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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第1章
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第4話 夢

 ハズク先生と(わか)れた後、オレは男子部屋(だんしべや)に戻り、ボードゲームをしたり、本を読んだりしながら消灯(しようとう)時間(じかん)を待った。

 しかし、心の中につっかかっているものがあるような気がして、落ち着かなかった。


 消灯時間になると、オレはベッドに入った。


 しかし、時間が経っても眠れなかった。

 少し孤児院(こじいん)の中を散歩(さんぽ)しよう。

 そう思ったオレは、ベッドを抜け出した。

 (まわ)りでは、他の子どもたちが自分のベッドで眠っている。

 オレは()(あし)()(あし)でベッドの間を移動し、音を立てないように部屋のドアを開けると、音を立てないようにドアを閉めた。


 グレーザー孤児院では、夜中に部屋から出てることは一応禁(いちおうきん)じられている。

 特に異性(いせい)の部屋に(しの)()むなんて、もってのほかだ。

 見つかった場合、最悪(さいあく)孤児院を追い出されて、救貧院(きゆうひんいん)に行くしかなくなる。

 しかし、それは「異性の部屋に忍び込んだ場合」であって、夜中に()(ある)いていただけでそこまでの制裁(せいさい)を食らうことは無い。

 どれだけ(ひど)くても、説教(せつきよう)程度で()む。


 オレは孤児院の建物から出て、外に出た。

 月明(つきあ)かりが()(そそ)いでいて、(あた)りはほのかに明るい。

 夜風(よかぜ)(すず)しげで、気持ち良かった。


 そのとき、背後(はいご)で誰かの気配(けはい)がした。


「――!?」


 先生か見まわりのオバちゃんが、来たのかもしれない。

 そう思ったオレは、(しげ)みに身を隠す。


 しかし、現れたのは意外な人物だった。


「あれ? ライラ……?」


 孤児院の建物から出てきたのは、ライラだった。

 銀髪(ぎんぱつ)と狼の耳と尻尾(しつぽ)

 月の灯りの下に、これまで毎日見てきたライラの特徴(とくちよう)が浮かび上がる。

 見間違(みまちがう)うことなどありえない。


 オレは(しげ)みから出て、声を掛けた。


「ライラ」

「ひゃっ!? あっ、ビートくん……」


 ライラは一瞬ビクッと体を(ふるわ)わせてから、元の声に戻る。


「どうしたんだ、こんな夜中に?」

「ビートくんこそ、人の事いえないでしょ?」


 ライラから指摘(してき)されて、オレは肩をすくめる。


「……わたし、(ねむ)れなくて」

「実は、オレもだ」


 オレの言葉に、ライラは意外そうな顔をする。

 オレたちは、外に設置(せつち)されているベンチに、(なら)んで(こし)かけた。


「ねぇ――」

 オレはライラに話しかけて、口をつぐんだ。


『いい? ビートくん、女の子は今の年頃、色々と難しいのよ』

『だから、心配しなくても大丈夫。私の云うことを、信じてくれる?』


 ハズク先生との約束(やくそく)を思い出した。


「……なぁに?」


 ライラが()く。

 マズい。このまま何も云わないと、(あや)しまれる。

 なんとかして、この状況(じようきよう)を乗り切ろう。


「えーと……ライラ、(みみ)尻尾(しつぽ)(さわ)ってもいい?」


 オレは無理に笑いながら訊く。


「ふぇっ!? み、耳と尻尾!?」

「ダメ?」

「ダメに決まってるじゃない! バカ!! エッチ!! スケベ!!」


 な、なにもそこまでいわなくても……。

 オレは少し落胆(らくたん)する。

 気まずい空気を、作っちゃった……。


 少しして、ライラが口を(ひら)いた。


「ねぇ、いいよ」

「えっ?」


 唐突(とうとつ)なライラの発言に首をかしげていると、いきなりライラが頭と尻尾をオレの前に持って来た。

 ライラは(ほほ)(あか)くしながら、オレを見つめる。


「その……耳と尻尾、触っても」

「あ、いいの?」


 さっきまで、あれだけ嫌がっていたのに、突然の方向転換(ほうこうてんかん)

 どういう(かぜ)の吹き回しなのか。


「本当に、いいの?」

「……うん」

「じゃあ、遠慮(えんりよ)なく……」


 オレはライラの耳と尻尾に、触れる。

 フサフサしている毛が、オレの指先をくすぐる。

 時折(ときおり)、ピクンと耳が動いたり、尻尾が()れたりした。


「んぅっ……」


 どうやら、くすぐったいらしい。

 なんだか、すごく可愛(かわい)い。

 耳以外も触りたくなってきたオレは、そっと耳から頭へと手を動かした。

 そしてそのまま、ライラの頭を()でる。


「ひゃっ!?」


 ライラが(おどろ)いたように声を出すが、抵抗(ていこう)はしなかった。

 ライラの頭の()心地(ごこち)の良さに、オレはすっかりハマっていた。


 もっと、ライラに触れたい。


 オレの心は、そんな気持ちに支配(しはい)されていた。

 そしてオレの本能は、ライラの身体(からだ)へと手を動かしていく。


「ね、ねえ! ビートくん!」


 気がつくと、オレはライラを背後(はいご)から抱きしめていた。

 ヤバい。ちょっと暴走(ぼうそう)した。

 耳と尻尾を触るだけだったはずなのに。


「……ゴッ、ゴメン!!」


 オレは(あわ)てて、ライラから手を(はな)す。

 心臓(しんぞう)の鼓動が高鳴(たかな)り、体温が急激(きゆうげき)に上昇していく。

 顔はきっと、真っ赤になっているはずだ。


 それにしても、ライラの(はだ)(やわ)らかかった。

 身体はくびれ始めていたし、腰回りのラインもはっきりしていた。

 驚いたことに、胸も(ふく)らみかけていた!

 いつの間にか、ライラは大人の身体へと変化し始めている。


 ……って、何を考えているんだ!

 こんなことを考えていたら、ライラに嫌われる!

 さっきの恥ずかしがりながら罵倒(ばとう)するライラの言葉が、思い起こされる。

 うん、間違(まちが)っていない。


 ライラは身体を起こすと、服と髪の(みだ)れを直す。


「……ビートくんの手、(あたた)かかったよ」

「……え?」


 ライラから怒られると思っていたオレは、予想外(よそうがい)の言葉に一瞬だけ思考(しこう)がフリーズする。


「そ……そう」


 どう言葉を返していいのか分からず、オレは言葉に()まる。


「お父さんとお母さんに()かれたときも、同じように感じるのかな?」

「いや……オレに()かれても、分からないよ」


 オレもライラも、ともに孤児院育ちだ。

 本当の両親がいるかもしれないし、いないかもしれない。

 実の両親に抱かれた時の気持ちなど、分からない。


「……ビートくんになら、話してもいいかな」

「え?」

「……私、誰にも話していないけど、夢があるの」


 ライラの口から飛び出した意外な言葉、夢。


「聞きたい?」


 オレは首を縦に振る。


「わたし……お父さんとお母さんに会いたい。それが私の夢なの」


 年頃の女の子にありがちな、素敵な人との結婚やお金持ちになりたい、などの夢かと思っていたら、両親と会うこと。

 ずいぶんと、シンプルな夢だな。

 そう思ってオレは、自分がいる場所がどこなのか忘れていたことに気づいた。


 オレたちが暮らしている場所は、孤児院。

 ワケあって捨てられたり、親がいない子どもたちが暮らしている場所だ。

 そういう場所なら、両親に会いたいと願うことは、何も不思議な事じゃない。

 むしろ、誰しもが抱いてもおかしくない夢だ。


「わたしのお父さんとお母さん、どこにいるの? どうして、わたしを捨てたの? 会って、わたしは全てを聞きたい」


 ライラの言葉に、オレは何も云わず耳を傾ける。

 シンプルだが、(かな)えるのが難しい夢だ。

 この世界には4つの大陸があるが、その大陸どれもが広大(こうだい)だ。

 ライラの両親がどの大陸にいるのかは、全く分からない。

 全ての大陸からライラの両親だけを探し出すなんて、海に落ちた小石(こいし)を探し出すようなものだろう。


「……きっと、会えるよ」


 根拠(こんきよ)など何もないが、オレはそう云った。


「本当に……?」

「……きっと、会えるよ」


 無責任(むせきにん)な奴だな。

 オレは自分のことをそう思う。


「……オレがどうやって、グレーザー孤児院に来たか、知ってる?」


 オレの問いかけに、ライラは首を横に振る。


 そりゃそうだよな、とオレは納得(なつとく)する。

 孤児院の子どもは、自分がどうやって孤児院に来たかなんて、普通は口にしない。


「オレは、列車の貨物(かもつ)に入れられていたのを発見されて、ここに(あず)けられたんだ」

「列車の貨物に!?」

「普通なら、孤児院の前に捨てて行ったとかが多いだろ? そんな中、オレは貨物に入れられてきたんだ。誰にも話したことが無かったけど、ライラには教えてあげる」


 オレはそう云うと、半年前のことを語り始める。



-------------------------------------



 半年前。

 オレはハズク先生の執務室(しつむしつ)に来ていた。


 グレーザー孤児院では、子ども自身が希望(きぼう)すれば、どうやって孤児院にやってきたのかを教えてくれる。それは完全に子どもの任意(にんい)であり、当然希望しない子どももいる。

 しかし多くの子どもが、自分はどうやって孤児院にやってきたのか知りたがっている。

 そのため、一定の基準(きじゆん)として10歳になったときに、希望した場合に限り、本人に口頭(こうとう)で教えることになっていた。


「心の準備はいいかしら?」


 ハズク先生の問いに、オレは(うなず)く。


「準備はできています。ハズク先生、教えて下さい」


 オレはお願いする。

 ハズク先生は頷くと、オレがグレーザー孤児院にやってきたいきさつを語ってくれた。


「ハズク先生、それって本当ですか!?」


 いきさつを聞いたオレは信じられず、声を大きくして聞きなおす。


「本当よ。……ビートくんは、グレーザー駅で列車に積まれていた貨物の中から見つかって、ここにやってきたの」


 ハズク先生はそう云って、悲しげな表情を見せる。

 オレは何も云わず、ただじっとハズク先生の話に耳を傾けている。


「私も最初は驚いたわ。孤児院の前に捨て子がいて、その子を保護した……という事例(じれい)なら、過去に何度も会ったの。でも、列車の貨物から見つかるなんて、私も初めての経験だったわ」

「……あの」


 黙って話を聞いていたオレは、口を開いた。


「オレが見つかった列車って、どんな列車だったんですか?」

「いいわ、教えましょう。ビートくんは、ある列車の貨物車から見つかったの。その列車の名前は――」


 オレは答えが気になり、耳に神経を集中させる。


「――『アークティク・ターン号』よ」

「あーくてぃく・たーんごう……?」


 オレがゆっくりと、列車の名前を繰り返す。

 ()みそうな名前だ。


「そう。アークティク・ターン号。4つの大陸は鉄道で繋がっていて、鉄道がとても大切な交通手段だということは、以前(いぜん)教えましたよね?」


 ハズク先生が問うと、オレは頷く。

 正直、授業で習うよりも前に本で知ってしまったが。


「大陸の隅々(すみずみ)まで通っている鉄道だけど、車両とレールに与える負荷(ふか)が大きいことから、2つの大陸を行き来するのが限界でした。4つの大陸全てを走ることができる鉄道は存在しないの。でも、唯一(ゆいいつ)例外(れいがい)として生まれたのが、大陸横断(たいりくおうだん)鉄道(てつどう)よ」


 そこまで話すと、ハズク先生は紅茶を一口飲んだ。


「4つの大陸を走破できる唯一の大陸横断鉄道が、アークティク・ターン号。南大陸のこの街、グレーザーから西大陸、東大陸を経由(けいゆ)して、北大陸の街サンタグラードまで向かう列車よ。4つの大陸の北から南まで、南から北までの、全てを結ぶことから、4つの大陸全ての友好親善の証ともいわれています。駅によっては、1年に1度、通るか通らないかのすごく特別な列車なのです」


 授業でも習った、大陸横断鉄道についてのことだ。

 ハズク先生は、再び紅茶を一口飲んだ。


「この列車の貨物車に、荷物に入れられていて、グレーザー駅で労働者に発見されたの。それから駅長を経由して、一番近かったこの孤児院に引き取られたのです」


 オレは、何も云わずに黙ったまま聞いていた。

 いや、正確には言葉が出てこなかったといった方が正しいかもしれない。


「……ビートくんについて、私が話せることはここまでです」



--------------------------------



 ライラは何も云わず、じっとオレの話を聞いてくれた。


「ライラは獣人族だし、狼の耳を持っているから、獣人族が多く暮らしているところに行けば、何かしらの手掛かりはあるかもしれない。だけど、オレは人族だし、何の手がかりも無い。だから、きっと見つからないと思うんだ」


 オレは、涙が流れそうになったが、(こら)えた。

 オレだって、両親がいるのなら会いたい。

 だけど、獣人族とは違って人族はどこの大陸にもいて、数も多い。

 その中から自分の両親を見つけるなんて不可能(ふかのう)

 ライラの両親を見つけるよりも、難しい。


「ライラには、そんな気持ちを味わってほしくない。だから、オレもライラのお父さんとお母さんが見つかるように、手伝うよ」

「……本当?」

「約束する。必ず、オレがライラのお父さんとお母さんを探すために、どんなことでも協力するから――って、あれ?」


 そう云ってライラを見ると、ライラは目を丸くしていた。

 あれ? もしかして、話聞いてなかった?


「えと……ライラ?」

「……ありがとう、ビートくん」


 ライラはお礼の言葉を云い、目元(めもと)をそっと(ぬぐ)った。


「ビートくんって、優しいのね」

「いやぁ、それほどでも……」

「ううん、優しいよ。ビートくんに話して、本当に良かった」


 ライラの言葉に、オレは顔を(あか)くしてしまう。

 そして同時に、ある1つの可能性を感じる。


(ライラってもしかして、オレのことが好きなんじゃないのか?)


 オレはライラを見る。

 ライラは美人だ。おまけに可愛い。

 美人で可愛い上に、性格も良い。

 ずっとライラと一緒に過ごしてきた幼馴染(おさななじ)みなんだから、それは確かだ。

 さらにスタイルも成長をはじめている!

 そう遠くないうちに、魅力的(みりよくてき)な女性になることは間違いないだろう。

 そんなライラから好意(こうい)を抱かれたら――。


 オレは口元がだらけそうになるのを、慌てて食い止める。


(いかんいかん! ここはシャキッとしていないと――!)


「優しいかどうかはともかく、オレでよければいつでも話に乗るよ」


 オレが謙遜(けんそん)しつつそう云うと、ライラは立ち上がった。


「ビートくんに話して、良かった。さ、もうそろそろ()よう」


 ライラは明るい顔でそう云うと、オレを置いて孤児院の建物内へと入って行く。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」


 オレは慌てて、ライラの後を追いかけ、ベッドへと戻って眠りに()いた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


5月3日追記

おかしかった場所を修正しました。

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