第69話 ミーヤミーヤ出発
一夜が明けた。
ミーヤミーヤの街は、久々に平和な夜明けを迎える。
以前まで続いていた、人族至上主義者と獣人族至上主義者との対立が治まり、徒党を組んでいた者たちはバラバラに散って、市井の中へと戻って行った。
町の人々は、平和な朝を迎えられることに、感謝の祈りを捧げていた。
それからしばらくして、ミーヤミーヤの街は久々に、活気に満ち溢れた中で動き出した。
それを見て、アークティク・ターン号の乗客たちも駅を出て、ミーヤミーヤの街へと繰り出していった。
人族至上主義者と獣人族至上主義者との対立で、駅から外へ出られなかった。
その鬱憤を晴らすかのように、ミーヤミーヤの街はアークティク・ターン号の乗客たちで賑わうようになった。
オレとライラは、そんな賑わいからは離れて、ダイスとジムシィに案内されながら、ミーヤミーヤの街を観光していた。
ダイスとジムシィは、並んで堂々と歩けるようになったことが嬉しいらしく、胸を張って街中を進んで行く。
しばらく街中を進んで行くと、前方に大きな建物が見えてきた。
領主の居城に似ているが、どこか違うように感じられた。
少なくとも、領主の居城ではない。
「あれは、何だろう?」
「よくぞ訊いてくれた! あそこは、俺達の在籍しているミーヤミーヤ・スクール!」
「そして、その隣にあるのが俺達がよく入り浸っているミーヤミーヤ図書館さ!」
ダイスとジムシィが、嬉しそうに答える。
そうか。あれは学校と図書館なのか。
学校と図書館。
オレとライラにとって、馴染みがあるように見えて、実は無いものだ。
オレたちは、孤児院の出身だ。授業などは多くの子どもたちのように学校で受けたものではなく、孤児院でハズク先生から受けた。
図書館も、グレーザー孤児院には無かった。あったものといえば、本棚が置かれた談話室の読書スペースだけだった。
そしてそこは、オレのお気に入りの場所でもあった。
最も、ライラがオレにべったりするようになってからは、オレとライラが過ごす場所になっていたが。
「あれが学校……!」
「中に入って見たいけど、ダメかしら?」
学校の中がどうなっているのか、見てみたい。
興味を持ったライラが、ダイスに訊くが、ダイスは残念そうに首を横に振った。
「ゴメンよ。生徒と学校関係者以外は、原則として立ち入り禁止になっているんだ。入るためには、学校の許可を得ないといけないけど、今日はあいにく休校日だから、学校には誰もいないよ……」
「それは残念……」
ライラの獣耳が、少し垂れ下がった。
「今度は、学校が開いているときに来て、中を見させてもらいたいな」
「だけど、きっとその頃には俺とジムシィはもういないと思うよ」
ダイスの発言に、オレたちは目を丸くする。
「ど、どうして!?」
「俺たちはもうすぐ、ここを卒業するからな!」
ジムシィが、胸を張って答える。
「卒業したら、今度は東大陸の端にあるカルチェラタンに行くんだ!」
「カルチェラタンって、何だ?」
耳慣れない言葉に、オレとライラは首をかしげた。
それに納得のいく答えをくれたのは、ダイスだった。
「学園都市カルチェラタンのことさ。東大陸にあって、あの名門学校のオウル・オールド・スクールがある。俺達はそこに行って、より深く文化人類学を学びたいんだ」
「それに、カルチェラタンは北大陸の近くにある。銀狼族への取材も、ミーヤミーヤよりやりやすくなるはずなんだ!」
子どものように目をキラキラさせながら、ダイスとジムシィは云う。
2人の文化人類学を学んで極めたいと思う気持ちは、本物なんだと、オレとライラは思った。
そのとき、鐘の音が鳴り響いた。
懐中時計を取り出すと、ちょうど針が12時を指し示している。
「さて、そろそろお昼にしようか」
「お昼は俺達が奢るぜ! ミーヤミーヤで、いちばん美味い店を知っているんだ」
ダイスとジムシィが云い、オレたちは、目を輝かせた。
「本当!?」
「すぐ行こう!」
オレたちが案内されて連れてこられたのは、こじんまりとしたレストランだった。
「安くて、美味いんだよ!」
ジムシィが自慢げに云う。
何を注文すればいいのか分からなかったオレとライラは、ダイスとジムシィが注文したものと同じものを注文した。
「ここは、ミーヤミーヤの隠れた名店といわれている場所なんだ」
ダイスが云う。
「特にハンバーグが、美味しいんだよ」
「だからオレたちは、いつもここではハンバーグしか頼まないんだ!」
ジムシィはすでにフォークとナイフを手にしていた。
しばらくして、人数分のハンバーグが運ばれてきた。ハンバーグから立ち昇る肉の匂いに、オレとライラのお腹はグーグー鳴った。
肉料理好きのライラは、久しぶりに食べたハンバーグに舌鼓を打つ。
「美味しい! こんなに美味しいハンバーグ、久しぶりに食べた!」
ライラは笑顔で、次々にハンバーグを口へと運び込んでいく。
そして1番最初に、ライラはハンバーグを平らげた。
食事を終えたオレたちが歩いていくと、広場の方から何やら声が聞こえてきた。
「なんだろう?」
「行ってみよう!」
ライラの言葉にオレは頷き、共に走り出す。
そしてそれを後から追いかける、ダイスとジムシィ。
広場に辿り着いたオレたちは、目を見張った。
広場の中央に、昨日オレたちがミーヤミーヤ駅に連れてきた、人族至上主義者のリーダーと、獣人族至上主義者のリーダーがいた。お互いに向かい合っている。
そしてそれを取り囲む、何人もの人族と獣人族。
広場の中は、異様な空気に包まれている。
もしかして、また抗争が始まろうとしているのか!?
オレたちに緊張が走る。
昨日、ミーヤミーヤ駅で楽しそうに子どもたちと遊んでいるのを見て、もう大丈夫かと思ったが、それは甘い考えだったのかもしれない。その時は穏便に済んだが、実際には表面に出ていなかっただけで、心の中では火種が残ったままになって、くすぶり続けていたのかもしれない。
「ライラ、ここでちょっと待ってて。オレは様子を見てくる」
「わたしも行く! わたしもビートくんのことを手伝ったから、本当に問題が解決しているのかどうか、知りたい。それに、わたしはどんなに危険でも、ビートくんの側に居たい!」
相変わらずブレないライラに、オレは苦笑する。
「わかった。オレの側から離れるな」
「まかせてっ!」
ライラは嬉しそうに云うと、オレの後に続いて歩き出した。
オレとライラは人ごみをかき分け、少しずつ広場の中央へと近づいていく。ところどころ空いている場所があり、広場の中央に辿り着くまで、それほど苦労はしなかった。
「「我々は、今ここに宣言する!」」
オレたちが最前列まで辿り着くと同時に、双方のリーダーが同時に広場に集まった人族と獣人族に向かって、言葉を放った。
「もう、人だから獣人だからと、いがみ合うのは止めだ」
「俺達は、同じミーヤミーヤに住む仲間だ」
「「ここに、今日まで続いてきた対立を終息とする!!」」
双方のリーダーが、そう宣言して握手をした。
その直後、歓声が湧き上がる。
領主も騎士団も長い間解決できなかった問題が、ついに解決した。
ミーヤミーヤの人が集まり、それを喜んでいた。
どうやら、抗争ではなかったようだ。
オレたちは安心して、胸を撫で下ろした。
これで、本当に問題が解決したと、オレたちは確信できた。
「……ビートくん、やったわね」
「ライラのおかげだよ、ありがとう」
オレはライラの頭に手を置き、撫でる。
「えへへ……嬉しい」
ライラは尻尾を左右に振り、喜びの気持ちを表現した。
そしていよいよ、アークティク・ターン号が出発する時間がやってきた。
それは同時に、ダイスとジムシィとの別れを意味している。
オレとライラはミーヤミーヤ駅に戻ると、2等車の前でダイスとジムシィに別れを告げることになった。
「ここで、お別れだな」
ジムシィが寂しそうに云う。
ダイスとジムシィは、ミーヤミーヤ駅のホームまで見送りに来てくれた。
短い間とはいえ、ミーヤミーヤで続いていた人種族至上主義者と獣人族至上主義者との対立を、共に解決へと導いた仲間だ。別れるのは、オレたちも惜しかった。
「きっと、またいつか会えるよ」
「そのときまで、今よりも銀狼族について調べておくよ!」
「約束だからね!」
オレたちはそう云って、ダイスとジムシィと握手をする。
手を離すと、汽笛が鳴り響き、アークティク・ターン号の出発時刻が告げられる。
「それじゃあ、さようなら!」
「さようなら!」
オレたちが2等車に乗り込むと同時に、ドアが閉められてアークティク・ターン号が動き出した。
列車がホームを次々に出て行き、ダイスとジムシィは列車に向かって手を振り続ける。
そして、列車がミーヤミーヤの駅を出て見えなくなるまで、ダイスとジムシィは手を振り続けた。
草原を走るアークティク・ターン号を、高台から見つめるロングコートの男。
その背後には、一台の馬車が止まっている。
「……次の到着駅は、アルトだな。さて、あの男はやってくれるか……?」
静かに呟くと、馬車に戻って高台から姿を消した。
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次回更新は、6月25日21時更新予定です!





