第49話 船員たちの悩み
「船が出せないなら、どうやって仕事をすればいい!?」
「おれたちゃ海の男だ。海の上こそが仕事場だっていうのに!!」
「領主に届けるはずの荷物が、こんなところで足止めになるとはよぉ!」
「くっそー! 船長の野郎、どこ行きやがった!!」
船員たちは貨物船の前に置かれた大量の木箱の前で、うなだれていた。
ある者は沈み、ある者は木箱に拳を叩き込み、ある者は酒を食らっている。
豪快な海の男たちが、ここまで憔悴しきっているなんて、何があったんだ?
オレとライラは、そんな状態の船員たちに近づいていき、声を掛ける。
「あのー……」
「なんだぁ? おめぇら?」
1人の屈強な船員が、オレたちの前に立ちふさがる。
「なんか、騒ぎが起こっていると聞いて、来てみたんですが……」
「騎士団か? 大したことじゃねェよ。ほっといてくれ」
「騎士団じゃありません。ただの旅人です」
「だったら帰りな。ここはガキがうろつくようなところじゃねぇ」
ガキとは……。
オレは少しイラッとしながらも、冷静になるよう自分を抑える。
すると、船員たちがライラを見て、目の色を変えた。
先程までの憔悴しきった感じが消え、今にも飛びかかりそうな目をしている。
獲物を見つけたときの、魔物のようだと、オレは思った。
「あんた、その獣人の娘は?」
「わたしは、ライラです。ビートくんの奥さんやってます!」
ライラが笑顔で云うと、船員たちは再び憔悴した表情になり、その場に力なく座り込んだ。
「既婚者かよ……」
「せっかくの美少女だというのに、生殺しにされている気分だ」
「クソッ、バクハツシロ……」
船員たちが嫉妬混じりの視線を、オレに向けてくる。
オレは少しの優越感に浸った。
フハハ、羨ましいだろう!
こんなに美人な嫁がいて!
「海の上が仕事場の俺達は、どうやっても嫁さんなんかもてねぇよ。問題を抱え込む元だ。だから女には気をつけろって、いつも船長が云ってたじゃねぇか」
その店員の一言で、再び船員たちが騒ぎ始めた。
「――あぁ、そうだ! 船長はどこだ!? どこにいる!?」
「仕事放り出したまま、行方をくらませやがって!!」
「寄港地ではしゃぎたくなるのは分かるけどさあ!!」
「早く戻ってきて、指示よこせってんだよぉ!!」
オレとライラは、感情の起伏が激しすぎる船員たちに困惑する。
これは、ただごとじゃなさそうだ。
ライラと視線を交わし、これからどうするか決める。
そしてすぐに、やることが決まった。
アークティク・ターン号の個室に戻る。
船員たちが騒いでいる間に、こっそりと逃げ出そう。
オレとライラが動き出そうとしたその時、1人の船員がオレの肩を掴んだ。
「そうだ! あんたらに船長を探してきてもらおう!!」
「……え?」
オレはゆっくりと、後ろを振り向く。
全ての船員の視線が、オレたちに突き刺さってきた。
どうやら、オレたちに選択の余地は無いらしい。
「そもそも、どうして船長がいなくなったんですか?」
「それが、分からないんだよ」
オレとライラは、貨物船の中に案内され、船内食堂で船員たちから話を聞いていた。
周りは、さきほどまでいた船員たちで囲まれている。
逃げ出したりしないようにという、ありがたくない配慮だ。
「そういえば、紹介が遅れたな。俺は一等航海士のバラクーダだ。今は船長不在の中、船員たちをまとめているんだ。よろしく」
「ビートです」
「ビートくんの妻、ライラです」
名乗ったバラクーダに、オレたちも挨拶をする。
どうやらこの船員だけは、比較的落ち着いているようだ。
「俺たちはこの貨物船で、東大陸から南大陸まで積荷を運んできて、寄港地としてこのマルセに立ち寄ったんだ。だけど、マルセに錨を下ろした途端、船長が行方をくらませてしまったんだ。船長がいないことには、俺たちは仕事ができない。だからみんな困り果てているんだ」
「だったら、バラクーダさんが船長に代わって、指示を出せばいいのでは?」
「海の上なら、それもできるんだけど、港ではダメなんだ」
バラクーダはそう云うと、オレたちに簡単に説明してくれた。
外洋に船舶が出ているときは、一等航海士が船長に代わって指示を出し、船舶を航行させることが許されている。しかし、港の中では船長自らが指示を出して船舶を航行させないといけない決まりになっているらしい。
船の最高責任者は船長であり、港では多くの船が出入りするため、責任の所在を明確にすることで、仕事に対する責任感を忘れないようにしたり、トラブルを防止する仕組みになっているんだとか。
しかもこの決まりは、陸上での荷役でも同じらしい。
荷役の指示も一等航海士では許されず、船長の指導と監督がないとダメ。万が一船長不在の中で荷役をした場合、貨物船に必要不可欠な渡航許可証というものが取り上げられて仕事ができなくなる。
「船では、船長の命令が絶対なんだ。だから船長が戻ってこないと、オレたちは動けないのさ」
「……それで、皆さん困っていたのか」
「そういうことなんだ」
バラクーダは、そこまで話し終えると、紅茶を一口飲んだ。
「だからお願いだ! 船長を探してきてほしい!!」
「うーん……でも、これだけ船員がいるんですから、誰かが1人か2人で探しに行けばいいのでは?」
「それはダメだ。全員が港で待機するように、船長から云われているんだ」
オレの問いに答えたのは、1人の屈強な船員だった。
「じゃあ、そのまま待っていればいいじゃないですか」
「その船長が、時間になっても戻ってこないんだよ。おかげで仕事ができやしない」
「これ以上待ち続けると、渡航スケジュールにも影響が出てしまう。俺達船員は、船長の許可無しでは動けない。だけど、仕事はしないといけない。だからこれ以上、待ち続けることはできないんだ」
正直、面倒くさい。
オレは融通の利かない船員たちにウンザリしていた。
やっぱり、こういうことには首を突っ込むものじゃないな。
横を見ると、ライラも同じ気持ちになっているらしい。
「それで、オレたちに船長を探してきてほしいんですね」
「そうなんだ。頼む! この通りだ!」
バラクーダが頭を下げるが、オレはこの面倒くささに嫌気がさしていた。
しかし、これは首を縦に振らないと、いつまで経っても話が先に進みそうにない。
オレたちはこれ以上、時間を無駄にする気などない。
「それで、報酬は?」
「……ほ、報酬?」
報酬。
その言葉を聞いたバラクーダが、確認するように問う。
「まさか、報酬を支払うことも無く、オレたちに人探しをさせようと?」
「えーと、実はその……」
「なら、お断りします」
オレはきっぱりと云った。
「報酬も無いのに、働くなんてできません。そこまで暇じゃないんです。どうしてもということであれば、冒険者協同組合にクエストとして依頼を出して、冒険者を雇ってください。ライラ、帰ろう」
オレは立ち上がると、ライラの手を取る。
さっさとアークティク・ターン号まで帰ろう。
しかし、そうは問屋が下ろそうとしなかった。
「ちょっと待ってくれよ。俺たちは、本当に困っているんだ」
「あんたらしか、頼める人がいないんだ」
「船長を探してくれ!」
複数の船員が、オレたちの前に立ちはだかる。
「どいてくれ。オレたちは帰らせてもらう!」
「船長を探してきてくれたら、帰ってもいい」
「頼むから、船長を探してくれ!」
こいつら、悪徳商売と全く同じ手を使って来たな。
悪徳商売なら無視していればいいだけだが、今回ばかりはそういうわけにもいかない。
隣にいるライラと、無事にアークティク・ターン号まで戻らないといけない。
オレは、背中に手を伸ばそうとして、気づいた。
唯一の武器であるソードオフは、2等車の個室に置いてきてしまった。
つまり、今のオレに武器は無い。
屈強な船員たちを相手に、殴り合いをしても負けることは目に見えている。
武器は無い。
やっぱり、どうしても船長を探しに行く以外、方法が無いようだ。
ならば、せめてライラだけでも列車に帰してから――。
オレが交渉しようとしたときだった。
「遅くなったな。今、戻ったぞ」
貫録のある声が、船内食堂に響く。
船員たちが、まるで魔法を掛けられたかのように、一斉に動きを止めた。
誰が来たんだ?
オレは船員たちの間から、入口の方を見る。
そこには寸胴を抱えた初老の男がいた。
オレは、その男に見覚えがあった。
昼に食事をしていた屋台で、店主と話していた船員だ。
「それにしても、そんなところで何をしておる?」
「せ……船長!!」
バラクーダが叫ぶと、他の船員が初老の男に向き直り、直立不動の姿勢を取る。
「……あ、じゃあオレたちはこれにて――」
ライラの手を引き、この場から撤収しようとしたとき、船長が口を開いた。
「そこの2人、ちょっと待ちなさい」
「あの、オレたち――」
「いいから、いいから」
オレたちは船長に呼び止められ、その場に留まる。
船長は抱えていた寸胴をテーブルに置き、バラクーダに向き直る。
「バラクーダよ、この2人は誰じゃ?」
「実は……」
バラクーダが、これまでにあったことを話した。
「バカもんたちが!!」
船長が、初老の男とは思えないほど大きな声で、怒鳴る。
ライラはビックリして、両手で耳を塞いだ。
「あれほど『帰りが少し遅れるかもしれんから、待機するように』と云ったじゃろうが!! それに何度も『船に許可なく部外者を乗船させるな』とも云ったはずじゃ!!」
「船長、これ以上遅れると、仕事に影響が出る可能性が……」
「心配するなと云っておったじゃろう!!」
「はいい!! 申し訳ございませんでした!!」
バラクーダが、謝罪の言葉を口にする。
「お前達もじゃ!! ワシを信じて待つことすらできんのか!? 何をしようとしていたのか、バカでも分かるわ! この部外者2人に、ワシを探させる気じゃったのじゃろう!? 違うか!?」
はい。全くもってその通りです。おまけに無料でね。
オレは心の中でそう呟き、船員たちを睨む。
「部外者に迷惑をかけおって、何度同じミスをすれば気が済むんじゃ!!」
「すっ、すいませんでした!!」
その場にいた全ての船員が、一斉に頭を下げる。
一瞬、オレたちも頭を下げないといけないのではないかと、錯覚してしまうほどだった。
なるほど、船長がいかに強い権限を持っているのか、よく分かった。
オレは撤収する前に、少し船長に訊いて見たくなった。
「……それにしても、どうして遅くなったんですか?」
「これを用意してもらっていたら、遅くなってしまったのじゃ。全員で食べようと、思っての」
船長が寸胴のフタを開けると、いい匂いが漂ってきた。
船員たちの表情も、いい匂いを感じて少し明るくなる。
鼻のいいライラは、すぐにその正体が何なのか分かった。
「もしかして、それってあのお店の――!?」
「お嬢ちゃん、正解だよ。屋台で売っていた、ブーヤブーヤさ」
寸胴の中には、大量のブーヤブーヤが入っていた。
間違いなく、昼に食べたものと同じブーヤブーヤだった。
「これを、みんなで食べようと思っていたんじゃ。ここ最近、ずっと海の上で、新鮮な食料は底をついて、保存食続きだったからのう」
「船長……!!」
「さて、全員、食器を持って集合! ……といいたいところじゃが」
船長は帽子を取ると、オレたちに向かって頭を下げた。
「この度は、ワシの部下たちが多大なるご迷惑をおかけしてしまった。誠に申し訳ない。この通りだ、許してください」
船長が頭を下げると、船員たちはその場に土下座をした。
「お詫びに、お2人にはブーヤブーヤを無料で振る舞う! どうかこれで……!」
オレは壁にかけられた時計を見た。
アークティク・ターン号の出発までは、まだまだ時間がある。
「ライラ、どうする?」
「うーん……もう1回ブーヤブーヤがタダで食べられるから、いいんじゃない?」
「じゃあ、ごちそうになります」
ライラの一声で、オレたちは再びブーヤブーヤにありつけた。
ブーヤブーヤに舌鼓を打っていると、先ほどまでの船員たちとのイザコザも、どうでもよくなってきた。
オレたちは夕方ごろに、貨物船から下船した。
そしてそのまま駅に向かい、2等車の個室に戻って来る。
「疲れたぁ」
オレはベッドに正面からダイブする。
「船員たちに囲まれた時は、どうなるかと思ったよ」
「わたしは、隣にビートくんが居てくれたから、怖くなかったよ」
ライラはオレの隣に腰掛けると、オレの頭を撫でてくる。
「オレ、武器は何も持っていなかったんだぜ?」
「ビートくんなら、何があってもわたしを必ず助けてくれるって、信じているから」
オレは、何も云えなくなってしまった。
今度からは、何か武器を隠し持って行こう。
そう思いながら、オレはライラの手の柔らかさを堪能していた。
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6月3日。
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