第56話 水の都ルマルエーズ
アークティク・ターン号が、ルマルエーズの駅に到着した。
停車時間は、いつものように24時間だ。
そしてオレたちも、いつものように列車から降りて街を散策することにした。
「あーっ、久々の動かない地面だ」
「ね、早くルマルエーズの街を見に行こう!」
オレはライラに腕を引かれ、ライラと共にルマルエーズの駅を出た。
ルマルエーズは、西大陸の大運河であるゼフィロス川と、それ以外の複数の川が合流する地点にある街だ。古くから川の水を引いて水路が作られ、船が主要な交通手段として利用されてきた。船を使った交通の要所でもあることから、物流の拠点としても知られている。
ルマルエーズは、貿易の中継地点としての顔を持ち、領主はルマルエーズを利用する貿易船に通行料や使用料を求め、かなりの財を成している。
水路が街中に張り巡らされていることから、ルマルエーズは『西大陸の水の都』と呼ばれ、美しい街並みが人気の観光地として有名になっていた。この街を愛する貴族も多く、特に女性からは人気が高い。
オレとライラは、水路が張り巡らされたルマルエーズの街を進んでいた。
「美しい街ね」
「本当に、綺麗だな」
ルマルエーズの街を構成する建物の壁は、白で統一されていた。しかも塗り替えを行った直後のように、全くといっていいほど汚れていない。
道行く人々は、ラフな格好の人が多い。暑くも涼しくも無い、まさにちょうどいい気温だからか、その方が過ごしやすいのかもしれない。
オレが街の美しさと綺麗さに感動していると、ライラが立ち止まった。
「ビートくん、あれ!」
ライラが指し示した先には、桟橋があり、そこにはゴンドラが停泊していた。
ゴンドラには何人か乗っている。どうやら乗合馬車のようなものであるらしく、伝統的な衣装に身を包んだ船頭が舵を握っている。
「乗ってみたい!」
「オレも、気になってきた」
オレたちの足は自然と、桟橋に向かった。
そのまま船頭に料金を支払い、ゴンドラに乗り込む。
ゴンドラに乗るなんて、初めての経験だ。
ライラが外側に座り、オレが通路側に並んで座る。
「それでは、レディースアンドジェントルメン。準備はいいですか? 出発しまーす!」
船頭がそう云って、ゴンドラのエンジンを起動させる。
ロープが外されると、ゴンドラは水路をゆっくりと進み始めた。
狭い水路をスイスイと進むゴンドラ。
進むたびに水面を切り、波を作っていく。
馬車や列車とは全く違う乗り心地と景色に、オレとライラは言葉を失う。
オレとライラは、最初に乗った桟橋に戻って来るまで、ゴンドラに乗ってルマルエーズの街を一周することにした。
「お疲れ様でした」
最初の船着き場に、戻って来た。
船頭の言葉を皮切りに、ゴンドラから次々に人が降りていく。
オレとライラも、それに混じってゴンドラから降りた。
「ゴンドラ、楽しかったね」
ライラはご満悦だったらしく、ゴンドラに乗っている間、とても楽しそうだった。
「初めて乗ったけど、面白かったな」
ゴンドラは、確かに面白かった。
しかしそれだけではない。オレは分かったこともあった。
ゴンドラでルマルエーズを一周して来て、ルマルエーズがいかに水路だらけなのかよく分かった。
オレたちのような余所から来た者なら、間違いなく迷ってしまうだろう。
「さて、次はどこに行こうか?」
「そろそろ、お昼だからどこかで食事にしたい」
「そういえば、ルマルエーズの名物料理とかって、何があるんだろう?」
「探せばきっと、何かあるよ! 行こう!」
ライラに手を引かれながら、オレは歩き出す。
貿易の拠点だから、きっと色々なものが集まってくるはずだ。
美味しい料理だって、いくらでもあるだろう。
その頃、ルマルエーズに流れ込む全ての川が最も接近する場所、交易所では数多くの貿易船が集まっていた。
取引される品物は、実に様々だ。
食品、嗜好品、生活雑貨、本、文房具、薬、鉄製品、武器、防具……。
そしてそれらの中には、奴隷も含まれている。
交易所にある奴隷商館では、奴隷として多種多様な人族や獣人族が取引されていた。
とりわけ人気があるのは、労働力として最適な若い男と、見た目の美しい女だ。
奴隷たちは普段、奴隷商館の地下にある牢獄で管理され、逃げ出せないように逃走防止用の鎖で動きを制限されている。食事も決まった時間に、ボソボソとした水気の無いパンと、豆のスープという質素なメニューしか与えられない。
そんな場所に、1人の男がやってきた。
男は、陽気な気候だというのに、コートを着込んでいて、それを脱ごうとはしない。
受付に立つと、すぐに受付にいた男が挨拶する。
「こんにちは。本日はどのような御用で?」
「ここでの銀狼族の相場を、教えてほしい」
コートの男は、そう云った。
銀狼族、と伝えた途端、明らかに受付の男の目が輝いた。
「ぎ……銀狼族の相場ですか? えーと、売りですか? それとも買いですか?」
「両方だ」
「かしこまりました。少々、お待ちください」
受付の男は、カウンターの奥へと引っ込んでしまう。
しばらくしてから、受付の男がファイルを持って戻って来た。
「おまたせいたしました。当奴隷商館では、銀狼族の買いの場合、大金貨30枚~200枚くらいの間で取引されています」
「ずいぶんと幅が広いな。どうしてそんなに?」
「老若男女で値段がかなり変わるんです。最も人気があるのが、若い女性や子どもですね。時には大金貨200枚以上のお値段をつけられることもありますよ」
「なるほど。売りの場合は?」
「売りの場合は、大金貨5枚~30枚くらいでしょうかね」
受付の男がそう云うと、コートの男が一気に表情を変えた。
「そうか」
「お客様は、どちらの取引を希望しておりますか? あいにく、銀狼族の在庫が無いため、売りでしかご対応できませんが……」
「売りで頼もうかと思ったが、止めた」
コートの男が冷たい声で云い放つと、受付の男の顔が真っ青になった。
「おっ、お客様! なぜですか!?」
「売りの相場が低すぎる。それだけのことだ」
それだけ云って、コートの男は奴隷商館の外に出た。
受付の男が叫ぶ声が聞こえてきたが、ドアを閉めると一切聞こえなくなった。
「全く、バカな男だ」
せっかく大金を掴むチャンスだったのにな。
男はコートの襟を立て、ポケットに手を突っ込んで歩き出した。
まだまだ、様子を見ていく方がいいだろう。
オレとライラは、昼食に名物のスープパスタを食べ終え、レストランを出た。
さすがは貿易拠点として名高いルマルエーズ。あちこちから集まった美味しい食材を使った料理は、リーズナブルなものでも十分すぎるほどに美味しい。
オレもライラも、大満足だ。
「美味しかったなぁ」
「うん、とっても美味しかった!」
ライラは笑顔で云う。
「食べ歩きをしてみるのも、いいかもしれないな」
「でも、おカネは大丈夫?」
「大丈夫。ポケットマネーには余裕があるさ」
オレは、グレーザーに居た頃、旅立つ直前まで鉄道貨物組合からクエストを請け負っていた。そのどれもが、高額な報酬を提示されたクエストばかりだ。そして受け取った報酬は、全てポケットマネーとして貯めてきた。その額は、半端ではない。
「さんせーい!」
「よし、行くか!」
オレとライラは、そのまま食べ歩きに出発した。
ルマルエーズでの食べ歩きは、大正解だった。
ファーストフードを中心に、いくつもの軽食を食べたが、そのどれもが美味しかった。オレとライラは舌鼓を打ちながら、次から次へと食べ歩きをし続ける。
「ビートくん、これも美味しいよ!」
「ライラ、これも食べてみてよ!」
オレとライラは、こうしてルマルエーズでの食べ歩きを楽しんだ。
夜遅くに、オレとライラはアークティク・ターン号の2等車個室へと戻って来た。
シャワーを浴び終えてから個室へ戻って時計を見ると、夜の10時を過ぎていた。
「すっかり遅くなっちゃったね」
「でも、食べ歩きで美味しいものをいっぱい食べれたから、わたしは大満足!」
ライラはそう云って、ベッドに腰掛ける。
「ルマルエーズも、いい街だったな。食べ物は美味しかったし、街は綺麗だったし、貴族にも人気がある理由がよく分かった」
「本当に。わたしもルマルエーズに住みたくなっちゃった」
「じゃあ、ここからライラの両親を探すのは、オレ1人だな」
「もう、冗談だって! お父さんとお母さんを見つけるのが最優先だから!」
オレとライラは笑い合い、ベッドに寝転がる。
ツインベッドだから、大の字になって寝転がっても十分な広さがある。
「……北大陸まで、まだまだ遠いね」
「大丈夫。千里の道も一歩からだって、ハズク先生が云ってたじゃないか」
「そうね。いつかきっと……」
ライラはそこまで云って、あくびをした。
翌日。オレたちが起きた頃に、アークティク・ターン号の汽笛が轟き、列車が動き出した。
ルマルエーズの駅を出たアークティク・ターン号は、合流するいくつもの川に掛けられた鉄道橋を走り抜け、ルマルエーズから離れて行った。
離れた所から見るルマルエーズの街並みも、美しかった。
ルマルエーズは、どこまでも美しい印象を与えてくれる街だった。
「きれいだったね」
「またいつか、観光に来たいな」
オレたちは地平線にルマルエーズの街並みが沈んでいくまで、後方を見続けていた。
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