第81話 操車場にて
「操車場だ!」
オレが窓の外を見て叫ぶ。アークティク・ターン号の窓の外には、広大な操車場が広がっていた。何本ものレールが敷かれ、あちこちから集まってきたであろう機関車や貨車、無人の客車が待機している。
操車場は、鉄道貨物組合のクエストでも何度か訪れたことがある。オレにとっては、なじみ深い場所だ。
「ビートくん、操車場って、なに? 何をする所なの?」
ライラが首をかしげながら訊く。
同じ駅とはいえ、ずっとレストランでウエイトレスとして働いていたライラにとっては、操車場はなじみが無くて当たり前だ。その疑問は最もだった。
「操車場は、列車や機関車の入れ替えを行う場所だよ。ここで列車を切り離したり、連結させたりして列車の編成を行うんだ。鉄道貨物組合でクエストを請け負った時、何度か来たことがあるけど、いくつもの列車を移動しながら荷物を載せていくのは、結構面白かったよ」
そのときのことを、オレは思い出していた。
まるでパズルをやっているようで、オレは重い荷物でもさほど苦にはならなかった。
「面白いの!? 楽しそう!」
「だけど、不意に機関車が走って来たりするから危ないよ。一歩間違えたら轢かれていたようなことは、何度かあったから」
オレの言葉に、ライラは顔を青くする。轢かれると聞いて、オレが肉片になった姿でも想像したのだろうか?
すると、列車が大きく揺れた。それまで走っていたレールから、横を併走しているレールへと列車が移動していく。そしてさらに、動く景色が少しずつゆっくりになっていく。
明らかに、スピードが落ちていた。
「停まるのっ!?」
「ああ、大丈夫だよ」
オレの言葉に、ライラは首をかしげた。
「昨日、車掌さんと話した時に聞いたんだけど、操車場で一時停車するんだってさ。どうやら、西大陸を走る高速貨物列車の通過待ちをするらしいよ」
「通過待ち?」
「うん。別の列車を先に通すことだね」
そして、列車がゆっくりと停止した。
先頭の方から、蒸気を抜くプシューという音が聞こえてくる。
「初めての事ね~」
「そうだな。しばらくは停車するはずだから、動き出すまで食堂車で食事でもしようか」
「賛成!」
オレとライラは、食堂車に向かうために、個室から出た。
食堂車に入ると、思ったよりも空いていた。
好きな席に座れるため、オレたちは眺めのいい窓際の席に座る。
すぐにウエイトレスが、注文を取るためにやってきた。
「いらっしゃいませ。ご注文をお伺いします」
「グリルチキンを2つお願いします!」
オレが注文を告げる前に、ライラが先に注文を決めてしまった。
「グリルチキンがお2つ。以上でよろしかったですか?」
「はい!」
「かしこまりました」
ウエイトレスが一礼をして立ち去る。
「ライラ、オレにも注文とらせてよ」
「ゴメンね。つい嬉しくて、食べたいものを口走っちゃった」
ライラはそう云って、軽く舌を出す。
「今度、何かサービスするから」
「わかったよ」
オレは結局、ライラには甘い。
ライラが何をやっても、最終的には強く責めることができないのだ。
やがて、2人分のグリルチキンが運ばれてきて、オレたちは食事を始めた。
オレたちがグリルチキンを食べていると、隣のレールをゆっくりと他の列車が走ってきた。
どうやらあの列車が、通過する貨物列車のようだ。
あと少しで、アークティク・ターン号も動き出すなと、オレは思った。
しかし、それにしてはやけにゆっくり走っている。
走って飛び乗ることが出来そうなほどの速度だ。
なんだか、おかしいな。
普通通過する貨物列車は、猛スピードで走って行くはずなのに。
「……いや、待て!」
オレは思わず、フォークとナイフを置いて立ち上がった。
そもそも、通過する貨物列車が通るはずの本線じゃないぞ!
あの惰行速度で走る列車は、アークティク・ターン号が停車しているレールと同じ、操車場のレールだ!
「ビートくん、どうしたの?」
ライラが訊くが、オレは惰行列車に意識を奪われていた。
その時、車掌が駆けこんできた。
「お客様にお知らせします! ただいま、隣の線路を操縦不能になった列車が走行しています! くれぐれも、列車から降りないでください!」
食堂車にいた乗客たちの表情に、緊張が走る。
「ビートくん、大変!」
「ライラ、伏せているんだ!」
オレは咄嗟にそう云うと、食堂車の窓を開けてソードオフを取り出した。
中に装填されているショットシェルが、スラッグ弾であることを確認し、機関車へと向ける。こうなったら、機関車を脱線させて停めるしかない。
慎重に狙いを定め、オレは引き金に指を掛ける。すでに機関車は通り過ぎているが、まだ間に合うはずだ。
「ビートくん、あれ!」
ライラが指し示した方向に目を向けると、オレは目を見張った。
機関車が牽いている列車には、大量の乗客が乗っていた。
乗客たちは不安な表情を浮かべていて、乗客には女性や子供が多い。
それを見てしまったオレは、ソードオフを引っ込めた。
脱線させるのはダメだ。
最悪の場合、死人が出てもおかしくない。
「くっ……!」
オレはソードオフをしまうと、駆け出した。
「ビートくん!」
ライラがオレを呼ぶが、オレは振り返らず食堂車を出た。
デッキに出ると、オレはドアを無理やり開けて車外へと飛び降りる。
まだ列車は、惰行している。
何が何でも、停めてやる!
オレは、先頭の機関車に向かって走り出した。
惰行しているおかげか、オレが走っても客車を追い抜いていくことができた。
オレは走りにくいバラストの上を必死になって走る。
息が上がり、足が疲れてくる。
だがこのままでは、どこかのポイントか引き込み線で、脱線してしまうことは確実だ。
最悪の場合、本線に出てしまい、貨物列車と衝突することだって考えられる!
そうなったら、アークティク・ターン号にも被害が出るかもしれない。
もしもそれで、ライラに何かあったりしたら――!
オレは自分にムチ打ち、必死に走る。
「ぬおおおお!!」
次々に客車を追い抜いていき、やがて先頭の機関車が見えてきた。
「あれだ!」
やっと、本丸が見えてきた。
オレは石炭車の横を通り抜け、機関車の運転室に乗り込むためのハシゴに飛び移る。
「うわっと!」
しかし、レールのつなぎ目で機関車が揺れ、オレはふるい落とされた。
バラストの上に転がり、身体に痛みが走る。
「痛ってぇ……!」
失敗かよ。
そう思ったが、オレはすぐに立ち上がって再び機関車を追いかける。少し距離が空いてしまったが、なんとかまだ間に合うはずだ。
オレは再び運転室に乗り込むためのハシゴに手を伸ばした。そして、手すりを左手で捕まえる。
よし、いいぞ。
オレはそのままハシゴに飛び移り、落とされないように手に力を入れて、運転室へとハシゴを登った。
「機関士さん!?」
運転室に入ったオレは、絶句した。
機関士が、どうしたことか床に倒れている。
気を失っているのか、死んでいるのか全く分からない。
そして必ずいるはずの、機関助士は姿すら見えなかった。
なぜ機関士が倒れているのか。
なぜ機関助士がいないのか。
気になることは多いが、今はそれを考えている場合ではない。
一刻も早く、この惰行列車を停めなくては!
オレは機関士席に座り、2つあるブレーキのうち、単独ブレーキを作動させた。機関車の車輪から金属音がして、列車の速度がさらに落ちる。
そしてすぐに、自動ブレーキも作動させた。
列車の速度はさらに落ちていく。
そして惰行列車は、オレが作動させたブレーキでようやく停止した。
惰行列車が停まると、すぐに鉄道員や鉄道騎士団が集まってきた。
鉄道員によって機関車の点検が行われ、鉄道騎士団が原因を調べたり、ケガをした乗客がいないか各車両を回っていく。
オレは鉄道騎士団から事情聴取を受けた後、アークティク・ターン号の食堂車に戻った。
食べかけのグリルチキンは、すっかり冷めてしまっただろうな。
しかし、オレを待っていたのは、冷めたグリルチキンではなかった。
「おわっ、なんだこりゃ!?」
オレを待っていたのは、乗客たちからの大歓声だった。
まるでスターが登場したかのような熱い大歓声に、オレは驚く。
「君はすごいぞ!」
「事故を未然に防いだんだ!」
「ありがとう! 本当にありがとう!」
乗客たちはオレを褒め称え、中には握手やサインを求めてくる人までいた。
オレは反応に困りながらも、それに応えた。
オレのサインなんて、欲しがる人がいるのかな?
そう思ったが、悪い気などしないオレは、サインにも応じた。
だけど、ライラの姿が見えないのは、なぜだろう?
オレはそれが気になった。
「ありがとうございました!」
サインや握手がひと段落すると、ブルカニロ車掌がオレに頭を下げてきた。
「お連れ様が、個室でお待ちしていると、伝言を預かっております」
「あっ、ライラが!?」
そうか、もう個室に戻っていたのか!
そうと分かれば、こうしちゃいられない。
オレは握手とサインを打ち切ると、個室に向かった。
2等車の個室に辿り着くと、オレはドアを開ける。
「ライラ!」
「ビートくん!」
ライラがベッドから立ち上がる。
オレがドアを閉めると、それを待っていたかのようにライラが抱き着いてくる。
「ビートくん、ビートくん!」
「ライラ、落ち着いてよ」
「ビートくん、すっごくカッコ良かったよ!」
ライラが尻尾を振りながら、オレに云う。
「そ、そうか……?」
「うん! すごくカッコ良かった!!」
「えへへ……」
オレは思わず、ニヤついてしまう。
大好きなライラから手放しで褒められて、喜ばないわけがない。
「今夜は、いっぱいサービスしてあげるからね!」
「お、お手柔らかにな……?」
少しだけ、自分の身体が心配になった。
後でわかったことだが、列車が惰行した原因は、機関士が急に倒れた事だった。操車場内部を移動させるだけだったため、機関助士は最初から乗っていなかったらしい。
しかし、なぜ機関士が倒れたのかは分からなかった。
持病を持っていたわけでも、変なものを食べたわけでもない。
原因は、どうしても分からないままだった。
そして貨物列車が通過すると、アークティク・ターン号はゆっくりと動き出した。
本線に戻ると、徐々にスピードを上げて行き、列車は西大陸の東部に向かって走り出す。
次の停車駅は、西大陸中部の街、ルッコーだ。
「次の街では、観光ができたらいいな……」
オレは淡い期待を抱きながら、次の街の方角を見つめた。
西大陸の東部へと向かって走って行くアークティク・ターン号を、高台から1人の男が見つめていた。
男はコートを着込んでいて、咥えていたタバコを地面に落とし、忌々しく踏みつぶして火を消した。
「くそっ……次こそは、絶対に……!」
男はマントを翻すようにして、コートをなびかせると、馬車に戻った。
馬車はすぐにその場から走り去って、地平線の彼方へと消えて行った。
第6章 西大陸騒動編~完~
第7章へつづく
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次回更新は、7月7日21時更新予定です!





