第61話 お茶会
「ねぇ、ビートくん。クラウド家のお茶会に呼ばれるのって、久しぶりじゃない?」
「ここ最近、お茶会に呼ばれたことなんて無かったもんな」
オレとライラは、特等車に向かっていた。
ミッシェル・クラウド家のお茶会に、オレたちは久しぶりに招待された。
もちろん断る理由など無く、オレとライラは二つ返事で参加することにした。
「最初、お茶会に行った時は緊張しっぱなしだったけど、その後に昼食にも呼ばれているし、今回は少しでもリラックスして楽しみたいな」
オレは初めて、ナッツ氏やココ夫人とお茶会をしたときのことを思い出していた。
緊張していて、紅茶の味が全くといっていいほど分からなかった。紅茶は全て高級で普通なら手が出せないような種類のものも飲んだというのに、味を思い出せないのは、実に残念という以外ない。
今回は、思う存分に紅茶の味を楽しみたい。
「ナッツさんや、ココさんとのお話も楽しみ!」
「そうだな。ミッシェル・クラウド家の人との会話も、楽しみだな」
「あと、メイヤちゃんとラーニャさんも元気でやっているか気になるわ!」
オレはライラの言葉で、メイヤとラーニャのことを思い出す。
メイヤとラーニャは、ミッシェル・クラウド家にメイドとして仕えることになったんだった!
オレとしたことが、すっかり忘れていた。
今日は、メイヤとラーニャが元気でやっているかも、確かめよう。
オレたちは、ミッシェル・クラウド家が使用している特等車に辿り着くと、客室へと続くドアをノックした。
しばらくして、ドアが開いた。
出迎えてくれたのは、1人のメイドだった。
「お待ちしておりました!」
オレたちはその声に聞き覚えがあった。
出迎えてくれたメイドは、メイヤだった。メイヤはメイド服に身を包んでいて、その姿にオレは思わず見とれてしまった。
「お久しぶり、メイヤちゃん!」
「ライラ様! それにビートさん!!」
ライラが気さくに挨拶すると、メイヤは驚いた表情の後、その場に土下座した。
「ライラ様のおかげで、私と母はミッシェル・クラウド家にお仕え出来ています! その節は、本当にありがとうございました!!」
突然目の前で土下座をされ、オレたちは反応に困ってしまう。
こういうとき、どうすればいいんだろう?
人に土下座したことも、されたこともないオレたちは、ただ困惑してこう言葉をかけることしかできない。
「メイヤちゃん、顔を上げて……」
「そうだよ。頼むから、顔を上げてくれ」
そんな時、助け舟がやってきた。
「こらこら、メイヤ。招待客が困っているではないか」
「も、申し訳ありません旦那様! つい……」
その声の主は、ナッツ氏だった。
相変わらず、筋肉質で大きな体をしている。
そして声も大きい。
オレはナッツ氏の大きな声を耳にすると、どうしても緊張してしまう。
「ビート氏にライラ夫人。お待ちしていたぞっ!」
「お茶会にお呼びいただき、ありがとうございます」
オレが感謝の言葉を述べると、ナッツ氏は豪快に笑う。
「はははははっ! 固くなる必要などないぞ! 我が家だと思ってゆっくりしていきなさい! さあ、入ってくれたまえ! メイヤ、ご案内を!」
「畏まりました、旦那様」
メイヤは落ち着きを取り戻し、オレたちを特等車の客室へと案内してくれた。
案内するときのメイヤは、先ほどまでとは違って、完全にプロのメイドのものだった。
オレたちはメイヤの案内で、用意されたイスへと腰掛ける。
来るたびに思ってしまうが、やっぱり特等車の机やイスは豪華だ。1等車や2等車とは比べ物にならない。
「ビートくんにライラちゃん。お久しぶりね」
「ココさん! お久しぶりです!」
「ココ夫人! ご無沙汰してます」
オレたちは挨拶をする。
ココ夫人の横には、メイヤの母ラーニャがまるで侍女のように直立不動のまま立っている。さすがはベテランメイドだ。風格が漂っている。さすがは元ハウスキーパーだ。メイド長だっただけのことはある。
「旦那様、奥様。紅茶の準備が整いました」
「よし! それでは配膳を頼む!」
ナッツ氏の一言で、ラーニャと他のメイドたちがテキパキと動き出す。オレたちが囲んでいるテーブルの上にティーセットが置かれ、サンドイッチやケーキ、スコーンなどのお茶請けが並べられていく。
無駄のない動きに、オレとライラは見とれてしまった。
特にメイヤとラーニャは、親子ということもあってか、息はピッタリだ。
驚くことに、他のメイドとの連携も取れている!!
貴族がメイドを雇う気持ちが、なんとなく分かる様な気がした。
あっという間に、何も無かったテーブルが、貴族のお茶会仕様へと変貌を遂げる。
「それでは、お茶会を始めるとするか!」
ナッツ氏の掛け声で、オレたちとミッシェル・クラウド家のお茶会が始まった。
オレは紅茶を飲み、ケーキをつつきながら、ナッツ氏やココ夫人との会話に華を咲かせる。
貴族と会話する機会はそんなに多くない。
それが上流貴族ともなれば、さらに機会は限られてくる。
普段、会話相手がライラしかいないオレにとって、ミッシェル・クラウド家のナッツ氏やココ夫人との会話は、新鮮そのものだ。
それができる数少ない機会であるお茶会が、オレは大好きだった。
会話を楽しんでいると、机の隅に2人の子どもが座っていることに気づいた。
子どもは1人が男の子で、もう1人が女の子だ。
あれ? あの男の子、見覚えがあるぞ?
オレが男の子を見ていることに、ココ夫人が気づいた。
「ビートさん、どうかしたの?」
「ココさん、あの子どもさんは、もしかして――」
「そう。私と旦那の子どもよ。男の子がスラッシュ。女の子がララヤよ」
やっぱりか、とオレは思った。
スラッシュが、どこか見覚えがある子供だと思ったら、ミッシェル・クラウド家と知り合うキッカケになった、あの時の子どもだった。
しかし、前回昼食に呼ばれた時には、姿が見えなかったような気がする。
「あの……昼食をごちそうになった時は――」
「あのときは、まだ緊張していて、恥ずかしがって出てこなかったのよ」
「メイヤとラーニャが来てから、私の子どもたちも少しずつ人見知りをしなくなってきたんだ!」
ナッツ氏が云う。
「「こんにちはー」」
2人の子どもが云う。
どうやら、人見知りをしなくなったのは本当らしい。
「かわいい!」
ライラがナッツ氏とココ夫人の子どもに云う。
「なんでしょうか……すごく癒されるような、かわいさがありますね」
「ありがとう。ライラちゃんも可愛いわよ」
「ありがとう! ライラ夫人!!」
ココ夫人とナッツ氏が喜ぶ。
自分の子どもを褒められるのは、親としてはやっぱり嬉しいものなんだな。
オレは目を細めながら、そのやり取りを見て残っていた紅茶を飲み干す。
「おわかりはいかがいたしますか?」
即座にラーニャが、ポットを持って現れる。
どこからオレのカップが空になるのを見ていたのか。
少しだけ気になったが、オレはもう1杯飲みたいと思っていたから、あまり気にしなかった。
「お願いします」
「かしこまりました」
おかわりの紅茶が、カップに注がれた。
ラーニャとメイヤのメイド服を見て、オレはそのメイド服を着ているライラを想像した。オレのことを『ご主人様』と呼びながら、身の回りの世話をしてくれるライラ。
ヤバい。可愛い。可愛すぎる。
オレは周りに気づかれないように、慌ててカップに注がれた紅茶を飲んだ。
「そういえば訊いたぞ、ビート氏」
「はいっ? なんのことでしょうか?」
ナッツ氏の言葉に、オレは首をかしげる。
「先日ライラ夫人と協力して、列車強盗を撃退したそうではないか!」
あぁ。列車強盗の事か。
オレはティーカップを置いた。
「いえ、運が良かっただけですよ」
「いや、運のせいではないな!」
ナッツ氏ははっきりと告げた。
「今さら云うのもなんだが、実は私も窓から様子をうかがっていたんだ」
「えっ、見ていたんですか!?」
「加勢しなかったことは、許してほしい。戦いとなると、あまり自由に動けない身なものでな……」
オレは加勢してほしかったと思ったが、ナッツ氏の言葉で思い出した。
ナッツ氏はクラウド茶会のオーナーだ。
もし加勢してくれて一緒に戦ってくれたとしても、もしも人質にでもなってしまったら、勝ち目は無かったかもしれない。それどころか、取引でクラウド茶会に莫大な身代金を要求されることも考えられる。
こういう慎重さも、オーナーとして必要な素質なんだな。
オレはそう納得したが、そうではないことがナッツ氏の口から放たれた。
「本当は加勢したかったんだが、いかんせん現場を離れてかなりになるからな。ビート氏の足を引っ張ってしまうといけないと思って、加勢しなかったんだ」
「えっ? 人質に捕られて身代金を要求されたりしないようにと、慎重に動いていたのではないのですか?」
「いや? 慎重に動くことなんて、私は一切考えていなかったぞ?」
あれ、そうだったの?
オレは目を丸くした。
「それに、私が簡単に捕まるような男に見えるか?」
ナッツ氏は腕まくりをして、力こぶを見せつける。
うん。人質になったりするかもなんて考えた、オレが間違っていた。
どう見ても、ナッツ氏は人質になるようなタイプじゃない。
むしろ、鎖を引きちぎって、大暴れするタイプだ。
「じゃあ、現場を離れてというのは……?」
「実は私も、若い頃は冒険者だったんだ」
ナッツ氏が話してくれた内容をまとめると、こうなる。
ナッツ氏がクラウド茶会のオーナーに就任する前、ナッツ氏は腕利きの冒険者だった。その自慢の筋肉に物を云わせて、いくつものクエストをこなしてきた大ベテランで、評判もかなりの者だったらしい。
そして旅の途中でココ夫人と出会い、お互いに紅茶好きなことで意気投合し、結婚。
強盗団や魔物退治でかなりの声明を獲得した実力者らしい。
その後、ナッツ氏がクラウド茶会のオーナーに就任することが決まると同時に、冒険者を引退。
2人の子どもを授かり、今に至っているという。
「しかし、ビート氏とライラ夫人の激闘を見聞きして、私は反省した。次何かあった時は、必ず力を貸すぞ!」
「あ、ありがとうございます!」
オレはお礼を云った。
ナッツ氏が戦いに加わってくれたら、なんと心強いことか。
もちろん、そんなことが無い方がいいんだけど。
その後、お茶会は夕方まで続き、オレたちは楽しいひと時を過ごした。
オレたちは、西日が降り注いでくる列車の中を歩き、2等車の個室へと戻って来た。
「美味しいお茶に、メイヤちゃんたちが問題なくお仕え出来ていることが分かって、良かった」
「今度は、お茶菓子を何か持って行ってもいいかもしれないな」
いつもごちそうになってばかりだから、今度呼ばれた時は、オレたちで何かお茶菓子を持って行った方がいいだろう。
しかし、ライラはその言葉に対して首を横に振った。
「その必要はないよ」
「どういうこと?」
ライラの言葉に、オレは首をかしげる。
「わたしが、キッチンを借りて作ればいいんだから!」
ライラは自慢げに、右腕を軽く叩いた。
なるほど、その手があったか。
以前、ライラがナッツ氏とココ夫人に、デザートとしてホットケーキを作って大好評だったことを思い出す。ナッツ氏とココ夫人が大絶賛したのだから、きっと子どものスラッシュとララヤにも大好評なのは間違いないだろう。
「そういえばビートくん、今日はなんか妙にメイヤちゃんやラーニャさんを見ていたけど、どうかしたの?」
あっ、バレていたのか。
オレは冷や汗を流しつつも、冷静を装う。
「え、えーと……」
心の中で考えていたことを、オレは正直にライラに話した。
メイヤやラーニャが着ているようなメイド服を、ライラが着たらどうなるのかと想像していた。そして結論としては、めちゃくちゃ可愛いだろうということになった。
めちゃくちゃ可愛い。
その言葉に反応したライラは、顔を紅くして尻尾を振った。
「ビートくん、そんなに私のメイド服姿が見たいのね。……じゃあ、今度買ってきて、着てあげるよ!」
「でも、この列車に乗り込んでいる行商人が扱っているかな?」
「……あっ」
行商人でも、メイド服は扱っていない。衣服を扱っている行商人はいるが、メイド服はメイドを雇う人くらいしか買って行かないのが現状だ。そんな人が、行商人からメイド服を購入することなど、あり得ない。
ライラは、軽く舌を出して笑った。
「じゃあ、いつかきっと……ね?」
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次回更新は、6月17日21時更新予定です!





