第70話 山賊たちの恩義
オレとライラは、展望車で景色を楽しんでいた。
景色を楽しむだけなら、2等車の個室からでもできたが、展望車からの眺めは格別だ。これを見てしまうと、2等車の個室の窓から眺めるだけでは物足りなくなってしまう。なんとも罪深いものが、アークティク・ターン号にはあるものだ。
「お客様」
突如、オレたちは聞き覚えのある声に振り返る。
ブルカニロ車掌がいた。
そして手には、少し大きな包みを持っている。
「お客様、お預かりしておりました荷物です」
ブルカニロ車掌がそう云うが、オレたちは首をかしげた。
オレたちは、荷物など預けていない。
荷物は全て、今持っているものと、2等車の個室にあるものしかないのだ。
「あの……すいません。オレたち、荷物は預けていなかったと思うんですが……?」
「いえ、こちらはあの山賊たちからお預かりしたものです」
山賊と聞いて、オレたちは思い出した。
ミーヤミーヤの病院に引き渡した、あの山賊たちだ。
人族至上主義者と獣人族至上主義者の対立騒動があって、すっかり忘れていた。
「あの山賊たちから?」
「はい。どうしても、あの時助けてくれた、ソードオフを持った少年と、獣人の少女に渡してほしいとお願いされたものでして、受け取ってください」
ブルカニロ車掌から、オレは荷物を受け取る。
受け取る以外にどうしたらいいのか、オレには分からなかった。
受け取りのサインをすると、ブルカニロ車掌が真剣な表情になった。
「お客さん、開封する時は十分気を付けてくださいね。何が入っているか、全く分からないので」
「えっ、荷物の内容は聞いてもらえなかったのですか?」
せめて、何が入っているのかくらいは聞いておいてほしかったんだけど。
「山賊が、私に押し付けるように預けて、すぐに去ってしまいましたもので。申し訳ありません。もし何かあった時は、すぐに乗務員を呼んでください」
ブルカニロ車掌はそう云って、その場を立ち去っていった。
オレたちは個室に戻り、机の上に包みを置いた。
さて、これからこいつをどうしようか。
何が入っているのか分からないとなると、開封が怖い。
しかし、開封しないことには何が入っているのか分からない。
包みの表面には、内容物を証明する証票のようなものはない。
「こういう荷物が、いちばん取扱いに困るんだよな」
オレはグレーザー駅の鉄道貨物組合で、クエストを請け負っていた時のことを思い出していた。
たまにやってくる証票のない荷物は、内容物も届け先も分からないため、厄介な荷物の代表格だった。
駅なら受け取り拒否もできるが、列車での移動中には受け取り拒否ができないため、受け取った後でどうするかを考えなくてはならない。
内容物を確認しないで捨てることは禁じられていた。もしも大切なものであった場合、鉄道貨物組合も取り扱った者も、その責任を取れないからだ。
最悪の場合、裁判にまで発展することもあった。
「どうする?」
「……開けて中身を確かめよう」
オレはそっと、包みに手を掛ける。
ふと、オレはライラを見て、万が一のことを考えて手を止めた。
「……ライラ、念のため外で待ってて」
「えっ、どうして?」
「……もしもだけど、爆弾だったりしたら、ライラだけでも助かって欲しいから」
鉄道貨物組合で荷物を取り扱っていた時、過去に中身が毒物や爆弾だったことがあり、被害が出た前例があった。
別の駅でのことだったし、グレーザー駅ではそんなことは一度も無かったが、万が一ということもある。
ましてやこの内容物が分からない荷物なら、爆弾の可能性も十分あり得る。
本当に爆弾だった場合、ライラにだけは助かって欲しいとオレは思っていた。
「嫌!」
しかし、ライラはそれを拒否した。
「爆弾だったら、ビートくんが死んじゃうじゃない! わたしはビートくんがいない世界に放り出されるなんて、耐えられない!」
「オレは、もしものことがあった時、ライラには生き残って欲しいんだ!」
だが、ライラは首を縦に振らない。
「だったら、その包みを捨てて!」
「中身を確認しないと捨てられないよ」
「それなら、わたしも一緒にここにいる!」
頑として譲らないライラに、オレは根負けした。
ここまで来たら、テコでも動かないだろう。
「……わかった。じゃあ、開けるぞ。覚悟はいい?」
「うん……!」
ライラが頷くと、オレは荷物を紐解いていく。
ゆっくりとロープを解き、包みを開いていった。
包みを全て解いた時、中身が現れた。
中身を見たオレたちは、目を丸くした。
「……これは?」
オレは中身を手に取り、それが何なのかを理解した。
中に入っていたのは、ポムパンと呼ばれるバー状の保存食だった。
肉やベリー類などが入っていて、山で生活している者しか作れないことが多く、高値で取引されることもある貴重品だ。
爆弾じゃなくて、良かった。
山賊たちは、オレたちに恩義を感じて、ポムパンを包んでくれたんだ。
「ポムパンじゃないか!」
「えっ、これがポムパンなの!? 初めて見た!」
ライラもポムパンの価値がどれほどのものかは、よく知っていた。
「見て! 手紙が入ってる!」
一緒に入っていた手紙を拾い上げ、オレは手紙の内容を読み上げる。
『俺達を助けてくれてありがとう。
君達がいなかったら、俺達の仲間は死んでいたかもしれない。
君達は命の恩人だ。
お礼として、ポムパンを贈る。
食べるなり、売るなり自由に使って欲しい。
食べれば美味しく、売ればかなりの金額になるか、高価なものと交換してもらえるだろう。
もしこの先また出会うことがあるのなら、今度は喜んで力を貸そう。
俺達山賊は、一度受けた恩は決して忘れない。
ポムパンの作り方も教える。
約束する。
またいつか会おう。
さようなら。
代表 アルトムより』
山賊たちからのお礼の品だ。
しかし、完全に安心はできない。
まだ、ポムパンに毒が含まれている可能性があるからだ。
「念のため、オレが味見してみる。万が一のことがあるといけないから」
「ビートくん、大丈夫?」
「……多分」
オレは一本を拾い上げ、見つめる。
過去に見たことがあるポムパンと、何ら変わりはない。
生唾を飲み込み、覚悟を決めると、オレはポムパンをかじった。
そしてそのまま、噛んで飲み込む。
味はかなり美味しかった。変な味もしないし、身体に変化も無い。
毒が含まれている可能性は、低そうだ。
「……美味しいぞ!」
食べても、問題なし。
オレはそう思った。
その言葉に反応したライラが、オレのポムパンを指さした。
「わたしも一口、いい?」
「えっ、食べかけよりも、新しいもののほうが――」
ライラはオレの言葉を聞かず、持っていたポムパンをひったくると、オレがかじった所から一口かじった。
そして間で飲み込むと、表情を緩ませて尻尾を振った。
「本当ね! 美味しい!」
ライラは、ポムパンを通して、オレと間接キスをした。
「……オレが食べたものが、欲しかったのか」
「えへへ……」
ライラが顔を紅くする。
少しだけ呆れながらも、オレはライラから食べかけのポムパンを受け取ると、そのままかじった。
「ビートくん、これどうする?」
「食べるか売るかは、これから決めるか。ポムパンはしばらく持ちそうだからな」
思いもよらぬ収穫に、オレは笑顔になる。
人助けは、しておいたほうがいいなとオレは感じていた。
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次回更新は、6月26日21時更新予定です!





