第62話 アルバイト
オレとライラは、商人車にやってきていた。
しかし、客としてではない。
ハッターが行商人として使用しているスペースで、ハッターの商売の手伝いをしているのだ。
どうしてオレとライラが、ハッターの商売の手伝いをすることになったのか。
それは前日の事だ。
オレとライラがハッターから消耗品を買った時に、ハッターから声を掛けられた。
「すまねぇ、お2人さん。明日ちょっと、俺の商売を手伝ってくれないか?」
突然手伝いをお願いされ、オレとライラは目を丸くした。
「あの、どうしてオレたちが……?」
「明日は、商人車のお祭りなんだ。商人車に乗り組んで商売をしている行商人たちが、持っている在庫を解放して、盛大に売り出すことになっている。だからお客さんが多くなるはずなんだ。そうなると、俺1人じゃ回らなくなっちまう。手伝いをしてくれる人が必要なんだ」
ハッターがオレたちに向かって、両手を合わせる。
「頼む! このとおりだ。手伝ってくれるなら、バイト代も支払う!」
バイト代。
オレとライラは、この言葉に魅力を感じ、引き受けることにした。
そしてオレとライラは、ハッターのスペースで手伝いをすることになった。
ライラが売り子になり、オレは品出しと帳簿付けを頼まれた。
「さぁ、いらっしゃい!」
商売車の店が開く時間になると、次々にお客さんが流れ込んできた。
それと同時に、あちこちから呼び込みの声が上がり、一気に商売車の中は賑やかになる。
次々に、ハッターのところにお客さんがやってきては、商品を買っていく。
他の行商人もお客さんに囲まれているが、ハッターはその数が倍近く多い。
続々とお客さんがやってくるため、オレの品出しは追いつかないのではないかと心配になるほどだ。
どうやらオレたちの知らない間に、ハッターはかなり評判の良い行商人になっていたらしい。
「ハッターさん、すごい人気ですね」
「それもこれも、お前さんたちのおかげさ」
ライラの言葉に、ハッターは嬉しそうに告げる。
「お前さんたちに売った非致死性の弾丸が、この間の列車強盗を撃退してくれたからな。それを知ったお客さんが、俺から同じものを買いたいって、やってきたんだ」
「あはは……」
オレは乾いた笑いが出る。
実際には、ハッターから買っていただけではない。
他の行商人や武器商人からも、オレたちは非致死性の弾丸を買っていた。全ての量を合わせると、ハッター以外の商人から買った方が量は多い。
しかし、ハッターは売っているものが豊富なためか、ハッターに多くのお客がつくようになっていた。それにどうやら、オレたちに非致死性の弾丸を売ったことを、積極的に宣伝していたらしい。
これが、マーケティングというやつか。
ハッターの商人としての才能は、他の商人よりも高いらしい。
「さぁ、いらっしゃい! いらっしゃい!!」
元気よく、ハッターはお客を呼び込んでいく。
その横では、ライラもお客を呼び込んでいた。
オレたちが手伝っている、ハッターのスペースには、男女問わず多くのお客がやってきていた。しかし、割合では男性の方が多い。
それはきっとライラのせいだろうなと、オレは思っていた。
ライラは美少女だし、さらに孤児院を出てからオレと旅に出るまで、グレーザー駅にあるレストラン『ボンボヤージュ』でウエイトレスとして勤めていた。接客には、慣れている。
まさに接客はうってつけだ。
1人の男性客が、商品を指さして告げる。
「こ、これください!」
「はい! 銀貨1枚です!」
ライラは笑顔で銀貨を受け取り、男性客に商品を手渡す。
「ありがとうございました!」
笑顔でお礼の言葉を飛ばすと、男性客は顔を真っ赤に染めて嬉しそうにその場を後にする。
ライラの笑顔は、ボンボヤージュで身につけた完全な営業スマイルだが、男性客はもちろん、女性客にも大人気だ。
美少女の笑顔は、男女問わずいい気持ちにさせるらしい。
さすがは、オレの妻だ。
そしてオレは、品出しと帳簿付けで忙しく手を動かしていた。
オレは元々、鉄道貨物組合で荷役のクエストを中心に請け負っていた。品出しについては、そんなに難しいものじゃない。
問題は、帳簿付けだった。
帳簿付けなんて、クエストを請け負っていた時でさえ、やったことがない。
金銭の受け渡しや書類への記入は、ほとんどが鉄道貨物組合の事務の人の仕事だった。開店前に、ハッターから簡単に帳簿付けのやり方を教わったが、オレはちんぷんかんぷんになっていた。
「数字が間違いなく合うように記入すれば大丈夫」
ハッターは笑顔でそう云ったが、オレはその笑顔が恐ろしかった。
間違いなく合うように記入する。それは裏を返すと、記入する位置を間違えれば全てが狂ってくることを意味している。
使っているのは足し算と引き算だけなのに、どうしてこうも複雑に感じられるのか。
オレはグレーザー孤児院で、ライラに計算を教えていた時のことを思い出す。
昔はライラに教えるほどだったのに、まさか時を経た今、教えていた計算で苦戦することになるなんて、思いもしなかった。
しかし、オレは投げ出す事だけはしたくなかった。
バイト代が貰えないだけならまだいい。
オレが恐れているのは、ハッターとの間に築き上げた信頼関係が、崩れてしまうことだ。行商人と信頼関係を築き上げていくと、時にはオマケをつけてもらえたり、商品を安く購入することもできるかもしれない。それに話し相手としても、重要だ。
せっかく築き上げた信頼関係だ。
簡単に手放してなるものか!
オレは意地になって、品出しをしながら、間違えないように慎重に、帳簿へと売上を記入していった。
途中で休憩を挟みながらも、商人車を訪れる人は後を絶たなかった。
そして夜になって商人車のお祭りが終わりを迎えるまで、お客さんはやってきた。
「はぁ~……疲れたぁ」
「わたしも……顔がひきつっちゃいそう」
オレとライラは、閉店したスペースの中で疲れ果てていた。
久しぶりに、かなり激しく動き回ったような気がする。それに、精神的にもかなり疲れた。
まさか対面販売をする商売が、こんなにも大変だったとは思わなかった。
列車強盗を相手にするほうが、まだマシかもしれない。
これを毎日こなして、生業にしているハッターさんって、超人じゃないだろうか?
見ると、ハッターはスペースの奥で本日の売上を計算している。
その目はキラキラとしていて、おもちゃで遊ぶ子どもの目そのものだ。
いったいどこに、そんな元気があるんだろう?
しばらくして、純利益が出たらしい。
ハッターの表情は、より一層キラキラと輝いた。
「2人とも、ご苦労さん」
ハッターがオレたちに、アルバイト代を金貨で手渡しで支払ってくれた。
「きっ、金貨!?」
オレは驚きのあまり、声に出してしまう。
金貨でアルバイト代を支払ってもらえるなんて、予想外だった。
普通、アルバイト代を手渡して支払う場合、銅貨か銀貨で支払われることが一般的だ。オレが鉄道貨物組合でクエストを請け負い、報酬を受け取る際も、そうだった。
それなのに、ハッターは金貨を出してきた。
「売上が思ったよりも良かったからな。ちょっとだけ色を付けておいたぜ。他の奴らには話すなよ?」
オレたちは、ハッターの気前の良さに感激し、何度も首を縦に振る。
こんなにすごいこと、もったいなくて話せない。
「「あ、ありがとうございます!!」
オレとライラは、ほぼ同時にお礼を云った。
「それと、ちょっと片づけを手伝ってくれないか? 残業代、出すからさ」
さらに残業代ももらえるチャンスがやってきた。
これを逃すわけにはいかない。
「じゃあ――」
ライラが動こうとしたが、ライラは大きな欠伸をした。
これ以上、ライラが働くことは無理だろう。
「ライラは先に戻って、休んでいていいよ。オレが片づけを、手伝うから」
「いいの? じゃあ、お先に……」
ライラを先に個室へと戻し、オレはそのまま残ってハッターの片づけを手伝った。
そして全ての片付けが終ったのは、営業終了から1時間後だった。
「悪いな、片づけまで手伝って貰っちゃって。ほい、残業代」
「あ、ありがとうございます!」
残業代を受け取ると、オレは疲れが少し軽くなったような気がした。
そしてハッターのスペースから出ようとして、オレは視線に気がついた。
誰かが、オレのことを見ている。
オレが視線を感じる方向に顔を向けると、獣人族ネコ族の少女がいた。細長い尻尾をゆらゆらと揺らしながら、少女はこちらを見つめている。
「すいません」
少女は、オレに向かって話しかけてきた。
いったい、こんな時間に何の用だ?
そもそも、この少女は誰なんだ?
「私はミャーコといいます。お願いです、助けてほしいんです!」
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次回更新は、6月18日21時更新予定です!





