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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第6章
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第79話 嵐の中で

 オレは妙な物音で目を覚ました。

 何かが窓に当たるような音と、ビュービューという音が聞こえてくる。なんとなく、聞き覚えのある音だ。

 そうだ。これは南大陸で足止めを食らわされた時の、土砂降(どしやぶ)りの雨の音に似ている。


「んー……また雨か?」


 オレの眠気は、すっかり飛んでしまった。

 もう少し、ライラと寝ていたかったのに。

 オレはそう思いながら起き上がり、大きく伸びをする。


 それにしても、ビュービューという音は何だろう?

 列車が風を切る音にしては大きすぎる。

 そういえば、さっきから列車の振動が全くない。これはどういうことだ?


 オレは疑問に思いながらブラインドを開けた。

 その直後、オレは全てを理解した。


「わあっ!? 嵐!?」


 オレは驚いて、思わず声を上げてしまう。

 窓の外は、大嵐だった。


 雨は窓に打ちつけてくる。外はまるで夜のように暗く、空は黒くて分厚(ぶあつ)い雲に(おお)われていた。風は強く、音を立てながら吹いている。時折、遠くで雷が落ちるのも見えたが、雨と風の音が激しすぎて、雷のゴロゴロという音は全く聞こえてこない。

 列車が走る音も振動も聞こえない。

 どうやらこの大嵐で、列車は完全に停車しているようだ。


 オレの声で、ライラも目を覚ました。


「ビートくん……? どうしたのぉ……?」


 若干(じやつかん)寝ぼけた声で、ライラが()いてきた。


「ライラ、外見て外! 大嵐だ!」


 オレの言葉で窓の外を見て、目を見張る。ライラもこれで、眠気が吹き飛んだようだ。

 窓の外の景色に、ライラは空いた口が(ふさ)がらない。


「ビートくん、外の様子が気になるの」

「えっ、こんな大嵐の中に出るの!? 絶対風邪ひくから止めよう!」

「違うの! この個室の外……列車の中がどうなっているのか、知りたいの!」


 あぁ、そういうことだったか。どうやら、オレは勘違いをしていたようだ。

 ただ、ライラの云う通り、オレも列車の中がどうなっているのか、かなり気になっていた。

 この個室は防音になっているため、廊下の物音は(かす)かにしか聞こえてこない。そのためたまに、廊下の様子が気になることがある。


「ちょっと、見てこようか」


 オレたちは、列車の中を偵察してくることに決め、服を着替えて個室から出た。




「わっ!?」


 出た瞬間、誰かとぶつかりそうになる。

 車掌の制服を着ていたことから、車掌に間違いなかった。

 しかし車掌は、こちらに気を止める様子はなく、すぐに1等車の方に向かって走り去って行った。


 廊下はどこもかしこも、人で(あふ)れていた。

 あちこちで乗客が車掌に運行情報を求め、車掌が対応に追われている。

 とても話しかけられるような雰囲気ではなかった。


「ビートくん、どうしよう?」

「……そうだ、ハッターさんのところに行こう。行商人だから、きっと何かしらの情報を掴んでいるはずだ」


 行商人は、様々な最新情報に通じていることも多い。

 常に新しいことを追い求めるのは、商売人としての基本中の基本だと、ハッターから聞いたことがあった。


「そうね、ハッターさんにどうなっているのか訊いてみよう!」


 オレの話に乗ったライラと共に、オレは商人車に向かって歩き出した。

 混雑している列車の中を進むのは容易ではなく、何度もライラとはぐれないように、つい手を強く握ってしまう。

 途中、オレたちは武装した鉄道騎士団とすれ違った。

 鉄道騎士団は、短い剣や警棒、拳銃で武装していた。狭い車内では、長い剣やライフル銃よりも、取り回しが容易な短い剣や警棒、拳銃などの小型武器が好まれている。


 しかし、どうして単なる嵐なのに、鉄道騎士団が出てきているのか、オレは不思議だった。

 ただの警備ならまだしも、小型武器で武装していることを露わにしているなんて。

 もしかしたら、乗客が暴徒化するのを恐れているのかもしれない。

 大嵐とはいえ、いつ動くか分からない列車の中に押しこめられるのは、気分のいいものではないからだ。

 それが3等車とかなら、なおさらだ。


 オレたちは鉄道騎士団の横を通り抜け、商人車へと入って行った。



「よう、お2人さん!! 外は大嵐だが、俺達行商人はこんなときでも商売は止めないんだぜ! ガッハッハ!!」


 ハッターは大きな体を揺らしながら、豪快に笑う。


「ハッターさん、聞きたいことがあるんですか、いいですか?」

「ああ、いいぞ。どんなことだ?」

「大嵐なのはわかっているんですが、どうして列車まで止まってしまったんですか? それに、鉄道騎士団まで武装して出ていましたが、どういうことなんですか?」


 オレがハッターに尋ねると、ハッターは何度か頷いた。


「1つめの質問から答えよう。大嵐っていうのは、雨がひどいだけじゃない。風もひどいんだ。このものすごい風で、列車がカーブにさしかかったりしたときに、風にあおられて脱線しかねないってことで、機関士が列車を停めてしまったんだ。だから今、列車は全く動けない状態になっているんだ。これは車掌から聞いた情報だから、信憑性(しんぴようせい)はかなり高いぞ」


 ハッターからの答えを聞き、オレとライラは顔を見合わせる。

 つまり、列車はいつ動くかさえ、分からないということだ。


「もしかして、嵐が去るまでこのままってこと――!?」

「ま、そういうことだな」


 ライラの言葉にそう答え、落胆(らくたん)した様子を見せるハッター。

 ライラも落胆して、尻尾と耳が力なく垂れ下がる。


「そして2つめの質問の答えだ。嵐で列車が停まっているということは、今この列車は孤立無援状態だ。こういうときは、列車強盗にとってはこの上ないチャンスでもある。列車は120両もあるからな。どこから列車強盗が襲ってきてもおかしくない。だから今は鉄道騎士団が、、武装して警戒に当たっているんだ」

「そうか……それで鉄道騎士団が」


 オレはやっと、鉄道騎士団が武装している理由を理解した。

 こんなときでも襲ってくる列車強盗がいるなんて……。


「ま、こういう日は図書館車で本を読むか、オレたち行商人から買い物でもするかして暇をつぶしていくしかないよなぁ」

「ふふっ、そうですね……」


 ライラが、なぜか微笑んだ。


「それで、何か買っていくかい? それとも売ってくれるかい?」

「ビン入りの紅茶を下さい」

「まいどっ!」


 ライラはビン入りの紅茶を買い求める。

 しかし、オレは見逃さなかった。

 ライラが、避妊薬を一緒に買い求めているのを!


 オレは少しだけ、後ずさりした。




 個室に戻ったオレたちは、携帯食料で食事をとった。

 大嵐が吹き荒れる中、携帯食料を食べていると、なんだか非常事態で食料がこれしかなくなってしまったような錯覚に陥る。


「なんだか、いつもより携帯食料が美味しいのは気のせい?」

「こういう雰囲気に、マッチしているからじゃないかな?」


 オレはそう答え、ブロック状に固められた携帯食料を口の中に放り込んだ。



 オレたちは食事を終えると、列車が動き出すまで部屋でゆっくり過ごすことに決めた。

 本を読んだり、ハッターから購入したリバーシというゲームをしたりして、列車が動き出すのを待った。

 しかし本も読み終え、リバーシにも飽きてくると、自然とスキンシップが始まった。オレがライラを撫でると、ライラはうっとりした表情で尻尾を振り続ける。


 そのとき、雷が落ちた。

 強烈な光と同時に、ゴロゴロという雷の音が聞こえてくる。

 どうやら先ほどまでは遠くで落ちていた雷が、近づいてきたらしい。


(落ちたな……)


 オレはそう思っただけだったが、ライラは違った。


「キャアッ!」


 ライラは叫んで、ベッドに潜り込む。その様子は、まるで怯える子どもそのものだ。


「あれ? ライラって、雷苦手だったっけ……?」


 オレは布団を頭から被るライラに尋ねる。

 グレーザー孤児院(こじいん)に居たときも、嵐が来たことは何度かあった。

 雷が鳴る夜があったことも、1度や2度ではない。

 雷が落ちて、それに(おび)えている子どもたちは何人もいた。


 しかし、オレが知る限り、ライラが怯えている様子は見た覚えがない。

 単純に、見ていなかっただけなのかもしれないが。


「か、雷くらい……!」


 布団からライラは顔を出す。

 その直後、再び雷が落ちた。ゴロゴロという音が、腹の奥まで響いてくる。


「――!!!」


 ライラは布団の中で、尻尾を股に挟んで抱えてしまう。

 どう見ても、今のライラは怯える子犬そのものだ。


 ライラは雷が苦手のようだ。

 グレーザー孤児院では1度も目にしたことが無かったが、どうやらそれはオレが見ていなかっただけらしい。

 知らなかったライラの一面を目にできたな。


「ライラ、大丈夫だよ」


 オレは布団をどけ、尻尾を抱えて怯えるライラの頭を、そっと撫でる。


「列車の中は安全だから。雷が落ちても大丈夫だよ」

「わ、わかっているんだけど……」


 再び、雷が落ちた。


「キャアッ!!」

「おうふっ!」


 ライラが悲鳴を上げて、オレに抱きついてきた。

 むにゅん、とライラの柔らかで豊満な胸が押しつけられ、オレは変な声を出してしまう。


 あぁ、それにしてもなんて柔らかいんだろう。

 それにライラから漂う甘い匂い……。

 まるでマシュマロのようだ……。


「……あっ、ごめんね!」


 ライラが急に抱きついたことに謝り、オレから離れる。

 オレとしては、離れてほしくない。むしろ、もっと抱きついたままでいてほしかったのだが――。

 そのとき、ふとオレの頭にある考えが浮かんだ。


「そうだ!」

「えっ?」


 オレはギュッと、ライラを正面から抱きしめた。


「!!」


 ライラは顔を紅くし、尻尾をブンブンと激しく振る。

 体温も急上昇しているらしく、身体が熱くなった。


「こうすれば、雷も平気だろ?」

「うん……ビートくん、ありがとう」


 ライラはそう云って、オレの胸の中でそっと目を閉じる。

 ライラが落ち着いていることは、微かに伝わってくる心臓の音で分かった。


 それからしばらくして、雷が再び鳴り響いても、オレに抱かれている間は、ライラは一度も雷に怯えることは無かった。




 夜になって雷が去り、雨と風が少し落ち着いてくると、列車もゆっくりと動き出した。

 列車はあまり速度を出せないのか、非常にゆっくりとした速度で走って行く。決して早くは無いが、少しでも前に進んでくれることが、オレたちには嬉しかった。


 すると、どこからかお腹が鳴る音がした。

 それはライラから聞こえてきた。


「えへへ……お腹空いちゃった」

「そういえば、もう夕食の時間か」


 オレは時計を見て呟く。


「そろそろ、食事にしようか」

「今日は何にするの? サーロインステーキ? それともグリルチキン?」


 ライラはウキウキしながら訊いてくる。


「それ、一昨日と機能の夕食じゃないか。今日は魚にしようよ」


 オレたちは夕食を何にするか話しながら、食堂車に向かった。



 その後、夜中のうちに嵐は過ぎ去り、翌日の朝はスッキリした朝日を拝むことができた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は、7月5日21時更新予定です!

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