を見て云う。


「ビートくん、海がよく見えるよー!」


 窓の外を指さして、子どもみたいに大はしゃぎするライラ。

 グレーザーで見た海よりも、青い海がそこには広がっていた。


 青い海の先には、東大陸が微かに見えた。

 あと1週間もしないうちに、今度は東大陸へと入る。

 東大陸では、何が待ち受けているのだろうか。


 ふと港の方に目を向けると、人だかりができていた。


「港で、何かやっているみたいだ」

「行ってみようよ!」


 オレは頷くと、ライラと共にホテル・バッカニアを飛び出した。




 港の人だかりにやってくると、どうして人だかりができているのか、その理由がはっきりと分かった。

 ニューオークランドの劇団『ニューオークランド・パイレーツ』が、港で古の海賊の戦いをイメージしたショーを行っていた。

 人だかりは、その観客たちだった。


「おおっ!!」

「すごーい!」


 オレとライラは、途中からショーを見たが、圧倒するような迫力に惹かれ、気がついたら虜になっていた。

 海賊風の衣装を身に纏った劇団員たちが飛び跳ね、模造刀で海賊の戦いを港で繰り広げる。空砲の旧式銃まで使っていた。迫力のある演技は、まるで映画の撮影のようだ。


 しばらくして、ショーが終わった。

 海賊姿の劇団員たちが一列に並び、観客たちに一例をする。

 あちこちから、拍手と喝采が湧き上がった。

 劇団員たちの足元に、金貨や銀貨が投げられていく。


 オレたちも、惜しみない拍手を送った。

 途中からしか見れなかったのが、残念だ。

 もう少し早く気づければ、最初から見れたかもしれないのになぁ。


 すると、海賊船の船長のような格好をした男が、観客たちの前に歩み出た。


「ありがとうございました! 今宵、ホテル・バッカニアでもちょっとしたショーを行います。お近くの方は是非、夜も楽しみにしていてい下さい!」


 船長風の男はそう告げると一礼し、戻って行く。

 その後、ニューオークランド・パイレーツは足元に投げられた金貨や銀貨を回収し、後片付けをして撤収していく。


「ビートくん、今の聞いた!?」

「ホテル・バッカニアといえば――!」

「わたしたちが泊まっている、あのホテル!?」


 オレとライラは顔を見合わせると、思わず笑みをこぼす。

 どうやら、オレたちはもう一度、あの迫力のある演技を見れるかもしれない。


 オレたちは、夜が待ち遠しくなった。




 その日の夜。

 オレたちは夕食を食べるために、ホテル・バッカニアのレストラン「ジョリーロジャー」に入った。

 そこでオレたちは、海賊風海鮮ライスと、サルマガンディーというサラダを注文して食べた。この料理は、どちらも海賊が実際に食べていたものをアレンジしているらしい。


「ビートくん、シーフードがいっぱいで美味しいね」

「うん。海産物なんて久しぶりだ!」


 ここ最近、内陸部ばかりを旅してきたためか、主に肉が食事の中心だった。

 シーフードが食べられて、久々に肉ばかりの生活から解放されたような気がした。


 料理に舌鼓を打っていると、急に店内が薄暗くなった。

 何事かと思っていると、店の奥に設置されている舞台の方が明るくなる。

 オレたちは反射的に、そちらに目を向ける。


 そこには、昼間に港で見た、ニューオークランド・パイレーツがいた。


「皆様、こんばんわ! ニューオークランド・パイレーツです!」


 船長風の男が挨拶をすると、店内が湧き上がった。

 誰もが、ニューオークランド・パイレーツの登場を歓迎していた。


「今宵は、ホテル・バッカニア様のご厚意により、ディナーショーを行わせていただく運びとなりました! どうぞ皆様、絶品の料理を味わいながら、我々のショーを心行くまでお楽しみください!」


 そして、ショーが始まった。

 昼間よりは少ないが、それでもかなりの数の劇団員がステージの上で大立ち周りを演じる。手に汗握る内容のショーに、オレとライラは夢中になっていた。


「おぉお!」

「すごい!」

「わあっ!」


 オレたちは他の宿泊客たちと同様に、時折声を出しながら、劇団員たちのショーを見続ける。

 ショーがひと段落すると、船長風の男が出てきた。


「ここで、どなたかお客様の中で、お手伝いをしていただける方はおりませんか?」


 突然の申し出に、レストランの中がざわつき出した。

 オレがライラを見ると、ライラはステージの方をじっと見ている。


 オレは身を乗り出し、ライラに囁いた。


「ライラ、出てみたら?」

「えっ!?」

「きっといい思い出になるよ」

「でも……ビートくん、嫉妬したりしない?」


 おい、ライラ。一体何を考えているんだ?

 嫉妬って、どういうことだよ?

 何のことか分からないが、オレはそこまで狭量な男じゃない。


「しないって。ほら、勇気を持って!」

「う……うん……!」


 ライラが手を挙げると、船長風の男がライラに向かって手を振った。


「そこの獣人のお嬢さん、どうぞこちらへ!」


 呼ばれたライラがステージの上に立つと、歓声が上がった。他の宿泊客は、ライラの美しさに見とれているらしい。

 すると、船長風の男がライラに羅針盤を手渡す。その直後、他の劇団員たちが模造刀を取り出した。


「船長! その娘をいつまで手元に置いておく気ですか!? 早く高く売りましょうよ!」

「ダメだ。この娘は、我々にとって欠かせない大切な存在だ。何しろ、我々が頼りにしている、この魔力を秘めた羅針盤は、この娘が持っていないと機能してくれないのだからな」


 即興で、演劇が始まった。

 オレはその演劇にライラが出演していることもあって、見入ってしまう。


「船長! 新しい羅針盤を手に入れればいいだけじゃないですか! それなのに、手を出すのも売るのもダメなんて……そんな殺生な!」

「これは命令だ。ダメなものはダメだ」

「船長、もう我慢ならねえ!!」


 劇団員たちが、模造刀を構える。


「今から、このオレが船長だ! あんたには、船を降りてもらう!」

「面白い冗談だ。来るなら来い、誰がこの船のキャプテンか、はっきりさせてやる!」


 ライラもその中で、羅針盤を手にして船長風の男と共に逃げ惑う。

 演劇が、かなり面白くなってきた。


 そしてその日のステージで、最も盛り上がったのは、その演劇だった。




 夕食後。

 オレたちは入浴を済ませてから、部屋に戻って来た。


「ライラ、ステージの上での立ち回り、すごく良かったよ」

「本当!? ありがとう!」


 オレの評価に、ライラは尻尾をブンブンと振って喜ぶ。

 ライラの手には、船長風の男から手渡された羅針盤があった。返し忘れたのではなく、記念にとプレゼントされたものだ。


「羅針盤まで貰っちゃって……ステージに上がって良かった。ビートくん、ありがとう!」

「いや、ステージに上がろうと決めたのはライラだよ」

「ううん、ビートくんが背中を押してくれなかったら、きっと上がっていなかったよ!」

「ライラが決めたことだって」

「じゃあ、わたしとビートくんが2人で決めたことね!」

「そうかもしれないな」


 オレたちは納得し、笑い合う。

 ライラと笑い合うのは、オレにとって至福の一時だ。


「……ねぇ、ビートくん。夜はまだまだ長いよ?」


 ライラはそう云うと、羅針盤をテーブルの上に置いた。

 そして自分の鞄に近づくと、鞄からピンク色の液体が入った小瓶を取り出す。


「あっ!」


 オレが叫ぶと同時に、ライラは小瓶の中身を全て飲み干した。

 空になった小瓶をゴミ箱に入れると、ライラはオレに抱きついてくる。

 むにゅん、とライラの豊満な胸がオレに押しつけられる。


「ライラッ!」


 抱きつかれたからこそ、よく分かった。

 ライラの身体は、すでに熱くなっている。鼓動も早くなっていて、もうライラは準備ができていた。


「ビートくん……」


 ライラはうるんだ目で、オレを見上げてくる。

 この目には、オレは弱い。


 オレは部屋の灯りを消し、窓から降り注ぐ月明かりだけにすると、ライラをベッドへと連れて行った。




 翌日。

 オレたちは昨夜ニューオークランド・パイレーツの演劇を鑑賞したレストラン「ジョリーロジャー」で朝食を食べていた。


「ビートくん、今日はどうする?」


 ライラが訊いてくる。ライラの肌は艶々としている。

 対するオレは、少しゲッソリとしていた。


 原因は、昨夜ライラにさんざん搾り取られたからだ。

 何がとはあえて云わない。


「そうだなぁ……」


 オレは昨夜のこともあり、部屋で休みたかった。

 しかしせっかく港町に来たんだし、何もしないのももったいない。

 それに、オレが部屋で休んでいたら、きっとライラも一緒に部屋に来るだろう。観光できないのはライラに気の毒だし、もしかしたらまたライラに搾り取られるかもしれない。


「せっかく港町に来たから……観光していこうか」

「賛成! 朝食を終えて準備できたら、すぐに行こうよ!」


 ライラは笑顔で、朝食を口に運んでいく。

 少し身体が重かったが、オレはライラの為にも、観光に出ることにした。




 オレたちが、ニューオークランドを歩いていると、偶然にもニューオークランド・パイレーツの船長風の男と出会った。


「あなたは!」

「おっ、君達は昨日の!」


 相手もオレたちに気づいたらしく、近づいてくる。

 今はオフなのか、船長風の衣装は来ていない。いたって普通の身なりだ。


「昨日は、本当にありがとうございました。あんなにお客さんからの歓声を貰えたのは、久しぶりです! 申し遅れましたが、私はジャック。ニューオークランド・パイレーツの団長であり、船長です」


 ジャックと名乗った男は、お辞儀をした。

 それに対して、オレたちも名乗って自己紹介をする。


「こちらこそ、昨日は楽しかったです!」


 ライラの言葉に、ジャックは微笑む。


「いい思い出になったのでしたら、幸いです。あれだけの盛り上がりを見せたのは、久々でしたから。それにしても、ライラさんの両親を探すために旅をしているとは驚きました。しかも、今この港町に停車中の、あのアークティク・ターン号に乗っているとは!」


 ジャックは目をキラキラさせている。

 すると、ジャックはライラを見て何かに気づいたように、表情を変えた。


「……あれ、もしかしてあなたは銀狼族では?」

「……!!」


 ジャックの言葉に、ライラは目を丸くする。

 オレも同じように、目を丸くした。


 この人、銀狼族について何か知っているのか!?


「……そうか。やはり銀狼族なんだね」


 ジャックは悟ったように云うと、語りだした。


「実はニューオークランドではかつて、奴隷貿易も行われていて、銀狼族の奴隷が扱われていたこともあったんだ」


 ジャックの言葉を聞いて、オレはライラを見る。

 ライラは、不安の色を鮮明にしていた。


 両親が、もしもどこかで奴隷になっていたら……!?


 きっとライラは、そんなことを考えているのかもしれないと、オレは思う。


「……少し、お時間を頂戴してもいいかな?」


 ジャックの言葉に、オレたちは首をかしげる。


「両親がどこにいるのか、手がかりがつかめるかもしれないんだ」

「本当!?」


 ライラが訊くと、ジャックは頷いた。




 ジャックに連れられて、オレたちがやってきたのは、港町の少し離れた場所にある、占いの館だった。


「海賊で有名なニューオークランドだが、その海賊たちが頼っていた占い師の子孫が、今でもここで占いをしているんだ。隠れた名所さ」


 ジャックがそう云って、オレたちを占いの館へと連れ込む。

 占いの館に入ると、1人の獣人族の老婆が出迎えてきた。

 老婆は黒いローブを身に纏い、ヨボヨボで杖をついていた。


 その姿は、どこからどう見ても魔女そのものだ。


「マギー。あんたに頼みがある」

「ジャックじゃないか。頼みとは、一体なんじゃい?」


 しわがれた声で、マギーという老婆が訊く。


「この銀狼族のライラという娘の両親が、生きているかどうかを占って欲しい。それと、奴隷になっているかどうかも。代金はオレが支払うから」

「いいんですか!?」


 ジャックは、頷いた。

 なんて気前がいいんだと、オレは思った。


「あぁ。昨日の演劇を盛り上がらせてくれたお礼だ」

「ありがとうございます! お願いします!」


 ライラがお礼を云って頭を下げると、マギーは頷く。


「わしにまかせておれ」


 マギーはそう云って、ライラをテーブルを挟んで目の前に座らせた。テーブルの上には水晶玉が置かれていて、マギーは水晶玉に手をかざす。


「これは我が一族に受け継がれ、魔力と霊力を秘めた水晶じゃ。過去、現在、未来。全てを見通す。古の時代から、海賊たちにも恐れ敬われてきたのじゃ」


 マギーが呪文を唱えながら、水晶玉に力を送り続ける。

 オレとジャックは、それを後ろから見守っていた。


 やがて、水晶玉が光を帯び始める。

 そして、マギーがカッと目を見開いた。


「見えたぞ!!」


 マギーは叫び、ライラに目を向ける。


「ライラよ……そなたの両親は、ちゃんと生きておるぞ……!」


 その言葉に、ライラの表情が明るくなった。


「本当ですか!?」

「本当じゃ。奴隷にもなってはおらぬ。今も、2人一緒に暮らしておるぞ……!」

「よ……良かった……!!」


 マギーの言葉に、ライラは安堵する。


「さすがは銀狼族じゃ! 一生を捧げるほど尽くすのは、本当じゃのぅ!!」

「あの! わたしのお父さんとお母さんは、どこにいるのですか!?」


 オレは生唾を飲み下す。

 それはオレも、知りたい情報だ。

 どこにライラの両親が居るのかによって、あとどれだけアークティク・ターン号で旅をすればいいのかの目安になる。


 しかし、水晶玉が帯びていた光が消えていった。

 光が消えると、マギーは水晶玉にかざしていた手を離す。


「すまんが、それは分からぬ。占ってくれと頼まれたことが、生きているかどうかと、奴隷になっているかどうかの2つだけじゃったからな。それに、今回はジャックの頼みじゃ。これ以上はさらに力を使うから、別料金を貰いたいが……」

「そうですか……」


 ライラは残念そうに、獣耳をダランと垂らす。

 オレはそっと、ライラの肩に手を置いた。


「ライラ、両親が生きていて、奴隷になっていないことが分かっただけでも、かなりの収穫だ! また明日から、アークティク・ターン号で北大陸を目指そう!」

「……うん!」


 ライラは目元を拭い、明るい表情で云った。




 翌日。オレたちはホテル・バッカニアをチェックアウトして、アークティク・ターン号の個室へと戻って来た。

 そして12時に、アークティク・ターン号は走り出し、大陸間鉄道橋を通って、東大陸へと向かっていく。



 その様子を港から眺めている2人の人影。

 ジャックと、マギーだった。


「あんた、本当は見えてたんだろ?」


 ジャックの問いに、マギーは頷く。


「その通りじゃ。あの銀狼族の娘の両親が、どこにいて何をしているかものぅ」

「どうして云ってあげなかったんだ?」


 すると、マギーは口元を緩め、楽しげに笑う。


「旅は長い。結末を先に知ってしまったら、面白くないじゃろう?」

「……それもそうだな」


 東大陸に向かっていくアークティク・ターン号に、2人は手を振った。




 第7章~西大陸旅立ち編~完




 第8章へつづく

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は、7月13日21時更新予定です!

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