第51話 若き騎士オール
オールは、エール領の領主を務めているアム・ベルファスト・フランシス・スミス伯爵の長男として、ドーンブリカで生を受けた。
幼い頃から美貌と優秀さを発揮し、将来の領主として多大な期待を受けて育った。そのため、小さいながらも自らに対して絶大な自信を持っていた。しかしそれを笠に着て横暴な振る舞いをすることはなく、領主である父、アム伯爵から貴族として恥ずかしくないようにと礼儀作法などの教育を受け、誠実な青年へと成長を遂げた。
幼い頃、オールはどんな身分出身の子どもたちとも、分け隔てなく遊んだ。
「一緒に遊ぶと楽しいから」
それだけの理由で人と分け隔てなく遊ぶオール。
特に仲が良かったのは、幼馴染みの獣人の少女だった。
毎日のように会っては様々な遊びを通して仲良くなり、子ども心に結婚まで考えていたりもした。
そして10歳になると、飛び級で名門貴族たちが集まって学ぶ名門大学校のオウル・オールド・スクールへと進学。
持ち前の美貌で、女子生徒からの人気は高かったが、オールはハメを外して問題を起こすようなことはしなかった。
その理由は、オール自信が父から受けていた教育のたまもの……などではなく、オールが心惹かれるような女性が現れなかっただけであった。
オールは数多くの学友たちと学び、青春を謳歌しつつも優秀な成績を修めて卒業した。
卒業後はドーンブリカへ戻り、エール領の騎士団へ入団し、そこで騎士としての作法を身につけ、厳しい訓練を積み重ねて1人前の騎士になった。特に騎士として必須ともいえる剣術については、高い才能を発揮し、同期に入団した中ではトップの実力者だ。
そして現在は、騎士団の騎士として護衛や治安維持などの任務をこなしつつも、次期領主として父から領地経営を学んでいた。
領地内の人々から信頼を集め、安定した領地経営を行う父のアム伯爵を、オールは心から尊敬し、父のようになろうと必死で領地経営を学んでいる。
もちろん、数多くの縁談も来た。
しかし、オールはそれらを全て断ってきた。
理由は単純で、領地経営について学んでいる最中だからというのと、どの女性もオールの心を揺さぶることはできなかったからだ。
オールが女性に惹かれにくいのには、理由があった。
幼い頃に父から聞いてきた話や、オウル・オールド・スクールでの学友たちとの情報交換、女子生徒たちの振る舞いを見て、オールは貴族たちの間で常識となっている「政略結婚」を嫌というほど見てきた。
そこには必ずといっていいほど、お互いの領地を手に入れようとする水面下での争いや、領主同士での結び付きを強めて、力を強めようとする意志ばかりが働いていた。
僕は、そんな政治的なことで、生涯の伴侶まで決められたくない。
オールはいつしか、そう考えるようになった。
それが原因で、オールは「自らが心惹かれる女性としか結婚は考えない」と決意するようになった。
そのため、父がどんなに縁談を持ち込んでも、オールは決して首を縦に振ることはなかった。
いつしかドーンブリカでは、オールと婚約した女性は一生涯大切にされると噂されるようになった。
オールが美男子で由緒あるスミス伯爵家の出身で、さらに時期領主となる長男であることから、多くのオールに恋い焦がれる女性が、振り向かせようとしてきた。
しかしそれも、ライラがやってきたことで、大きく変わった。
「わたしは、ビートくんの奥さんだからです!」
「ま、まさか、その首元のネックレスは!?」
「はい! ビートくんから贈られた、婚姻のネックレスです!」
「な……なんだと……!?」
まるでこの世の終わりを迎えたかのような、オールの表情。
たった数十秒間のやり取りなのに、オールは自信に満ち溢れていた表情を失い、絶望の色しか浮かべていない。
これまでさんざん言い寄られてきたオールが、初めてした告白。
そして同時に、初めての失恋。
失恋するのは、当たり前だ。
オレの妻であるライラに、告白なんかするからだ。
「なんていうことだ……まさか、すでに結婚していたなんて……」
オールは顔を真っ青にし、冷や汗を浮かべている。今にも嘔吐しそうだ。
しかし、オールは冷や汗を拭うと、顔色も元に戻し、再びライラに顔を向ける。
「……ミス・ライラ。今からでも遅くは無いはずだ。なぜなら貴方はまだ若い」
「あの、何を云っているのですか?」
「……今からでも、僕の妻になっていただけませんか!?」
――はぁ!?
こいつ、ライラがオレの妻だと分かったうえで、また告白してきやがった!
「僕は、エール領の次期領主となる者です! そのビートという男がどの程度の者かは分かりませんが、領主になるようなものではないでしょう!? それに、僕はアム・ベルファスト・フランシス・スミス伯爵の長男です。ミス・ライラに不自由な思いをさせることは、絶対にさせません! 神に誓って!! なので――」
オールのマシンガントークの最中に、オレは我慢できなくなって口を開いた。
「ふざけるな!!」
「――えっ?」
オールは予想外の出来事に驚き、言葉が出てこなくなる。
オレは堪えていたことを全て、目の前のオールに吐き出す。
「お前が領主の息子だろうが誰だろうが、ライラはオレの妻であることに変わりはない!! オレとライラは、12歳で婚約したんだ。オレはライラのことを愛しているし、他の男に譲り渡すようなことは、絶対にしない!! もう一度云う! ライラはオレの妻だぞ!」
「そうよ! わたしはあなたと結婚なんかしないの!! あなたが次期領主だか伯爵の息子だか知らないけど、わたしはビートくん以外の人と結婚する気なんてないんだから!!」
オレに続き、ライラも抗議する。
ライラは眉間にシワを寄せ、尻尾の毛を逆立てていた。怒りに満ち溢れていることが、ひしひしと伝わってくる。
「オール!!」
馬車の中から、男の声が聞こえる。
オレたちが目を向けると、1人の初老の男が降りてきた。
「何をしておるのだ!? いきなり馬車を止めて飛び出しおって!」
「申し訳ありません、父上」
オールが初老の男に体を向け、頭を下げる。
こいつが、アム・ベルファスト・フランシス・スミス伯爵だろうか。
オレの予想は、早くも周りの人によって当たっていることが証明された。
「アム・ベルファスト・フランシス・スミス伯爵様だ!」
「アム様!!」
「アム様が、我々の近くに!!」
周りにいた人々が、次々とアム伯爵に頭を下げる。
やはり、こいつが現在のエール領領主のアム伯爵か!
そして同時に、目の前にいる若い騎士、オールの父親。
「こんなところで道草を食っている場合ではないだろう。早く居城へと戻るぞ」
「父上、僕はついに、生涯の伴侶を見つけました!」
「だから、ライラはオレの妻だって云ってるだろうが!!」
まだ諦めていないオールに、オレは再び怒鳴る。
「んん? 生涯の伴侶? ……おぉお!?」
アム伯爵がライラに目を向けると、目を見開いて声を上げた。
「な……なんと美しい少女だ! 我が妻よりも――ゲフンゲフンッ!!」
アム伯爵はわざとらしく咳払いをして、威厳を取り戻す。
「オールよ、この少女はすでに結婚しているようだが、本当に良いのか?」
「はい! 僕はミス・ライラを生涯の伴侶にできるのであれば、もう何も望むものはありません!」
「ふむ。よく分かった」
するとアム伯爵は、オレに向き直った。
「少年よ。名はなんという?」
「……ビートだ」
「よし、ビートよ。ライラ夫人を、我が息子オールの夫人として譲ってはいただけないだろうか? もちろんタダでとは云わない。我が息子が初めて、自らの意思で結婚を申し出た女性だ。相応の対価は支払わせていただきたい」
アム伯爵の言葉を聞いて、オレは自分の頬をつねった。
痛い。
つまり、今のこの状況は、夢などではない。
「……子が子なら親も親、かよ……!!」
オレは身体の奥から、マグマのように怒りがふつふつと湧いて出るのを感じる。
「ライラはオレの妻だ! 誰にも渡すものか!!」
「ライラ夫人を渡してくれるのであれば、望む金額の100倍でも支払っていい」
「待っててくれよ、ミス・ライラ! 今すぐに僕の腕で抱きしめてあげるからね!」
相変わらず、アム伯爵とオールは自分たちの考えを変える気はない。
ライラを見ると、怒りを通り越して、呆れ果てていた。
オレだって、正直呆れ果てている。
領主だから少しは、話が通じる人だと思っていた。
しかしフタを開けてみたら――ただのバカ親だった。
「……そういうことなら、こちらにも考えがあります」
オレはそう云うと、左腕でライラを自分の身体に引き寄せた。
そしてそれと同時に、右手で背中に隠していたソードオフを引き抜き、アム伯爵とオールに銃口を向ける。
「!!」
アム伯爵、オール、周りにいた人々。
全員が、一瞬の出来事に驚き、突如として現れたソードオフに顔を青くする。
オレは生まれて初めて、領主と騎士という、権力者に銃口を向けた。
「どうしてもライラのことを諦めないというのであれば、こちらもライラを守るために抗わせていただきます。それでも、いいんですね?」
「……!」
アム伯爵とオールは、目の前に突如として突きつけられたソードオフに怯えた表情を露わにする。
「このソードオフには今、あなた方2人を一瞬で吹き飛ばせるほどのショットシェルが入っています。たとえ甲冑を着ていたとしても、防ぎきれない威力があります。まだやるというのであれば、まずはこのソードオフを相手にしてもらいます」
辺りがざわつき、オレに対する非難の声が聞こえてくる。
しかし、誰1人として動こうとはしない。
ソードオフは、至近距離で撃たれたらまず避けられないし、たとえ剣を持っていたとしても、無傷では済まない。
「わ……わかった。ライラ夫人から、私は手を引く」
アム伯爵が、両手を挙げて降参の意思を示す。
いくら領主とはいえ、命は惜しいはずだ。
オレはそっと、2人に向けていた銃口から、アム伯爵を外す。
しかし、オールはまだ諦めていなかった。
「け……決闘だ!!」
「決闘?」
「そうだ! 僕とビート、どちらがミス・ライラの夫としてふさわしいか、決闘で決めようじゃないか!!」
「おい、本当に撃つぞ?」
オレはそっと、引き金に指を掛ける。
今このまま引き金を引けば、オールは上半身が跡形もなく吹っ飛ぶだろう。
だが、それでもオールは動かなかった。
「まずは決闘だ! 決闘でお前が勝ったら、煮るなり焼くなり好きにすればいい!!」
なんて奴だ。
そこまでライラに心を奪われていたとは。
正直、驚愕に値する。
オレはオールに一種の敬意を払い、銃口を下ろす。
「分かった。決闘を受けよう。しかし、いくつか約束をしてもらう」
オレはそのまま、ルールを告げた。
・どちらが勝っても、選択権はライラにある。
・第三者を巻き込むような卑怯な手を使わない。
・2度とライラを巡って決闘はしない。
・相手は殺さない。
・どちらかが戦闘不能になった場合、戦闘不能になった方の負けとする。
・武器は使ってもいい。
「いいだろう! エール領の次期領主として、受けて立とう!! 僕は約束を破ったことが無い! これが僕の誇りなんだ!!」
オールが承諾して、オレも頷く。
こうして、オレは決闘をすることになってしまった。
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