第86話 大荒野地帯
どこまでも果てしなく広がっている荒野。
そこを走り抜ける、アークティク・ターン号。
そしてそれを出迎えるようにそびえたつ、いくつもの岩の柱やアーチ。
初めて見た、西大陸中部の景色。
まるで別世界に来てしまったように感じられる。
「すごい景色……」
「あぁ……まるで異世界だな」
ライラの言葉に、オレはそう返す。
どこまでも荒野が続いていて、全くといっていいほど景色が変わって行かない。
最初のうちこそ、オレたちは荒野を見つめ続けていたが、どこまでも広がる荒野に飽きてくると、リバーシをしたり、雑誌を読んだりした。
汽笛が鳴り響いた。
防音仕様になっている個室の中に居るのに、聞こえてきた汽笛に、オレとライラは驚く。普段は微かに聞こえてくる程度なのに、今のはかなりはっきりと聞こえた。
何か、よくないことが起きたのかもしれない。
気がつくと、オレとライラは窓に駆け寄っていた。
外を見ると、馬に乗った人々が列車に向かってくるのが見える。
キャラバンやジプシーにしては、大きなホロ掛けの馬車が見えない。
「待てよ、あれは……!」
馬にまたがっている人を見たオレは、過去に読んだ本と、グレーザー孤児院で受けた授業の内容を思い出した。
「ナヴィ族だ!」
そうだ。ナヴィ族だ。
西大陸の荒野に暮らす人々で、移動生活をしている種族だ。
馬を巧みに操る乗馬術を持ち、広い荒野を移動生活している。
もしかしたら、オレたちは移動中のナヴィ族に遭遇したのか?
だとしたら、ものすごくラッキーだ。
「ナヴィ族?」
「孤児院時代に、本と授業で習ったんだ。西大陸の荒野で暮らす、移動民族だ」
「でも、何をしに来たのかしら?」
「多分、アークティク・ターン号を見に来たんじゃないかな?」
オレたちがそう話している間に、ナヴィ族たちはさらに近づいてきていた。
馬にまたがったナヴィ族は、アークティク・ターン号に向かって手を振ってくる。
敵意などは、全く感じられない。
「……これだけ手を振られているのに、振り返さないのも悪いな」
「そうね!」
オレは窓を開けると、少しだけ身を乗り出して、手を振り返す。
手を振り返されて嬉しくなったのか、多くのナヴィ族が笑顔で手を振り出した。
なんて平和な光景なんだろう。
オレたちは思わず、口元を緩めた。
すると、1人のナヴィ族の若者が列車に近づいてきた。
若者はなんと、オレたちの所へと向かってくる。
「な、なんだ!?」
オレたちが驚いていると、若者は革製の袋を差し出してきた。
中には何かが入っているらしく、底の方が膨らんでいる。
「う、受け取れと……?」
オレが訊くと、ナヴィ族の若者は頷いた。
拒否する理由も無い。
オレはありたがたく、その革製の袋を受け取った。
「ありがとう!!」
「元気でな! また会おうぜ!」
若者はそう返して、列車から遠ざかって行く。
それから少しして、ナヴィ族は全員が列車から離れて行った。
「ビートくん、いったい何を受け取ったの!?」
「わからない。中身を確かめてみないことには……」
オレは袋を床に置き、麻縄で閉じられていた袋の口を開いた。
そして袋の中に手を入れ、中に入っているものを引き出す。
「これは……!」
中から出てきたのは、ジャーキーだった。
袋の中を見ると、同じようなジャーキーが大量に入っている。
「ジャーキーじゃない!」
ライラが目を輝かせる。
「食べてみようか?」
「もちろん!!」
オレがジャーキーをもう1本取り出すと、ライラはそれをひったくるようにして受け取った。
そしてオレたちは、ジャーキーをかじる。
荒野牛の肉で作られたもので、旨味と肉の味が強めだった。
かなりワイルドな味を、オレたちは楽しむ。
「けっこう肉の味が強いね……」
「でも、美味しい!」
ライラは、ジャーキーに舌鼓を打っている。肉の味が濃い方が、ライラの好みらしかった。
「それにしても……」
オレは袋の中を覗き、悩んだ。
タダでもらえたのは嬉しかったが、ジャーキーの量は多く、とても消費しきれない量だった。
それはライラも同じらしく、袋の中を見ると、少し困った表情になった。
「これ、どうしよう?」
「腐らせるのももったいないし……そうだ!」
渡すのにうってつけな人を思い出し、オレは自分たちで食べる分を別の袋へと分け始めた。
「すいませーん!」
ジャーキーの入った革製の袋を手に、オレたちはクラウド家の特等車を尋ねる。
「はい、どちら様で――あっ、ライラさんにビートさん!」
メイヤが、驚いた表情を見せる。
「メイヤちゃん、久しぶり」
「お久しぶりです! 本日は、どのような御用で……?」
「実は、ナッツ氏に会いたいんだけど……」
オレが云うと、メイヤはすぐに頷いた。
「かしこまりました。それでは、中へどうぞ!」
オレたちは、メイヤに案内されて、特等車の中へと通される。
特等車の中では、ナッツ氏が子どもたちと遊んでいた。
「旦那様、ビートさんとライラさんです」
「おぉ! ビート氏にライラ夫人!」
「突然すみません」
オレが一礼すると、ナッツ氏はいつもの笑い声で応えた。
「はははははっ! 気にしないでくれたまえ! 今日はどのようなご用かな?」
「先日のお茶会のお菓子のお礼として、こちらをおすそ分けにと……」
オレはそう云って、ジャーキーの入った革袋を差し出す。
「ほう、これは……?」
「ジャーキーです。お口に合えば良いのですが……」
「なんと! ジャーキーか! ありがとう!!」
ナッツ氏は大喜びで受け取り、オレたちの目の前で袋の口を開け、中のジャーキーを見た。
すると、ナッツ氏の目の色が変わった。
かなり驚いている。
オレたちは一瞬、渡してはいけないものを渡してしまったのかと不安になった。
「これはすごい! ナヴィ族だけしか作れない荒野牛のジャーキーではないか! クラウド茶会でも、手に入れるのは難しい代物だ。一体、どうやってこれを手に入れたのだ!?」
「実は……」
オレは、ジャーキーを手に入れた経緯をナッツ氏に話す。
すると、ナッツ氏はさらに驚いた。
まるで信じられないという目で、オレたちとジャーキーを交互に見た。
「すごい! ビート氏にライラ夫人、ナヴィ族から直接に荒野牛のジャーキーを贈られるというのは、名だたる冒険者でもなかなかないことだ! これを、本当に頂いてもいいのか!?」
「どうぞ。いつもナッツさんにはお世話になっていますから」
オレたちが頷くと、ナッツ氏は満面の笑みで頷いた。
「ははははっ! それでは、遠慮なくいただこう! ありがとう! またお茶会に誘うから、是非来てくれたまえ!!」
夜になると、明かりが無い荒野は星明りで照らされる。
いつか見たような満点の星空に、オレたちは個室を暗くしてブラインドを上げて、天体観測を楽しむ。
いいムードになってきたからか、ライラは静かに歌い出した。
オレはライラの歌声に耳を傾ける。
ライラの歌声を聴いていると、気持ちが穏やかになっていった。
「ん~いい歌だったよ」
ライラが歌い終えると、オレは拍手をしながらライラを褒める。
「ありがとう! じゃあ、もう1曲どうかしら?」
「お願いします」
オレは即答する。
そしてライラは、それに笑顔で応えて再び歌い出した。
それから数日後、アークティク・ターン号は大荒野地帯を抜けた。
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次回更新は、7月12日21時更新予定です!





