第52話 決闘
オレはオールに連れられ、アム・ベルファスト・フランシス・スミス伯爵の居城の中へと案内された。
居城の中にある広い庭が、オレとオールの決闘場だ。
判定員として、オールと同じ騎士団に所属する年長の騎士が立ち会うことになった。
「それではこれより、アム・ベルファスト・フランシス・スミス伯爵の息子オール氏と、ライラの夫、ビート氏の決闘を始める!」
年長の騎士が、威厳のある声で告げる。
オレとオールは向かい合い、お互いを睨みあう。
武器は、オールが愛用の剣。オレがソードオフだ。
側から見れば、オールに勝ち目はない。
オレが飛び道具を持っているからだ。
しかし、オレは安心してなどいなかった。
ソードオフは確かに強力だが、装弾数は2発しかない。
2回撃ったら、再装填しないと撃てなくなる。
使用回数に制限がある。
だが剣には使用回数の制限は無い。
空いてが手放さない限り、無限に使用できるのが強みだ。
しかもオールは、剣については相当な実力があるらしい。
騎士団の他の騎士たちが、オレを憐みを含んだ目で見ていた。
「よりによって、オールと決闘することになるなんて……」
「あの少年、いくらソードオフがあっても、オールの剣には勝てそうにないぞ」
「オールの剣に勝てた奴は、まずいないからな」
どれくらいの実力を持っているのかは不明だが、用心するに越したことはないだろう。
急きょ設けられた観客席には、大勢の人が詰めかけていた。
人族、獣人族、老若男女問わずだ。
歓声を上げ、決闘のゴングが鳴り響くのを今か今かと待ちわびている。
中には、勝敗を巡って賭け事をしている奴もいるようだ。
ふと見ると、ライラが傍聴席代わりになっている庭の隅から、こちらを見つめていた。
祈るように両手を胸の前で組んでいる。
(ライラ、心配するな。オレは必ずライラを守るから)
そう思いを込めて、オレが親指を立てる。
ライラにはそれが通じたらしく、安心したように笑顔を見せた。
さすがは、長い時間を一緒に過ごしてきた幼馴染みだ。
そしてそれを見たオールが、変な解釈をした。
「ミス・ライラ、必ず僕の妻として迎えるから、待ってておくれ」
誰がお前なんかに、ライラを渡すものか。
その綺麗な顔を、見るも無残なものにしてやる。
オレはそっと、ソードオフにショットシェルを込めた。
相手を殺さないのが原則のため、非致死性のショットシェルしか、用意していない。
果たして、甲冑相手にどこまで通用するだろうか……。
「それでは、双方、用意はいいか!?」
オレとオールが、ほぼ同時に頷いた。
それを確認した騎士が、右手を挙げた。
「それでは、決闘、始めっ!」
ゴングが、アム・ベルファスト・フランシス・スミス伯爵の居城に轟いた。
「アム・ベルファスト・フランシス・スミス伯爵の息子、オール・ベルファスト・フランシス・スミスだ! 僕は剣の使い手で、その実力は騎士団随一! 決闘を決めたその勇気に敬意を表して、いざ参る!!」
オールが叫んで、剣を抜いて突撃してくる。
オレは何も云わず、オールにソードオフを向けると、引き金を引いた。
2発の銃声が轟く。
「ぐわっ!?」
オールが叫び、その場に倒れる。
オレがソードオフから放ったのは、ゴム散弾と呼ばれるショットシェルだ。
非致死性のショットシェルで、当たると痛いが死にはしない。
ソードオフから放ったゴム散弾は、すぐに拡散して飛び、オールを真正面から捕えた。
見事に、甲冑の無い頭部に命中してくれた。
オレは銃身を折り、空になったショットシェルを排出すると、すぐさま次のショットシェルを装填する。
もちろん次も、非致死性のショットシェルだ。
「ぐぬぬ……」
オールはすぐに起き上がり、再び剣を手に、攻撃態勢に入る。
「飛び道具なんか、僕にはきか――ぐあっ!?」
オールの額に、ビーンバッグ弾が命中する。
放ったのは、もちろんオレの持つソードオフだ。
ビーンバッグ弾は、小型のお手玉を発射する非致死性ショットシェルだ。
もちろんゴム散弾同様、当たると痛いが死にはしない。
しかし、当たった時の痛さは、ゴム散弾の比ではない。
「うがあああ!!」
あまりの痛さに、オールは剣を手放して額を抑え、その場で転げまわる。
これで、勝負あったか!?
しかし、オレの予想は甘かった。
すぐにオールは、痛みを堪えて立ち上がった。
「ま……まだまだぁ!!」
こいつ、意外としぶといな。
オレは次のショットシェルを装填し、再び銃口を向けた。
「うおらっ!」
しかし、引き金を引くよりも早く、オールの剣が降りかかってきた。
「うわっ!」
オレは慌てて避ける。
幸いにも、ソードオフは落とさなかったが、姿勢を崩してしまった。
そしてその隙を逃すまいと、オールは剣で追撃を駆けてくる。
とても、ソードオフを構え直す余裕がない。
オレはオールに背中を向け、逃げ出す。
「待て! 逃げるなあっ!!」
オールは甲冑を鳴らしながら、オレを追いかけてくる。
「ビート氏、ついに戦意を喪失したか!?」
オールの仲間の騎士が、叫ぶ。
「やっぱり、所詮あの程度の奴だったんだ」
「あの獣人女も、どっちが旦那としてふさわしいか、理解しただろう」
「背中を見せて逃げるなんて、醜いなぁ」
騎士たちが笑うが、年長の騎士は笑っていない。
むしろ、表情を険しくする。
「……まさか、あの少年」
これから起こりうる全ての出来事を、年長の騎士は頭の中でシミュレーションしていた。
「……オール様」
観客席で、1人の少女が立ち上がった。
フードを目深に被っていて、顔がどのような感じなのかは分からない。
少女は決闘に熱狂する観客たちの間をすり抜け、観客席の裏へと出た。
そして駆け出した。
「決闘なんて……もう危ないことは止めてください……!」
少女が駆けていく姿を見ていた者は、誰もいなかった。
「まだ逃げるか! 正々堂々と戦え!!」
オールが背後から怒鳴り声をかけてくる。
確かに、側から見れば逃げているようにしか見えないだろう。
だが、これは単なる逃げじゃない。
戦略的撤退というものだ。
そろそろ、いいだろう。
「逃げてなんかねーよ!」
オレは背後に顔を向け、叫ぶ。
そして片足で地面を蹴りあげ、オールがいる方向へと向きを一瞬で変える。
あっという間に、オールとの距離が縮まった。
「いい度胸だ! 大人しく我が剣の裁きを――!」
オールが剣を振り上げ、そこで動きを止めてしまう。
なぜなら、オールの眉間にソードオフの銃口が突きつけられたからだ。
「……!!」
「剣の裁きとやらは、どうした?」
オレは挑発するように笑い、オールに問いかける。
この至近距離では、避けることなどまずできない。
剣を振り下ろそうにも、それよりも早くソードオフがオールを捕えてしまう。
しかもソードオフには、ビーンバッグ弾が装填されている。
当たったら気絶は免れない。
さらにこの距離なら、どんなに頑張っても外すことはない。
つまり、オールは後にも前にも進めない状態になってしまった。
完全な『詰み』だ。
このときまでは、オレはそう思っていた。
「……甘いな」
「えっ?」
その直後、オレが握っていたソードオフの銃身が、逆にオールに握られた。
しまった!
オレがそう思った時には、すでに遅かった。
次の瞬間、ソードオフごとオレは身体を持って行かれる。
そしてそのまま地面に転がった。
「うわっ!!」
オレはソードオフを手放してしまい、丸腰になる。
「それくらいは予想していたさ! いったい僕が、何年騎士団で騎士を勤めてきたと思っている!?」
くそっ、甘かったか。
オレはすぐにソードオフを奪い返そうとしたが、オールが遠くへと放り投げてしまった。離れた所に、ソードオフが落ちる。
あそこまで取りに行くには、まずオールと距離を取らなくては!
しかし、オレが動こうとすると、剣が振り下ろされる。
「ひえっ!」
「騎士にとって名誉でもある、剣をバカにした罪! 貴様の命を持って償って貰おう!!」
ふ、ふざけるな!!
決闘前に決めたルールで「相手は殺さない」と決めたじゃないか!
完璧なルール違反だ!!
だが、オレに抗議する余裕はない。
相手は騎士で、剣の使い手だ。抗議をする前に、剣が振り下ろされ、逃げることしかできない。
「待てっ!」
オレは必死でオールと距離を取る。
しかし、オールもそれをさせまいと追いかけてくる。
いつしか決闘は、オールとオレの鬼ごっこになっていた。
「なんということだ、オールのやつ」
1人の太った騎士が、相手を仕留められないオールにイライラしていた。
「あんなガキも満足に始末できないのかよ」
「でも、見てると結構面白いぜ」
もう1人の痩せた騎士が、ニヤニヤしながら云う。
痩せた騎士は、オールとビートの鬼ごっこを見て、楽しんでいた。
剣術に秀でたオールでも、足の速さには勝てないのかと。
しかし、太った騎士はイライラが募っていくだけだった。
「見ておれん、こうなったら……」
「おいバカ! なにやってるんだ!」
痩せた騎士が、太った騎士の手を取る。
太った騎士はクロスボウを手にしていた。
「他人の決闘に第3者が手出しするのはルール違反だろ!!」
「分かっているけど、こうしてやらんと気が済まぬ!!」
「バカ野郎!! オールが負けになるどころか、お前の騎士としての生命も棒に振ることになるぞ!!」
「ええい、手を離せ!!」
太った騎士と痩せた騎士が取っ組み合いになる。
片方はクロスボウを撃とうとし、もう片方がそれを阻止しようとする。
しかしそれは長くは続かなかった。
バシュッ!!
突如として聞こえた音に、太った騎士と痩せた騎士は顔を青くした。
そしてすぐに、手元のクロスボウに目をやる。
クロスボウにセットされていた矢が、なくなっていた。
「しまった!」
「バカ野郎!! だから云ったじゃねぇか!!」
矢はすでに空中に放たれ、放物線を描きながら、空中を飛んでいく。
その先には、ライラがいた。
わたしは空中で光るものを見つけて、何かが飛んでくることに気づきました。
飛んでくるものが矢だとは、すぐに分かりました。
わたしは、目が良いのです。
どうして矢がこっちに!?
しかし、そんなことを考えても、矢は迫ってきます。
「きゃあ―――!」
わたしはビックリして悲鳴を上げましたが、不思議とあまり怖くはありませんでした。
――ビートくんが、必ず助けてくれる。
わたしはそう、信じていました。
ライラの悲鳴に、オレとオールはすぐに気がついた。
「何だ!?」
「ミス・ライラ!?」
オレとオールがほぼ同時に声を上げ、同時にライラに向かっているものに気づく。
矢だった。
どうして矢が飛んでくるんだ!?
どっから飛んできやがった!?
「ミス・ライラ!! 危ない!!」
オールが叫ぶが、それ以外には何もできない。
剣では、飛んでくる矢を落とすことは不可能だ。
しかし、オレは走り出した。
「ま、待てっ!」
オールが足止めしようとしてくるが、構っている時間などない。
決闘なんか、今はどうでも良かった。
ライラを助けるのが、先だ!
オレは一直線に、ソードオフへと向かって走って行く。
そしてオレは、ソードオフを掴んだ。
矢はまだ、空中を切り裂いて飛んでいる。
かなり大きな賭けだが、やるしかない。
ライラを守れるのは、オレしかいないんだ!!
(頼む! 間に合ってくれ!!)
オレは祈りながら、ライラに向かって飛んでくる矢に狙いを定め、ソードオフの引き金を引いた。
銃声が鳴り響き、矢が空中で破壊された。
「あぁっ……!!」
「よっしゃあ!!」
ライラが、空中で爆ぜるように破壊された弓矢に驚く。
オレはガッツポーズをした。
ビーンバッグ弾で、矢を破壊できるのか正直不安だったが、ビーンバッグ弾は見事に矢を粉砕してくれた!
驚いたのは、ライラだけではなかった。
「なんだあの少年!?」
「飛んでいる矢を撃ち落としたぞ!?」
「あいつ、何者なんだ!?」
観客席にいた人々も、オレの行動に目を疑っているようだ。
「ライラ! 大丈夫か!?」
オレはライラに駆け寄る。
そしてすぐに、ライラの全身を確認した。
どうやらどこにも、傷は負っていないようだ。
「ビートくん!」
ライラが、オレに抱きついてくる。
オレはソードオフを下ろし、ライラを抱きしめる。
「ありがとう! 助けてくれて、ありがとう!」
「無事で良かったよ、ライラ……」
ライラの無事を確認すると、オレは視線をオールに向ける。
まだ、決闘は終わっていない。
早く決着をつけて、オールにライラのことを諦めさせないと!!
しかし、オレはオールに視線を向けて、目を丸くした。
オールもまた、1人の少女を抱きしめていた。
いったい、何が起こっているんだ――!?
ビートが駆け出し、放り投げたはずのソードオフを拾い上げ、ライラに向かっていた矢を破壊する。
その一連の出来事が信じられず、オールは腰を抜かしていた。
あいつの射撃能力は、化け物ではないのか……!?
こんな奴相手に、勝てるわけが……。
「オール様!!」
突然、誰かがオールのことを呼ぶ。
オールにとって、聞き覚えのある懐かしい声が耳に届き、オールは反射的に声がした方へと目を向ける。
獣人族の少女が1人、オールに向かって走ってくる。ライラと似た犬系の耳を持ち、金髪で尻尾を振りながら駆け寄ってくる。
その少女は、オールにとって懐かしの相手だった。
「オール様、もう危険なことは止めてください!!」
「……ミア!!」
オールは目を丸くして、相手の名前を叫ぶ。
ミア。幼い頃、よく一緒に遊んだ幼馴染みだ。
オールがオウル・オールド・スクールに進学してから会う機会がすっかり無くなり、オールにとって6年ぶりの再会となった。オールは今日の今まで、ミアのことをすっかり忘れていた。
「会いたかったです、オール様!」
「久しぶりだな。しかし、どうしてここに……!?」
「私はずっと、ドーンブリカにいました!」
ミアが云う。
今にも涙を流しそうな、悲痛な顔をしていた。
「オール様がオウル・オールド・スクールから戻ってきた時も、騎士団に入団した時も……私はいつもそこにいたじゃないですか!!」
「まさか……僕の近くにいつも?」
「気づいてくれなかったなんて、ひどいです! 幼い頃、あんなに一緒に遊んだ仲だというのに……!」
ミアの目から、大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。
オールは目を丸くしたまま、ミアを見つめている。
「約束したじゃないですか……『僕が騎士団に入団したら、結婚して生涯一緒に居よう』って。オール様は、約束を破ったことが無いことが、誇りだったじゃないですか……!!」
「ミア……」
オールは涙を流すミアに近づくと、剣をしまい、そっとミアを抱きしめる。
冷たい甲冑の上からでも分かる、幼馴染みの温もり。
ミアは泣きはらした目を、オールの顔へと向ける。
思い出した。
遠い日の記憶に刻み込まれた、幼馴染みとの約束。
大切な約束だというのに、どうして忘れてしまったのか。
「ミア、済まなかった。僕としたことが、目先の美しさに心を奪われ、遠い日に幼馴染みと交わした約束を破らせてしまうとは……許してくれ!」
オールの目にも、涙が浮かんでいた。
「オール様……」
「許してはもらえないかもしれない。しかし、もしミアが僕を許してくれるのであれば、ミアにふさわしい人となれるように、全てを捧げよう! 僕はもう2度と、ミアとの約束を破りたくはないんだ!!」
「……もうっ、オール様は昔から変わらないんですから」
ミアがそう云って、オールの目に浮かんでいた涙を拭う。
「でも、そんなところが、私は大好きです」
「ミア!」
オールは、声を上げて泣いた。
その後、矢を放ったのが太った騎士だということが分かり、太った騎士は決闘妨害と第3者に危害を加え、騎士団の名誉を汚したとして、騎士団を永久追放された。
オレとオールの決闘は、仕切り直しをすることになったが、それは結局行われることは無くなった。
オールが、負けを認めたからだ。
「僕はビート氏がソードオフでミス・ライラを矢から救った時、何もできなかった。その時に、僕はミス・ライラを娶る器ではないと悟った。それに、僕はミアとの約束を守らないといけない」
オールはそう云って、ミアをそっと抱きしめる。
ミアは顔を真っ赤にして、幸せそうな表情を見せてくれた。
幸せそうな表情は、ライラが見せてくれるものと、とてもよく似ていた。
どうやら、一件落着といったところか。
オレとライラは、再びアークティク・ターン号に乗り込んだ。
見送りには、オールが来てくれた。
「今回、ビート氏とミス・ライラには多大なるご迷惑をおかけした。許してほしい」
オールはオレたちに頭を下げた。
「今度、ドーンブリカに来た時は是非、僕の居城に来てほしい。うんとサービスをさせてほしいから。それにもし何か困ったことがあったら、いつでも頼っておくれ。君達の力になることを、約束するよ」
「ありがとう。困ったときは、ドーンブリカに来るよ」
オレはオールと握手をする。
「ライラちゃん、元気でね」
「ミアちゃんも、幸せになってね」
いつしか、ライラとミアの間には友情が芽生えていたらしい。
アークティク・ターン号が動き出し、ドーンブリカの街を出ていく。
すぐにドーンブリカの街は、後ろへと遠ざかって行き、やがて地平線の彼方に消えて見えなくなった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご指摘等お待ちしております!
次回更新は、6月8日21時更新予定です!





