第46話 さらば南大陸
オレが戻って来るとほぼ同時に、ライラとチャクも戻って来た。
「手帳、見つかった?」
「ううん。見つからなかった。ビートくんは?」
「こっちも、見つからなかったよ」
オレは首を横に振る。
「……すいません。私の手帳のために」
「いや、別にチャクのことを攻めているわけじゃないよ!」
チャクが謝り、オレはそれを否定する。
ライラもそれに同意した。
「そうだよ! うっかりすることは誰にだってあるんだから!
「すいません……ご迷惑をおかけして」
チャクは獣耳を垂らし、すっかり落ち込んでしまっていた。
オレとライラは、落ち込むチャクにどう声を掛ければいいのか分からなかった。
「あの、すいません」
突然、オレたちは声を掛けられて振り向く。
いつもどこからともなく登場してくる、ブルカニロ車掌がいた。
「今、手帳がどうとか、お話しされていたようですが……」
「えぇ。実は――」
オレはそこまで云いかけて、チャクに視線を向ける。
このことを話していいのかどうか、オレは気になった。
チャクが、祈るような目をしながら頷く。
「――手帳を、探しているんです」
「手帳――ですか?」
「話すと長くなるんですが……」
オレはチャクが、大切な手帳を2等車で紛失してしまったことを話した。
確か、車掌にはすでに手帳の落し物が届いているかどうかは、チャクが聞いていたはずだ。そして、届いていないという答えが返ってきた。
正直、今さらブルカニロ車掌に話しても、同じ答えが返って来るだけだろう。
そのときまで、オレはそう思っていた。
しかし、オレの考えは覆された。
「手帳の落し物でしたら、届いていますよ」
「――えっ?」
オレ、ライラ、チャクの3人が目を丸くして顔を見合わせる。
「あ、あの、確か私が訊いた時は……確か届いていないと……」
「あぁ、おそらくそれは違う車掌ではないかと思われます」
ブルカニロ車掌が答えた。
「アークティク・ターン号には、複数人の車掌が乗り組んでいます。私ではない別の車掌は、手帳の落し物の事を把握していなかったのかもしれません」
「チャクちゃん、手帳のことを話した車掌さんって、このブルカニロさんだった?」
「いえ、よく覚えてないです……」
ライラの問いに、チャクは自信無く答える。
「もしかして、こちらのお客さんは、手帳を落とされた方でしょうか?」
「そうなんです。実は――」
「車掌さん! その届いている手帳とやらを見せて下さい!」
ライラがチャクの事情を話そうとしたとき、チャクが必死の形相でブルカニロ車掌にお願いした。
「か……かしこまりました。それでは、少し乗務員室まで御足労を願います」
「分かりました!! お願いします!!」
ブルカニロ車掌は驚きながらも、乗務員として取り乱すことなく、チャクに案内する。
「念のため、お2人にもご同行をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「いいですよ」
「もちろんです!」
オレたちもそのまま、2人についていくことになった。
「落し物として届けられているのは、こちらの手帳になります」
ブルカニロ車掌が見せてくれたのは、チャクが話してくれた特徴に当てはまる、革製のカバーで、留め金がついているものだった。確かに、高級感が漂っている。
オレが使っている手帳と比べると、大きさも質もかなり違う。
これ、本当に旅人が使うような手帳か?
どこかの貴族が使っていても、全くおかしくないほどしっかりしているぞ。
手帳には詳しくないオレでも、それくらいはなんとなく分かる。
ブルカニロ車掌が手帳を見せた途端、手帳を見たチャクの表情が、驚きの色を鮮明にした。
「そっ、それですっ! それが私の、手帳ですっ!!」
「あぁ、あなたの手帳だったのですね」
「あのっ! な、中身とかは、見ていないですよね!?」
「……? えぇ、見ていませんが?」
ブルカニロ車掌が、不思議そうに答える。
チャクはその答えに、そっと胸をなでおろした。
「良かったです。あの、その手帳は私のなので、引き取りたいんです」
「それでは、こちらの書類に受け取りのサインをお願いします」
ブルカニロ車掌が手帳を脇に置き、1枚の書類を差し出すと、チャクは奪い取るように書類を受け取り、大急ぎでペンとインク壺を取り出してサインをする。
いったい、チャクがそこまでして手帳に執着する理由は何なのだろう?
オレとライラは、顔を見合わせる。
ライラも、チャクの行動に驚いていた。
「はい、こちらをお返しします。ご確認ください」
手帳を手渡されたチャクは、留め金を外して、手帳の中身を確認する。
ページをペラペラとめくりながら、手帳の内容を確認しているようだ。
少しページを確認したチャクは、顔を上げた。
「間違いありません! 私の手帳です!!」
「見つかってよかったですね。紛失しないよう、貴重品の管理には十分ご注意ください」
「はいっ! ありがとうございましたっ!!」
ブルカニロ車掌に対して何度もお礼の言葉を述べるチャク。
オレとライラは、穏やかな表情になって視線を交わす。
何はともあれ、無事にチャクが探していたものが、見つかった。
「ビートさんにライラちゃんも、ありがとうございましたっ!」
3等車へと通じている貫通ドアの前で、チャクが再び頭を下げた。
ここに来るまでの間、何度感謝されたか分からないほど、オレたちはチャクの口から感謝の言葉しか聞いていない。
「見つかって、本当に良かったね」
「はい! お2人には大変お世話になりましたっ!」
チャクのお礼を何度も聞いて、オレは耳にタコができそうだ。
しかし、オレにはどうしても分からないことがある。
それは今聞かないと、もう分からないかもしれない。
そう思ったオレは、思い切ってチャクに訊いてみることにした。
「それにしても、どうしてそんなにチャクはその手帳を探していたんだ?」
「え、えーと……それはですね……」
チャクは手帳を取り出すと、ページをめくった。
「お2人にはお世話になりましたから……そのお礼で、特別に見せてあげます」
そしてあるページで、チャクの手が止まった。
「あの、1つだけ約束してくれますか?」
「何を?」
「ここで見聞きしたことは、必ず忘れて下さい。それだけ約束してください」
「いいけど……?」
オレとライラは、首をかしげながらもそう約束する。
「ありがとうございます。私がどうして、この手帳をずっと探していたのか、その理由が……これです」
「!!」
「!?」
オレとライラは、チャクが開いたページを見て、驚いた。
チャクの手帳には、各国の王族や貴族、領主たちの情報やスキャンダル、性癖、個人資産、愛人や不倫相手の情報といった表に出てほしくない数々の裏情報が、びっしりと記されていた。
遠くから見ると、ページが真っ黒になっているのではと錯覚しそうになるほど、ページが文字で埋め尽くされている。
「実は私……こう見えても記者志望でして、次のリリスの街にある雑誌社に、この情報の一部を売り込もうと思っているんです」
「ど、どうやってこんなに情報を集めたの?」
「それは教えられません」
チャクはそう云って、手帳を閉じる。
こいつだけは敵に回してはいけないと、オレは思った。
「特別ですからね?」
「あぁ……ありがとう」
「うん、ありがとう。チャクちゃん」
オレとライラは、チャクにお礼を云う。
正直、あまりにも反応に困る内容だ。
「こちらこそ、お世話になりました! またどこかで、お会いできることを願っています!」
チャクは最後にもう1度、お礼として頭を下げ、3等車へと消えて行った。
オレとライラは2等車の個室に戻って来た後、ベッドに寝転がった。
「いやぁ、とんでもないものを見せられちゃったなぁ。まさか手帳に執着していた理由が、あれだったとは……」
「チャクちゃんが必死になっていた理由、やっと分かったわ。わたしもビートくんのことをびっしり書いた手帳があったら、きっと血眼になって探すよ」
「まさか、そんなもの用意してないよね?」
「もちろん、そんなものないよ」
オレが訊くと、ライラは笑顔で答える。
「ビートくんのことは、全部わたしの頭の中に入っているから!」
「あはは……」
オレの口から出たのは、渇いた笑いだけだった。
アークティク・ターン号は、それから少ししてリリスの街に到着した。
しかしオレたちは、南大陸最後の街だというのに、特に名物も何もないリリスの街では下車せず、図書館車で本を読んだりして過ごした。
チャクのことで、頭がいっぱいになっていたこともあったかもしれない。
そして24時間後。
アークティク・ターン号は、ゆっくりと動き出し、南大陸の港町リリスを出発する。
その先には、地平線まで続く鉄道橋が待ち構えていた。
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