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幼馴染みと大陸横断鉄道  作者: ルト
第4章
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第45話 チャクの手帳

 南大陸最後の停車駅、リリスに向かって疾走(しつそう)するアークティク・ターン号。

 リリスに向かう途中、深夜にオレはライラと個室で会話に華を咲かせていた。

 その最中、ドアがノックされた。


 コンコンッ。


 時計を見ると、もう夜の12時を回っている。

 他の乗客は、すでに眠っているはずだ。食堂車のバー営業も11時で終わるため、その帰りの客とも考えにくい。

 当然、乗務員がやってくるような時間でもない。


 だとしたら考えられるのは、トイレと間違えているか、変な奴かだ。


 万が一に備え、オレはそっとソードオフを手に取り、ショットシェルを込める。

 対人戦闘用のショットシェルを装填(そうてん)し、オレは銃身を戻す。


「ビートくん、気を付けてね」

「ああ」


 短いやり取りだけで、ライラは安心した表情を見せる。




 オレはそっとドアの鍵を外し、ソードオフを隠し持ちながら、ドアを開けた。


「こんな夜中に誰だっ――えっ!?」


 オレは目を見張った。

 そこにいたのは、1人の少女だった。


 歳は同じくらいで、ライラとは少し違うが、犬系の獣耳と尻尾(しつぽ)を持つ獣人。

 女性用の旅人の服を着て、大きめのショルダーバッグを斜めにかけている。

 両手(りようて)を前で組み、何かをお願いするような表情でオレを上目(うわめ)使(づか)いで見つめてくる。


 当然、武器らしいものは持っていない。

 隠し持っている可能性はあるが。


 しかし、明らかに敵意は感じられなかった。

 おかしい人でもなさそうだ。


 オレは、目の前にいる獣人の少女に話しかける。


「あんた、誰?」

「私は、チャクといいます。3等車で旅をしています、旅人です」


 チャクと名乗った少女は答える。

 そしてどういうわけか、お願いをしてきた。


「お願いします! 一晩だけ、泊めさせてもらえませんか!?」

「ど、どうしてだ!?」


 3等車は、ここからそう遠くない。

 足が棒になるほど歩いていかなければ辿(たど)り着けないほどでもない。女性でも往復してくるのは余裕だ。


 それなのに、チャクはどうしたわけか、2等車の個室に一晩だけでいいから泊めてほしいとお願いしてきた。

 当然、チャクは3等車を利用するだけの料金しか支払っていないはずだ。


「3等車なら、すぐそこじゃないか。それなのに、どうして2等車に!?」

「お願いします! 一晩だけでいいんです! 泊めて下さい!」


 オレが困っていると、背後から声がした。


「ビートくん、どうしたの?」

「ライラ。実はこのチャクという少女が、泊めてほしいってお願いしてきて……」


 ライラがオレの後ろから、チャクを見る。

 チャクは相変わらず、顔の前で手を組んでお願いする姿勢を維持していた。


 必死でお願いするチャクを見ていると、一晩だけなら泊めてもいいとオレは考えている。

 実際、泊めていただろう。



 ――それは、オレ1人で旅をしていたならば、の話だが。



 今のオレは、ライラと一緒に旅をしている。

 それにライラはオレの妻だ。

 勝手にオレの判断で、見ず知らずの女性を受け入れたら、ライラを怒らせるだけだ。

 オレが良くても、ライラがOKを出さない限り、チャクを泊めるわけにはいかない。


 さて、ライラはどう判断を下すのか――。


「うーん……ねぇ、名前は?」

「チャクといいます」

「どうして3等車に戻らないの? もしかして、戻れない理由があるの?」

「話すと長くなります。お願いです! 床で寝せてもらえるだけでいいんです! どうか一晩だけ泊めさせてください!」


 チャクがそう云うと、ライラは(うなず)いた。


「じゃあ、いいよ」


 ライラがOKを出したことに、オレは驚いた。

 てっきり「ビートくんとの2人だけの空間に入るなんて!」と云ってOKを出さないとばかり思っていた。


「ライラ、いいの!?」

「だって可愛そうじゃない。こんなに必死でお願いされたら、断りきれないよ」


 そう云うと、ライラは半分開けだったドアを、全開にした。


「さ、チャクちゃん、入って入って」

「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!!」


 チャクは何度もお礼を云いながら、オレたちの個室へと入っていった。

 オレはチャクが入ると、再び部屋のドアを閉め、鍵を掛けた。




「改めまして、私はチャクといいます」

「オレはビート。隣にいるのが、ライラだ」

「よろしくね」


 オレとライラは、名乗ったチャクに応えるように、自己紹介する。


「とりあえず、紅茶でも飲む? ビン入りだし温かくは無いけど」

「ありがとうございます。いただきます」


 ライラが売店で買ってきたビン入りの紅茶を、チャクに振る舞う。

 ヴァルツの街で購入した、ドライソーセージも一緒に出した。

 オレにはあまり合う組み合わせには思えなかったが、チャクは美味しそうに紅茶とドライソーセージを味わった。

 チャクは感激して、涙を流しながらお礼の言葉を述べる。


「泊めていただくだけでなく、美味しい紅茶とドライソーセージまで……どうお礼をお伝えすればいいか……本当に、ありがとうございます!!」

「まぁまぁ、落ち着いて。それよりも、どうして3等車に戻らないのか、理由を聞かせてよ」


 ライラはチャクに云う。

 チャクは鼻をすすると、口を開いた。


「はい。実は、2等車のどこかで、私の大切な手帳を落としてしまったんです」

「手帳を?」


 ライラが確認するように訊いた。


「手帳です。私にとって、とてもとても大切な手帳なんです」

「へぇ、まるでわたしにとってのビートくんみたい」


 オレは思わずニヤついてしまう。


「そういえば、お2人はどのような関係で……?」

「わたしは、ビートくんの奥さんなの」

「夫婦だったんですか!? ずいぶんと若い夫婦で……いえ、失礼しました」

「全然気にしてないよ! ね? ビートくん」


 オレは何も云わず、ただ頷く。


「ありがとうございます!」

「それで、話を戻すけど……手帳を無くして、それを探すために2等車に来たの?」


 オレが訊くと、チャクは頷いた。


「はい。2等車で落としたことは確かなんです。3等車から2等車を通って、食堂車で食事をしようとして、無いことに気づいたんです。それでずっと、2等車を探し回っていたんですが、どうしても見つからなくて……」

「車掌さんには訊いた?」

「もちろん、すぐに訊きました。でも、手帳の落し物は届いていないみたいで……」

「そうなると、まだどこかに落ちているか、誰かが拾って届けていないか……」


 オレはいくつかの可能性を口にする。

 チャクが手帳を見つけておらず、落し物として届けられていないことも考えると、まだ見つかっていない可能性が高い。もしくは誰かが拾っているか、持ち去ったとも考えられるだろう。


 それにしても、チャクがそこまで手帳に固執(こしつ)する理由は何だろう?

 よほど重要なことが書いてあるのだろうか?


「とりあえず、今日はもう遅いから寝ない? 明るくなってから、3人で探せばきっと見つかるんじゃないかな?」


 ライラの提案に、オレは2つ返事で賛成する。


「それがいいよ。チャクもずっと探していたなら、疲れているだろ? 一晩ぐっすり寝れば、スッキリして探すのも(はかど)るはずだ」

「そうですね。じゃあ、そうします!」


 チャクはドライソーセージを全て食べ、紅茶を飲み干した。


「ごちそうさまでした! ありがとうございました!」


 その後、オレはチャクとライラをベッドに寝かせた。

 チャクは床で寝ると主張したが、オレは半ば強引にチャクをベッドに案内した。


「私なんて、床で十分ですよ!」

「いや、ダメだ。ちゃんとベッドで寝ないと、疲れは取れないもんだ」

「床で寝た事なんて、何度も経験ありますし、今さら……」

「ダメだ。とにかくベッドで寝るんだ」


 最終的に「ベッドで寝ないと、明日の手帳探しを手伝わない」と云って、なんとかチャクにベッドで寝てもらった。


 いくらなんでも、女の子を床やイスで寝かせるのは、オレのプライドが許さなかった。

 チャクとライラが眠ったことを確認すると、オレは明かりを消し、窓際(まどぎわ)に置かれたイスに深く腰掛けて目を閉じる。

 イスであっても、寝ることはできるもんだ。




 翌朝。

 オレは目を覚まして、イスから立ち上がった。

 快眠とまではいかないものの、寝ることはできた。


「んん……よく寝た……ような気がする」


 オレはストレッチをして、眠気を完全に吹き飛ばす。

 コーヒーがあれば直良いが、あいにく今この場にコーヒーは無かった。


 ベッドを見ると、ライラとチャクはまだ眠っている。

 オレはライラとチャクが起きるまで、待ち続けることにした。




 ライラとチャクが目を覚ますと、簡単な朝食を食べ、オレたちは部屋を出た。

 これからやることは、1つしかない。


 チャクの手帳を探すことだ。

 分かっていることは、2等車のどこかに落ちている、ということだけだ。


 しかし、2等車だけでも20両はある。

 その中から手帳を見つけるのは、かなり絶望的だ。

 手がかりも、少なすぎる。


「チャク、なんかこう……手帳の材質とか、特徴的なものとかは分からないか?」

「材質は、紙です。本みたいになっていることが、特徴です」


 オレは軽くこめかみを抑える。

 確かに手帳の材質は、紙だ。それは間違いない。

 特徴だって、間違ったことは云っていない。


 しかし、聞きたいのはそこじゃない。


「いや、それは誰でも分かる。オレが知りたいのは、手帳の外側のカバーの材質とか、何かひと目で分かるようなものがないのかってことだ」


 オレがそう云うと、チャクは気づかされたようにハッとする。


「そういうことですね! えーと……カバーは革製で、留め金がついています」


 つまり、少々高級そうな手帳ということか。


「じゃあ、それに当てはまるような手帳を探せばいいってことね」

「ここからは、二手に分かれて探してみるか」


 オレたちがいる個室がある車両は、ちょうど2等車の中でも真ん中あたりだ。

 前方の10両と、後方の10両を手分けして探した方が、効率的に探せるだろう。


「ライラとチャクは後方の10両を頼む。オレはこの車両を含めた前方の10両を探してみる。10両すべてを探しても見つからなかったら、また戻ってきつつ探して、オレたちの部屋の前で落ち合おう」


 その提案に、ライラとチャクは2つ返事で頷いた。


「わかったわ!」

「お願いします!」


 オレはライラ、チャクと別れ、前方の10両の2等車を探し回ることにした。




 オレは前方の10両目まで辿り着いてしまった。

 この先にあるのは、3等車だ。

 その間に、手帳を拾ったりはしていない。


「無かったなぁ……」


 オレは腕を組んで(つぶや)く。

 注意深く探してきたが、どこにもない。

 見落としているだけなのかもしれないが。


「……となると、あとはライラとチャクの結果待ちだな」


 オレは3等車へと続いているドアに目をやると、ふと思った。

 もしかして、2等車で落としたと思っているチャクの考えに反して、実はチャクが乗っていた3等車にあるのではないか?


 しかし、もしそうだとしたら、あまりにも範囲が広すぎる。

 3等車は30両もある。

 4人掛けボックス席の車両だから、乗っている人もかなり多い。

 正直、誰かが拾って持ち去っても、おかしくないだろう。

 3等車から探し出すのは、絶望的だ。


「……戻ろう」


 オレは再び前方の2等車10両の中を、手帳を探しながら後方へ向かって歩いて行った。



 私、チャクは今、ライラちゃんと一緒に食堂車の方に向かって2等車を進んで行きます。

 探しているものは、私が落とした手帳です。

 2等車のどこかで落としたことに、間違いはありません。

 昨夜も必死で探しましたが、見つかりませんでした。


 そして私は、2等車の個室の人に助けを求めました。

 もしかしたら、何か手帳について知っているかもしれないと思ったからです。

 当然のことながら、あちこちの部屋から断られてしまいました。


 しかし、神様は私を見捨ててはいませんでした。


 ビートさんにライラちゃんという、親切な人に助けられました。

 若いのでカップルかと思っていましたが、なんと夫婦でした!


 事情を話しますと、翌日から一緒に探してくれることになりました。

 とてもありがたかったです。


 そして、探し始めたはいいのですが……。


「でね、ビートくんって、本当にカッコイイんだよ!」


 ライラちゃんは手帳を一緒に探してくれるどころか、一緒に旅をしているビートさんについてのことしか話してくれません。


「そ、そうなんですか……」

「強盗を撃退してくれた時は、本当に自分の目が信じられなくって、何度も夢じゃないかと思ったりしたけど、それが現実のことだったの! それに、この間はわたしを守るためにソードオフを購入して、それで襲い掛かってきたリザードマンたちを()ぎ倒しちゃうし……あぁ、もう本当にカッコよすぎるよぉ!!」


 私は愛想笑いを浮かべながら、手帳を探し続けます。

 何度かすれ違った男性が、ライラちゃんに視線を向けてきましたが、ライラちゃんの言葉を耳にすると、少し引いているみたいです。

 ライラちゃんは他の男性のことなど、まるで眼中にありません。

 ビートさんが、ライラちゃんにとって単なる夫などではなく、それを超えた特別な存在だということはよく分かりました。


 そしてついに私たちは、食堂車まで辿り着いてしまいました。

 私の手帳は、どこにもありませんでした。


 いったい、私の手帳はどこへ行ってしまったのでしょう?

 私の気持ちは、重くなっていくことしかできませんでした。


「……とりあえず、一旦戻ろう」

「……はい」


 私はライラちゃんと一緒に、2等車の個室まで戻ることにしました。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘等お待ちしております!

次回更新は6月1日21時更新予定です!


5月31日、900PVを突破しました!

読んで頂いた皆様、ありがとうございます!!

気に入っていただきましたら、評価などもしていただけますと嬉しいです!


今後もどうぞよろしくお願いいたします!

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