第43話 補給駅の温泉街
リザードマンの襲撃事件から一夜が明け、アークティク・ターン号はスパの街にやってきた。
「ここは、停車駅だけじゃなくて、補給駅でもあるらしい」
「ほきゅうえきって、何?」
オレが放った耳慣れない単語に、ライラが首をかしげる。
「機関車に燃料を入れたり、使った食料や水を補充するための駅のことだよ。補給駅が無いと、いくら大陸横断鉄道といえど、超長距離を走ることはできないんだ」
補給駅のことは、鉄道貨物組合でクエストを請け負っていた時、先輩のエルビスから教わっていた。グレーザーやここ、スパなど大きな街の駅は、だいたいが補給駅でもある。大規模な車両整備工場や食品販売組合があり、すぐに必要な物資を列車に積み込むことが可能だからだ。
「へぇ~そうなんだ。てっきり、最初の駅で積み込みをしたら、それで終点まで行くものかと思ってた」
「列車の積載スペースにも限りがあるからね。補給駅で色々と積み込みをしないと、1週間くらいで水も食料も無くなっちゃうと思うよ」
「次の補給駅まで1週間以上かかるときは、どうするの?」
「そのときは、ちゃんと1週間以上持つように計算して、積み込みをしていくんだ」
オレがライラにそう教えていると、アークティク・ターン号のスピードが落ち始めた。駅のホームに入ると、さらにスピードを落としていき、やがて止まった。
ちょうど、昼の12時だ。
外を見ると、駅員が『スパ駅 48時間停車』と書かれたプラカードのようなものを掲げている。補給駅だからか、いつもよりも倍の時間停車していくらしい。
「ライラ、降りようか」
「もちろん!」
オレとライラは、個室を飛び出した。
「んーっ、やっぱり広い所っていいよね!」
ライラがホームに出て、大きく身体を伸ばす。ずっと個室にいたためか、ホームに出るとかなり広く感じられた。
オレも身体を伸ばし、身体に溜まった疲れを落とそうとする。
しかし、疲れはなかなか落ちてくれなかった。
「……ん?」
オレの目にあるものが飛び込んできた。
『スパの湯 疲れや肩こりに効果抜群!』
どうやらスパの街では、温泉が湧いているらしい。
「ライラ、あれ!」
「温泉?」
「せっかくだからさ、行ってみないか?」
「行きたい!」
オレの誘いに、ライラは2つ返事で答えた。
駅を出たオレたちは、目を見張った。
駅のすぐ近くだというのに、あちこちに温泉宿や銭湯がある。
あちこちから湯気が立ち上っていて、温泉に向かう人で大通りは埋め尽くされていた。
アークティク・ターン号に乗っていた乗客たちも、この中に紛れ込んでいるに違いない。
「さて、どこの温泉が1番いいのかな?」
「とにかく、行って見ればわかるよ!」
ライラはそう云って、オレの手を引いてきた。
「ビートくんと一緒に温泉に入れるなんて、楽しみ~!」
「ライラ、温泉はほとんどの場合、男女別だぞ?」
銭湯とかは、だいたいが入り口の段階で男女別になっている。
一緒になっているのは、会計をする場所である番台くらいだ。
それを聞いたライラは、愕然としていた。
そんなに、オレと一緒に入りたかったのか。
少しだけかわいそうに思ったが、温泉のシステム上、仕方のないことだとオレはライラを説得した。
オレとライラがやってきたのは、スパ温泉旅館『テルマエ』だった。
48時間という長い停車時間に加えて、せっかく温泉街のあるスパにやってきたのだから、温泉旅館に泊まっていこうという流れになり、出発までアークティク・ターン号に戻らないことが決まった。
受付を済ませて部屋に案内されると、部屋からは手入れされた庭がよく見えた。
「わぁ、綺麗」
ライラが窓際に駆け寄り、窓からの景色を見る。
「確認ですが、滞在は明後日の朝9時まででよろしかったですか?」
案内してくれた獣人の従業員が、オレに訊いた。
「はい、間違いありません」
「かしこまりました。それでは、お茶をお淹れいたしましょうか?」
「お願いします」
獣人の従業員がテキパキと動き、オレとライラの紅茶を淹れてくれる。
そしてお茶菓子まで用意してくれた。
「夕食は夜7時から9時までの間、レストラン『ケーナーティオー』でお召し上がりいただけます。朝食は、明日の朝6時から11時までの間です。昼食は11時半~14時までになります。温泉はいつでも好きな時に入浴していただけます。また、夕食を召し上がっている間に、お部屋にお布団をご用意させていただきます」
オレとライラは紅茶を飲みながら、従業員の説明を聞く。
「何か、ご質問はございますか?」
「すいませーん! 混浴のお風呂って、ありますか?」
「ちょ、ライラ!」
オレは驚いて声を大きくする。
そこまでして、ライラはオレと一緒に風呂に入りたいのか!?
「えーと……申し訳ございません。当旅館には混浴の温泉はご用意いたしておりません」
従業員が少し困った様子で答える。
「そんなぁ~……」
「あの、代わりといっては何ですが、このお部屋には専用温泉がございます」
専用温泉。
その言葉に、落ち込んでいたライラが顔を上げた。
「専用温泉?」
「こちらでございます」
従業員に案内された先には、少し広めの露天風呂があった。
「こちらは、このお部屋をご利用の方のみがご利用いただけます。男女別などの制限もございません。もちろん、他の場所から覗かれる心配もありません」
「じゃ、じゃあ――!」
「はい。こちらでしたら、混浴も可能となっております」
ライラの表情が、キラキラと輝く。
ここまですぐ変わるものなのかと、オレは呆れてしまった。
「それでは、私はこれにて失礼いたします。何かありましたら、こちらのベルを鳴らしてお呼び下さいませ」
従業員はそう云って、部屋を出て行った。
そしてオレは見逃さなかった。
従業員が去り際、少しだけニヤニヤしていたのを――。
「これで、ビートくんと一緒に温泉に入れるのね!」
ライラは尻尾をブンブン振りながら、温泉に入る時を今か今かと待ちわびている。
その横で、オレは紅茶を飲んでいた。
「あっ、もしかして、ビートくんは混浴が無いことを分かっていたから、専用温泉があるこの部屋を取ってくれたの!?」
「いや、たまたまだよ。たまたま」
事実、専用温泉があったのは偶然だった。
よく設備などを見ず、温泉にアクセスしやすくてプライベートもちゃんと確保できる部屋を求めた結果、ここになっただけだ。
「ビートくん、早く一緒に温泉に入ろうよ」
「じゃあ、そろそろ温泉に行こうか」
オレが旅館の用意した衣服とタオルを持って部屋から出ようとすると、ライラが服を握ってきた。
「もうっ、ビートくん、温泉はこっちよ」
ライラはそう云って、専用温泉の方を指さす。
どうやら、オレに選択権は無いらしい。
オレとライラは服を脱ぎ、専用温泉へと足を踏み入れる。
専用温泉は露天風呂で、白く濁ったお湯が湧き出ていた。
「へぇ、白いお湯が湧いているのか!」
身体を洗い終えたオレとライラは、ゆっくりと温泉に浸かる。
「熱っ……ちょっと温度が高めなのね」
「確かに少し熱めのお湯だけど、気持ちいいな」
オレは肩までつかり、両手両足を伸ばす。
「ふぁ~~~……」
オレは長いため息をつく。
なんだか、全身から疲れの元となるものが全て抜けていきそうな気がした。
身体が少しずつ軽くなっていき、旅の疲れが取れていく。
隣にいるライラを見ると、ライラも温泉に浸かってリラックスしていた。
「いい気持ちね~」
「もう熱さには慣れたの?」
「うん。もうそんなに熱く感じなくなってきた」
ライラはそう云うと、オレの方に顔を向ける。
「やっぱり、お湯に浸かるっていいわね」
「列車にあるシャワーだけじゃ、疲れは落ち切らないみたいだな」
「これからは、温泉がある場所に立ち寄ったら、必ず温泉に浸かりたいわね」
「同感」
オレは頷いた。
時々こうしてお湯に浸からないと、長旅を続けるのは大変だと思った。
お湯から上がると、オレとライラは温泉旅館が用意した衣服に着替えた。
ライラはワンピースで、オレはシャツとズボンだ。肌触りのいい素材でできているらしく、湯上りの火照った身体をちょうど良い温度まで調節してくれそうだ。
そして夜7時になると、オレはライラを連れてレストラン『ケーナーティオー』に向かった。着いた時には、まだあまり宿泊客は居なかったが、オレたちが料理を注文し終える頃には、ほとんどの席が宿泊客で埋め尽くされていた。
「すっごい人ね」
「早めに来て、良かったな」
混雑具合を見ながら、オレはライラとスパ名物のスパークリング・パインという飲み物で乾杯する。
しばらく待っていると、料理が運ばれてきた。
「お待たせいたしました。こちらが本日のコース料理『四季折り詰めコース』でございます」
ウエイターが運んできたのは、いくつもの小皿に盛られた料理と、それ以外に大皿料理が4皿だった。どれも美味しそうで、オレとライラは生唾を飲み下す。
オレとライラはウエイターが去ると、早速料理を食べ始める。
「ん、美味しい!」
オレは久しぶりに食べる保存食でない料理に舌鼓を打つ。アークティク・ターン号に乗っている間、主に食べていたのは携帯食料だったためか、作りたての料理がどれも美味しく感じられた。
「ビートくん、これも美味しいよ!」
ライラが空いている小皿に、大皿から料理を取り分けてくれる。
オレはありがたく受け取った。
「うん、美味い!」
オレはライラが取り分けてくれた料理を食べ、そう答える。
他の大皿料理も食べてみたが、どの大皿の料理も、とても美味しい。
「ここを宿泊先に選んで、大正解だったな」
「うん! 温泉も気持ち良かったし、料理も美味しい!」
ライラは大好物でもある肉料理を食べながら、スパークリング・パインで飲み下す。
ライラも満足してくれて、本当にこの旅館を選んでよかったなぁ。
オレはそう思いながら、次の料理を口に運んだ。
食事を終えて部屋に戻って来ると、いつの間にか布団が敷かれていた。
どうやら、オレたちが食事をしている間に、従業員が敷いてくれたらしい。
「いやー、食べたなぁ」
腹八分目ほど食べたオレは、布団の上に座る。
フカフカで、布団に寝転がっているとすぐに眠ってしまいそうだ。
しかし、そんなオレにライラが抱き着いてきた。
「ビートくん、撫でて……」
「しょうがないなぁ」
そう云いながらも、オレはライラの頭を撫でる。
ライラの頭を撫でていると、ライラは幸せそうな顔をしながら、尻尾を振り続ける。
「くぅーん……」
ライラが犬のような声を出し、オレは思わず吹き出しそうになってしまう。
「今の声、なんだか犬みたいだったぞ?」
「犬じゃないよぉ。わたしはオオカミ。銀狼族なんだから。でも、ビートくんに撫でられてると、気持ち良くて……」
ヤバい。可愛すぎる。
オレはライラの腰に手を回し、そっと尻尾に触れる。
モフモフした感触が、実に気持ちいい。
「……エッチ」
「ゴメン。つい触りたくなって……」
「もうっ。……こんなことしてもいいのは、ビートくんだけなんだからね」
ライラはそう云うと顔を上げ、オレに顔を近づけてくる。
そしてオレは、ライラとキスをする。
長く感じられたキスの後、ライラは顔を紅くしながら、オレの顔を見てきた。
久しぶりだもんな。
ライラが何を考えているのか、オレにはすぐに分かる。
ライラは今夜、オレと思いっきり楽しみたいみたいだ。
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次回更新は5月30日21時更新予定です!
5月29日時点で800PVを突破し、900PVに近づこうとする勢いで伸びています!
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