第87話 西大陸東部の港町ニューオークランド
アークティク・ターン号は、正午過ぎに西大陸の大荒野地帯を走り抜け、西大陸東部の港町、ニューオークランドに到着した。
ニューオークランドは、西大陸最後の補給駅ということもあり、停車時間は48時間といつもの倍の時間が取られる。
そしてそれは、ゆっくりと旅をするアークティク・ターン号の乗客にとっては、時折やってくる一大イベントのようなものだ。
乗客たちはわれ先へと列車から降りて行き、ニューオークランドの街へと散らばって行く。
オレたちもその例に漏れず、列車から降りた。
「ライラ、48時間も停車するわけだし、今日と明日は普通の宿に泊まらない?」
「賛成!! たまには広い部屋で寝たい!!」
ライラは二つ返事でOKした。
こうしてオレたちは、ニューオークランドでは出発時刻まで、列車から離れて行動することになった。
ニューオークランドは、かつて西大陸と東大陸の間にある海を舞台に、海賊たちが作り上げた街だった。かつては商船に恐れられていた海賊たちだが、現在は領主や騎士団の取り締まりが功を奏し、海賊はいなくなっている。
その歴史的な経緯からか、ニューオークランドでは海賊が街のイメージとして使われていた。あちこちに海賊をモチーフにした銅像が立っていたり、海賊風の衣装を身に纏った人がいる。
オレたちは、ライラの希望で海がよく見える宿屋を探した。
そして見つけた宿屋『ホテル・バッカニア』は、少し高台にあって、海がよく見える場所に立っていた。
フロントでチェックインを済ませて料金を支払う。ここは前払い制だ。
そしてオレたちはキーを受け取り、泊まる部屋へと入った。
部屋は帆船の船長室をイメージした部屋で、まるで本当に船に乗っていると錯覚してしまうほど、精巧に作られていた。
「わぁ、すごーい!」
ライラが、窓の外に広がる景色を見て云う。
「ビートくん、海がよく見えるよー!」
窓の外を指さして、子どもみたいに大はしゃぎするライラ。
グレーザーで見た海よりも、青い海がそこには広がっていた。
青い海の先には、東大陸が微かに見えた。
あと1週間もしないうちに、今度は東大陸へと入る。
東大陸では、何が待ち受けているのだろうか。
ふと港の方に目を向けると、人だかりができていた。
「港で、何かやっているみたいだ」
「行ってみようよ!」
オレは頷くと、ライラと共にホテル・バッカニアを飛び出した。
港の人だかりにやってくると、どうして人だかりができているのか、その理由がはっきりと分かった。
ニューオークランドの劇団『ニューオークランド・パイレーツ』が、港で古の海賊の戦いをイメージしたショーを行っていた。
人だかりは、その観客たちだった。
「おおっ!!」
「すごーい!」
オレとライラは、途中からショーを見たが、圧倒するような迫力に惹かれ、気がついたら虜になっていた。
海賊風の衣装を身に纏った劇団員たちが飛び跳ね、模造刀で海賊の戦いを港で繰り広げる。空砲の旧式銃まで使っていた。迫力のある演技は、まるで映画の撮影のようだ。
しばらくして、ショーが終わった。
海賊姿の劇団員たちが一列に並び、観客たちに一例をする。
あちこちから、拍手と喝采が湧き上がった。
劇団員たちの足元に、金貨や銀貨が投げられていく。
オレたちも、惜しみない拍手を送った。
途中からしか見れなかったのが、残念だ。
もう少し早く気づければ、最初から見れたかもしれないのになぁ。
すると、海賊船の船長のような格好をした男が、観客たちの前に歩み出た。
「ありがとうございました! 今宵、ホテル・バッカニアでもちょっとしたショーを行います。お近くの方は是非、夜も楽しみにしていてい下さい!」
船長風の男はそう告げると一礼し、戻って行く。
その後、ニューオークランド・パイレーツは足元に投げられた金貨や銀貨を回収し、後片付けをして撤収していく。
「ビートくん、今の聞いた!?」
「ホテル・バッカニアといえば――!」
「わたしたちが泊まっている、あのホテル!?」
オレとライラは顔を見合わせると、思わず笑みをこぼす。
どうやら、オレたちはもう一度、あの迫力のある演技を見れるかもしれない。
オレたちは、夜が待ち遠しくなった。
その日の夜。
オレたちは夕食を食べるために、ホテル・バッカニアのレストラン「ジョリーロジャー」に入った。
そこでオレたちは、海賊風海鮮ライスと、サルマガンディーというサラダを注文して食べた。この料理は、どちらも海賊が実際に食べていたものをアレンジしているらしい。
「ビートくん、シーフードがいっぱいで美味しいね」
「うん。海産物なんて久しぶりだ!」
ここ最近、内陸部ばかりを旅してきたためか、主に肉が食事の中心だった。
シーフードが食べられて、久々に肉ばかりの生活から解放されたような気がした。
料理に舌鼓を打っていると、急に店内が薄暗くなった。
何事かと思っていると、店の奥に設置されている舞台の方が明るくなる。
オレたちは反射的に、そちらに目を向ける。
そこには、昼間に港で見た、ニューオークランド・パイレーツがいた。
「皆様、こんばんわ! ニューオークランド・パイレーツです!」
船長風の男が挨拶をすると、店内が湧き上がった。
誰もが、ニューオークランド・パイレーツの登場を歓迎していた。
「今宵は、ホテル・バッカニア様のご厚意により、ディナーショーを行わせていただく運びとなりました! どうぞ皆様、絶品の料理を味わいながら、我々のショーを心行くまでお楽しみください!」
そして、ショーが始まった。
昼間よりは少ないが、それでもかなりの数の劇団員がステージの上で大立ち周りを演じる。手に汗握る内容のショーに、オレとライラは夢中になっていた。
「おぉお!」
「すごい!」
「わあっ!」
オレたちは他の宿泊客たちと同様に、時折声を出しながら、劇団員たちのショーを見続ける。
ショーがひと段落すると、船長風の男が出てきた。
「ここで、どなたかお客様の中で、お手伝いをしていただける方はおりませんか?」
突然の申し出に、レストランの中がざわつき出した。
オレがライラを見ると、ライラはステージの方をじっと見ている。
オレは身を乗り出し、ライラに囁いた。
「ライラ、出てみたら?」
「えっ!?」
「きっといい思い出になるよ」
「でも……ビートくん、嫉妬したりしない?」
おい、ライラ。一体何を考えているんだ?
嫉妬って、どういうことだよ?
何のことか分からないが、オレはそこまで狭量な男じゃない。
「しないって。ほら、勇気を持って!」
「う……うん……!」
ライラが手を挙げると、船長風の男がライラに向かって手を振った。
「そこの獣人のお嬢さん、どうぞこちらへ!」
呼ばれたライラがステージの上に立つと、歓声が上がった。他の宿泊客は、ライラの美しさに見とれているらしい。
すると、船長風の男がライラに羅針盤を手渡す。その直後、他の劇団員たちが模造刀を取り出した。
「船長! その娘をいつまで手元に置いておく気ですか!? 早く高く売りましょうよ!」
「ダメだ。この娘は、我々にとって欠かせない大切な存在だ。何しろ、我々が頼りにしている、この魔力を秘めた羅針盤は、この娘が持っていないと機能してくれないのだからな」
即興で、演劇が始まった。
オレはその演劇にライラが出演していることもあって、見入ってしまう。
「船長! 新しい羅針盤を手に入れればいいだけじゃないですか! それなのに、手を出すのも売るのもダメなんて……そんな殺生な!」
「これは命令だ。ダメなものはダメだ」
「船長、もう我慢ならねえ!!」
劇団員たちが、模造刀を構える。
「今から、このオレが船長だ! あんたには、船を降りてもらう!」
「面白い冗談だ。来るなら来い、誰がこの船のキャプテンか、はっきりさせてやる!」
ライラもその中で、羅針盤を手にして船長風の男と共に逃げ惑う。
演劇が、かなり面白くなってきた。
そしてその日のステージで、最も盛り上がったのは、その演劇だった。
夕食後。
オレたちは入浴を済ませてから、部屋に戻って来た。
「ライラ、ステージの上での立ち回り、すごく良かったよ」
「本当!? ありがとう!」
オレの評価に、ライラは尻尾をブンブンと振って喜ぶ。
ライラの手には、船長風の男から手渡された羅針盤があった。返し忘れたのではなく、記念にとプレゼントされたものだ。
「羅針盤まで貰っちゃって……ステージに上がって良かった。ビートくん、ありがとう!」
「いや、ステージに上がろうと決めたのはライラだよ」
「ううん、ビートくんが背中を押してくれなかったら、きっと上がっていなかったよ!」
「ライラが決めたことだって」
「じゃあ、わたしとビートくんが2人で決めたことね!」
「そうかもしれないな」
オレたちは納得し、笑い合う。
ライラと笑い合うのは、オレにとって至福の一時だ。
「……ねぇ、ビートくん。夜はまだまだ長いよ?」
ライラはそう云うと、羅針盤をテーブルの上に置いた。
そして自分の鞄に近づくと、鞄からピンク色の液体が入った小瓶を取り出す。
「あっ!」
オレが叫ぶと同時に、ライラは小瓶の中身を全て飲み干した。
空になった小瓶をゴミ箱に入れると、ライラはオレに抱きついてくる。
むにゅん、とライラの豊満な胸がオレに押しつけられる。
「ライラッ!」
抱きつかれたからこそ、よく分かった。
ライラの身体は、すでに熱くなっている。鼓動も早くなっていて、もうライラは準備ができていた。
「ビートくん……」
ライラはうるんだ目で、オレを見上げてくる。
この目には、オレは弱い。
オレは部屋の灯りを消し、窓から降り注ぐ月明かりだけにすると、ライラをベッドへと連れて行った。
翌日。
オレたちは昨夜ニューオークランド・パイレーツの演劇を鑑賞したレストラン「ジョリーロジャー」で朝食を食べていた。
「ビートくん、今日はどうする?」
ライラが訊いてくる。ライラの肌は艶々としている。
対するオレは、少しゲッソリとしていた。
原因は、昨夜ライラにさんざん搾り取られたからだ。
何がとはあえて云わない。
「そうだなぁ……」
オレは昨夜のこともあり、部屋で休みたかった。
しかしせっかく港町に来たんだし、何もしないのももったいない。
それに、オレが部屋で休んでいたら、きっとライラも一緒に部屋に来るだろう。観光できないのはライラに気の毒だし、もしかしたらまたライラに搾り取られるかもしれない。
「せっかく港町に来たから……観光していこうか」
「賛成! 朝食を終えて準備できたら、すぐに行こうよ!」
ライラは笑顔で、朝食を口に運んでいく。
少し身体が重かったが、オレはライラの為にも、観光に出ることにした。
オレたちが、ニューオークランドを歩いていると、偶然にもニューオークランド・パイレーツの船長風の男と出会った。
「あなたは!」
「おっ、君達は昨日の!」
相手もオレたちに気づいたらしく、近づいてくる。
今はオフなのか、船長風の衣装は来ていない。いたって普通の身なりだ。
「昨日は、本当にありがとうございました。あんなにお客さんからの歓声を貰えたのは、久しぶりです! 申し遅れましたが、私はジャック。ニューオークランド・パイレーツの団長であり、船長です」
ジャックと名乗った男は、お辞儀をした。
それに対して、オレたちも名乗って自己紹介をする。
「こちらこそ、昨日は楽しかったです!」
ライラの言葉に、ジャックは微笑む。
「いい思い出になったのでしたら、幸いです。あれだけの盛り上がりを見せたのは、久々でしたから。それにしても、ライラさんの両親を探すために旅をしているとは驚きました。しかも、今この港町に停車中の、あのアークティク・ターン号に乗っているとは!」
ジャックは目をキラキラさせている。
すると、ジャックはライラを見て何かに気づいたように、表情を変えた。
「……あれ、もしかしてあなたは銀狼族では?」
「……!!」
ジャックの言葉に、ライラは目を丸くする。
オレも同じように、目を丸くした。
この人、銀狼族について何か知っているのか!?
「……そうか。やはり銀狼族なんだね」
ジャックは悟ったように云うと、語りだした。
「実はニューオークランドではかつて、奴隷貿易も行われていて、銀狼族の奴隷が扱われていたこともあったんだ」
ジャックの言葉を聞いて、オレはライラを見る。
ライラは、不安の色を鮮明にしていた。
両親が、もしもどこかで奴隷になっていたら……!?
きっとライラは、そんなことを考えているのかもしれないと、オレは思う。
「……少し、お時間を頂戴してもいいかな?」
ジャックの言葉に、オレたちは首をかしげる。
「両親がどこにいるのか、手がかりがつかめるかもしれないんだ」
「本当!?」
ライラが訊くと、ジャックは頷いた。
ジャックに連れられて、オレたちがやってきたのは、港町の少し離れた場所にある、占いの館だった。
「海賊で有名なニューオークランドだが、その海賊たちが頼っていた占い師の子孫が、今でもここで占いをしているんだ。隠れた名所さ」
ジャックがそう云って、オレたちを占いの館へと連れ込む。
占いの館に入ると、1人の獣人族の老婆が出迎えてきた。
老婆は黒いローブを身に纏い、ヨボヨボで杖をついていた。
その姿は、どこからどう見ても魔女そのものだ。
「マギー。あんたに頼みがある」
「ジャックじゃないか。頼みとは、一体なんじゃい?」
しわがれた声で、マギーという老婆が訊く。
「この銀狼族のライラという娘の両親が、生きているかどうかを占って欲しい。それと、奴隷になっているかどうかも。代金はオレが支払うから」
「いいんですか!?」
ジャックは、頷いた。
なんて気前がいいんだと、オレは思った。
「あぁ。昨日の演劇を盛り上がらせてくれたお礼だ」
「ありがとうございます! お願いします!」
ライラがお礼を云って頭を下げると、マギーは頷く。
「わしにまかせておれ」
マギーはそう云って、ライラをテーブルを挟んで目の前に座らせた。テーブルの上には水晶玉が置かれていて、マギーは水晶玉に手をかざす。
「これは我が一族に受け継がれ、魔力と霊力を秘めた水晶じゃ。過去、現在、未来。全てを見通す。古の時代から、海賊たちにも恐れ敬われてきたのじゃ」
マギーが呪文を唱えながら、水晶玉に力を送り続ける。
オレとジャックは、それを後ろから見守っていた。
やがて、水晶玉が光を帯び始める。
そして、マギーがカッと目を見開いた。
「見えたぞ!!」
マギーは叫び、ライラに目を向ける。
「ライラよ……そなたの両親は、ちゃんと生きておるぞ……!」
その言葉に、ライラの表情が明るくなった。
「本当ですか!?」
「本当じゃ。奴隷にもなってはおらぬ。今も、2人一緒に暮らしておるぞ……!」
「よ……良かった……!!」
マギーの言葉に、ライラは安堵する。
「さすがは銀狼族じゃ! 一生を捧げるほど尽くすのは、本当じゃのぅ!!」
「あの! わたしのお父さんとお母さんは、どこにいるのですか!?」
オレは生唾を飲み下す。
それはオレも、知りたい情報だ。
どこにライラの両親が居るのかによって、あとどれだけアークティク・ターン号で旅をすればいいのかの目安になる。
しかし、水晶玉が帯びていた光が消えていった。
光が消えると、マギーは水晶玉にかざしていた手を離す。
「すまんが、それは分からぬ。占ってくれと頼まれたことが、生きているかどうかと、奴隷になっているかどうかの2つだけじゃったからな。それに、今回はジャックの頼みじゃ。これ以上はさらに力を使うから、別料金を貰いたいが……」
「そうですか……」
ライラは残念そうに、獣耳をダランと垂らす。
オレはそっと、ライラの肩に手を置いた。
「ライラ、両親が生きていて、奴隷になっていないことが分かっただけでも、かなりの収穫だ! また明日から、アークティク・ターン号で北大陸を目指そう!」
「……うん!」
ライラは目元を拭い、明るい表情で云った。
翌日。オレたちはホテル・バッカニアをチェックアウトして、アークティク・ターン号の個室へと戻って来た。
そして12時に、アークティク・ターン号は走り出し、大陸間鉄道橋を通って、東大陸へと向かっていく。
その様子を港から眺めている2人の人影。
ジャックと、マギーだった。
「あんた、本当は見えてたんだろ?」
ジャックの問いに、マギーは頷く。
「その通りじゃ。あの銀狼族の娘の両親が、どこにいて何をしているかものぅ」
「どうして云ってあげなかったんだ?」
すると、マギーは口元を緩め、楽しげに笑う。
「旅は長い。結末を先に知ってしまったら、面白くないじゃろう?」
「……それもそうだな」
東大陸に向かっていくアークティク・ターン号に、2人は手を振った。
第7章~西大陸旅立ち編~完
第8章へつづく
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