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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第5章
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第54話 メイヤの悩み

「お願いします! 私の家族を、どうか助けて下さい!!」


 突然、背の高い少女がライラに救助要請(きゆうじよようせい)をしてきた。

 当然のことだが、オレとライラは困惑し、顔を見合わせる。


「あ、あの……顔を上げて下さい」


 ライラがそう云うと、少女はすぐに顔を上げる。

 整った顔立ちだが、今はその顔に焦りが浮かんでいた。


「私の家族を、助けていただけるんですか!?」

「落ち着いて下さい。まずは、名前とか……あなたのことを教えて下さい。ここでは通行の邪魔になりますから、私達の部屋で聞きます」


 ライラが、オレに視線を向けてくる。

 いいんじゃないか? 悪い人ではなさそうだぞ。

 オレはそう目で答えた。


「は、はい……ありがとうございます!」


 少女はオレたちに続いて、歩き出した。




「まずは、お茶でも飲んで、落ち着いて下さい」

「ありがとうございます!」


 ライラは少女に、紅茶の入ったビンを差し出す。

 2等車の個室に誰かを招き入れるのは、南大陸でチャクから手帳を探してほしいとお願いを受けた時以来だ。

 紅茶を飲んで落ち着いた少女は、そっと語りだした。


「私は、メイヤといいます。1等車の個室で、家族と共に旅をしています」

「メイヤちゃんね。わたしはライラ。隣にいるのは、私の幼馴染みで夫のビートくんよ。よろしくね」

「よろしく」


 ライラとオレが挨拶すると、メイヤはゆっくりと頭を下げた。


「よろしくお願いします」

「メイヤちゃん、さっき云った『家族を助けて』って、どういうことなの? それもわたしが獣人だと分かったら、いきなりそう云ってきたんだけど……」

「驚かせてすみません。話すと長くなるんですが……」

「いいよ、聞かせてくれ。どうして獣人なのか、その理由も知りたい」


 オレが促すと、メイヤは紅茶を一口飲んだ。


「分かりました。お話しいたします」


 メイヤの口からオレたちが訊いた内容は、次の通りだった。




 メイヤの家族は、かつてはとある領主に住み込みで仕えるメイドの家柄だった。

 メイヤ自身、幼い頃から家族からの教育と、お屋敷での実践により、早くからメイドとして雇い主の子どもの遊び相手を任されていた。自分自身が使用人として必要とされる。それはメイヤにとってこの上なく嬉しいことであった。


 しかし仕えていた領主没後、新しく領主となった者はメイヤの家族を解雇し、新しい使用人を雇入れてしまった。

 家族単位で住む場所と仕事を失ってしまったメイヤの家族は、新たなる雇い主を求めてアークティク・ターン号に乗り込んだ。

 旅費は貯金と、退職金を当てた。

 どこの大陸の領主や貴族でも構わない。一家が離散せずに、同じ場所で暮らしていけるのならそれ以上は求めない。

 そうしてあちこちの街で使用人の仕事を探しつつ、旅を続けてきたが、なかなか雇い主となる領主や貴族は現れず、旅費ばかりが減っていく日々が続いていた。

 メイヤ自身、このまま誰からも必要とされなくなるのではと、ブルーになっていたこともあったという。


 そんな時、獣人のライラが現れ、メイヤは家に古より伝わる言い伝えを思い出す。


『家族が困難に陥った時、白銀の毛並みを持つ獣人が現れ、家族を救って100年の安心と安泰をもたらすであろう』


 白銀の髪を持つライラを見て、メイヤはライラこそが言い伝えにある獣人だと確信し、ライラに助けを求めてきたのだった。




「どうか、私の家族を助けて下さい、白銀の獣人様!」


 メイヤはその場に土下座をして、ライラに助けを乞う。


(ビートくん、どうしよう……わたし、仕事場の斡旋(あつせん)なんて、したことないよ!)

(オレもだ。それにしても、どうして言い伝えにある獣人が、白銀の毛並みを持つ獣人なんだろう?)

(分からないよ。でも、メイヤちゃんの家族をこのまま放っておくのも……)

(それはオレも同感だ。だが、オレたちにできることって――)


 オレとライラは、小声でそんなやり取りをする。

 とてもじゃないが、オレたちにできることなんて思い浮かばない。

 いったい、どうすればいいんだろう?


 オレは、少し訊いてみることにした。


「……ちょっと聞きたいんだけど、メイヤちゃんの家族って何人いるの?」

「えっ……私と母のラーニャだけですが?」

「お父さんは?」

「それが……」


 父親は、長いこと行方不明で生死も分からないらしい。

 どうやら新しい領主と使用人の継続雇用について交渉をしていた時のゴタゴタの中で、姿を消してしまったらしい。

 悪いことを訊いてしまったと、オレは反省する。



 すると、ライラが何かを思い出したように手を叩いた。


「そうだわ!」

「ライラ、何かいい案が浮かんだのか?」

「新しい雇い主になりそうな人が、1人いるわ!」

「本当ですか!? どなたですか!?」


 そんな人が、ライラの知り合いでいただろうか?


「ライラ、そんな人っていたか?」

「いるじゃない。特等車に」


 ライラは自信たっぷりに、そう云った。




「……というわけなんです」


 オレとライラが、メイヤとその家族を連れて尋ねたのは、特等車で旅をしているミッシェル・クラウド家のナッツ氏とココ夫人だった。

 ライラが「雇い主になりそう」といっていた人とは、ミッシェル・クラウド家のナッツ氏のことだった。

 まさかナッツ氏だと思わなかったオレは、生唾を飲み下す。簡単にOKが出るとは思えない。ナッツ氏はオレとライラには好意的だが、本来は茶豪(ちやごう)と呼ばれるクラウド茶会のオーナー家の家主だ。

 果たして、人物証明書もなく、たまたま同じ列車に乗り合わせていただけのメイヤとその家族を雇入れてくれるのだろうか?


「ふぅむ……新しいメイドかぁ」


 ナッツ氏は、いつになく真剣な表情をしている。

 これが、クラウド茶会をまとめるオーナーとしての顔かもしれない。


「あなた、どうしますか?」

「ほかならぬビート氏の妻、ライラ夫人の頼みだ。私も子供たちの教育係を兼ねた使用人の雇入れを検討していた頃だ。メイドの職を探している使用人候補者の紹介とは、渡りに船だ」


 ナッツ氏の言葉に、オレたちは口元をゆるませて顔を見合わせる。

 これは、大当たりなのではないだろうか!?

 メイヤの家に伝わる「家族を救って100年の安心と安泰をもたらす白銀の毛並みを持つ獣人」とは、ライラのことで間違いなかったのかもしれない。


 まさかこんなにも早く、話が進むとは思わなかった!

 ナッツ氏と親しくなっておいて、本当に良かった!


「では、早速――」


 オレがメイヤを呼びに行ってきます。

 そう云おうとしたが、ナッツ氏が口を開いた。


「まぁ待ちなさい。まずは面接、そして実技試験だ」


 ナッツ氏はそう云うと、セバスチャンが持って来た紅茶を一口飲んだ。


「私とて、実力が分からないまま雇入れるわけにはいかない。まずはどれほどの実力があるのか、見させてほしい」

「そうですね」


 オレは頷いた。

 ナッツ氏の言い分は、最もだろう。


「ライラ夫人、メイヤという少女とその家族に伝えてほしい。明日、正午に面接と実技試験を行うので、来てほしいと。あとビート氏とライラ夫人には、念のため立ち会ってもらいたい」

「分かりました!」


 ライラは元気よく返事をした。




 ミッシェル・クラウド家が利用している特等車を出たオレたちは、すぐに1等車のメイヤとその家族が待つ個室へと向かった。一刻も早く、知らせておいた方がいい。連絡は早ければ早いほど、相手から信用を得られるものだ。

 1等車の個室には、メイヤとその母親らしき女性だけがいた。

 ライラの話を聞いたメイヤは、目を輝かせた。


「ほ、本当ですか!? あ、ありがたい……!!」


 メイヤは手の指を組み合わせ、ライラに祈りを捧げるように(ひざまづ)いた。


「あのクラウド茶会のオーナーであるミッシェル・クラウド家に仕えることができるなんて、やっぱりライラ様は神が使わした獣人なのですね!!」

「あ、あのね! まだ採用と決まったわけじゃないの!!」

「え……?」

「まずは面接と実技試験を受けて、それから採用か不採用かを決めるから、明日の正午に家族そろって来てほしいって、ナッツさんから伝えるよう頼まれたの」


 ライラがゆっくりと、メイヤに説明する。まるで子どもをあやすようだが、今のメイヤには、こうした説明の方がいいだろう。

 メイヤはライラの話を一通り聞いて、ゆっくりと頷いた。


「……分かりました。明日の正午に、面接と実技試験ですね」

「わたしもナッツさんから、立ち会って欲しいと云われているの。落ち着いて受ければきっと大丈夫。だから、必要以上に緊張しないでね」

「はい! ライラ様が見守ってくれるのなら、もう採用が決まったようなものです!! 私、頑張ります!!」


 メイヤは、満面の笑みでそう云った。

 これで、明日の面接と実技試験が決定した。




 翌日の正午。

 オレとライラは、ミッシェル・クラウド家が使用する特等車の客室に来ていた。

 これからミッシェル・クラウド家に仕えることになるかもしれない、メイヤとその家族の面接と実技試験に立ち会うためだ。

 メイヤとその母親は、かつての領主に仕えていた時に使用していたメイド服に着替えていた。メイヤは昨日のライラと接していた時の表情はどこにもなく、キリっとした顔になっていた。

 どうやら、メイヤはメイド服を着るとシャキッとするらしい。


「それでは、これよりメイヤ女史とその母親、ラーニャ夫人の面接及び実技試験を執り行います」


 司会進行を務めるのは、ミッシェル・クラウド家の執事、セバスチャンだ。

 これほどピッタリな人が、他にいるだろうか。


 そしてオレとライラが見守る中、メイヤとラーニャの面接と実技試験が始まった。




「……うむ! 2人とも、意欲と実力は良く分かった! それでは、結果を伝える!」


 2人の面接と実技試験が終わり、ナッツ氏が合否を伝える意思を明確にする。

 メイヤとラーニャが生唾をゴクンと飲み下す。

 オレとライラも、結果が気になっていた。


 メイヤとラーニャが面接でどこまで本当のことを云っているのかは分からなかったが、メイドとしての実力は本物だと思った。

 実技試験では、制限時間内に掃除を終わらせ、軽食を用意した。もちろんそれだけではない。ラーニャは豊富な実務経験と前例に裏打ちされた知識を持ち、メイヤも母親譲りの気が効く動きを見せた。


 メイヤとラーニャは、やるべきことをやり切った。

 後は、ナッツ氏の判断次第だ。


「2人とも、合格とする!」


 ナッツ氏の答えに、メイヤとラーニャの表情が明るくなった。

 オレとライラは、視線を交わし、ウインクをする。


「早速だが、次の停車駅からこちらの特等車に移ってもらい、仕事に取り掛かってもらうぞ!」

「はい! どうぞよろしくお願いいたします!」


 メイヤが、ナッツ氏の言葉に嬉しそうに答える。

 その目には、うれし涙が浮かんでいた。




「本当に、ありがとうございました!!」


 1等車の個室前まで戻って来ると、メイヤとラーニャがライラに頭を下げる。


「ライラ様は、我が家に伝わる伝説にある、白銀の毛並みを持つ獣人でした!」

「新しい奉公先を見つけていただき、感謝してもしきれません!!」

「そんな、もう、大げさですよ!」


 ライラが嬉しそうに云う。


「これからは、ミッシェル・クラウド家のメイドとして、紹介してくれたライラ様に恥ずかしくないように、ミッシェル・クラウド家に仕えていきます!」

「頑張ってね。わたしも、ナッツさんとは知り合いだから、またティータイムなどで会えるから」

「オレも応援しているから、頑張れよ!」

「はい! ありがとうございました!!」


 メイヤとラーニャが、再び深いお辞儀をした。




「メイヤちゃんたち、無事にミッシェル・クラウド家に仕えることになって良かったわね」

「あぁ。本当に良かった」


 オレとライラは、手を繋ぎながら2等車の個室へと戻って来た。


「ナッツさんも、喜んでいたわね。『人手が不足気味だったから、実力のある使用人が2人も増えてくれた!』って、大喜びしてた。メイヤちゃんも、幸せそうだったわね」

「お互いにハッピーになるのって、いいよな」


 オレはそう云って、ベッドに腰掛ける。ライラも同じように、オレの隣に腰掛けてきた。

 すると、ライラはオレに抱きついてくる。


「わたしも、ビートくんと一緒にいられるから、幸せよ?」

「ライラ……」


 オレはライラの頭を撫でる。ライラの銀髪を撫でてくしゃくしゃにすると、ライラは尻尾を振りながら笑顔を見せる。


「えへへ……」


 オレも、ライラと一緒にいられるなら、幸せだ。

 その日はしばらく、ライラの頭を撫で続けた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘等お待ちしております!

次回更新は、6月10日21時更新予定です!


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