第85話 カロライナ領クーツ地方オレウジュ
アークティク・ターン号の汽笛が鳴り響く。
オレはベッドから起き上がり、ブラインドを少し上げて、前方を見た。
アークティク・ターン号の向かう先に、街が見える。
「あれがオレウジュか……」
すると、オレの身体に誰かが抱き着いてきた。
すぐに始まったふがふがに、振り返らなくても誰なのかはっきりと分かった。
「ライラ、おはよう」
「えへへ……おはよう、ビートくん」
ライラはそう云うと、再びオレの匂いを嗅ぎ始める。
「ライラ、今は少し我慢してくれ」
「えー、どうして?」
「ほら、後ろ」
オレがライラに促し、後ろを振り向かせる。
床では、ボニーとクライドがまだ眠っていた。
「もし起きてきたときに、オレたちがベタベタしているのを見られるのは、困るだろ?」
「うーん、でも……」
「オレウジュに着いたら、好きなだけふがふがしていいからさ」
その一言に、ライラは尻尾をブンブンと振った。
アークティク・ターン号がカロライナ領クーツ地方オレウジュに到着する。
列車の乗降口が開き、乗客が待ってましたとばかりに次から次へと降りていく。
オレウジュでは、24時間停車するようだ。
その証拠に、駅員たちが「24時間停車」と書かれたプラカードを持ってホームを歩いている。
オレとライラも、ボニーとクライドを連れてアークティク・ターン号から降りた。
そのまま改札を抜け、オレウジュ駅を後にする。
「ボニー、クライド。オレたちが同行できるのは、ここまでだ」
そう。ボニーとクライドとは、ここで別れなくちゃいけない。
オレウジュ駅までは、ブルカニロ車掌が協力してくれて、連れてくることができた。
しかし、ここから先はボニーとクライド次第だ。
「これから、どうするの?」
「2人が寝ている間に、ボニーといろいろ考えました。俺達は、これから冒険者協同組合に行って、冒険者登録を行おうと思っています」
「冒険者なら誰でもなれるし、クエストの種類も豊富だから、私達にもできるクエストが見つかるかもしれないと思ったの!」
ライラの問いに、ボニーとクライドはそう答える。
それを聴いたオレたちは、目を細める。
これなら、きっと大丈夫だろう。
すると、ボニーがライラの手を取り、クライドがオレの手を取った。
「ビートさん、ライラさん。あなたたちは命の恩人です!」
「次お会いした時は、必ず助太刀いたします!」
ボニーとクライドが、オレたちにそう云う。
「ああ、ありがとう……」
「無理しないでね……」
オレたちがお礼を告げると、ボニーとクライドは冒険者協同組合の建物へと入って行った。
きっとあの2人なら、協力してやっていけるだろう。
オレたちは、2人を清々しい気持ちで見送った。
ボニーとクライドと別れたオレたちは、オレウジュを観光していく。
オレウジュは、西大陸中部に広がる農村地帯の中にありながらも、ある程度発展している場所だ。大規模な農作物の出荷場や農場があり、のどかな農村と都会的な雰囲気が同居している。
「あっ、ビートくん!」
オレとライラがオレウジュを進んでいる途中で、ライラが立ち止まった。
ライラの視線の先には、美容院が見える。
「わたし、そろそろ髪と尻尾の手入れをしたいの」
ライラの言葉に、オレはハッとさせられる。
そうだ。ライラだってオレの嫁だが、それを除けば年頃の女の子だ。
普段接している相手がオレくらいとはいえ、オシャレにだって興味があるに違いない。以前、アルトで同じくらいの年齢の着飾った少女を見て、羨ましそうな目をしていたことを、覚えている。
それに、ライラにはいつも美しくいてほしい。
「じゃあ、寄って行く?」
「いいの? ビートくん、待っている間はどこかで時間潰す?」
「いや、付き添いで待っているよ」
オレはそう云って、ライラと共に美容院へ入った。
「お客さん、銀髪とは珍しいですね~」
獣人族豹族の女性美容師が、ライラの髪をとかしながら云う。
「ありがとうございます。そうですか?」
「はい。この辺りでは、滅多に見ないんです。それにお客さんは美人ですから、羨ましいですよ。私が男だったら、黙っていません」
「告白してもダメですよ~。わたしには最愛の人がいるんですからね~」
ライラと美容師の会話を、オレは入り口近くにあるイスで雑誌を手に取りながら訊いていた。
相変わらず、ライラはオレの事しか頭にないらしい。
「今日は、尻尾もお手入れされますか?」
「はい、お願いします!」
ライラは即答した。
きっと、ライラの尻尾はさらにモフモフになって戻って来るに違いない。
オレは自然と、口元が緩んだ。
いかんいかん。
公共の場で口元を緩めていると、危険人物とみなされて騎士団に通報されるかもしれない。
オレは慌てて、雑誌に視線を落とした。
「ん? これは――」
雑誌を見ると、女優やモデルの写真がいくつも載っていた。
写っている人は皆、オシャレだったり、ポーズを決めたりして誘惑しているように見える。女優やモデルだけあって、みんな美人だ。
オレは雑誌の女優やモデルを見てから、美容師に髪を手入れしてもらっているライラに視線を移す。
そして、1つの結論を導き出した。
「ライラの方が美人だな」
オレには、女優やモデルのような美人よりも、ライラの方が美人に見えた。
なんだか、少し眠くなってきたな。
雑誌を閉じて隣のイスに置くと、オレはそっと目を閉じてウトウトし始めた。
「ビートくん!」
オレはライラに呼ばれて、目を開ける。
いつの間にか目の前には、美容師の手によって、見違えるような美しさを手に入れたライラがいた。
最近の美容師って、すごい技術を持っているんだな。
感心している途中で、オレはおかしいことに気がついた。
ライラの首に下がっているはずの、婚姻のネックレスが無い。
「あれ? ライラ、婚姻のネックレスは?」
髪を手入れしてもらうときに、外したまま置いてきてしまったのだろうか?
オレがそんなことを考えていると、ライラが口を開いた。
「ビートくん、ゴメンね。わたし、他に好きな人ができたの」
「好きな人!?」
オレの身体に、衝撃が走った。
すると、1人の銀狼族の男がどこからともなく現れる。二枚目顔で、ライラと並ぶと絵に描いたような美男美女のカップルになった。
男は、ライラの首に婚姻のネックレスを取り付けた。オレがライラに贈ったものとは全く違う形のものだ。
「やっぱり、同じ種族同士で結びついた方が、いいと思って」
ライラは、男の腕に抱きつく。
「ビートくん、今までありがとう。さようなら」
「ライラ!!」
オレが止めようと叫ぶが、ライラの耳には届かない。
ライラは銀狼族の男と共に、ライラはどんどんオレから遠ざかって行く。
何も云えない。何も見えない。何も考えられない。
オレの目の前は、真っ暗になって行った。
「ビートくん!」
「わあっ!?」
ライラの声に、オレは目を覚ます。
目の前には、髪と尻尾がツヤツヤになったライラがいた。
ライラからは、シャンプーのものらしくいい匂いがする。
「ライラ……?」
「ビートくん、眠っていたみたいだったけど……?」
「ライラッ!!」
オレは慌てて立ち上がり、ライラの首元を確認する。
婚姻のネックレスが、下がっていた。
そしてすぐに、オレは自分の首元を確認する。
そこにはちゃんと、同じ婚姻のネックレスが下がっている。
さっきのは……夢、だったのか……?
「よ、よかった……」
オレは安心して、胸を撫で下ろす。
「ビートくん、どうしたの……?」
「ライラが、他のイケメン男と婚姻のネックレスを交わして、オレの元を去っていく夢を見た……」
オレは正直に、見た夢の内容を話す。
「夢で良かったね」
ライラはそう云うと、オレの腕に抱きついてくる。
「わたしはビートくん以外と結婚する気なんか無いわよ。それにビートくんが贈ってくれた婚姻のネックレスは、わたしにとって命と同じくらい大切なもの。絶対に外したりしないから、安心して」
そうだ。ライラがオレの元を去っていくなんて、あり得ない。
こんなにも、ライラはオレの事を好きでいてくれるんだから。
「ありがとう、ライラ」
「ねぇ、わたしの尻尾、触ってみたい?」
オレの前に、ライラが自分の尻尾を差し出してくる。
「プロの美容師さんに手入れしてもらったばかりだから、いつも以上にモフモフのツヤツヤよ」
「おぉ! それじゃあ早速……!」
オレはライラの尻尾へと、手を伸ばす。
そこに待つのは、楽園に間違いない……!
そのとき、美容院の店員が慌てた様子でやってきた。
「お客様、店内でそういうことは……ちょっと……」
「あ、ゴメンなさい」
オレはすぐに謝り、ライラを連れて美容院を出た。
尻尾を触るのは、2等車の個室に戻るまでの、お預けになってしまった。
列車に戻ってくると、オレはライラの尻尾をモフモフする。
「はぁ~、ツヤツヤでモフモフだぁ……!」
時折匂いを嗅ぎながら、オレはライラの尻尾のモフモフを堪能する。
オレが尻尾をモフモフしていると、ライラは時々喘ぐような声を出した。
「あんまり強く握っちゃダメだからね?」
ライラの言葉に、オレは頷く。
強く握ってライラがまた力を無くしてしまうと、また薬草の魔女ことラベンダーにお願いしなくちゃいけなくなる。
「初めてライラの尻尾に触った時のことを思い出すよ」
「今も昔も……ビートくん以外の人に……触らせたこと、無いからね……っ!」
ライラが、顔を紅くして云う。
オレ以外に、誰にも触らせたことが無い。
つまり、ライラの尻尾は、オレ専用――!?
「オレ専用かぁ……嬉しい」
それからしばらくして、オレは十分ライラの尻尾を堪能した。
「明日からは、荒野を東へと向かうことになる」
オレはそう云って、目の前の夕食であるチリミートビーンを口に運ぶ。
オレウジュのレストランで、オレたちは夕食を食べていた。オレウジュは新鮮な野菜がすぐに入手できるためか、野菜を多く使った料理が多い。
オレは野菜が多いのも好きだが、ライラはもう少し肉が欲しいらしく、追加で揚げた鳥の足をオーダーしていた。
「大荒野地帯が、ここから先には広がっているんだ。そこを抜けたら、西大陸東部の港町、ニューオークランドに辿り着く。ニューオークランドを出たら、西大陸とおさらばして、次はいよいよ東大陸だ」
「東大陸は、工業が進んでいるって聞いたことがあるわ」
ライラの言葉に、オレは頷く。
「その通り。工業が進んでいるから、4つの大陸から仕事を求めて人が集まって来る。そのおかげで、人口密度はかなり高いらしい。もしかしたら、ライラの両親のことを知っている人に、出会えるかもしれない」
「本当!? 会えるなら会いたい!」
「確実に出会える保証はないけど、東大陸では、聞き込みをしてみようか」
そう決めたオレたちは、西大陸中部の名物料理であるチリミートビーンを食べ進めた。少しピリッとしたチリミートビーンは、食欲をそそる料理だった。
オレたちがオレウジュに到着してから24時間後。
オレたちを乗せて、アークティク・ターン号は再び走り出す。
オレウジュの駅を出発すると、アークティク・ターン号は再び農村地帯を走り始めた。景色は農村から、やがてトウモロコシ畑へと移り変わって行く。
そしてトウモロコシ畑が広がる地域を抜けると、地平線まで広がる荒野がオレたちを出迎えた。
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次回更新は、7月11日21時更新予定です!





