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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第6章
76/214

第74話 アルト・フォルテッシモ楽団の憂鬱

 全ての始まりは、アークティク・ターン号がアルトの街に到着する少し前まで遡る。



 アルト・フォルテッシモ楽団の団員たちは、長い地方巡業を終えて活動の本拠地であるアルトへと戻って来た。専用にチャーターした列車がアルトの駅に到着すると、団員たちは貨物車からケースに入れられた楽器を下ろし、それを馬車に乗せ換えて、アマデウスホールへと運ぶ。大切な楽器を守るため、馬車には団員も同乗した。


 普段は興行などで各地に出かけているためか、活動の拠点であるアルトに戻って来ると、まるで地元に帰ってきたような安心した気分に浸れる。

 しかし、今はリラックスしている団員は誰1人としていない。


 全て、あの男のせいだ。

 誰もがそう思っていた。


 そうしているうちに、馬車がアマデウスホールに到着する。

 アマデウスホールは、アルト・フォルテッシモ楽団が所有しているホールだ。アルト・フォルテッシモ楽団の演奏だけでなく、他の楽団やアーティストのライブなどでも使用され、その時の使用料や売上金の一部は、アルト・フォルテッシモ楽団の収入となっている。


 馬車を裏口の前につけると、ホールの施錠を解除して裏口を開け、そこから楽器を運び込んでいく。団員たちは手分けして、馬車から全ての楽器を下ろして、倉庫の中へと運び込み、楽器を決められた場所へ片付けていく。

 片付けが終わると、団員全員がアマデウスホールの楽屋に集まった。


「明日は、演奏会の予定も、ホールを他の人が使う予定も無い。巡業から帰ってきて疲れているだろうから、明日と明後日は休日とする。各自、休暇を楽しみつつ身体をゆっくりと休めるように!」


 アルト・フォルテッシモ楽団の団長、ヨハンが全員にそう告げる。


「以上、解散!」


 そして解散が告げられると、団員たちは次々に楽屋から出て行き、裏口からアルトの街へと散らばって行く。

 だが、ほとんどの団員は疲れているせいか、アマデウスホールの近くにある楽団が寮とするために借り上げたアパートへと戻って行った。




 全員が帰った後の楽屋の電気が落とされると、団長のヨハンは楽屋の隣にある事務所へと移動した。そして団長の机に置かれた手紙を手に取ると、イスに腰掛け、ペーパーナイフを使って手紙を開封する。

 中から便箋を取り出して広げ、書かれている言葉を目で追う。


「……くそっ」


 あの男から、またしても催促の手紙が来た。


「……もうたくさんだ……!」


 あの男さえ、いなければ!!

 ヨハンの手に力が入ってしまい、持っていた手紙を握りつぶす。


 そのとき、事務所のドアが開いて、1人の獣人族の女性が入ってきた。


「ヨハン団長! あっ……!」

「マリア!」


 ヨハンが驚いてイスから立ち上がる。

 マリアは、獣人族白狼族の若い女性で、アルト・フォルテッシモ楽団ではフルート奏者をしている。白狼族の特徴でもある美しい白い髪と、それと同色の獣耳と尻尾を持っている。そしてかなりの美人だ。そのためマリアは、たまに銀狼族と間違われて声を掛けられることがある。


「すみません。ノックもせずに、いきなり開けてしまいました」

「いや、気にしなくていいよ。私だけしかいないし、そもそも私室じゃなくて事務所なんだから……」


 ヨハンが云うと、マリアは後ろ手に事務所のドアを閉めて、ヨハンの隣まで歩いてきた。

 そしてヨハンの右手の中にある、握りつぶされた手紙を見ると、マリアの顔色は暗くなった。


「また、お手紙が来たんですね……」

「あぁ。全く、しつこい男だ」


 手紙に何が書かれているのかは、見なくてもマリアは分かった。


「ヨハン団長、まさか――」

「……金を払えないのなら、アマデウスホールの差し押さえだけじゃなく、君まであの男は奪うつもりなんだ……!」


 ヨハンは怒りで、身体を震わせる。

 そんなヨハンを見て、マリアは胸のあたりをギュッと握りしめる。


「……団長、もしものときは、私のことは気にしないでください。私は愛すべき楽団と、アマデウスホールが……いえ、それと団長の事が守られれば、それで――」

「ダメだ!」


 ヨハンは声を大きくした。


「アマデウスホールも、君も、あんな男に渡すことなんてできない!」

「団長……」

「それに、君とは結婚の約束までしたんだ。……君だけは、あの男だろうと誰だろうと、絶対に渡さない!」

「団長……!」


 マリアの目に涙が浮かぶ。それは決して悲しみの涙ではない。

 愛する人からの気持ちを受け止めた時に出る、嬉しさの涙だった。


 ヨハンとマリアは、少し前に婚約していた。

 その証拠に、ヨハンとマリアの首元には、瓜二つの婚約のネックレスが輝いている。


 マリアはヨハンに近づき、そっと身体を預ける。

 ヨハンはそれに答えるように、マリアを抱き留める。


 2人だけの時間が、その時だけ流れていた。


「……ありがとうございます。少し、落ち着きました」


 マリアがそう云うと、ヨハンは手を離した。


「とにかく、演奏会をたくさん開こう! 多くの人に来てもらえれば、きっと金をかき集めて、全て支払える!」

「はい! 私もみんなも、頑張ります! 私達の居場所は、ここだけですから!」


 ヨハンとマリアは、2人しかいない事務所で再び抱き合った。




 その日の翌日。

 団員たちは休みだったが、団長のヨハンはアマデウスホールに出ていた。

 ホールの掃除をするためである。


 ヨハンが箒でホールの前を掃除していると、マリアがやってきた。


「マリア! 今日はお休みのはずじゃなかったのか?」

「団長が頑張っているのに、私がお休みをもらうなんて、できないですよ」


 マリアはそう云って、箒で掃除を始める。


「私も一緒にアマデウスホールの掃除くらいしないと、未来の団長の妻は務まりませんから」

「ありがとう……マリア」


 やばい。今すぐにでも結婚したい。

 そんな気持ちを押さえながら、ヨハンは再び箒を動かし始める。マリアと目が合うと、マリアは微笑みを返してくれる。ヨハンは顔を赤らめながら、微笑みを返した。



 しばらくして、アマデウスホールの掃除が終わる。

 集めたゴミは、ゴミ袋に入れてゴミ捨て場へと持って行った。


「では、私は掃除道具を片付けてきます」

「ありがとう。頼んだよ」


 マリアに掃除道具を預けると、マリアは裏口の方へと向かって行った。

 ヨハンはその場で、マリアが戻って来るのを待つことにした。

 掃除を手伝ってくれたのだから、自分の奢りで、何かお昼に美味しいものでも食べに行こうか。


 そんなことを考えていると、鋭い視線を感じた。

 ヨハンは視線が飛んできた方に顔を向け、目を見開く。

 貴族のような身なりをしているが、どこかカタギには見えない雰囲気をまとった男たちが、こちらに向かって歩いてくる。

 ヨハンは凍りついた。

 そいつらが誰なのか、ヨハンは嫌というほど知っていた。


「ディアブロ……」


 男たちが、ヨハンの前に立った。


「おう、今何か云っているみたいだったが、何か云ったか?」


 紅いコートを身に纏った男が訊いてきた。

 紅いコートの男の隣には、小太りで黒髪の男がいる。小太りで黒髪の男は、右手に鞭を持っていた。

 ディアブロと、その腰巾着のヴィクセンだった。


「いえ、何も……」

「最近どうよ? 羽振りが良さそうじゃないか」

「アルト・フォルテッシモ楽団は有名だからなぁ、興行でしこたま儲けているんじゃないのかぁ?」


 ディアブロと、ヴィクセンがゲラゲラ笑う。

 耳につくその笑い声に、ヨハンは顔をしかめた。


 その時、2人が離れた所に居るマリアの気づき、品定めをするような目で見る。

 マリアは舐めるような目つきに嫌悪感を覚え、本能的に身を守るように腕を動かした。


「とにかく、早く金を返してくれよぉ?」

「じゃないと、アマデウスホールがどうなるか……わかっているよなぁ?」


 ディアブロとヴィクセンに迫られ、ヨハンは脂汗を流す。


「は……はい。おカネは必ず……」

「まぁ、どうしても無理なら、あの白狼族の女とアマデウスホールを渡してくれることで、手を打ってもいいぜ?」

「なっ……!」


 ヨハンが愕然とするが、2人はゲラゲラ笑う。


「まっ、がんばれや」


 ディアブロとヴィクセンはそう云って、ヨハンの肩を少し強めに叩き、その場を立ち去った。




 事務所に戻ったヨハンは、怒りのあまり拳をテーブルに叩きつけた。


「くそうっ! あいつらっ!!」

「団長、今は押さえて下さい!」


 マリアがなだめ、ヨハンは落ち着こうと深呼吸をする。

 アマデウスホールだけでなく、マリアまで奪って行こうと考えていることに、猛烈に腹が立った。マリアは美しいから、きっとあいつらは慰み者にした挙句、奴隷として売り飛ばす気でいることに間違いはないはずだ。

 婚約者が奴隷にさせられることを考えると、アマデウスホールが奪われるよりも腹が立つ。


「これから演奏会ですから。呼び込みの効果もあって、たくさんの人が聴きに来てくれています。がんばって、来てくれた方に最高の演奏を届けましょう。きっと、明日の演奏会にもリピーターとして来てくれるか、新しいお客さんを呼び込んでくれるかもしれません」

「そうだな……すまなかった」


 そうだ。今はあいつらのことに気をとられている場合ではない。

 目の前のこと……アルト・フォルテッシモ楽団の演奏を心待ちにしているお客様のため。

 そのことに全てを傾けるべきだ。

 ヨハンは咳払いをし、団員たちが待つ楽屋へと足を踏み入れる。


「みんな、今日もアマデウスホールは満員だ! お越しいただいたお客様に最高の演奏をお届けするぞ! 準備はいいか!?」

「はい!!」


 楽器を手にした団員たちは、やる気に満ち溢れている。


「よし、行くぞ! 我々の実力を、披露しよう!!」


 全員が、ステージへと歩いていく。



「お疲れ様。今日も素晴らしい演奏だったぞ! これからも練習を怠るなよ」

「ありがとうございます、団長!」


 演奏会が終わった後、ヨハンは団員たちを労う。

 しかし、団員たちの表情はあまり明るくない。


「団長、今日もディアブロが来たんですか?」

「どこでそれを?」

「マリアさんから聞きました」


 ヨハンは表情を暗くし、頷く。


「ああ、来たぞ……」

「団長……どうして、云ってくれなかったんですか!?」


 団員の声に、ヨハンは戸惑う。


「ど、どういうことだ?」

「俺達にできることがあったら、遠慮しないで云ってください! アマデウスホールを守るためなら、オレたちはどんなことでもします!」

「あいつらに返す金なんか、用意する必要はありませんよ! あいつらはヤクザだ!」

「そうだ! ヤクザに渡す金なんか、用意できるか!」

「アルト・フォルテッシモ楽団は、ヤクザなんかに屈しないぞ!」


 団員たちが声を上げ、楽屋の中は熱気に包まれる。

 アルト・フォルテッシモ楽団を守ろうと、団員たちも心配してくれていたのか……!

 団員の楽団を想う気持ちに、ヨハンは目頭が熱くなる。


 そのとき、警備員がやってきた。


「すいません、皆様に是非とも会って感想を伝えたいという人が……」

「誰だ?」

「若い男ですが……」


 警備員の言葉に、団員の1人がヨハンに耳打ちをした。


「もしかしたら、ディアブロの手下かもしれません」

「確かに、その可能性も否定できないが……」


 はたして、それは当たっているのだろうか?

 ヨハンがそう考えていると、ドアがノックされた。


 すると、若い団員が置いてあった箒を手にする。


「俺が何とかしますから!」

「おい、ちょっと待て――」


 まだ、ディアブロの手下と決まったわけじゃない!

 ヨハンが止めようとするが、それよりも早くドアが開いた。

 1人の旅人風の少年が、入ってきた。


「来たな、ディアブロの手下め! 覚悟しろ!!」


 若い団員がそう叫んで、箒を振りかざした。

 箒で叩かれ、旅人風の少年はその場に倒れる。


「ビートくーん!!」


 少年の後ろに居た獣人の少女が叫び声を上げる。

 その叫び声が、楽屋に響き渡った。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は、6月30日21時更新予定です!

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