第42話 リザードマンの襲撃
「大変だ! リザードマンたちが、この先で列車を狙っている!!」
乗組員のその言葉に、再び列車に緊張が走った。
そしてオレは、マロッタが取った行動の意味をようやく理解した。
リザードマンとは、トカゲが直立二足歩行したような魔物の一種だ。
魔物の中では弱い部類だが、厄介な連中だ。
主に森の中にいることが多いが、まさかこんな草原地帯で出くわすなんて。
リザードマンの特徴として、簡単なチームプレイを行えるほどの知能を持っていることと、剣や棍棒、弓矢といった原始的な武器で武装していることが多い。そして片言ながら人語を操ることもできる。
そして隊商や貨物列車などを襲い、積荷や金品を強奪して生活している。
やっていることは強盗や盗賊と変わらないが、リザードマンは足が速く、おまけに持久力まである。
つまり、どこまでも追いかけてくるのだ。
それが厄介な理由だ。
「乗組員は全員、武器を用意! すぐに乗り組んでいる鉄道騎士団に連絡を! お客様には窓を絶対に開けないよう呼びかけるんだ! そして万が一の事態に備え、貫通ドア以外のドアを全てロックせよ!」
ブルカニロ車掌が、他の乗組員に向かって云う。
乗組員たちは敬礼すると、すぐに列車の前後へ向かって駆けて行った。
オレが驚いていると、ブルカニロ車掌は制服の下から拳銃を取り出した。
「お客様は、すぐに個室へとお戻りください。我々乗組員と、乗り組んでいる鉄道騎士団でリザードマンたちを撃退します」
「いえ、オレも戦います」
オレはソードオフにショットシェルが装填されていることを確認し、銃身を元の位置に戻す。
「さっき、あのマロッタという男が、列車の外に向けてデリンジャーを撃ち、ピンク色の煙を出しました。きっとあれは、リザードマンたちへの合図だったんだと思います。それを目の前で見ていた以上、黙っていられません!」
きっとリザードマンは、ライラを狙ってくるかもしれない。
リザードマンに追いつかれたらおしまいだ。
「オレは2等車に向かいます!」
「あっ、ちょっとお客さん――!」
ブルカニロ車掌が呼び止めるのも聞かず、オレは2等車に向かって駆けだした。
オレは個室の前まで辿り着いた。どうやらまだ、リザードマンたちは追いついていないらしい。
しかし途中で、ライフル銃を手にした乗組員の姿を何度か見た。
一刻を争う事態になってきた。
鍵を開けて部屋に入ると、ライラが立ち上がった。
「ビートくん!」
ライラが嬉しそうにオレを呼ぶが、オレは右手を挙げてそれを制した。
「ライラ、まだ終わっていない。奴隷商人の男は列車の外に身を投げて消えたけど、今度はリザードマンがこの列車を襲ってきた」
安心し始めていたライラの顔に、再び緊張感が戻る。
しかし、ライラは笑顔を作った。
「ビートくん、行くんでしょ?」
「あぁ。オレにはソードオフがある。ライラはもうしばらく、ここで待っていて。必ず戻って来るから、オレ以外の誰が来ても、鍵を開けるなよ」
「うん。ビートくん、待ってるからね」
ライラに向かって頷くと、オレは再び個室を出て、鍵を掛けた。
そして窓の外に、意識を集中させる。
リザードマンたちは、少しずつアークティク・ターン号へと近づいていた。
距離はどんどん縮まっていき、列車の中にいる乗客が目視できる距離にまで近づいてきた。
「オ前タチ、狙ウノハ銀狼族ノ娘ダ!」
「イーッ!」
リザードマンたちの狙いは、ライラだった。
「来たぞー!」
乗組員の声が聞こえ、オレは窓の外に目を向ける。
しかし、リザードマンの姿は見えない。
こちらに姿が見えないということは、敵は反対側だ!
「野郎!」
オレは通路を走り、デッキへと出て乗降口の窓から外を見る。
すぐ近くに、リザードマンがいた。
オレは覚悟を決め、窓を開けてソードオフを突き出す。
「食らえっ!」
オレはためらうことなく、引き金を引いた。
――ドガンッ!
銃声が轟き、近くに居たリザードマンが倒れる。
いいぞ。命中したみたいだ。
すぐに再び引き金を引き、もう1体のリザードマンをソードオフで始末する。
オレは乗降口のドアに身を潜め、ソードオフに再装填する。
ソードオフは強力だが、ショットシェルは2発までしか装填できない。
すると、他の車両からも銃声が聞こえてきた。
どうやら、他の乗組員も戦っているらしい。
オレも、このまま黙っているわけにはいかないな。
オレは再び窓からソードオフを突き出すと、集まってきたリザードマンに散弾を浴びせはじめた。
リザードマンたちは、ライフル銃から発射される弾丸や、ショットガンからの散弾に苦戦していた。
唯一の飛び道具が弓矢しかない以上、射程距離や威力で勝る銃器には太刀打ちできない。
「グググッ……!」
「ギギギッ……!!」
仲間は次々に打たれ、数が減っていく。
悔しそうに唸るリザードマンたちだが、ただ手をこまねいているだけではなかった。
「ウロタエルナッ! 飛ビ移レッ!!」
黒いアイパッチをつけたリザードマンが、命令を下す。
それに従い、リザードマンたちはアークティク・ターン号へと突撃する。
そして何人かのリザードマンが、アークティク・ターン号に飛び乗った。
「リザードマンが乗り込んできたぞ!」
乗務員がすぐにライフル銃を向けるが、狙いが定まらない。
剣を持ったリザードマンが、乗務員に向かって剣を振り下ろす。
「ぐわあっ!」
乗務員がライフル銃を持っている手を切られ、ライフルを落とす。
「ケケケッ」
リザードマンは薄気味悪く笑うが、それも長くは続かなかった。
リザードマンが気づいた時には、すでに別の乗務員がショットガンを構えていた。
ダァン!
「ガアッ!」
散弾を受けたリザードマンが、列車から転がり落ちる。
「おい、大丈夫か!?」
「ぐぐぐ……き、切られた……!」
右手から、出血していた。
「くっそう! どこまで追いかけてくるんだ!?」
オレはソードオフを撃ち続けるが、どこまでも追いかけてくるリザードマンにウンザリしていた。
いくら倒しても、まるで無限湧きしているかのように、次々にやってくる。
しかし、こちらのショットシェルの手持ちには限りがある。無限に撃てるわけではない。
「いったい、どうすれば……!?」
オレはソードオフに新しいショットシェルを装填しながら、この状況をどうやったら打破できるのか、考えていた。
少しして、オレはあることを思い出した。
「待てよ……確かリザードマンって、小規模のグループで行動することが多くて、そのグループにはリーダー格の奴がいるとか……」
オレは孤児院で学んだ、魔物への対処の授業を思い出していた。
ハズク先生の経験談も踏まえながらの授業は、かなり面白かったことを覚えている。
その中で、リザードマンへの対処もあったはずだ。
オレはそっと、外にいるリザードマンたちを観察する。
リザードマンたちはライフル銃の弾丸やショットガンの散弾に怯えながらも、こちらへと向かってくる。
その中に、先ほどからあまり突撃してこない奴がいた。
「あいつか……?」
黒いアイパッチで片目を隠した、少しいかつい感じのするリザードマン。
あいつが、このグループを率いているリーダーなのか?
「イチかバチか……やってやる!」
オレはソードオフから、装填してあったショットシェルを抜き取った。
そしてたった1発のショットシェルだけを、片方の銃身に込め、銃身を戻す。
かなり大きな賭けだが、やるしかない。
オレは危険だが、乗降口の窓から上半身を乗り出して、ソードオフを構えた。
狙いを慎重に、黒いアイパッチをしたリザードマンへと定める。
そしてそっと、引き金を引いた。
「ウム……?」
黒いアイパッチをしたリザードマンが、1人の男に気づいた。
窓から身を乗り出し、こちらに銃口を向けている。
しかし、リザードマンはそれを見て鼻で笑った。
「バカダ。ソードオフ程度ノ銃デ、ココニ居ル俺様ヲ狙撃スル気カ……?」
隣にいたリザードマンも、鼻で笑う。
「ヤケニナッテ、変ナ気デモ起コシタンデショウ」
「人ハ、時々カナリバカナ事ヲシマスネ」
ドガァン!
「ン? 今ノハ――」
その直後、黒いアイパッチをしたリザードマンの頭部が破裂し、跡形もなく吹き飛んだ。頭部を失ったリザードマンが、その場に倒れ込み、赤い血を吹き出し続ける。
「ギギッ!?」
「ガギャッ!?」
突然、リーダーを失ったリザードマンたちは、すぐに混乱状態に陥った。
「おい、リザードマンたちの動きが止まったぞ!」
乗務員の1人が、異変に気づいて叫ぶ。
リザードマンたちは、次々にアークティク・ターン号から離れて行き、やがてはるか彼方へと消えて行った。
「……俺達、助かったのか?」
「……どうやら、そうみたいだぜ」
すると、乗務員同士で抱き合った。
「助かった! 助かったんだ!!」
「あぁ、もうダメかと思ったぜ!」
無事を喜び合う乗務員の元に、ブルカニロ車掌がやってくる。
「私たちの仕事は、まだ終わっていない! すぐにお客様に、リザードマンたちが去っていったことを伝えるんだ!」
「は、はいっ!」
乗務員たちはすぐに規律を取り戻し、行動を開始した。
オレは黒いアイパッチをしたリザードマンが倒れ、それに続くようにしてリザードマンたちが撤退していくのを確認し、列車の中に戻って乗降口の窓を閉めた。
「……ふぅ」
オレは空になったショットシェルを、ソードオフから取り出す。
「授業で学んだことと、スラッグ弾が役に立ったな」
オレが授業で学んだリザードマンへの対処は『リーダーを潰す』ことだった。
それを思い出したオレは、すぐにリーダーと思わしきリザードマンを探した。リーダーの特徴としては、あまり攻撃を仕掛けてこず、常に一定の距離を保ったままでいることが多い。
オレはそんなリザードマンを探し当てると、1発だけ買っておいたスラッグ弾をソードオフに装填し、スラッグ弾でリーダーを撃った。本来ならライフル銃でやるほうが簡単だが、ライフル銃を乗務員に借りに行く時間は無かった。
そのため、スラッグ弾で撃つことになった。
ソードオフは、長距離になると命中率が下がるため、狙撃には全く向いていない。
だからこれは、かなり大きな賭けだった。
結果として、掛けは成功し、リザードマンたちは撤退していった。
「――そうだ! ライラ!!」
オレはソードオフをしまうと、すぐに個室へと急ぎ戻った。
ライラの無事を確認しないことには、安心できない!
個室が、襲撃を受けていないとは限らないからだ。
オレは鍵でロックを解除し、ドアを開ける。
「ライラ!」
「ビートくん!!」
聞き慣れた声が、オレの耳に届く。
部屋の中には、ライラがいた。
オレは後ろ手でドアを閉め、ロックを掛ける。
「ビートくん、怪我は無い?」
「ライラも、無事だったんだな?」
ライラは笑顔で頷いた。
「そうか。良かったぁ……」
ライラの無事を確認したオレは、ソードオフをそっと机の上に置いた。
「ビートくんっ!!」
すると、ライラが抱き着いてきた。
「良かった! 無事で本当に良かった!」
「ライラ、心配かけてゴメンな」
オレは謝りながら、ライラの頭を撫でる。
「はぅぅぅ……いい気持ち……」
ライラは尻尾を振りながら、オレの胸に顔を埋めてくる。
こんな可愛い姿のライラを見れるのは、オレだけだろう。
こうして、リザードマン襲撃事件は終わりを迎えた。
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次回更新は5月29日21時更新予定です!





