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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第6章
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第75話 ディアブロと呼ばれた男

 オレが目を覚ますと、最初に目に飛び込んできたのは天井だった。

 どうして天井が――?


 そして次に飛び込んできたのは、ライラ、人族の男、獣人族白狼族の女の3人の顔だった。


「あれ……ここは……?」


 オレは身を起こし、辺りを見回す。

 どうやらここは、どこかの部屋らしい。

 どうしてこんなところに、寝かされているのか?


「ビートくん!!」


 オレはライラに抱きつかれる。ライラに抱きつかれるのはいつものことだが、人前ではできれば遠慮してほしい。


「良かった! もう目を覚まさないんじゃないかと、本気で心配したんだから!」


 涙を流しながら、ライラはオレの胸に顔を埋める。

 胸がくすぐったくなる。どうやらオレの匂いをふがふがと堪能しているらしい。それを目を丸くして見つめる、人族の男と獣人族の女。

 オレは恥ずかしさで汗をかき、それがさらにライラをふがふがさせる悪循環に陥ってしまう。


「ライラ、オレは大丈夫だから」


 オレはライラの頭を撫でる。これなら、ライラは落ち着くはずだ。

 そしてオレの目論見通り、ライラは落ち着きを取り戻し、顔を上げて「えへへ」と笑顔を見せるようになる。


「本当に、申し訳ありませんでした!!」


 すると、それまで目を丸くしていた人族の男と獣人族の女が、思い出したようにオレに頭を下げた。

 オレは何が何なのか全く分からず、軽く混乱する。


「あの、オレはどうしてここに……?」

「私はアルト・フォルテッシモ楽団の団長をしております、ヨハンと申します。あなたに何があったのか、全てをお話しします!」


 ヨハンと名乗った男が、オレに起きたことを語ってくれた。


 オレは、ディアブロという男のの手下が来たと思い込んだ若い団員に箒で殴られ、気を失って倒れたらしい。オレがディアブロの手下ではないことがライラの言葉で分かり、慌ててこのアマデウスホールの仮眠室に運び込まれ、マリアという獣人族の女性の応急処置を受けて、目を覚ますまでここに寝かされていた。

 その間、ライラはずっとオレの側を離れなかったらしい。


「そうだったんですか……」


 何が起きたのかはっきりしたことで、オレは不安が消えた。

 とりあえず、ライラを人質に取られたり、持ち金を奪われたとかではないようだ。


「あなたを殴った団員は、こちらできつく叱りつけておきます」

「私たちの責任です。どうか、許してください」


 ヨハンとマリアが、再び頭を下げる。


「それよりも、さっき話していた『ディアブロ』ってなんですか?」


 オレが尋ねると、ヨハンとマリアが身体を震わせ、表情が凍りついたように固まった。明らかに、ディアブロというものに対して怯えているようだ。

 名前かどうかは分からないが、それだけで怯えるなんてよほどのことだろう。


「無理にとは云いません。もしよろしければ、教えて下さい」

「……あなたたちには、特別にですがお話しします」


 ヨハンが、ひねり出すように告げた。


「その代り、内密にしていただけますか?」

「えぇ、分かりました」


 それが条件なら、どうってことはない。

 オレは承諾し、ベッドから抜け出した。




 オレたちは改めて自己紹介をした。

 そのときにオレとライラは、マリアが白狼族であると知った。


「白狼族……なんですね……」

「えぇ。それが、どうかしたの?」

「いえ、銀狼族かと思っていました……」


 ライラは少し残念そうに云う。

 どうやらライラは、マリアを見て同じ銀狼族かと思っていたらしい。

 オレはライラをなぐさめるように、そっと肩を叩いた。



 楽屋に移動したオレたちは、アルト・フォルテッシモ楽団が抱えている問題を知ることになった。


「えっ、アマデウスホールが売り飛ばされる!?」

「そうなんだ。このままディアブロに借金を返さないと、アマデウスホールが借金のカタとして差し押さえられてしまうんだ」


 ディアブロという存在についても、オレたちは教えてもらった。

 ディアブロとは通称で、本名はサドラー。アルトで高利貸しをしている男で、アルト・フォルテッシモ楽団の団員たちからは「本名さえ口に出したくない」ということで、悪魔を意味する言葉である「ディアブロ」という通称で呼ばれていた。


「ビートくん、おかしいよ」


 話を一通り聞いたライラが、そう云った。


「だって、アルト・フォルテッシモ楽団といえば、すごく有名な楽団でしょ? そんなすごい楽団が、借金をしなければいけないほど家計が火の車になっているの? わたしは、借金をする必要が無いとしか思えないんだけど?」

「いや、有名だからといって借金を全くしていないことはあまり無いよ。オレも聞いた話だけど、鉄道貨物組合だっていくらか借金をしてそれを返済しながらやっていたみたいだし――」


 借金をしていることは、いたって普通の事だ。

 だが、その考えはヨハンによって否定された。


「いや、ライラちゃんの云う通りだ」


 ヨハンの言葉に、オレは目を丸くする。


「自慢じゃないが、我がアルト・フォルテッシモ楽団はここ何年も無借金経営をしているんだ。わざわざ借金をしなくても、巡業や演奏会で十分に収益を得ている。それにアマデウスホールは他のアーティストや講演会などでも使用されるから、使用料収入だってあるんだ。借金をする理由は、全く無いんだよ」

「じゃあ、どうして借金なんかしているんですか?」

「実は……借金はディアブロが作ったもので、それを押し付けられたんだ」


 金を貸す側であるディアブロが借金を作って、それを押し付けられた。

 オレは頭の中が混乱しそうになる。


「一体……どういうことなんですか? 借金を押し付けられるなんて……」

「実は、10年ほど前のことなんだが、かつてのアマデウスホールの支配人が放蕩野郎で、ディアブロにアマデウスホールの経営権を売り渡そうとしてしまったんだ。その当時から、ディアブロは高利貸しとして、悪名を轟かせていた」


 ヨハンに続いて、マリアが口を開いた。


「ディアブロが私達のオーナーになる。私達はそんなことは嫌だったから、どうすればディアブロがオーナーにならないか、みんなで考えたの。そして私達は、みんなでおカネを出し合って、前のオーナーから経営権を買い取ったの。だから今、アマデウスホールの持ち主は、私達アルト・フォルテッシモ楽団なの」

「その時に、もう少しで手に入りそうだった経営権を横取りされたと思って、ディアブロは大激怒していた。あいつは取り付けかけた約束を反故にされたように感じて、面子を潰されたと思ったんだろう。高利貸しが面子を潰されたら、商売に差し支えるからな。そのときのことをちらつかせて、借金の肩代わりを押し付けてきたんだ! 払わないと、経営権を再び買い取られてしまう。それを防ぐためには、借金を肩代わりするか、明日までに大金貨50枚を用意して経営権を再び買い取るかしか、手が無いんだ!」

「えっ、大金貨50枚!?」


 オレとライラは、ヨハンが口にした大金に目を見張る。

 大金貨50枚なんて、とても明日までに用意できるとは思えない。


「アマデウスホールは、私達の演奏会だけで使われているわけじゃないわ。他の楽団やアーティストも演奏するし、音楽学校の授業でも使われている。私達にとっては、一定の利益を生み出してくれるし、何よりも思い出が詰まったとても大切なものなの。だから、絶対に渡すわけにはいかないの」

「しかもディアブロは、マリアのことも狙っているんだ。アマデウスホールは渡したとしても、大切なアルト・フォルテッシモ楽団の一員であるマリアを渡すなんて、絶対に認められない!」


 ヨハンの言葉に、他の団員たちが驚き、マリアは表情を紅くする。


「マリアさんまでディアブロは狙っていたなんて!」

「フルート奏者のマリアさんを!?」

「ディアブロの野郎、絶対許せねえ!!」


 団員たちが次々に声を上げる。怒りのボルテージが高まって行くのを、オレとライラは感じながら、厄介な問題がまたしてもやってきたと頭を抱えていた。

 正直、オレたちには手に余る問題としか思えない。

 しかし同時に、ここまで話を聞いてしまった以上、なんとか力になりたいという気持ちも湧き起っていた。ここでアルト・フォルテッシモ楽団を見捨てることもできる。オレたちは無関係だからだ。

 だけど、それでいいのだろうか?

 もしかしたらこの先、どこを旅していても後ろ髪を引かれる思いをすることになるかもしれない。


 問題は、どうやってディアブロという高利貸しに借金の押しつけを撤回させるかだ。


「ビートくん、今回は難しそうよ」

「うん。相手は高利貸しだ。業界でのつながりもありそうだし、一筋縄では難しそうだな」


 オレは鉄道貨物組合に居たときのことを思い出す。

 高利貸しから依頼された荷物を取り扱った時、馬車に乗せようとしたら「荷運びの奴隷のほうが使える」とバカにされたことがある。

 高利貸しという奴らは、総じてプライドが高く、他の人を見下していることが多い。

 そして金をかなり高い利率で貸し出し、その利子で莫大な財産を作り上げている。

 金の力に物を云わせて、どんなことでも自分の思うように進めようとする、ムカつく相手が非常に多かった。

 同じ鉄道貨物組合でクエストを請け負っていた誰もが、高利貸しが依頼主のクエストだけは受けようとしなかった。オレだって、いくらクエスト報酬が高くてもやりたがらなかった。


「ビートくん、マリアちゃん」


 ヨハンが、俺達に顔を向ける。


「これは本来、君達には関係のないことだ。私達のことは気にしないでくれ」

「この問題は私たちの力だけで、なんとかしないといけないことだから……」


 ヨハンとマリアは云うが、かといって何か有効な手があるわけではない。

 このままでは、アマデウスホールとマリアがディアブロの手に渡ってしまう。


 そしてオレたちは、それを黙って見過ごすことができそうになかった。


「コンサートでも、やったほうがいいのかしら?」

「しかし、今出演してくれそうな歌手は、アルトにはいないぞ?」

「……そうだ!」


 コンサート。これだ!

 マリアの言葉に、オレはあることを思いついた。




 その頃、ディアブロは部下のヴィクセンと共に、酒を飲みながらつまみを食べていた。


「兄者、これでアマデウスホールとあの白狼族は、俺たちのものですね」

「そうだな。これであの莫大な借金も、全てチャラにできる」


 ディアブロは赤ワインを飲み下し、ニヤリと笑う。


「そして、アルトで最も収益率の高いアマデウスホールをタダで手に入れることができる。白狼族の女は、オレたちで楽しんで、飽きたら奴隷として売り飛ばそう」

「さすが兄者! あれだけの美貌なら、中古品でも奴隷市場では高く売れそうですね!」


「「ゲッヘッヘ!!」」


 ディアブロとヴィクセンは下品な笑い声を発した。




「えっ、ライラちゃんがステージに立って歌う!?」


 オレの提案に、ヨハンは驚いた。

 ライラの美しさと歌にアルト・フォルテッシモ楽団の演奏が加われば、きっとアマデウスホールが満員になるほどにお客が来るに違いないとオレは考えた。

 だけど、問題がある。

 ライラは歌に関しては素人だ。もしもライラが辞退したら、そもそもこの提案は成り立たなくなる。


「ライラ、できそう?」

「わたしは大丈夫よ。だって、ビートくんの云っていたことは、いつも正しかったんだもん」


 ライラはまるで当たり前のことのように云う。ライラにとってオレの言葉や考えは、疑う余地のない絶対的に正しいものという認識が、あるように思えた。

 ありがとう、ライラ。本当にオレは、いい妻を持った。成功したら、サーロインステーキとなでなでのフルコースを約束するから。

 オレは心の中で、ライラに手を合わせて感謝した。


「そうか……上手くいくかは分からないけど、やってみる価値はありそうだ。せっかく、若い2人が手を貸してくれるんだから……」


 ヨハンはそう云うと、手を大きく叩いた。


「よしっ! マリア、すぐに団員を集めてくれ! 練習を始めるぞ!」

「は、はいっ!」

「本番は明日だ! 時間が無くて申し訳ないが、みんな頑張るぞ!」

「はい!」


 そしてその後、他の場所にいた団員たちも集められ、練習が始まった。

 アマデウスホールでの練習は、本番に近い形で進められ、途中で休憩を挟みながらも、練習は続いていく。


「しかしビート殿、これだけで本当に大丈夫なのか?」

「もちろん、これが全てではありませんよ」


 オレはヨハンに、そっと耳打ちをする。


「……わかった。やってみよう」


 ヨハンは頷いた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は、7月1日21時更新予定です!

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