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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第6章
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第71話 薬草の魔女

 オレはライラを前から抱きしめ、頭を撫でていた。

 ライラは笑顔を見せながら、尻尾を振る。

 個室に居る時の、お決まりのスキンシップだ。


 オレはこれが好きだった。

 ライラは撫で心地も抱き心地も最高だ。

 それに撫でているときのライラの嬉しそうな表情は、何度見ても飽きることが無い。


 ライラもこれが好きらしく、オレに撫でられている間は、尻尾を振り続けている。


「ビートくんの手……すごく気持ちいい……それに安心できて、とっても癒される……」


 ライラは安心しきっていた。

 オレはちょっといたずら心が働き、ライラの尻尾にも触れた。

 ライラの尻尾は、モフモフで触り心地が良い。だけど、なかなか触らせてくれないから、こうしてこっそりと触るしか方法が無い。

 オレの手が尻尾に触れた途端、ライラの尻尾がすぐにピンと立った。


「ビートくん、今、わたしの尻尾に触ったでしょ?」


 ライラの指摘に、オレは頷く。


「もうっ! 毎回一言も云わずに触って来るんだから。もう慣れたから、いいけど」

「じゃあ、何度も触っていいってこと?」

「ビートくんだけだからね。それと、あんまり強く握ったりしないでね。尻尾は敏感なんだから」

「それじゃあ、遠慮なく……」


 ビートは尻尾に触り、モフモフしたライラの尻尾を堪能する。

 ライラは少し困った顔をしながらも、喜ぶビートの顔を見ていると、喜んでくれるのならいいのかもしれないと感じていた。


 ビートが尻尾をまさぐるように触っていると、尻尾の奥にある固いものに手が当たった。


「んっ? 何かに触ったぞ?」

「あっ、それは――!!」


 ライラが尻尾の芯だから触っちゃダメと云おうとしたが、遅かった。

 それよりも一足早く、オレが尻尾の芯を握ってしまう。


「――ッ!!!」

「えっ?」


 ライラが声にならない悲鳴を上げる。ライラの全身に、絶頂したときのような突き抜けるような快感が走ったのだ。しかしそれに酔いしれている余裕などなく、ライラの全身から力が抜けて行く。


「ふゃあああん!!!」

「ラッ、ライラ!?」


 ライラの叫びにオレは驚いたが、すでに遅かった。

 ライラはぐったりとして、オレにもたれかかってくる。尻尾と獣耳が、力なく垂れ下がった。まるでスイッチを切ったように、ライラの身体から力が抜けてしまった。


「も……もう……! ビートくん……!!」


 ライラは絞り出すように声を出した。


「ごっ、ゴメン!! 大丈夫!?」

「力が……出ないよぉ……」


 オレはどうすればいいのか分からず、焦った。

 尻尾を握ってこうなるとは予想もしなかった。今になってやったことを後悔したが、後悔したところでライラの身体に元気が戻るわけではない。

 起きてしまったことは、取り返しがつかないのだ。


 そのとき、オレの頭の中に行商人ハッターのことが思い浮かんだ。

 あの人なら、きっと何かこういうときに元気が出るものを売っているかもしれない。

 この間も、ライラに避妊薬を売っていたくらいだ。薬商人ではないが、こういうときに効くようなものを、取り扱っている可能性は大きい。

 今のオレにとって、ほぼ唯一の頼れる人だ。


「まっ、待ってて! ハッターさんから、何か元気の出るものを貰ってくるから!」


 オレはそう云うと、ライラをそっとベッドに寝かして、財布を手に個室を飛び出していった。




 商人車にやって来ると、オレはお得意先であるハッターの元に向かった。


「元気が出る薬が欲しいのか?」

「そうなんです!」

「いつもの精力剤はどうだ?」

「実はですね……」


 オレが訳を話すと、ハッターは難しい顔になる。

 雲行きが怪しくなり、オレは胸の中に不安が渦巻き始めた。


「すまん。今はそういった状態を治すような薬は取り扱っていないんだ。あいにく、在庫がなくてな……」

「そうですか……」

「力になれなくて、すまんな」

「いえ、ありがとうございました」


 ハッターの言葉に、オレはお礼の言葉を返す。

 少なくとも、ハッターが取り扱っていないことが分かっただけでも、収穫はあった。

 その後、他の行商人にも話をしたが、どの行商人も元気が出るような薬は何も取り扱っていなかった。


「元気が出るもの……そうだ! 食事だ!!」


 オレは商人車を出て、食堂車に向かった。

 テイクアウトで、グリルチキンとフルーツサンドを注文して、個室まで持ち帰ろう。

 どちらもライラの大好物だ。食べればきっと、ライラが元気を取り戻してくれるかもしれないと、オレは考えた。


 これが最も効果的で、オレが取れる最後の手段になりそうだ。


 しかし、オレが食堂車に入ろうとしたその時、1人の女性に止められた。


「待って!」

「あの……オレに用ですか?」


 オレを止めた女性は背が高く、とんがり帽子を被っていて、黒い衣服を身にまとっている。

 背中には、登山者が使うような大きさのリュックを背負っている。

 魔女のようだと、オレは感じた。

 歳は若く、オレより少し上といった感じがした。


「私はラベンダー。人は私を『薬草の魔女』と呼ぶわ。商人車で聞いたわ。あなた、元気が出る薬を探しているんですって?」

「そうですけど……?」

「良かったら、訳を聞かせてくれない?」


 オレは話していいものか悩んだ。

 ライラといちゃついていたことを話すのが、恥ずかしかったからだ。

 しかし、もしも突破口が見つかればと考え、何があったのか、どうして元気が出る薬を探しているのか、その訳を話すことにした。


 恥ずかしかったが、オレは全てをこの魔女のような女性に話した。

 全てを話し終えると、ラベンダーは頷いた。


「そういうことなら任せて! 私が特効薬を作ってあげる!」

「本当ですか!?」

「ええ、本当よ」

「お願いします! 多少高くても構いません!」


 オレのお願いに、ラベンダーは頷いた。


「わかったわ。作ってあげる」

「ありがとうございます!」


 だけど、特効薬ってどんなものなんだろう?

 オレはお願いした直後に、少し気になってラベンダーに尋ねた。


「でも、どんな薬なんですか?」

「説明は後よ。一刻も早く、お嫁さんに立ち直ってほしいでしょ?」


 その言葉に意見は無かった。ライラに早く元気になって欲しい。


「さ、案内して!」

「はいっ!」


 オレはラベンダーを、2等車の個室へと案内した。




 個室へ戻って来ると、ライラはまだベッドで横になっていた。


「ライラ! 大丈夫!?」


 オレがベッドに駆け寄ると、ライラはそっと目を開いてオレを見る。

 意識を失ったりはしていないことに、オレは少し安心する。


「ビートくん……その人は?」

「私はラベンダー。薬草の魔女よ」


 ラベンダーはそう自己紹介すると、リュックを下ろした。

 ベッドで横になるライラに近づき、手を当てて診察のようなことを始める。


「あなたは獣人族ね。あなたの旦那さんが、尻尾を握っちゃって、力が抜けちゃったんですって?」

「はい……ビートくんに、敏感な尻尾を握られて……全身から力が抜けてしまいました」

「そうなのね。……あら、もしかしてあなたは銀狼族じゃないかしら?」


 ラベンダーの口から出た言葉に、オレは驚いて尋ねた。

 この人、銀狼族のことを知っているのか?


「ぎ、銀狼族を知っているんですか!?」

「えぇ、もちろん」


 ラベンダーは微笑むと、ライラに向き直る。


「すぐに元気が戻るから、ちょっと待っててね」


 ラベンダーはリュックからいくつかの薬草と、調合用の乳鉢や乳棒といった道具を取り出していく。さらに薬草を複数種類取り出すと、それを乳鉢に入れ、乳棒ですり潰しながら混ぜ合わせていく。

 途中で薬草をさらに加え、変化していく色を注意深く見つめながら、混ぜ合わせていく。


 ラベンダーの表情は真剣そのもので、ビートはじっとそれを見守る。

 何を作っているのか聞きたくなったが、聞いてはいけないような雰囲気を、ラベンダーが発しているように思えた。

 少しして、乳鉢の中で粉末状になった薬草を乳鉢から紙に移し替え、粉末状になった薬草の乗った紙をそっと持った。


「お水、あるかしら?」

「あっ、はい……」


 オレがビン入りの水を差し出すと、ラベンダーは粉末状の薬草と水を一緒に、ベッドで横になるライラに手渡す。


「起き上がれる?」

「はい……」


 ライラはゆっくりと、半身を起こした。


「良かったわ。これを飲んで」

「これは……?」

「私が調合した薬草よ。すぐ元気になれるわ」


 云われた通り、ライラは薬草を水で飲み下した。

 これで、本当に元気になってくれるだろうか?

 オレは祈るような気持ちで、薬草を飲み下すライラを見守る。


 すると不思議なことに、少しずつライラに元気が戻り始めた。

 垂れていた尻尾は、上を向き、耳も立ち上がった。


「身体が……軽い……!」


 ライラはそう云って、ベッドから起き上がる。

 薬草の予想以上の効能に、オレは驚いた。

 そこには、もう元気が無かったライラはいなかった。

 オレが尻尾を握る前の、いつもの元気なライラに戻っていた。


「ビートくん、わたしはもう大丈夫よ」

「ライラ!」

「ビートくん!」


 ライラはオレに抱きつき、オレはライラを抱きしめる。


「良かった……元気になってくれて……本当にゴメン」

「気にしないで。力が抜けちゃっただけだから……それに、ビートくんになら何度されても、わたしは気にしないから」


 オレはライラに許してもらえたことが嬉しくて、ついライラを強く抱きしめてしまう。




「あらあら、若いっていいわね」


 ラベンダーの声に、オレとライラは慌てて離れる。

 ラベンダーがまだいたことに気づき、オレたちは顔を真っ赤にした。


「ラベンダーさん、ありがとうございました!」


 オレは頭を下げた。

 予想以上の効果で、ライラにあっという間に元気を取り戻してくれたラベンダーには、感謝しかない。

 ラベンダーがいなかったら、オレは今も慌てていただろう。


「あの薬は、数種類の薬草を混ぜて作る特効薬なの。どれを混ぜているのかは秘密だけど、よく効いてくれて良かったわ」


 これほどすごい効果があったんだ。

 きっと、お値段も張るだろう。

 しかし、高くても構わなかった。それだけの価値が、この薬草にはあるとオレは思った。オレがラベンダーの立場なら、高額な値段をつけるはずだ。


「あの、お代の方は――」


 どれくらいになるのかは気になったが、オレはラベンダーが提示した金額のお代を支払おうと思っていた。

 だけど、ラベンダーが口に出した言葉は予想外のものだった。


「お代はいいわ。それよりも、ライラちゃんにお願いしたいことがあるの」

「わたしにですか……?」


 ライラが自分を指さして尋ねる。

 ライラにお願いしたいこととは、何なのか?


 オレとライラは、顔を見合わせた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は、6月27日21時更新予定です!

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