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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第5章
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第50話 ドーンブリカ

 マルセの街を出発したアークティク・ターン号は、次の停車駅があるドーンブリカへと向かって平野地帯を疾走(しつそう)していた。

 オレは部屋でソードオフを分解し、ガンオイルを()み込ませた布で部品を()いて、また組み立てる。基本的な、銃の手入れだ。

 ソードオフを置くと、それを待っていたかのようにライラが抱き着いてくる。


「おわっと!」


 オレは(あや)うく、ガンオイルが入っていた油缶(あぶらかん)を落としそうになる。


「ビートくん、()でて()でて」

「いや、手に油がついてるから、まずは手を洗わせてくれ」


 さすがに、油がついた手でライラに触れたくなかった。

 ライラが(うなず)いて離れると、オレは備え付けの洗面台で念入りに手を洗い、ガンオイルを落とす。手を拭いて、水分を拭き取ると、準備完了だ。


 オレはライラに近づき、ライラの頭に手を置き、撫でる。

 頭を撫でると、ライラは嬉しそうな表情になり、尻尾(しつぽ)をブンブンと振る。


「えへへ……気持ちいい」

「好きだな。本当に」


 そういうオレも、ライラの頭を撫でるのは好きだ。

 頭を撫でているときの、ライラの笑顔を見れるのは、世界でもオレだけ。

 獣耳巨乳美少女ライラの笑顔を自らの物にするために、なんでもするような男はきっと掃いて捨てるほどいるだろう。それほどまでに、ライラは魅力的だ。可愛らしさにだって満ち溢れている。


 しかし、どんなに頑張ったとしても、他の男はライラの笑顔を見ることはできない。

 なぜなら、ライラはオレの妻だからだ。

 オレはライラのことを愛しているし、ライラもオレのことを愛している。

 お互い、分かれる気など微塵(みじん)ほども無い。

 むしろ、いつまでも一緒にいたいと思っている。


 ライラを(ひと)()めできるのは、オレだけの特権だ。


 だがこの時、オレはまだ知らなかった。

 ドーンブリカで、待ち構えている問題(トラブル)を……。




 アークティク・ターン号が、ドーンブリカの街に到着した。

 ちょうど朝9時の到着となり、オレたちが朝食を食べ終えた頃に、列車はホームに入り、停車する。


 オレたちはホームに降り立ち、そのままドーンブリカ駅を出た。


 ドーンブリカも、マルセと同じく西大陸西部の街の特徴である、石造りの建物が並ぶ街だった。道路も石畳(いしだたみ)になっている。

 マルセと違うところといえば、内陸の街なので港が無いことと、マルセよりも身なりのいい人が多いことだ。

 ドーンブリカは、美しい街並みとこの地を(おさ)めている領主の館があることから、貴族たちにも人気があり、街の半分が貴族の所有する建物で構成されている。貴族が増えれば、必然的に貴族を相手にする商売をする商人や、そのおこぼれに(あずか)ろうとする者たちもやってくる。

 その結果、ドーンブリカは『貴族の街』と呼ばれるほど、美しい街並みと身なりのいい人々で作られた街になっていった。


「ここが、貴族の街なのね」

「オレたち、この中で浮いた存在になるかもな」


 歩いている人と比べると、オレたちの衣服は上等なものではない。


 そのとき、お仕着(しき)せの衣服に身を包んだ人族の従僕(フツトマン)が、何人か石畳の道路を走ってきた。馬車の前を走ることが多い使用人の従僕たちは、長距離を走ってきたと推測できたが、呼吸1つ乱していない。


「エール領の領主、アム・ベルファスト・フランシス・スミス様のお通りだ! 道を開けろ!」


 先頭を走っていた従僕が叫ぶと、周りにいた人々は、一斉に石畳の道路から離れ、歩道へと避ける。そしてどういうわけか、道路に向かって頭を下げた。


「ビートくん、何が始まるんだろう?」

「そこの獣人女! 図が高いぞ! エール領の領主、アム・ベルファスト・フランシス・スミス様に敬意を払わんか!」

「? いきなり何?」

「ライラ、ここは云う通りにしておこう」

「うん、わかった」


 別の従僕から云われ、ライラが少し不満げな表情を見せたが、オレは周りにいる他の人と同じように、頭を下げる。厄介事に巻き込まれないようにするためには、時には流れに身を任せるのも必要だと、何かの本で読んだことがある。

 今が、きっとその時だ。


 それに、アム・ベルファスト・フランシス・スミス。

 この名前は、オレも聞き覚えがあった。

 オレたちが今いるこのドーンブリカもある、エール領の領主で、伯爵の爵位を持つ名門貴族だ。子弟が何人も難関大学校へ進学していて、騎士団に入っている者や王宮に仕えている者もいる。

 かなりの権力者だ。

 いざとなれば、オレたちのような無名の旅人を消し去ることなど、朝飯前だろう。

 トラブルになるのは、ゴメンだ。


 少しして、馬車が走る音と、何頭かの馬の(ひづめ)の音が聞こえてきた。

 こっそりと視線を向けると、立派な馬車が走ってきた。馬車の周りには、まるで馬車を守るかのように騎士たちが配置され、同じ速度で走っている。


 きっとあの馬車の中に、エール領の領主、アム・ベルファスト・フランシス・スミスがいるのだろう。

 さっさと行ってほしいな。

 このままじゃ、いつまでたってもこの場から動けそうにない。

 オレはそう思いながら、馬車が通り過ぎていくのを待つ。




 そのときだった。


「父上! 停めて下さい!!」


 馬車の中から声が聞こえ、馬車がオレたちの前で停車する。

 それに合わせるように、先を走っていた従僕、馬車を取り囲む騎士たちも動きを止めた。


 辺りからは、ざわめきが起こる。

 オレの近くから聞こえてきた声の内容をまとめると、アム・ベルファスト・フランシス・スミスの馬車が街中で停まるなんて、これまでに1度たりとも無かったらしい。

 そりゃ、ざわめくわけだ。

 オレは1人、納得する。


 すると、馬車のドアが開いた。

 馬車から降りてきたのは、1人のオレやライラと同じくらいの、若い騎士だった。


 あれが、エール領の領主、アム・ベルファスト・フランシス・スミスか!

 思っていたよりも、若かったな。

 まさか、オレたちと同じくらいの年ごろだったとは。


 おまけに、とんでもないイケメンだ。

 金髪に端正な顔立ち、青い瞳、高い背丈。

 そしてそれらの要素をまとめ上げ、強調するような甲冑(かつちゆう)

 イケメンたらしめる要素がバッチリ(そろ)っているじゃないか。


「おぉっ!」


 若い騎士は甲冑を身につけたまま、なんとオレたちの前に歩み寄ってきた。

 オレたちの前にいた人々が、まるで道を作るように若い騎士に空間を提供する。


 若い騎士は、オレではなく、ライラをじっと見つめていた。


「そこの獣人の乙女よ、顔を見せてくれたまえ」

「は、はい?」


 ライラが若い騎士に反応し、顔を上げる。

 もしかして、今自分が注目されている?

 そんな気持ちが、表情に浮かんでいた。




「……おぉお!! なんと美しい!!」


 あ、こいつライラに一目惚れしたな。

 オレはすぐに気づき、軽く舌打(したう)ちをする。


 若い騎士は、ライラの前で片膝(かたひざ)を立てて、ひざまずいた。

 それを見た人々が、どよめいた。

 まるで自分の目が信じられない、といった表情があちこちに浮かんでいる。


「僕は、エール領の領主、アム・ベルファスト・フランシス・スミスの息子こと、オール・ベルファスト・フランシス・スミスと申します! 次期領主として、父の元で領地経営を学んでいる騎士です!」


 あれ? 息子だって?

 こいつが、エール領の領主、アム・ベルファスト・フランシス・スミスじゃなかったのか?


「あなた様のお名前を、お伺いさせてください!」

「わたしですか? ライラです」

「ライラ! おぉ、なんと美しい名前だ! まるで聖女のような、そんなあなたにピッタリの名前ではないか!」


 いったい、こいつはなんなんだ?

 いくら惚れているとはいえ、よく恥ずかしげもなく、そんなセリフを大衆の前で口に出せるな。

 いや、むしろ惚れているからこそ、そんなセリフを吐けるのか?


「あ、ありがとうございます……」

「ミス・ライラ! どうか僕とご一緒に、午後をお過ごしいたしませんか!? 僕の居城で、優雅(ゆうが)にお茶会でもしようではありませんか! そして、将来について話し合いましょう! どうか僕と、結婚について話し合いませんか!?」


 おい、こいつは目が見えているのか!?

 ライラの首元にある、それが見えないのか!?


 オレの手が自然と、背中に隠したソードオフへと延びていく。

 最愛の妻を目の前で口説かれて、怒らない男はいない。


 そんなオレたちを見て、周りの人は声を潜めて話していた。

 話を総合すると、時期領主のオール様をライラは一目惚れさせてしまったようだ。

 オールと名乗った若い騎士が、あれだけクサいセリフを口に出せたのも、一目惚れのパワーなのだろうか。




「いやです」

「うぐうっ!」


 しかし、そんなオールの一目惚れパワーも、ライラから放たれた真正面からの拒絶には勝てなかった。


「な……なぜです、ミス・ライラ。僕は時期領主で騎士です。あなたにとって、何も不足はしていないはずです!」


 少し驚きながらも、オールは自信たっぷりの余裕の表情で、ライラに問う。


 いったい、どこからその自信は来るんだろう?

 将来を約束された領主の息子だからか?

 それとも、騎士であることが、そんなに偉いことなのか?

 確かに騎士は社会的地位の高い人が就くことが多い。

 それゆえプライドが高い者も多いが、コイツの場合はそれを勘定に入れても有り余るほど自信を持っている。


「わたしは、ビートくんの奥さんだからです!」


 ライラがそう云って、オレの腕に抱きつく。


「ま、まさか、その首元のネックレスは!?」

「はい! ビートくんから(おく)られた、婚姻のネックレスです!」


 ライラが満面の笑みで、そう答える。

 それは自身に満ち溢れていたオールを、地獄の底へ叩き落とすのには、十分すぎる威力(いりよく)を秘めていた。


「な……なんだと……!?」


 まるでこの世の終わりを迎えたかのような、オールの表情。

 それは絵に描いて、『絶望』というタイトルでもつけたくなるほど、印象的だった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘等お待ちしております!

次回更新は、6月6日21時更新予定です!

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